7. 2015年9月04日 00:32:55
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難民受け入れをめぐって東西に分裂するEU2015年9月4日(金)渡邊 啓貴 欧州は、中東・アフリカから押し寄せる難民の波に苦悩している。8月下旬にはオーストリアで、難民と見られる71人の死体を積んだトラックが発見された。8月末にも、摘発されたワゴン車に20人ばかりの難民が乗っていた。 大胆さで話題を呼んだのは命を懸けたドーバー海峡の横断だ。フランス北西部カレー市から、ユーロトンネルを通って英国に密入国する難民が後を絶たない。7月末にはわずか2日間で、海峡横断による密入国が2000件も試みられた。その方法はトラックの幌の上や車両の屋根に飛び乗ったりする危険な行為だ。6月からの2か月半で少なくとも9人の死者が確認されている EU(欧州連合)は9月14日に緊急内相会議を開催する。事態の打開が難しい中、EUが抱える苦悩は深い。 こうした難民の悲劇を終わらせるために、英仏両国の内相が8月半ばに協議して、トンネルの仏側入口付近に塀の構築、警察官の増員と監視カメラの増設などで合意した 他方で、東南欧諸国に達する移民も大きな課題となっている。ギリシャのコス島やマケドニア南部の街では、大量に押し寄せた難民たちと現地住民との摩擦が生じている。現地住民が難民に食糧を提供したところ、その周辺に難民が居着いてしまう事例が続発している。治安当局との衝突にまで発展した事例もある。治安当局は催涙ガス弾まで投じて対応した。 拡大、多様化する難民流入 2011年頃からリビアなど地中海南岸からイタリア・ギリシャなど南欧諸国への密航者が問題になり始めた。欧州でシェンゲン協定(域内移動の自由を保障する協定)に加盟している国の間では、ある加盟国で入国を許可された第三国人は、他の加盟国への入国が自動的に許される仕組みになっている。イタリアから入国した中東・アフリカ諸国の難民がフランスへ大量に流れたことから、フランスは2011年春、イタリア国境からの移民の流入を一時的に停止した。シェンゲン協定廃棄論は極右だけでなく、フランスやスイスで特に強い声となりつつある。 この春には、アフリカから地中海を渡りギリシャ・イタリアに流入する難民をすし詰めにした船舶が転覆する事故が相次いで、世界が注視するところとなった。4月下旬にリビア沖で起きた転覆事故では900人もの死者が出たといわれる。 その頃からようやく密航船の取り締まりに本気になったEUは、4月の内相・外相閣僚理事会で10項目の行動計画を採択。救助活動や国境警備の強化や、密航船の捕獲・破壊を決めた。そして難民を各国に割り当てる措置を検討するようになった。しかし6月には、EUが提案する割当数を中欧諸国が受け入れない旨を公言。 6月末のEU首脳会議は4万人の難民を受け入れること決めたが、割当数についてはいまだに合意はない。各国の自発的な措置に任されている。 事態が一層深刻化していることは、難民の移動経路が多様化しつつあることに明らかである。難民が密入国する国は依然としてギリシャ・イタリアが最も多い。ギリシャは今年7月までに12万人、イタリアは9万人で昨年のペースを大きく上回っている。 その一方でハンガリー、スロバキア 、バルト諸国へ密入国する者の数も急速に増えている。地中海南岸ルートの航海の危険が高いことと取締りが厳しくなったことから、この夏、バルカン・ルートの拡大が加速化した。ギリシャ・バルカン地域を抜けてセルビア・ハンガリーに至る道程である。アフリカからの難民が迂回するようになった。加えて、アフガニスタンやパキスタンといったから移民、中でも、このルートを通って欧州に向かうシリアからの移民が拡大している。 なぜこうしたルートになるかというと、こうした経由国が入国しやすい地域であるからだ。例えば、マケドニア南部のゲブゲリアは難民申請のために3日間の一時滞在を認めている。その間に、次の入国地への手はずを整えることができる。そしてより生活環境の安定している西欧や北欧の先進国へと流れていくのである。 反発する中・東欧諸国 割当制などEUが定めた統一的な対応について、特に中・東欧加盟国が強い反発を示している。旧東側陣営だった新加盟国には、こうした大量難民の発生の原因を作ったのは、西・北欧先進各国だという思いがもともとある。 難民の多くはシリア、イラク、アフガニスタン、エリトリア、リビア、ソマリアなどの出身である。国内紛争が激化する中、政治・経済難民と化した。西欧諸国が「アラブの春」が起きた際に「民主勢力」を安易に支援し、革命を煽っておきながら、その後、事態を効果的に収拾することができなかったことや、リビアやイラクに対して展望のない軍事介入を行ったことが、治安の悪化と社会不安を増幅し難民を生んだ。 西欧先進国流の人道主義が成果を上げず、格差をもたらす構図は、「文明を伝搬する」という大義名分の下で植民地政策を進めていた時以来、近代の歴史が繰り返してきたことである。 どうしてそのツケを自分たちが払わねばならないのか――というのが中・東欧加盟国の言い分である。難民は確かに海路・陸路を通じて中・東欧諸国に渡ってくるが、彼らはそこに定住するつもりはない。それなのに、EUは難民割当制を導入して有無を言わせず、受け入れを中・東欧諸国に押し付けてくる。