米国統合参謀本部は、7月1日に「国家軍事戦略(NMS: National Military Strategy)」を4年ぶりに発表した。
今回のNMS自体は、米国の安全保障を研究している者にとっては驚くような内容ではないが、バラク・オバマ政権下における最後のNMSであると同時に10月に交代するマーティン・デンプシー統合参謀本部議長の最後の報告書である点に特色がある。
本稿においては、最近1年半ばかりに立て続けに発表された「4年ごとの国防計画の見直し(QDR: Quadrennial Defense Review)」(2014年3月発表)、「国家安全保障戦略(NSS: National Security Strategy)」(2015年1月発表)を改めて読み返しつつ、オバマ政権が6年半を経て到達した安全保障に関する政策や戦略について考えてみる。
そしてこの作業は必然的に過去の政権特にジョージ・W・ブッシュ政権の安全保障戦略に触れることであり、将来の米国の戦略を予測することでもある。
オバマ大統領は現在2期目の半ばを過ぎ、残り18か月の任期を残すのみとなった。米国の各種メディアでは既に次期大統領選挙に関する報道が盛んになっていて、オバマ政権のレームダック化が心配されたが、なかなかどうしてオバマ大統領は予想に反して健闘している。
2014年11月の中間選挙で大敗して以降、開き直ったかのように2期にわたる大統領職の総仕上げであるレガシー(遺産)作りに集中し、キューバとの国交回復、イラン核協議における歴史的合意などの成果を達成している。
野党である共和党の多くの議員はオバマ大統領のレガシーに反対しているが、米国のマスコミは“Obama's Big Summer”という表現を使い6月から7月にかけてのオバマ大統領のレガシー作りの成果に驚いている。
前任者であるジョージ・W・ブッシュ前大統領は、イラク戦争をはじめとする対テロ戦争におけるあまりにも傲慢で独善的な単独主義(unilateralism)や覇権主義を国内外から批判された。米国は時に過剰な干渉主義により世界の平和に悪影響を及ぼすが、ブッシュ氏の覇権主義はその典型であった。
米国内での厭戦気分の高まりを受けたオバマ大統領は、ブッシュ氏の過度な対外的干渉を批判し、「紛争は一義的に紛争当事国や関係者が解決すべきである」という立場を採用した。
IS(イスラム国)への対処において典型的であるが、米国の軍事力、特に地上戦力(陸軍や海兵隊)を紛争解決のために極力使用しないこと、単独主義を排除し「同盟国およびパートナー国とのグローバルなネットワークの強化」を強調する多国間主義(multilateralism)を採用している。
オバマ大統領は、優柔不断で弱い大統領だ、外交に関して無知だなどと批判されてきたが、彼の多国間主義はブッシュ氏の単独主義(覇権主義)よりはましである。
しかし、ここに至るまでにオバマ政権の外交は揺れ動き、不手際が目立った。例えば、対中国外交であるが、中国による南シナ海人工島建設、中国による国家ぐるみのサイバー戦、中国主導によるアジアインフラ投資銀行(AIIB)などに有効に対処できていないし、シリア政府が化学兵器を使用した際の米軍の投入を示唆するレッド・ライン発言とその後の軍事行動の撤回などは典型的な不手際である。
実は、この不安定なオバマ政権を同盟国として強烈に支えたのは安倍晋三首相である。安倍政権に対する深い理解に乏しいオバマ政権に対し、安倍首相はぶれることなく自らの信念を貫き通してきた。
その成果が4月から5月の「日米防衛協力のための指針」の改定と米国議会における演説の成功であり、安全保障関連法案の衆議院通過である。当時の民主党政権(特に鳩山由紀夫氏と菅直人氏)が無茶苦茶にした日米同盟をここまで修復してきたのは安倍首相のおかげであり、オバマ大統領はもっと安倍首相に感謝すべきであろう。
米国では来年に迫った大統領選挙に向けた民主党および共和党の候補者争いが本格化してきた。彼らの主張を聞いていると米国の安全保障政策はまた「揺れる」と思わざるを得ない。
米国の対外政策は、ブッシュ氏の最悪の単独主義(覇権主義)から、オバマ氏の多国間主義に変化した。共和党の各候補は反オバマ色の強い勇ましい対外政策を主張しているが、米国の置かれた安全保障環境を真剣に分析して発言しているとはとても思えない。
本小論においては、米国の対外政策の変化を、国際政治における対外政策の類型、特に米国の覇権戦略などを切り口にしながら、明らかにしたいと思う。
なお、使用した主要な参考文献としては、青山学院大学教授の山本吉宣「帝国の国際政治学 冷戦終結後の国際システムとアメリカ」やマイケル・リンド(Michael Lind)*1 “AMERICAN WAY OF STRATEGY”などである。
