1. 2015年10月29日 07:11:59
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ドイツ:難民危機が揺さぶるメルケル首相のイス シリア難民への門戸開放が生んだ軋轢、欧州最強の指導者に正念場 2015.10.29(木) Financial Times (2015年10月28日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)独メルケル政権、米情報活動に協力?報道受けて風当たり強まる 欧州最強の指導者の座を固めたドイツのアンゲラ・メルケル首相(右)。難民危機への対応が命取りになる可能性が出てきた〔AFPBB News〕 支持者から深く慕われるのが普通であるだけに、ドイツ東部の町シュクロイディッツで先日開かれた地方党大会はアンゲラ・メルケル首相にとってまさに衝撃的だった。 メルケル氏の率いる保守政党・キリスト教民主同盟(CDU)の党員たちが、難民に「門戸を開く」同氏の政策をこれ以上ない厳しい言葉で非難したのだ。 「どんな人が来るのか分からない」。集まった忠実な支持者1000人の前である代議員が発言した。「何人来るのかも分からない。すでに何人来ているのかも分からない」 メルケル氏のリーダーシップを批判する参加者もいた。ある代議員は次のように言い切った。「『あんな首相はもう支持できない』と私に言ってくる市民がますます増えている」 一方、メルケル氏が「これは私が首相として直面する最も大きな課題である。状況が厳しいことは承知しているが、私はあきらめない」と語り、「難民歓迎」の方針を貫くと誓うのを耳にして喝采を送る人もいた。 しかし、シュクロイディッツで見た風景のうち脳裏にこびりついて離れなかったのは、次のような文句が書かれたプラカードだった。「難民による混乱を止めよ、メルケルは退陣せよ」 欧州最強の指導者に前例のない逆風 欧州最強の指導者にそんな侮蔑の言葉が投げかけられたという話は、これまで聞いたことがない。だが同時に、この難民危機自体も過去に例のない規模になっている。 問題を小さく切り分けることで知られるメルケル氏は、自身にとって最大の難問に真正面から取り組んでいるが、事態を収拾できるかどうかは誰にも分からない。何しろ、押し寄せてくる亡命申請者の数は1日当たりで最大1万人に達しており、その合計は昨年の実績の5倍超に当たる100万人の大台をも突破しそうなのだ。流入は2016年になっても続くだろう。 メルケル氏から見れば、最近行われたほかの地方党大会はシュクロイディッツのそれよりもはるかに順調に進んでいた。しかし、難民の流入ペースを遅くしたり、党内で強まる反対論を抑え込んだり、加速する支持率の低下を食い止めて反転上昇させたりする時間はあまりない。 「今がメルケルの正念場だ」。マインツ大学のユルゲン・ファルター教授(政治学)はこう指摘する。「彼女には国民から信頼されているという大きなバッファー(緩衝材)があるが、それも縮小しつつある」 懸念はほかの欧州連合(EU)加盟国にも広がっており、メルケル氏の難民政策を批判する向きは、ドイツ国内でのメルケル批判を見聞きして意を強くしている。ベルリン選出のある国会議員は、EUにはメルケル氏の苦境を見て喜ぶ人もいると話している。 メルケルの退陣後はどうなるのかという話も、今となってはばかげているとは言えないようだ。高級紙「フランクフルター・アルゲマイネ」の政治担当エディター、ギュンター・バナース氏は言う。「政策に対する疑問から、首相としての能力についての疑問へと話が発展している。それ以上のところにはまだ進んでいないが、絶対に進まないとは言えない」 61歳のメルケル氏はもう10年近く首相の座にあり、その間にかなりの量の政治資本を蓄積している。ユーロ圏への脅威を乗り越え、経済成長を維持し、かつ外国から忍び寄る危険を回避してきた実績は国民から評価されている。 ロシアのウラジーミル・プーチン大統領がウクライナを侵攻して欧州の安定を揺さぶった時には、EUにおけるメルケル氏の中心的な役割が強化された。前回のギリシャ救済にあたって見せた非情なスタンスは国外で批判を招いたものの、ドイツ国内では受け入れられている。 しかし、CDUとその姉妹政党でバイエルン州を本拠地とするキリスト教社会同盟(CSU)の支持率は下がっている。調査会社INSAの最新の調べによると、保守のCDU・CSUの支持率はこの夏以来7ポイント低下し、2012年以来の低さになっている。とはいえ、下がる前の支持率は42%と高かった。国会議員の任期半ばの与党の支持率としては、なかなか見られない高水準だ。 道義的信念に駆り立てられて ドイツ、移民流入による今年の経済負担予測1兆3200億円 ドイツ南部ミュンヘンにある列車の駅に到着した、アンゲラ・メルケル独首相の写真を持つ難民〔AFPBB News〕 難民危機は想定外の出来事だった。その勢いに圧倒された現地当局の職員らが助けを求め始めた8月の終わりごろには、首相の通常の対応――慎重さ――ではもう間に合わなくなっていた。 