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試練続く欧州
(中)「崩壊の恐怖」が枠組み維持
竹森俊平 慶応義塾大学教授
単一国家を形成していない地域内で、ヒトや資本の移動に対する「国境」という障壁を消去するというのが欧州統合の「実験」である。
ヒトについては、26カ国が調印したシェンゲン協定により、身分証明書の審査なしで国境通過が認められている。資本については、欧州連合(EU)内の移動は自由、それに加えて為替レートの変動という「国境」もなくすために、欧州19カ国は共通通貨「ユーロ」を採用し、金融政策を欧州中央銀行(ECB)に委ねている。だが、年初に再燃したギリシャ支援問題や、シリア難民問題は、いずれも欧州統合が原因の一端となった。
合法、非合法に域内に流入した難民は、協定による移動の自由を利用し、難民に寛容で、経済状況が良い国に移住しようとする。ヒトラー時代の政治抑圧の悪夢があるドイツは難民に最も寛容で、経済も好調なので難民が殺到する。さすがにドイツ政府も無制限の受け入れを嫌い、EU各国が難民の受け入れを「分担」するという提案をした。
9月22日のEU閣僚理事会で、12万人の難民の域内再配分が承認されたが、満場一致ではなく、イスラム教徒の国内定住を望まない東欧4カ国(ハンガリー、チェコ、スロバキア、ルーマニア)の反対を押し切っての多数決での承認だった。4カ国はドイツが主権を侵害したと非難する。
東欧のドイツに対する経済依存度からして、両者の対立がEUの内部分裂にエスカレートするとは考えにくい。それでも難民問題の影響は深刻だ。中東における内戦がシリア、イエメンからトルコのクルド人地域にまで拡大するなか、ドイツの受け入れ姿勢は戦闘地域の住民の希望の光となっている。だから難民は今後ますます増加する。
そうなった時、ドイツ政府も、東欧の反対を押し切って進めた難民政策を転換せざるを得ないだろう。当然EUのリーダー国としてのドイツの地位は傷つく。シェンゲン協定の維持も難しくなり、一直線に統合を進めてきた欧州は初めての後退を強いられる。
停滞する欧州にあってドイツ経済だけが好調なのは、ユーロ導入で為替レートの変動がなくなった状態で、同国経済の低インフレ体質がそのまま域内競争力の上昇につながるからだ。しかしユーロ発足当初はアイルランド、スペイン、ギリシャなどインフレ体質の国に追い風が吹いた。高インフレ国では金利が若干高くなるが、ユーロにより為替リスクが消滅したため、一番金利の低いドイツで資金を調達し、インフレ国で運用すればもうかるという錯覚が生じたのだ。それでインフレ国への投資ブームが起き、これらの国の高成長につながった。
ところが2008年のリーマン・ショック以降、資本市場がリスクに目覚めて状況が一変する。高インフレ国への投資は高リスクと見なされるようになったため、資本がドイツに逃避し、高インフレ国は金利の急騰を受けて金融と財政の危機を迎える。つまり「ユーロ危機」とは資本逃避の危機だった。しかしギリシャ以外の国の場合、それは流動性(一時的な資金不足)の危機にすぎなかったから、通称「トロイカ」(EU、ECB、国際通貨基金=IMF)が協力し、つなぎ資金を融資することで危機は収まった。
だがギリシャだけは別で、同国政府が支援を申し込んだ10年春の時点で、IMFはギリシャの財政が持続不可能な状態と判断し、債務減免をひそかに提言していた。結局、減免は12年に民間保有のギリシャ債権に限定してなされたが、既に当初の民間保有債権の大半を公的機関が肩代わりしていたため効果は薄く、ギリシャは現在も公的支援を必要とする危機的状態にある。
ギリシャのチプラス政権とトロイカの対立激化により、第2次支援策は6月末に失効し、8月にようやくまとまったものの、第3次支援策に向けた交渉は紛糾した。ギリシャのユーロ離脱(GREXIT)は不可避と思われる場面が何度もあった。特に7月12〜13日のユーロ圏首脳会議はそれに先立ってショイブレ独財務相が「ギリシャが債務減免を必要とするなら、最低5年間ユーロ圏を離脱することが必要」といった内容のメモを配布したため緊迫した。
フランスが明確にGREXIT反対の立場をとり、イタリアも同調したため、ギリシャとその他の国の対立が、ユーロ圏三大国の対立へとエスカレートした。EU史上最大の危機だったかもしれない。
三大国の対立にエスカレートした一つの原因はフランスとイタリアの内政にある。フランス、イタリアともに「国民戦線」「五つ星運動」という支持率で2位前後につけるポピュリズム(大衆迎合主義)政党を抱える。日本の第三政治勢力の退潮ぶりをみても、「何でも反対党」の根強い人気は不思議だが、その理由は両党がともに「ユーロ離脱」を基本方針にすることだ。フランスやイタリアでは、経済専門家も、一般国民も、ユーロ導入が失敗だったことを承知している。だからポピュリズム政党の人気が落ちない。
しかし経済専門家は、実際に「ユーロ離脱」を実行するのがどんなに大変かも知っている。離脱に伴い、どれだけ大きな経済費用が生じるか予想できない不確実性があるのだ。だからポピュリズム政党は、現状では政権党に浮上する可能性が少なく、何でも反対党にとどまる。しかしその状況を変えかねないイベントがある。実際にどこかの国がユーロ離脱を試みることだ。
現に、7月に解任されたギリシャのバルファキス元財務相は、電子マネーを利用して、ユーロの「代理通貨」を導入する計画を進めていた。それは各経済主体の支払い予定、受け取り予定をIT(情報技術)で管理して「一括決済」を可能にするなら、ユーロの現金はなくても、経済取引に支障は生じないという斬新な発想に立つ計画だった。
計画が実施されたとしよう。それで本当に支障が生じないのなら、ポピュリズム政党は「それ見たことか」と力を得る。現実にはこちらの可能性が高いが、大きな支障が生じてもポピュリズム政党は活気づくだろう。どのような支障が生じるかを観察し、そのような支障がフランスやイタリアでは発生しないようにするという「建設的提案」ができるからだ。つまりGREXITが起きれば、ユーロ離脱に伴う不確実性が消え、ポピュリズム政党の行動の余地が広がる。それが問題なのだ。
結局、このような展開を避けるためには、8月にまとまった第3次ギリシャ支援策では不十分で、ギリシャ問題のより根本的な解決が必要になる。債務減免が不可欠だ。IMFは、ギリシャの財政は債務を半分に減免しなくては持続可能にならないと警告し、もしユーロ圏がそのような減免に応じない場合、第3次支援策への参加を見送る方針を明言している。IMFの参加、不参加は年内に決まる予定だ。IMFが参加した場合には、債務の支払い期限延期など実質上の減免がなされて、ギリシャ危機が本格解決に向かう目算が生まれてくる。
欧州統合とは、「欧州」という単一国家形成に向けた「夢」を追う壮大な計画と言われてきた。しかし現在は「シェンゲン協定」や「ユーロ」のような枠組みが崩壊した場合の莫大な経済費用という「恐怖」によって支えられた、現状維持的な制度になっている。
ポイント
○ドイツの難民政策転換は統合後退を意味
○ユーロ離脱はポピュリズム政党に追い風
○IMFのギリシャ支援参加で本格解決も
たけもり・しゅんぺい 56年生まれ。慶大卒、ロチェスター大博士。専門は国際経済学
[日経新聞10月8日朝刊P.31]
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