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※日経新聞連載
[迫真]パリ同時テロの波紋
(1)これは戦争だ
13日夜、ドイツとフランスのサッカー親善試合が行われたパリ郊外にある競技場「スタッド・ド・フランス」。仏チームのオリビエ・ジルー(29)が先制点をたたき出し、沸き上がる観衆のなかに、ひとり青ざめた顔のフランス人がいた。
16日、パリのソルボンヌ大学で犠牲者のため黙とうするオランド仏大統領(中)=ロイター
「スタジアムの外で何かが爆発したようです。テロの可能性があります」。側近から報告を受け、ぼうぜんとスタジアムを見つめていたのは仏大統領フランソワ・オランド(61)その人だ。
脳裏をよぎったのはイスラム過激派が引き起こした1月の週刊紙銃撃事件。その悪い予感は的中する。
日付が変わった午前2時、パリ市東部のバタクラン劇場前。オランドは銃を持った2人の警護官に守られ、口を真一文字に結んでいた。動かなくなった被害者、泣き叫ぶ人々、駆け回る警官や医療関係者。混乱のなかオランドは実行犯への怒りとともに、テロを再び許してしまった痛恨をかみしめていたに違いない。
音楽やスポーツ、カフェの食事やワインは、人生を楽しむパリっ子たちの日常に欠かせないものだ。それが標的となり花の都は一瞬で地獄に転じた。「ここはパリなのか」。仏テレビのリポーターがつぶやいた。
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同じころ、ホワイトハウスでは米大統領バラク・オバマ(54)が偶然にも、安全保障の専門家と会議中だった。その場には、環太平洋経済連携協定(TPP)についてオバマと協議していたヘンリー・キッシンジャー(92)、マデレーン・オルブライト(78)、コリン・パウエル(78)ら歴代国務長官の姿があった。
「パリで爆発と銃撃が起き、多数の死傷者が出ています」。オバマに報告をもたらしたのは、テロ対策担当の補佐官リサ・モナコ(47)だった。
テロの発生からほどなくして、過激派組織「イスラム国」(IS)が犯行に関与していたことが濃厚になる。「オランドがシリアへの攻撃をやめない限り、仏国民に安全はない」。ISが出した犯行声明は、オランドの神経を逆なでした。
16日午後4時、ベルサイユ宮殿に上下両院の議員が集まった。フランスとしては異例の集会で、オランドの第一声は、ISへの事実上の宣戦布告となる。「フランスは戦争をしている」と。
約40分の演説の後、宮殿内は約900人の議員らによる国歌「ラ・マルセイエーズ」が響き渡った。ライトアップされたエッフェル塔はトリコロール(青、白、赤の国旗の色)に染まった。内向きで地味な印象を指摘されてきたオランドが、世界のテロとの戦いの先頭に立った瞬間だ。
トルコのリゾート地アンタルヤで開いた20カ国・地域(G20)首脳会議はテロ問題一色となった。ホスト役のトルコ大統領のレジェプ・タイップ・エルドアン(61)は「国際社会の一致団結」を訴えた。皮肉にもテロは、対立していた各国の距離を縮めることになる。
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15日、G20会場のレセプションルーム。会議を終えた首相の安倍晋三(61)や中国国家主席の習近平(62)、インド首相のナレンドラ・モディ(65)らが談笑するなか、コーヒーカップが並ぶ片隅の空間だけが異様な緊張感に包まれていた。
オバマとロシア大統領のウラジーミル・プーチン(63)が小さなソファに深く腰掛け、顔を近づけて話し込んでいた。ホテル従業員が2人に近づくと、ロシア警護官が慌てて立ちふさがった。
「即興だった」(米政府当局者)というトップ会談は35分間のほとんどがシリアやIS問題に費やされた。
次に動いたのはプーチンだ。17日、10月末にエジプトで起きたロシア機墜落をISによるテロと断定した。
電話協議したオランドとプーチンはISへの攻撃の協力で一致。「フランスを同盟国として扱え」。プーチンはロシア軍に仏空母シャルル・ドゴールと直接連絡を取り合うよう指示した。
