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[地球回覧] リー氏が懸念した未来
唇をゆがめて笑う姿が印象的だった。オウ・インケットさん(34)はマレーシアの首都クアラルンプールの華人街(チャイナタウン)でかばんを扱う露天商の男性だ。その言葉にはあきらめがにじむ。「どうせ俺たちが悪いってことだよ」
高卒で仕事を始め、休みなく店頭に立ってきた。だが、マレーシアの祝日だった9月16日は珍しく店を閉じた。国民の6割強を占めるマレー系が集まり、「反華人」を叫んでチャイナタウンになだれ込んでくるとの噂を聞いたためだ。「店を壊されるのではないか」。周囲の多くの商店も臨時休業を余儀なくされた。
当日、赤いシャツを着た3万人近いマレー系住民がクアラルンプールの中心部を練り歩いた。「華人は出て行け」との怒声も聞こえた。警察の制止で大事には至らなかったが、民族対立の根深さを印象づけた。
マレーシアは多民族国家だ。華人は人口の3割弱にすぎない。多くはマレー系と生活圏が重ならず、近年は目立った衝突がなかった。だが、今年はマレー系による華人攻撃が目立つ。
7月にはマレー系の万引き犯を取り押さえた華人系とされる携帯電話店が、激高したマレー系の集団に取り囲まれる事件があった。「華人がマレー系を侮辱した」といったデマがインターネットで流れたためだ。
マレーシアの歴史は民族対立を映してきた。はじまりは英国植民地の時代、華人系やインド系が移住してきたことだ。主に都市部で商店を営んだ華人系の所得が農漁村のマレー系を上回ると、亀裂が広がった。
双方の間では1969年に大規模な衝突が起き、合わせて約200人が死亡した。その後、マレーシアは進学や就職でマレー系を優遇する「ブミプトラ(土地の子)」政策を強め、不満の抑制に努めた。この政策はいまも続き、結果的にマレー系と華人系の所得格差は縮まったが、相互不信も膨らんでいった。
露天商のオウさんには恋人がいるが、結婚は半ばあきらめている。「この国は華人を守ってくれない。子供なんてつくれない」
多数派を優遇するいびつな「アファーマティブ・アクション(積極的な差別是正措置)」は、少数派にとって「差別」だ。一方、マレー系は優遇されることでかえって「華人は不正にもうけている」との不信を強め「華人はもっと経済面で譲るべきだ」と主張する。
「平和な集会だった」。ナジブ首相は9月16日のマレー系による大規模デモの後でこう発言した。民族間の対立を事実上、黙認したと受け止められている。今年に入って民族対立が激化している背景には、こんなナジブ氏の姿勢がある。
ナジブ氏は国営企業からの不透明な資金提供で批判にさらされ、国内の景気減速に有効な手を打てていない。有力世論調査機関ムルデカ・センターのイブラヒム・スフィアン氏は「華人への敵視を黙認し自身への非難をかわす狙いだ」と指摘する。民族間の分断を利用して政権維持を目指す危険なかけにもみえる。
65年にマレーシアから独立したシンガポールの初代首相、リー・クアンユー氏は晩年に「マレーシアはいまだ民族を政治利用している」と警鐘を鳴らした。シンガポールは華人系が多数派だが、リー氏は公用語に英語を採用した。「民族や宗教にとらわれない」ことが国是だ。マレーシアとは対照的な手法で幅広い人材を登用し、シンガポールが世界で最も豊かな国の一つに成長する基礎を築いた。
マレーシアはいま、リー氏が拒んだ「未来」に向かい、ひた走っているようにみえる。入り組んだ民族対立を解く道筋はみえない。
(シンガポール=吉田渉)
[日経新聞10月18日朝刊P.15]
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