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(転写開始)
http://www.sankei.com/life/news/151014/lif1510140009-n1.html
ノーベル文学賞 スベトラーナ・アレクシエービッチさん
ノーベル文学賞の受賞が決まり、報道陣に囲まれるスベトラーナ・アレクシエービッチさん =8日、ベラルーシ・ミンスク(ロイター)
http://www.sankei.com/life/photos/151014/lif1510140009-p1.html
□寄稿 ロシア文学者・中村唯史
■時代に翻弄される人々の声響かせ
研究者のアンドリュー・ワフテルは、その著書で「ロシア(ソ連)の文学はつねに歴史に憑(つ)かれてきた」と指摘している。実際、対ナポレオン戦争期のロシア社会を壮大な規模で描いたトルストイの『戦争と平和』から、日本で近年注目されている20世紀の作家グロスマンの『人生と運命』や『万物は流転する』まで、激動の歴史の意味を問い、その中で生きる人々を主題とした作品は、枚挙にいとまがないほどだ。
今年のノーベル文学賞に決まった旧ソ連・ベラルーシのスベトラーナ・アレクシエービッチ(67)は、この系譜に属する作家である。彼女はこれまで30年以上にわたり、第二次世界大戦、アフガニスタン侵攻、チェルノブイリ原発事故、社会主義体制の崩壊など、ソ連時代の歴史に翻弄される人々に焦点を当ててきた。
アレクシエービッチの手法は、デビュー以来、一貫している。何年もかけて数百人の人々に会い、取材を重ね、証言を取る。そして著作の中では、自分自身の解釈やコメントを最小限にとどめ、それら無名の人々の声をできるかぎりそのままのかたちで次々と響かせていく。「芸術的ドキュメンタリー文学」という、新たなジャンルの創始者とも評されるゆえんである。
ソ連史の暗部に光を当て、ベラルーシの権威主義的な体制を批判して事実上の亡命生活を送った時期もあるアレクシエービッチが、ロシアやベラルーシと欧米諸国との緊張が高まっているなかで今回ノーベル賞に決まったことについては、その政治性を指摘する向きもあるかもしれない。たしかにアレクシエービッチはしばしば、反体制的な発言や政治的なコメントを行う。だがその一方、彼女の著作自体は、あくまでも政治的な文脈と一線を画している。
http://www.sankei.com/life/news/151014/lif1510140009-n2.html
たとえば第二次世界大戦の栄光の勝利という「公の歴史」に対して、女性兵士や子供たちの記憶を呼び起こし、現在によみがえらせること(『戦争は女の顔をしていない』『ボタン穴から見た戦争』邦訳はともに群像社)。あるいはソ連という体制を声高に弾劾するのではなく、その下で生きてきた人々の多様な思いを、ただ書き留めていくこと(『死に魅入られた人びと』群像社)。このような彼女の営為を「私たちの時代における苦難と勇気の記念碑といえる、多様な声からなる彼女の作品に対して」と形容した授賞理由は、とても適切なものと感じられる。
原発事故の傷痕を描いた『チェルノブイリの祈り』(岩波書店)に収められているさまざまな証言は、多くの点で、「フクシマ」の問題に悩み苦しむ人々の思いと呼応するのではないか。アレクシエービッチが集めたのは、単にソ連という遠い時空のできごとの記録ではなく、従軍女性や原発の問題、激変する時代に翻弄される私たちにも無縁ではない、無数の声だ。過去へと移り行く日々や思いを留めようとすることが、もしも「書く」という営みの起源であるとするなら、アレクシエービッチの仕事は、最も根源的な意味での文学なのである。
【プロフィル】スベトラーナ・アレクシエービッチ
Svetlana Alexievich 1948年、旧ソ連・ウクライナ生まれ。父親の故郷であるベラルーシで育つ。ベラルーシの大学でジャーナリズムを学んだ後、記者に。作家としてのデビュー作は、第二大戦に従軍したソ連女性兵士の証言を集めた『戦争は女の顔をしていない』(85年)。ドイツ・ブックトレード平和賞など受賞多数。著作はこれまでに約20カ国で出版された。
http://www.sankei.com/life/news/151014/lif1510140009-n3.html
【プロフィル】中村唯史
なかむら・ただし 京都大学文学研究科教授。専門はロシア語文学・ソ連文化論。昭和40年、札幌市生まれ。東京大学教養学部卒、同大学院人文科学研究科修了。主な著訳書に『再考ロシア・フォルマリズム−言語・メディア・知覚』『映像の中の冷戦後世界−ロシア・ドイツ・東欧研究とフィルム・アーカイブ』(ともに共編著)、バーベリ著『オデッサ物語』、ペレーヴィン著『恐怖の兜』など。
(転写終了)
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