オランドは欧州連合(EU)に初の集団的自衛権の発動を求めた。24日に米国でオバマと、26日にロシアでプーチンと相次ぎ会談する。にわかに動きだした米欧ロの「対IS大連合」。だが、衝撃に突き動かされた指導者たちに、先々の戦略がはっきりと見えているわけではない。(敬称略)
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世界を揺るがしたパリ同時テロ。深刻な脅威に立ち向かう各国首脳それぞれの戦いを追った。
[日経新聞11月25日朝刊P.2]
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(2) 敵の敵は味方か
24日のホワイトハウス。フランス大統領のオランド(61)との会談を終えた米大統領オバマ(54)は会見で言葉を選んだ。「ロシアが(過激派組織)『イスラム国』(IS)対策に力を入れれば、間違いは起こりにくくなるはずだ」。少し前にシリアの国境付近で起きたトルコによるロシア軍機の撃墜の件だ。ロシアがシリアで穏健な反政府勢力も攻撃しているという非難だが、深追いは避けた。「トルコとロシアの対話が重要だ」とも述べ、あえて事を荒立てない姿勢を示した。
16日、言葉を交わすプーチン大統領(左)とオバマ大統領=AP
16日夕にトルコ南部アンタルヤで開いた20カ国・地域(G20)首脳会議の閉幕会見。「憎むべきパリでのテロに関心が集中した」。オバマの記者会見が1時間近く前倒しで始まった。オバマは1時間話し続けた。
パリ同時テロを受けオバマがどう動くのか。発言が変わったわけではない。米地上軍の派遣の是非について「イラクにもシリアにも米地上軍を派遣する考えはない」と改めて明言した。
前大統領、ブッシュ(69)が踏み切ったアフガニスタンとイラクの2つの戦争の終結を宣言して大統領になったオバマ。地上軍派遣は「遺産(レガシー)」の崩壊を決定づける。来年末を予定していたアフガニスタンからの米軍撤退は白紙になった。だが、レガシー維持とIS対応で板挟みのオバマの心境には変化も芽生えている。
19日、マニラで開催していたアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議の機会を利用した日米首脳会談。「ロシア大統領、プーチンのことだが……」。オバマは首相、安倍晋三(61)の顔を凝視しながら切り出した。安倍に最も伝えたかったのはG20首脳会議の合間に会ったプーチンとの関係だった。
昨年春のロシアのクリミア編入に端を発したウクライナ危機で米ロの対立は激化した。日ロ関係にも影を落とす。
オバマは安倍に米ロを含む外相級が内戦が続くシリアへの対応を協議した14日のウィーンでの会合を「画期的」と評価。プーチンとの会談を「建設的だった」と自賛した。安倍はオバマの話に黙って聞き入った。
敵の敵は味方という論理に従うと、ISの敵であるロシアは、米国の味方になり得る。
プーチンとの接近が、手詰まりだったシリアとIS問題についてかすかな光明をオバマに与えたのは確かだ。残り1年余りとなった任期でこの流れを加速することができるのか。オバマのレガシーづくりは、この一点にかかっている。
(敬称略)
[日経新聞11月26日朝刊P.2]
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(3)プーチン氏 激高の後は
旧ソ連国家保安委員会(KGB)出身のロシア大統領プーチン(63)は時に激しい言葉使いで相手をののしることがある。24日、トルコによってロシア軍機が撃墜されたと聞いた時がそうだった。
17日、プーチン大統領が訪れたロシアの防衛制御センター=AP
「背後から刺された」「トルコはテロリストの共犯者だ」「決して許さない」。KGBでは最大の罪悪である“裏切り”に怒りをあらわにした。
13日のパリ同時テロ後、プーチンは孤立を脱し国際政治の舞台の中央に戻るべく、着々と布石を打っていた。テロ直後にトルコで開いたアンタルヤの20カ国・地域(G20)首脳会議では存在感を見せつけた。
「共通の脅威との戦いで団結しなければならない」。プーチンは米英独伊トルコの首脳らと精力的に会談し、協力を訴えてまわった。1年前のG20でウクライナへの介入をめぐり主要国から一斉に批判を受け、閉幕式を待たずして、走り去るように帰国したのとは大違いだ。
