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国際協定の焦点
(上)ISDS条項 海外事業の損失回復に道
不利な制度変更 日揮、スペイン訴え
来月以降の再開が注目される環太平洋経済連携協定(TPP)交渉。日本企業の海外進出が加速するなか、企業が相手国と対等に渡り合うための仕組みづくりが不可欠だ。外国企業が進出先の政府を訴えられる「ISDS条項」の導入は、企業にとって損失回復の有力な切り札となる。貿易や投資に関するルールづくりが持つ意味と、企業活動への影響を検証する。
フィリップ・モリスはISDS条項を使い、豪政府との仲裁を申し立てた(現地販売のたばこ)
(瀬川奈都子)
日揮は6月、スペイン政府を相手取り、世界銀行傘下の投資紛争解決国際センターに仲裁を申し立てた。再生可能エネルギー買い取り制度の変更が原因だ。
日揮は2012年、スペイン南部のコルドバ市近郊で現地企業と組み、太陽熱による発電設備を稼働した。同国政府は太陽光の利用を促すため、04年ごろから電力の買い取り制度を発電事業者に有利に改定し、外資を誘致していた。
ところがその後、スペイン政府は買い取り価格引き下げなど投資家に不利な条件変更を相次いで実施。同国政府は各国企業から、損害賠償などを求める数十件の仲裁申し立てを受けている。
日揮が仲裁を活用できたのは、98年に発効したエネルギー憲章条約にISDS条項があるためだ。エネルギーの安定供給を確保するための同条約は、15年6月時点でスペインを含む48カ国と欧州連合(EU)が締結。日本は02年に批准した。
ISDS条項は、企業が進出先国で被った経済的損失を政治問題化させずに回復する有効な手段だ。例えば12日に中国・天津市の港湾部で起きた爆発事故。トヨタ自動車やイオンなど日系企業にも被害が広がった。
避難住民らが中国政府に補償を求めており、「今後、中国政府が自国民や企業に補償をしたら、日本企業も日中韓投資協定に基づき、同条件の補償を求める余地がある」(京都大学の浜本正太郎教授)。同協定は暴動やその他の緊急事態で締約国の企業が損失を被った場合、自国の投資家と同様の補償をすると定めているからだ。
「500億ドル(約6兆円)を支払え」。ISDS条項を利用すれば巨額損失の回復に道が開けることもある。ロシア政府に資産を没収された露ユーコス社の元株主は海外法人を使って同政府を訴えた。オランダの仲裁機関は昨年7月、投資協定に基づく仲裁判断として過去最高の賠償金支払いをロシア政府に命じた。
世界では14年末までに608件のISDS条項利用例が公表された。だが日本企業はまだ2件とみられる。日揮と、野村証券の海外法人がチェコ政府を訴えた案件だ。
日本企業の利用が少ない理由は2つある。
一つは投資先の政府とのあつれきを避けようとする企業の姿勢だ。専修大学の西元宏治准教授は「日本企業が相手国政府と事を構えるのは(相手国との関係がなくなる)撤退時などでないと難しい」とみる。
三菱商事の中尾智三郎・法務部部長代行も「相手国の規制強化で事業が続けられなくなったら、こちらも義務を履行しなくてもいいという条項をあらかじめ契約書に盛り込んだり、保険を活用したりして、ISDS条項を使わない選択肢をまず模索する」という。
一方、欧米企業は強気だ。米フィリップ・モリスは11年、香港法人を通じオーストラリア政府との仲裁を申し立てた。豪政府が導入した、たばこの「プレーンパッケージ法」が商標など同社の知的財産権を奪い、豪・香港間の投資協定に違反すると主張する。同法はたばこの箱に健康被害を警告する画像や文言を入れることを義務づけ、ロゴなどの掲載を禁じている。
日本企業の活用例が少ない理由のもう一つは、日本が結んだ投資関連の協定数が少ないこと。世界の関連協定数は3千件を超すが、日本は経済連携協定(EPA)を含めて発効している投資協定は32件しかない。
株主の視点に立てば、経営者は損害を最小限にするため、最善の策をとるべきだろう。国際仲裁に詳しい小原淳見弁護士は「熟慮の結果、ISDS条項を使わないという選択は企業戦略としてあり得る。だが少なくとも使えるインフラは用意すべきだ」と話す。
TPPが妥結すれば、日本企業は米、カナダ、豪州、ニュージーランドに対し、新たに同条項を使えるようになる。TPP以外にも、EPAや自由貿易協定(FTA)など17件の投資関連交渉が継続中だ。日本企業の海外進出を支援する条件整備が今後も欠かせない。
ISDS条項、企業と国の争い仲裁
▼ISDS条項 Investor−State Dispute Settlementの略。企業の投資先国が投資協定に違反した場合、企業が国を相手取って投資仲裁を申し立てられる条項。投資協定の(1)自国投資家と外国投資家を差別しない義務(2)外国投資家の投資財産を国有化することの制限・禁止――などの規定が焦点になる。仲裁は条約の裏付けがあるため裁判より実効性が高く、判断の中立性も期待できるため、投資した企業に有利とされる。
