1. 2015年10月25日 21:37:01
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【オピニオン】「死」に向かう欧州、欠如する「自己受容」能力 トルコのエルドアン大統領(右)と会談するドイツのメルケル首相(18日、イスタンブール) ENLARGE トルコのエルドアン大統領(右)と会談するドイツのメルケル首相(18日、イスタンブール) PHOTO: TURKISH PRESIDENT By BRET STEPHENS 2015 年 10 月 22 日 15:41 JST 欧州の死が見えてきた。まだぼんやりしており、避けられないわけでもないが、それでも視界に入っている上、近づいてもいる。あたかも、接近しつつある衛星からレンズを通して遠く離れた惑星を見ているようだ。欧州は終焉に近づいている。だが、硬直している経済のせいではない。停滞する人口動態のせいでも、機能不全を起こしている大国のせいでもない。ましてや、中東やアフリカから大量に流入しつつある難民・移民問題のせいでもない。これらの切羽詰まった人々は干からびた文明の森に、最近になって吹き付けてきた強い風に過ぎない。 欧州は死につつある。なぜなら、道徳の力がなくなっているからだ。欧州が寄って立つものが何もないというわけではない。欧州は底の浅いものに、しかもほんの浅く立っているだけのことだ。欧州の人々は人権や忍耐、寛容、平和、進歩、環境、快楽を信じている。こうした信念はとても好ましいが、二次的なものに過ぎない。 欧州の人々がもはや信じていないのは、彼らの信条が湧き出る泉、つまりユダヤ教とキリスト教、自由と啓蒙思想、戦士たるべき誇りと能力、資本主義と富だ。だが、戦うことや犠牲、消費行動、さらにはこれらのことを議論することさえ、もうあまり信じてはいない。自らの土台を無視し、ないがしろにしてきた欧州の人々は今、なぜ自分たちの住む家が崩壊しつつあるのか、いぶかしんでいる。 広告 欧州とは何か。それはギリシャであって、ペルシャではない。ローマであって、カルタゴではない。キリスト教の世界であり、カリフ(預言者ムハンマドの後継者)の世界ではない。こうした違いは根元的なものだ。欧州は別の文明だと言うことは、その良し悪しを言っているわけではない。ただ単に、これが私たちで、それがあなたたちだと言っているに過ぎない。また、欧州は閉ざされた文明でなければならないと言っているわけでもない。欧州はただ、域内に受け入れる「よそ者」との関係をめぐって分裂することのない、ひとつのまとまりになる必要があるだけだ。 間違いなく欧州外交の摂政役を務めているメルケル独首相の外交をこれほど意外で謎めいたものにさせているのはこれだ。メルケル首相が率いるキリスト教民主同盟(CDU)の第一の目的はドイツの右派を中道保守として、一つにまとめることだ。 だが、メルケル首相は18日、トルコのイスタンブールにいた。来年からトルコ国民を対象に域内への渡航査証(ビザ)を免除すること、また欧州連合(EU)加盟交渉を迅速に進める意向であることを伝えるためだ。ただし、トルコがシリアなどから流入する難民を自国内にとどめておく一段の策を講じる限り、という条件がつく。欧州はトルコに支援金も拠出する予定だ。 これはパワーポリティクス(武力政治)の逆をいく手法だ。メルケル首相は一時的な問題解決のために、力が弱い国に小さな協力を求め、その代わりに遠い将来にわたって予期せぬ結果をもたらしかねない大きな譲歩を提示している。トルコの人口は7500万人で、一人当たりの所得はパナマの水準にも達しない。この国を率いているのは選挙で選ばれてはいるものの、独裁者の気質を持ったイスラム教徒だ。反ユダヤ主義的な言動を示す傾向があり、イスラム原理主義組織「ハマス」を公然と支持し、アルメニア人の虐殺を否定し、多数のジャーナリストを収監し、政敵に対しては旧ソ連式の見せしめ裁判を画策する人物である(訳注:エルドアン大統領のこと)。トルコはシリアやイラク、イランとも国境を接している。トルコがEUに加盟すれば、トルコの国境はEUの境界線となるのだ。 メルケル首相がEU加盟を提案しているのが、まさにこの国だ。メルケル首相の支持者らは、首相の不誠実さは一時的だと言うだろう。だがそれは、同氏のメンツをつぶすだけだ。 また、それは危険を高めることにもなる。