5. 2015年10月08日 07:16:52
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ロシアを正しく理解するメドベージェフ首相の前途多難 北方領土に3度足を踏み入れた"悪代官"に次はあるか 2015.10.8(木) 大坪 祐介 ドミトリー・メドベージェフ首相とのビデオ会議の模様。右下の画面が筆者 9月28日、筆者はドミトリー・メドベージェフ首相とのビデオ会議に参加した。 これは、これまで何度かこのコーナーでも取り上げたロシア版シリコンバレー「スコルコヴォ(Skolkovo)」の設立5周年記念イベントであり、スコルコヴォの発案者であるメドベージェフ首相(当時は大統領)と海外の関係者がオープンイノベーションについて議論するという企画である。 全体で1時間20分程度の討論会はグーグルが無料で提供するビデオ会議プラットフォーム(Hangout)を利用してモスクワ郊外のスコルヴォと世界7か所の参加者を同時に結んで行われた。今さらながらインターネットの便利さには感心させられる。 筆者は会社の会議室から参加、日常使用しているノートパソコンに社内のLANケーブルつなげるだけで映像も音声もクリアそのもの、しかもこの討論会の様子はユーチューブで同時中継までされていたのである。 アジアから唯一の出席者 今回のビデオ会議では筆者はアジアから唯一の出席者ということもあり、ロシア極東地域におけるロシアのイノベーション政策、アジア諸国とのオープンイノベーションの可能性などについて質問した。 これに対しメドベージェフ首相はロシアは日本はもちろん中国、韓国、ベトナムあらゆるアジア諸国との経済、技術協力に前向きに応じること、またロシア政府は極東地域においては極東連邦大学をテクノロジーハブとする発展計画を推進していることを簡潔明瞭に説明した。 それは他の参加者からの質問に関しても同様で、多岐にわたる質問内容を如才なく捌いていく様子を見て、筆者はなぜウラジーミル・プーチン大統領が彼を大統領に指名し(一時的ではあったが)、自身が大統領に返り咲いた後も、彼を首相として手許に置いておくのか、その理由の一端を垣間見たような気がした。 ところでビデオ会議に先立つ9月23日、メドベージェフ首相はロシアの経済誌「経済の諸問題」に「The new reality: Russia and global challenge」 という論文を発表している。 現在のロシアを取り巻く世界経済の状況を前提に、今後ロシア経済はどのような道を進むべきか彼の考えを述べた、どちらかと言えば国内向けの論文である。 筆者は首相府が公表した英文テキストに目を通したが、一読し「リベラル派の論文」との印象を受けた。 経済分野に関して筆者の印象に残った部分をいくつか抜粋してみよう。 (1)ロシア経済の構造改革の必要性 ●ロシアは先進国の1つだが、その経済は非効率であり他の先進諸国と比較した労働生産性は桁外れに低い。 ●我々は従来の西側先進国に「追い付き、追い越せ」という発展モデルを見直すべき。今日のニューノーマルに適合したより効果的かつ効率的な発展モデルが必要。 ●経済危機は脅威であると同時に改革のチャンスでもある。 メドベージェフ首相はロシア経済が現在直面している危機は、ロシアの主要輸出品目である原油価格の下落、あるいはウクライナ問題から生じた欧米諸国の対ロシア経済制裁が主たる原因ではなく、ロシア経済が内包する構造問題、特に著しく低い労働生産性であると指摘している。 この点に関しては、ロシア経済を少し勉強した人であれば異論はなかろう。 筆者も全くの同感である。 彼はロシア経済が目先数年で崩壊することはないと国民を安心させつつも、この危機をバネにして今改革に取り組まないと、ロシアに将来はないと訴える。 彼は現在50歳(プーチン大統領は今月7日で63歳)であり、2018年の次回大統領選挙時は53歳、次々回2024年でも59歳である。 ポストプーチンを狙っていることは間違いない。 (2)構造改革を進める条件 ●構造改革を進めるためには、経済の自由化と規制の緩和が不可欠である。 ●中長期的な財政均衡と政府債務の低位安定は政府にとって最重要課題、歳入の裏づけのない財政出動、中央銀行による量的緩和は行わない。 ●マクロ経済情勢御安定、特にインフレ率を4%以下に抑えること。 ●市場経済における競争の促進と政府による介入の排除。 ●国内中小企業の育成。 ●長期資金供給手段としての年金制度整備。 メドベージェフ首相はマクロ経済運営に関しては、財政均衡、インフレ抑制を重視する、極めてオーソドックスな考え方の持ち主のようである。 これまでのロシア経済を振り返り、そのボラティリティに鑑みれば、こうした保守的な政策を重視することは無理もない。 半面、構造改革に関しては一貫してリベラル、すなわち規制緩和と自由競争を主張している。 また、イノベーション、中小企業分野においては政府が積極的にサポートすることを否定していないほか、地方政府のイニシアチブによる投資の誘致、民間による長期資金供給を可能にするために年金基金制度を整備することも提唱している。 こうした方向性に関して、筆者も含めて西側の論者は概ね異論はないものと思われる。 (3)政府組織の改革 ●私的所有権の確固たる保証。 ●効率的な司法制度。 ●効率的な行政組織。 特に政府による経済への介入を排除するために、メドベージェフ首相は司法・行政改革を主張している。実際、司法改革については裁判官への大幅な待遇改善を図ったため、一昔前のような法律を無視した判決が下されるようなケースは大きく減少したと言われている。 ちなみに世銀の「Doing Business 2015」ランキングでは、ロシアは総合順位は62位だが、所有権登記は12位、契約履行では14位と上位にランキングされている。 法律家のバックグラウンドを持つメドベージェフ首相としては面目躍如であろう。しかし、我が国の例を見るまでもなく、身内である公務員の権益を削減するには多くの困難が伴うことが予想される。 以上、メドベージェフ首相の論文から筆者が気になった点を書き留めた。既にコメントした通り、彼の主張はロシア経済の正確な分析とその原因に対する的確な対応であり、筆者は概ね賛同すべき点が多い。 しかし、首相の仕事は立派な論文を発表することではなく、その政策ビジョンを実際の法律に落とし込み、実行に移すことである。 となると、メドベージェフ首相の前途は極めて多難に思えてくる。 彼の支持率はこのところ回復傾向にあるとは言えプーチン大統領にははるかに及ばない。彼が主張する「真っ当」な意見は、ロシアの進路に最終的な責任を持つプーチン大統領のそれと一致するものなのか、さらにプーチン大統領を支える保守派の人々の意見、権益と相容れるものなのだろうか。 そして何よりもロシア国民の多数がメドベージェフ首相の描く未来像を望んでいるのであろうか? モスクワやサンクトペテルブルグといった大都市に住むロシア人はそれに共感するかもしれない。しかし地方の産業都市や農村地帯、あるいは官僚組織の末端で働く多数のロシア人にとっては、それは絵空事であり彼らが望むものではない可能性がある。 ロシア国内ではリベラル派の顔、他方日本では北方領土に3回も上陸した悪代官のイメージが強いメドベージェフ首相の今後の舵取りに注目したい。 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/44943
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