メルケル氏は、ドイツはすべてのシリア難民を受け入れると表明し、シリアからやってきた亡命申請者を最初に入ったEU加盟国(普通はギリシャ)に送還する権利の行使も一時見合わせると発表して欧州諸国を驚かせた。 メルケル氏はこれと同時に、申請を認められなかった亡命希望者の送還手続きを厳格にする計画も打ち出した。しかし、メディアが大きく取り上げたのは「シリア人歓迎」の約束であり、さらに多くの難民がドイツに押し寄せることになった。 政界の盟友たちによれば、メルケル氏は道義的信念に駆り立てられ、難民を助けようという大勢のドイツ人ボランティアの姿にも心を打たれ、教会の指導者からドイツ最大の販売部数を誇る大衆紙「ビルト」に至るいろいろな人や組織に励まされたという。 また評論家たちは、ドイツがユーロ圏危機で見せた厳格な現場監督のような顔ではなく優しい顔を見せるチャンスを、そしてナチスの過去からさらに遠ざかるチャンスをメルケル氏は恐らく見いだしたのだろうとの見方を示した。 背後には現実的な計算も しかし、メルケル氏の対応は現実を見据えたものでもあった。同氏はほかの対策――国境で難民の流入を制限する――のは実際的なやり方ではないと素早く結論づけていた。警備隊が武力を使うことは、最後の手段としても認めるわけにはいかなかった。だが、武力を使えないとしたら、どうすれば人々の流入を止めることができるのだろうか。「あれは計算だった」。ある政府高官はそう打ち明ける。 メルケル氏の対応は、集中的な外交努力を中心に行われている。まずシリアでの和平を要求し、トルコには人々の流出を制限するよう圧力をかけている。EUと非EU加盟国との国境管理強化を望み、難民の影響を比較的受けていないEU加盟国には難民受け入れの拡大と、ドイツやオーストリア、スウェーデンなどが多めに被っている負担の共有を促している。 メルケル氏はこうした施策の助けになるように、亡命申請者に支給する現金の額を制限するという緊急策も講じている。手続きの速度向上と亡命を認められなかった人々の送還の迅速化にも努めている。しかし、まだ人数を減らすには至っていない。新しい国内ルールが適用できるか否かは、記録的な数に達している難民を急かされながらさばく職員の能力に決定的に依存している。 国外に目を向ければ、シリアはまだ戦争状態にあり、トルコはわざとぐずぐずしている。欧州に突きつけた経済支援要求にドイツとEUがなかなかイエスと言わないからだ。一方、東欧諸国は、難民を再配分する計画に反対の声を上げている。 地中海渡った移民ら70万人超、欧州政情変化を危惧 欧州を目指して海を渡る難民、移民は後を絶たない(写真は10月27日、ギリシャのレスボス島に到着した少年たち)〔AFPBB News〕 そんなことをしている間にも、亡命を希望する人々は次々にやって来る。支援提供の最前線に当たる地方の議会は困窮している。リベラル派さえ反対の声を上げる始末だ。 バーデン・ビュルテンベルク州テュービンゲン市のボリス・パルマー市長(緑の党所属)は、フェイスブックにこう記している。 「もしこの状況が続けば、ドイツの人口は今後12カ月の間に365万人増えることになる。申し訳ないが、それを認めることはできない。政府は行動を起こさなければならない・・・さもなければ、社会の秩序が崩れてしまうだろう」 多くのドイツ国民は、自分たちのアイデンティティーが脅かされると懸念している。この国は1980年代から、つまりドイツは移民に門戸を閉ざしていると国民が思っていた時代から大変な変化を遂げてきた。 この国では労働力人口の高齢化が進んでおり、これを若返らせるために若い人々を必要としていたし、ベルリンの壁が崩れた後には東欧からの移民も入ってきたことから、国は大きく変わった。 今日では国民の5分の1が、移民の第1世代か第2世代で占められている。 アイデンティティーの危機 この多様性を称賛する人たちでさえ、その規模には耐えられないと感じている。CDUに所属し、ドイツ議会外交委員会の委員長を務めるノルベルト・レトゲン氏は言う。「これは基盤に影響を与える。国家と我々のアイデンティティーの問題だ。多くの人は、両方が脅かされていると思っている」 それと同時に、政治的な右派が勢力を伸ばしている。党内の分裂にもかかわらず、超保守派政党「ドイツのための選択肢(AfD)」は世論調査で全国的な支持率が8.5%と過去最高をつけ、2013年の選挙当時の4.7%から大きく伸長している。 移民問題、独で賛否両派が大規模デモ 衝突で1人重傷 10月19日、ドレスデンでデモ集会を開く、移民受け入れに反対する団体「西洋のイスラム化に反対する愛国的欧州人(PEGIDA)」の支持者ら〔AFPBB News〕 ドイツ西部より反移民感情がずっと強い元共産圏のドイツ東部では、同党の支持率は12%に上っている。 東部の街ドレスデンのポピュリズム運動で、定期集会に何千人もの参加者を引き寄せる「ペギーダ(PEGIDA)」は今月、強制収容所がもう機能していないのが残念だと述べた講演者を集会に招いた。 