米欧勢の利用目立つ 日本も備え必要
ISDS条項に基づく投資仲裁では、先進国の企業が新興国を訴えることが多い。国連貿易開発会議によると、2014年末までの累計で、企業が仲裁を申し立てた件数の上位は欧米諸国が占める。逆に申し立てられた件数の1位はアルゼンチン(56件)で、2位ベネズエラ(36件)、3位チェコ(29件)と続く。日本は今のところゼロだ。
しかし今後は米国や欧州など先進国との協定も進み、日本が訴えられる可能性も否定できない。TPP交渉では仲裁判断の公開による透明性確保など、乱訴防止の条件付きで各国が合意したとされる。ただ、それで十分とは言えない。投資仲裁に詳しい藤井康次郎弁護士は「国レベルだけでなく、自治体も含めて外国企業に差別的な扱いをしない体制整備も今後の課題だ」と話す。
[日経新聞8月24日朝刊P.15]
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(下)新薬データ保護期間 米が延長要求、交渉難航 新興国の「特許破り」に対抗
特許と並び、薬の知的財産の柱である新薬データ。その保護期間の調整で環太平洋経済連携協定(TPP)交渉が難航している。圧倒的な新薬開発力を持ち他国に延長を求める米国と、反対する国々との折り合いがつかない。交渉は人命保護とビジネスの論理の綱引きになりかねないため、合意は容易でない。
新薬を開発できる企業を抱える国は米、英、スイス、日本など10カ国程度といわれる。東京大学の玉井克哉教授は「一握りの国がその他多くの国々と対峙するので、医薬品の知財保護強化は難航しがちだ」と指摘する。
「新薬の世界売り上げ上位100品目でみると、米国勢が4割を占める」(シティグループ証券の山口秀丸アナリスト)ため、米国は期間延長を強く求めてきた。
世界貿易機関(WTO)のTRIPS協定(知的財産権の貿易的側面に関する協定)は、新薬の治験データについて営業秘密などと同様の保護を定めている。しかし著作権や特許のように最低限守らなければならない年数は設定されていない。
そこで米国は自由貿易協定(FTA)で新興国相手に5年程度の保護期間を確保してきた。バイオ新薬で12年に引き上げたことがTPP交渉難航の一因とみられる。
データ保護期間は、新興国市場への輸出を拡大する際に意味を持ってくる。新興国では特許で薬の権利を守ることが困難な場合があるためだ。
TRIPS協定は感染症のまん延などの国家緊急事態に、後発薬メーカーが特許権者の許可なく特許を使える強制実施権を認めている。いわば合法的な“特許破り”だ。
これまでインドネシア、タイ、インドなどがエイズや悪性腫瘍の治療薬などに発動した。「インドでは『特許利用の製品が手ごろな価格で入手できない』ことも発動理由になる」(インド法務に詳しい琴浦諒弁護士)。
新薬の開発費は通常、数百億円以上かかる。「海外展開する製品なら、現地での治験コストも含め2千億円以上に膨らむ」(中外製薬)という。なかでも米国が延長を主張するバイオ新薬は、遺伝子組み換えなど高度な技術を駆使するため「化学合成新薬の2〜5倍の費用がかかる」(東京大学の秋元浩客員教授)。
特許権で一定期間技術を独占することは巨額の研究開発費を回収するために必要だが、人命保護を主張する国を相手に、一企業が経済の論理で対抗するのは難しい。
また特許の場合は現地の裁判所で権利を否定される危険もつきまとう。インド最高裁がスイスのノバルティスの特許申請を2013年に却下した事例をはじめ、先進国メーカーは特許権の取得自体に苦労している。
一方、データ保護期間については「強制実施権のような人道目的の例外規定は無いため、国際協定で保護を約束すれば、進出先国の都合で破ることは困難だ」(小野誠弁理士)。ここに米国がデータ保護期間延長にこだわる理由がある。
新薬メーカー団体、日本製薬工業協会の藤井光夫知的財産部長は「保護が確実になれば、投資回収が困難な希少病向け薬の開発も進む。新興国の後発薬メーカーにとっても長い目でみれば利点があるはずだ」と話す。
(瀬川奈都子)
▼新薬のデータ保護期間 新薬メーカーは治験などで得た安全性、有効性などに関する膨大な承認申請データを規制当局に提出し、販売許可を取得する。保護期間が過ぎれば後発薬の審査には新薬のデータが流用できるので、後発薬メーカーは申請コストを低減できる。米国は環太平洋経済連携協定(TPP)交渉で、バイオ新薬のデータ保護期間を自国と同じ12年にするよう主張していたとされる。日本の保護期間はバイオを含む有効成分の新しい薬全般で8年。新興国は5年が多い。
[日経新聞8月31日朝刊P.17]
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