欧州のリベラルな政治の伝統や宗教・文化遺産は、数千万人ものイスラム教徒の大量流入に長く耐えられるだろうか。答えはノーだ。大勢のイスラム系住民との間で頻繁に不幸な出来事が起きていることを考えればノーだ。移民グループが地域に組み込まれることを拒否し、受け入れ国が一時的な市民としてしか望んでいないときも、答えはノーだ。 さらに、良心の大いなる自己満足のなかで練られた無茶な移民政策が必然的な反応を招く場合もそうだ。スイスでは18日に実施された総選挙で、大多数の有権者が反移民のスタンスを掲げる右派のスイス国民党(SVP)を支持した。欧州全域で同じように右寄りの政党が難民流入を背景に支持を伸ばしている。自由主義に反する解決策を売り込むために、ポストモダン国家に対する国民の筋の通った不満をうまく利用した上でだ。こうした傾向を少しでも持ったポピュリスト(大衆迎合主義者)ほど民主主義にとって危険なものはない。 これは今の時代の政治について何かを物語っている。モラルの範囲を超えているとして、このコラム記事が非難されるであろう今の時代の政治についてだ。つまり、時代の流れとして、欧州は自分たちが継承してきた中核部分に誠実でなければ欧州ではいられなくなるとの主張は、もはや激しい反駁(はんばく)を受けずにはいられないということだ。これは欧州の文明を生み出した「理性と啓示」の融合だ(訳注:「理性と啓示」は哲学者ジョン・ロックの言葉)。人間の良識によって調整された、技術で勝る文明をだ。 「西側諸国がより門戸を開こうとし、外部の人間の価値観をより理解しようとしているのは称賛すべきだ。だがその一方で、自己愛を失ってしまった」と、約10年前に著名なドイツの神学者は記した。「欧州が自身の歴史に見ているものは、卑劣さと破壊に尽きる。偉大なものや純粋なものを見抜く能力はもはやない。欧州に必要なのは、自身を受け入れる新たな自己受容だ。欧州が本当に生き残りたいと望むのであれば、冷静かつ控え目な自己受容が必要だ」 これはドイツ出身のヨーゼフ・ラッツィンガー氏の言葉だ。ローマ法王ベネディクト16世といったほうが分かりやすいだろう。彼は時代遅れだ。だからこそ耳を傾ける価値がある。 関連記事 ドイツ財政収支、16年は小幅赤字へ−難民問題で フェイスブックを憎悪扇動疑惑で調査=ドイツ検察 独市長候補襲撃、動機は難民政策への不満 難民への寛容さ失うトルコ、就労や居住に制限 【社説】政情不安高まるトルコを襲った自爆テロ 欧州難民問題【特集】 http://jp.wsj.com/articles/SB12707975987092023884404581308550761890530 アフリカの知られざる「難民大国」エリトリア、貧困と兵役に苦しむ人々 エチオピアの難民キャンプには貧困などから逃げてきたエリトリアの難民数万人が暮らしている PHOTO:NICHOLE SOBECKI FOR THE WALL STREET JOURNAL By MATINA STEVIS AND JOE PARKINSON 2015 年 10 月 23 日 17:05 JST 【アスマラ(エリトリア)】3月のある涼しい夜ふけ、16歳の誕生日を迎えたばかりのビンヤン・アブラハムさんは母親と年下の兄弟たちが寝入るのを待って家を抜け出した。歩いてエリトリアの南の国境を目指す長旅に出発したのだ。 父親は終わりのない兵役にとられていて、ビンヤンさん自身も間もなくそうなるはずだった。ビンヤンさんは飲まず食わずで19時間歩き、エチオピアとの国境にたどり着いた。国連の試算によると、エリトリアでは毎月、約5000人がビンヤンさんと同じ選択をしている。エリトリアを脱出してサハラ砂漠を横断し、その先の地中海を渡って欧州を目指すという命がけの旅だ。 彼らが見限っているエリトリアはアフリカ東部の「角」と呼ばれる場所に位置する人口約450万人の国だ。世界で最も多くの国民が逃げ出している国の一つでもある。独裁体制によって統治され、国民の人権が侵害されている疑いも持たれている。外部からは実情がうかがい知れないこの国がいま、第2次世界大戦後以降で最大といわれる難民危機で大きな役割を演じている。 エチオピアのシミエン山脈のふもとにある難民キャンプはエリトリアから逃げてきた人々にとって「グラウンドゼロ」になっている。キャンプで暮らすビンヤンさんは「母親には(家を出ることを)告げなかった。