これでは、ソ連のコミュニズム体制のくびきからせっかく逃れたというのに、今度はEUの支配に屈せよと迫られることになる。 中・東南欧でEUに対する反発が強いもう一つの理由は、イスラム教徒を早くから受け入れている西欧諸国に比べると、イスラム社会に対する免疫がないことである。難民たちも生活基盤を整えにくい環境であるので、定住を希望する者は少ない。 EUに対して、今年7月だけで10万7500人の難民申請があった。これは昨年同期の3倍である。ハンガリーには今年になって12万人の申請がすでにあった。セルビアとの国境に鉄条網を張り、監視強化に神経質になっている。ドイツが最多数の難民(43%)を受け入れていることは知られているが、その一方でポーランド・チェコ・スロバキア・ルーマニア・ブルガリア・バルト3国が受け入れた難民はわずか6000人と見られている。 ポーランド・チェコ・スロバキアなどの世論調査によると、60〜70%の人々が難民流入に反対している。チェコ国会議員の一人は、「自分たちは長い間同質性の高い社会であった。異なった人種と文化になれていない」と語った。それに対して「あなたは排外主義者か」と質問されて、「わたしたちはより注意深いだけだ」と反発した。 西・北欧諸国は難民にとって理想の先進国 大量の移民が最終滞在地として目指すのは、生活条件の良いドイツやスウェーデンなどの西・北欧である。彼らは南欧諸国から北上しようとする。一部の難民は、英独などでは住居を保障され、生活費補助などを受けることができる。英国では「週に50ユーロの生活扶助」がある。こうした話が、まるですべての難民が対象であるかのように誇大に伝えられ、難民の「期待」を膨らませている。 ドイツでは今年だけで年間75万人の難民申請者が予測されている。92年の44万人を超える新記録となることは間違いない。特にドイツはアルバニア・セルビアなどのバルカン・ルートからの難民受け入れに寛容と言われている。 しかし、西・北欧諸国も、いつまでも受け入れを続けられるわけではない。8月にキャメロン英首相がユーロトンネルから流入しようとする大量の難民を「(昆虫などの)群れ」に例えて波紋を呼んだ。極右UKIP(独立党)の勢いが強まり、EU残留を問う国民投票を2017年末までに行なうことを公約する現政権としては、難民に対して弱気の対応はできない。密入国を止めるためのフェンスや治安強化のための予算を拠出して対応しようとしている。 英国の方針は、オランド仏政権の姿勢とは異なる。仏政権は人道主義を重視しており、難民の管理に甘い。8月最後の週末にバルス仏首相は、「人道と責任」を強調、難民に対する手厚い保護を主張した。 解決を模索するEU 国連難民高等弁務官事務所の記録では、1日当りの増える戦争難民の数は4〜5万人に上るとされる。これ5年前の4倍にあたる。これに対して、復興した先住国へ帰国する者の数は大きく後退している。この数は昨年、年間12万6000人。10年前は年間100万人だった。危険な地域が急速に増えていることを表している。 英国労働党で次期党首候補の一人である影の内相クーパーは、欧州を超えた広い国際的枠組みで難民問題を解決すべきだと主張する 。カレー難民問題はEUの枠を超えて国連に事態の収拾を任せるべきだと提案した(英ザ・ガーディアン 8月11日付)。たしかに受け入れ割当が各国の自主性に任されている現段階でEUにできることは限られている。しかしEUは当面の対策は講じなければならない。その責任がある。 EUにおいて議論されているのは、全欧難民登録センターの創設、不法移民の早期送還などである。それに加えて、正当な亡命難民に対する正規滞在許可の発行、密航業者を撲滅するための援助(EUへの経路となっている諸国向け)なども検討されている。EUの対応能力は確かにかつて程強くはないが、責任を放棄できるわけではない。EUは高い失業率と成長率の鈍化を理由に移民政策に消極的になるのではなく、欧州統合を積極的に進めていく中で移民を吸収していくべきだと、いう意見も強い。 いずれにせよ、西欧諸国による移民の受け入れは、EUレベルだけで解決できる問題ではなさそうだ。しかし、アラブ諸国の論調にあるように、西欧諸国が責任を持って解決すべだと言う見方は強い。 渡邊 啓貴(わたなべ・ひろたか) 東京外国語大学教授。国際関係研究所所長 1954年生まれ。同大学外国語学部フランス語学科卒業。同大学院地域研究科修士課程および慶應義塾大学大学院法学研究科博士課程修了。 パリ第1大学大学院博士課程修了。パリ高等研究院・リヨン高等師範大学院客員教授、ジョージ・ワシントン大学シグールセンター客員教授などを歴任。 近著に『シャルル・ドゴール 民主主義の中のリーダーシップへの苦闘』 このコラムについて ニュースを斬る
日々、生み出される膨大なニュース。その本質と意味するところは何か。そこから何を学び取るべきなのか――。本コラムでは、日経ビジネス編集部が選んだ注目のニュースを、その道のプロフェッショナルである執筆陣が独自の視点で鋭く解説。ニュースの裏側に潜む意外な事実、一歩踏み込んだ読み筋を引き出します。 http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/110879/090200077/
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