16日にアンタルヤから戻ると深夜にクレムリン(大統領府)に治安機関幹部らを集め、10月末にエジプトで起きたロシア機墜落を爆弾テロと断定することを決めた。地中海の艦隊に対しフランスと協力して過激派組織「イスラム国」(IS)の拠点を攻撃するよう命じた。
プーチンは「危機に立ち向かう強い指導者」というイメージを国民に印象付け、求心力につなげてきた。ロシア国営テレビは17日、ロシアの最新防衛制御センターの映像を大々的に報じた。巨大スクリーンに刻一刻と表示される戦場の情報。一糸乱れぬ姿勢で作業するオペレーターを上段から見守る戦争司令官プーチンの姿があった。
問題はプーチンの照準がどこに定められるかだ。これまでロシアによるシリア空爆の主要な標的はISではなく、その他の反体制派だった。シリアのアサド政権存続を通じて中東で影響力をいかに確保するかがプーチンにとっての大きな関心だ。米仏などと足並みをそろえ攻撃目標をISに絞るつもりがあるのか。トルコによるロシア軍機の撃墜でプーチンの動きはますます読みづらくなった。
「まだ十分といえない」。20日に軍幹部の報告を受けたプーチンはこう語った。「作戦の次の段階でも高いレベルの任務遂行を期待する」。プーチンはシリアへの陸上軍の派遣を準備しているのではないか。そんな臆測すら飛び交っている。
(敬称略)
[日経新聞11月27日朝刊P.2]
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(4)「日本も標的だ」
「テロ対策に緊張感を」。パリ同時テロ直後の13日夜(現地時間)、国際会議のためトルコ・イスタンブールのホテルにいた首相の安倍晋三(61)は秘書官を通じ、官房長官の菅義偉(66)に指示を飛ばした。
野球国際大会「プレミア12」でも球場の警備が強化された
(21日、東京ドーム)
日本は14日朝を迎えていた。官邸や外務省が邦人の安否確認に追われるなか、菅は内閣危機管理監、西村泰彦(60)を呼ぶ。「国内のテロ対応に万全を期すように」。菅はさらに来年4月に政府内に発足予定だった国際テロ情報収集の専門組織の準備前倒しも命じた。
「レストラン、劇場が狙われたのか」。警察庁幹部は表情を険しくした。来年の主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)、20年東京五輪のテロ警戒では政府機関や要人が利用する空港、ホテルに警備の重点を置く。市民が集まる「ソフトターゲット」が狙われれば警戒対象は一気に拡大する。「警察官の人員には限界がある……」
日本も標的だ――。パリ同時テロの犯行声明を出した過激派組織「イスラム国」(IS)は宣言する。同時テロ後、日本であった野球国際大会で、警視庁は球場周辺の警備を2倍にした。21日、日本戦を見た埼玉県の男性(40)は「テロは人ごとではなくなった」とつぶやいた。
23日午前10時ごろ、東京都千代田区の靖国神社でパーンという乾いた爆発音が響いた。稲の収穫を祝う「新嘗祭」が始まった直後。公衆トイレから発火装置が見つかった。警視庁の警戒対象でも事件を防げず、課題が浮き彫りになった。
日本国内でテロの芽をどう摘み取るのか。警察庁は(1)銃など武器の取り締まり(2)テロリスト入国を阻止する水際対策(3)爆発物の原材料の管理強化――の3つの徹底を挙げる。
「住所と名前、用途を記入して下さい」。肥料の尿素を大量購入した客にレジの女性が用紙を差し出す。別の従業員は客の車両ナンバーをメモし、通報した。ホームセンターのコメリと新潟県警が18日、新潟市で実施した訓練の一こまだ。尿素は爆発物の材料に転用できる。こうした地道な取り組み以外にテロの危険を減らす手立てはない。
伊勢志摩サミットに向けた会議で17日、警察庁長官の金高雅仁(61)は訓示した。「テロ対策は国民生活に少なからぬ影響を及ぼす。国民の理解と協力が不可欠だ」
(敬称略)
吉野直也、古川英治、川合智之、竹内康雄、今井孝芳、秋山裕之が担当しました。
[日経新聞11月28日朝刊P.2]
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