さらに悪いことに、外国人嫌いの暴力が広がっている。今年に入ってから難民収容施設に対する襲撃事件が500件あり、2014年に通年で記録された170件の2倍以上に上っている。メルケル氏の盟友のトマス・デメジエール内相は「危ない急進化」について警鐘を鳴らした。 こうした出来事を打ち消しているのが、ボランティアのネットワークに支えられ、難民を支援するために時間外労働をこなす何千人もの公務員たちだ。多くのドイツ人は、危機がドイツの一番いいところを引き出していると考えている。だが、そう思っている人でさえ、この状況がどれほど続き得るのか自問している。 1991年に反移民暴動が起きたが、今では難民を受け入れているドイツ東部の街ホイエルスヴェルダのトマス・デリン副市長は「短期的にもっと大勢の人を受け入れるのは難しい」と言う。 政府はことの緊急性を理解しており、年末までに難民の流入を減らしたいと考えている。CDU・CSU連合の議員らは、首相はこの約束を果たすのに「数カ月ではなく、数週間」の時間しかないと話している。 左に目を向けると、メルケル氏が直面する困難は少ない。連立相手の社会民主党(SPD)と、議会の野党勢力である緑の党と極左の左派党はそろって、首相の開放的アプローチを支持している。問題は右側だ。 保守派の有権者からの圧力とAfDの台頭の圧力にさらされ、CDUとCSUの議員の間では、政策変更、さらには180度の方針転換さえ求める人が増えている。 批判が最も明白なのがCSUだ。ホルスト・ゼーホーファー党首の下で新しい国境管理を求める圧力が奏功しており、メルケル氏は国境中継施設を設置するというCSU主導の提案を支持している。難民手続きを現在のようにドイツ国内ではなく、国境で行えるようにする仕組みだ。 ハンガリー、クロアチア側で移民の越境地点を封鎖 ハンガリーと接するクロアチアのボトボで、有刺鉄線で国境を封鎖するハンガリーの警官や兵士ら〔AFPBB News〕 もっと攻撃的に首相を批判する向きは、首相はさらに踏み込み、移住者が中継地帯を迂回するのを食い止めるためにフェンスを設置しなければならないと主張している。 だが、そうした人でさえ、国境警備隊が武力を使ってはならないのだとしたら、どうやってフェンスを守るのか説明するのをためらっている。 政治調査会社テネオ・インテリジェンスは、批判派にある程度譲歩するメルケル氏の戦略と中東外交が「やがて首相の支持率を安定させる助けになる可能性は十分ある」と言う。しかし、配下の議員たちは待てるだろうか。最近の世論調査での支持率低下が2017年の次回選挙で繰り返されたら、CDU・CSU連合の311人の議員のうち60人前後が議席を失うことになる。 我慢の限界 久々にメルケル氏の指導者の地位に疑問符がついている。来年3月の地方選挙は簡単に、メルケル氏の難民政策――そして同氏の首相の座――を巡る国民投票と化してしまう恐れがある。 ファルター教授はまだ、メルケル氏が首相の座にとどまり、2017年にCDU・CSU連合を率いていると見ている。だが、その確率は75対25程度だとしている。不人気なEUの指導者なら、そのような確率を喜ぶかもしれない。だが、欧州の女帝は違う。 メルケル氏にとって幸いなことに、自然と後を継ぐ人はいない。最も有力な候補はタカ派の財務相、ヴォルフガング・ショイブレ氏だろう。同氏は難民政策を批判することは避けたが、急激に膨れ上がるコストに言及し、自分が抱く懸念を示唆した。だが、73歳という年齢からすると、同氏は多くの議員にとって一時しのぎの候補でしかない。 国内の圧力はEU内でもメルケル氏を傷つけている。東欧諸国の指導者はメルケル氏の難民政策に抵抗しただけではない。ハンガリーのビクトル・オルバン首相はドイツに介入までしてみせた。 ゼーホーファー氏を訪ねた注目の会合で、ハンガリーの反移民フェンスを築いたオルバン首相は自身のことを「バイエルンの国境警備隊長」と呼んだ。 難民の受け入れを渋る態度は、多くを物語っている。問題は東欧の人たちだけではない。英国はEU全域での難民再分配計画に参加するのを拒んだ。フランスはささやかな貢献しかしていない。 反対勢力には慣れているが・・・ 前出のレトゲン氏にとって、この協調の欠如はEU全体にとっての挫折だ。「難民に関して連帯を示せないことは、これまでで最大の欧州の敗北であり、将来の欧州の安定に影響する」と同氏は言う。 メルケル氏にとって、反対は何ら目新しいことではない。何しろ彼女は、自身の属する党の重鎮たちの敵意にもかかわらず、権力の座に就いた控えめな東ドイツの牧師の娘だ。新しいのは、彼女が直面するリスクだ。すぐにでも事態を掌握できなければ、メルケル氏の地位が危うくなりかねないのだ。 By Stefan Wagstyl http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/45122
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