私には他に選択肢がなかった」と話す。ビンヤンさんは同じように命がけの旅に出ようとしている5人の若者と一緒にいた。「欧州に行かなくてはならない。そうすれば家族を助けることができる」 難民危機が深刻化するなか、シリアの内戦を逃れて欧州へ向かう人々に注目が集まっている。だが、ある尺度で見ると、シリアより小さいエリトリアからの難民のほうが実は極端に多いのだ。欧州連合統計局(ユーロスタット)によると、2012年から今年の半ばまでで、約50人に1人のエリトリア人が欧州で保護を求めた計算になる。この比率はシリア人の約2倍だ。 国連の試算によると、エリトリアの人口の約9%に当たる40万人がここ数年の間に国外へ脱出した。途中で死亡したり、足止めされたりしている人を除いてだ。 地中海を渡る密航ボートに乗船するエリトリア人の数は他国からやってくる難民をはるかに上回っている。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、今年1月から9月までの間にイタリアに到着した難民約13 万2000人のうち、4分の1以上がエリトリア人だった。 また、人権団体によると、年初からこれまでに地中海で溺死した難民約3000人の過半数がエリトリア人だった。 これだけの犠牲が出ているにもかかわらず、エリトリアから脱出する人々は加速度的に増えている。2011年から昨年までの間に、欧州で保護を求めているエリトリア人は4倍の4万6000人に膨れあがった。シリア難民への対応に苦慮しているEUでは、どの国からの脱出者を法的保護の対象となる「難民」として認めるかをめぐって意見が対立しているが、エリトリアは今、その議論の中心になりつつある。 エチオピアの難民キャンプに到着したエリトリア人の数 エチオピアの難民キャンプで水をくむエリトリアの女性たち PHOTO: @NICHOLESOBECKI エリトリアは世界で最も孤立した国の一つで、1998年のエチオピアとの戦争以来、非常事態宣言が発令されたままの状態になっている。それ以前には、国土が20倍も大きいエチオピアからの独立を勝ち取るため、30年におよぶ戦争も経験した。エリトリア政府関係者が指摘するように、この「ダビデとゴリアテ」を地でいくような状況は同国を17年間も緊急事態下に置き、国家の安全保障が優先される一方、政治・経済・社会的な進歩はないがしろにされてきた。 国連は6月の報告書で、エリトリアの反乱軍司令官だったイサイアス・アフェウェルキ氏が率いる現政権は自国民を標的にした「人道に対する罪」を犯しているとして非難した。そこには拷問、国民の監視、無期限の徴兵制(実質的な奴隷)が含まれる。一方、エリトリア政府関係者は国外で行われたインタビューで、国連の報告書は偏見に基づくものであり、誤りだと反論した。 国連はエリトリアに対して制裁を発動している。ソマリアで発生した国際テロ組織アルカイダとつながりのあるテロ行為を支援したというのがその理由だ。だが、エリトリア政府はこれを否定している。同国はキリスト教徒とイスラム教徒がほぼ半数ずつを占めている。 半年ほど前にエチオピアの難民キャンプに到着したビンヤンさんは貧困と兵役から逃れるためにエリトリアを後にした。父親は数十年前から兵役にとられたままだ。「自分が知る限り、(父親は)兵士だった。年に一度、(父親の)帰宅が許されたときに会った」と話すビンヤンさんのサッカージャージは、食べ物と泥で汚れていた。 キャンプで暮らす他の多くの若者同様、ビンヤンさんは欧州への渡航費用をどう捻出するか、また生きてたどり着けるのかという不安を抱えている。「拷問を受けたり、奴隷にされたりして人が死んでいると聞いている。砂漠や海で死ぬ人もいると聞いた。でも、(欧州に)たどり着いた人もいる。それに望みをかけたい」 関連記事 • 欧州難民問題【特集】 • 【オピニオン】「死」に向かう欧州、欠如する「自己受容」能力 • 難民への寛容さ失うトルコ、就労や居住に制限 • 難民は欧州経済に恩恵、政治が左右するその効果 http://jp.wsj.com/articles/SB12707975987092023884404581310672176465308
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