http://www.asyura2.com/15/kokusai11/msg/541.html
Tweet |
[今を読み解く]難民流入の歴史と欧州統合 「憎悪」の時期に定着
東京外国語大学教授 渡邊啓貴
大量難民の流入が欧州を揺るがしている。欧州連合(EU)加盟各国の思惑の違いが角逐を先鋭化させている。
19世紀以降、欧州は常に移民や難民の問題と向き合ってきた。
実は西欧にはもっと大きな大量難民発生の苦い経験がある。第2次大戦直後の戦争難民である。ベン・シェファード著『遠すぎた家路』(忠平美幸訳、河出書房新社・2015年)は、この問題をめぐる現代史の原点を広範な取材を通して臨場感あふれる筆致で読者に提供する。
第2次大戦期の欧州には様々な事情で故郷を離れざるをえなかった「強制移住者(DP)」がいた。ドイツでは労働力不足を補うためにポーランド・ウクライナ・バルト諸国から強制連行された沢山(たくさん)の人々がいた。1942年初めから翌年6月末までの間だけで280万人の外国人労働者がドイツに送り込まれたという。そして戦争が終結したときに、「対独協力者」であった彼らは行き場を失った。彼らがソ連の支配下に置かれた祖国に戻ることは、身の危険を伴うものだったからだ。
●第2次大戦後も
他方で、収容所から解放されたユダヤ人と東欧に在住していた多くのドイツ人も帰国してきた。戦後の欧州は難民で混乱状態だったのである。そして彼らを救済するために連合国救済復興機関(UNRRA)が設立された。しかしこの機関の運営・活動は資金不足や各国の思惑が錯綜(さくそう)する中で困難を極めた。それは今般のシリア難民受け入れをめぐるEU加盟各国の間の角逐を髣髴(ほうふつ)とさせる。
難民の定住化は広範な「移民現象(イミグラシオン)」に繋(つな)がる。移民大国フランスの移民史の「古典」ともいうべき書がジェラール・ノワリエル著『フランスという坩堝(るつぼ)』(大中一彌ほか訳、法政大学出版局・15年)。この分野に関心を持つものの「座右の書」となるべき作品である。
原書の初版は88年で、必ずしも今日の仏極右運動「国民戦線」の隆盛を視野に入れたものではない。しかし、19世紀以後のフランス移民史を人口学・政治・経済・文化的側面から浩瀚(こうかん)な資料と研究業績を踏まえて体系的に論じた本書は、難民問題に潜む課題をあらためて確認させる。
「移民現象」や「移民」という言葉は19世紀後半の第三共和制初期から使われるようになるのだが、1889年国籍法の導入によって本格的に外国人・移民が政治的課題となって現出する。本書は「移民現象」をめぐる身体的・民族的特殊性や、アイデンティティー、第二世代、経済現象など様々な側面からの検証を精緻に行っている。とりわけドレフュス事件につながるユダヤ人排斥運動が高揚した1880年代、対独協力ヴィシー政権の時代、そして1980年代経済不況という3つの「外国人憎悪」が激しくなった時期に、実は外国人の定着化が認められることを指摘し、移民現象がもはや一時的な現象ではないことを実証したのは大きな功績である。
そうした中で、今般の難民問題の中心にいるのがドイツである。緊縮財政を執拗に主張してEU内での格差「南北問題」を増幅させたが、難民問題でも「黄金郷(難民の目指す豊かな最終目的地)」としてドイツのイニシアティブが顕著である。「(強い)ドイツ問題」はもはや例外ではなくなっているかのようである。
●「ドイツの夢」指摘
三好範英著『ドイツリスク』(光文社新書・15年)はそうしたドイツの突出を最近のテーマを整理しながら的確に指摘している。ドイツの突出は野心というよりも、もともとドイツ的な心情である「ロマン主義的な夢」に端を発するのであって、攻撃的性格のものではない。ドイツに通暁する著者ならではの卓見である。かつてコール独首相が統合を推進したスタンスの基本には、「ドイツのヨーロッパ化」と呼ばれる、統合の中にドイツの力を封じ込めておくという謙虚な基本認識があった。原発廃止と自然エネルギーへの転換、政治統合に先立つ統一通貨ユーロ導入、さらに歴史的にドイツ外交の特徴である親ロ・親中外交などはドイツの夢を託したものであったが、その理想は今や大きく変貌しかけており、その中でドイツは呻吟(しんぎん)しつつ前に出ている。
世界史の中の思考・生活様式の一元化であるグローバリゼーションは、第1次大戦後の現象であり、イデオロギー対立や民族・宗教対立の顕在化は20世紀を貫いたテーマである。今日のわれわれが地球規模で共有する問題でもあろう。「人の移動」はそうした領域の共通基盤として、ポスト冷戦体制の将来の鍵ともいえる重要課題だ。そして欧州では、未来を担う中心にドイツの影が色濃くなっている。その意味では、ここで取り上げた3著作は警世の書でもあるのかもしれない。
[日経新聞10月11日朝刊P.19]
投稿コメント全ログ コメント即時配信 スレ建て依頼 削除コメント確認方法
スパムメールの中から見つけ出すためにメールのタイトルには必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
すべてのページの引用、転載、リンクを許可します。確認メールは不要です。引用元リンクを表示してください。