特にリンドは米国の対外政策を極めて率直に本音で記述しているために米国の対外政策の歴史を理解するのに有益であった。当然ながらオバマ政権下における公式文書である「国家安全保障戦略(NSS)」、「国家軍事戦略(NMS)」、「4年毎の国防戦略見直し(QDR)」を使用した。
*1 =New America Foundationのシニア・フェロー、米国務省外交研究センターの所長補佐、National Interestの編集長などを歴任した
米国の対外政策の類型
ブッシュ氏とオバマ氏の安全保障政策を理解するために、米国の対外政策の5つの型を考えてみた。まず第1段階で孤立主義(isolationism)かそうでないかで分類し、第2段階で多国間主義か単独主義かで分類し、第3段階でリベラリズムかリアリズムかで分類する。この5分類は山本吉宣教授の6分類を参考にし、それをさらに単純化したものである。
●孤立主義:対外的な関与をしない。米国の価値観の強要や軍事的介入をしない
●多国間主義
(リベラリズム):価値観の共有を重視
(リアリズム):力の均衡を重視、同盟とか有志連合を活用
●単独主義
(リベラリズム):米国単独でも価値観を強要
(リアリズム):軍事力の役割を重視、米国単独でも卓越した軍事力で介入(卓越戦略)
○孤立主義:対外的な関与をしない。米国が考える普遍的価値(自由、民主主義、人権など)を他国に強要しない。他国の紛争に巻き込まれることを回避する考え方
○「多国間主義のリベラリズム」:諸問題を多国間で解決する、その際に米国の価値の共有を重視する考え方
○「多国間主義のリアリズム」:諸問題を多国間で解決する、その際に軍事や国家間の勢力均衡を重視する考え方
○「単独主義のリベラリズム」:諸問題を単独でも軍事力を背景に解決する、その際に他国に対し米国の価値を強要するという考え方
○「単独主義のリアリズム」:諸問題を単独でも圧倒的な軍事力を背景として解決する、その際に軍事力の役割を重視する。究極的には米国の卓越したパワーのみが平和を保障するという考え方
この戦略を本稿では「卓越戦略」(primacy strategy)と呼ぶ。そして、単独主義全体を「覇権戦略」(hegemony strategy)と呼ぶことにする。
歴史を振り返ると米国の対外政策は、最も消極的な「孤立主義」から最も積極的でアグレッシブな「卓越戦略」までの間で揺れ動いてきた。
ブッシュ政権の対外政策は明らかに単独主義であるが、リベラリズムとリアリズムの両面性を持ち、「米国は、単に軍事的・経済的に卓越した力を持ち単独でも行動できるだけではなく、その奉ずる価値(自由、民主主義、人権など)を世界に広める責務を有している」と考え、イラク戦争を実施した。典型的な単独主義(覇権戦略)である。
オバマ政権の対外政策は多国間主義である。そのNNS、NMS、QDRにおいて、米国の価値の重要性を強調するし、同盟国や有志連合を重視することから多国間主義のリベラリズムとリアリズムの両方の要素が混在しているが、「多国間主義リベラリズム」の傾向が強い。
例えば、2015NSSはそのことを強く示唆していて、NSSではわざわざ第W章として「価値(Values)」の項目を設けて自由、民主主義、人権、法の支配などの普遍的価値を追求することを強調している。リベラリズムはしばしば自らの価値観を他国に強いる傾向があり、オバマ政権の対外政策でも米国の価値を他国に強要する傾向があり、問題である。
サムエル・ハンチントンは、その著書「文明の衝突」において、「米国と西欧は、世界を多くの文明からなる存在として認め、決して単一文明(つまり西欧文明)に染め上げようとしてはならない。西欧文明を普遍的な文明と思い込んで世界に押し付けていくと、西欧は世界中を敵に回し、本来ならもっと長続きしたはずの西欧の優位を早期に失うことになる」と警告している。
ブッシュ氏は単独主義、オバマ氏は多国間主義と違いはあるが、共に米国が信じる価値観を他国に強要している点が問題である。
米国の価値観は米国の中で実現すればいいのであって、米国式の自由とか民主主義が他の国々に一様に適用されるべきであると信じているところに傲慢さがあり、他国との関係において様々な論争を引き起こす。
ロシアとか中国が米国を批判するときに「米国による価値観の強要」にしばしば言及するが、その点に関してだけは彼らの言い分は妥当なところがある。
歴代米国政権による世界覇権の追求
オバマ政権の特徴を明確にするためには、米国の歴代政権特に冷戦終結後の政権が何を目指してきたかを理解することが重要である。
多くの学者などが指摘するように、冷戦終結後の米国の歴代政権[ブッシュ(シニア)・クリントン・ブッシュ(ジュニア)政権]に共通する外交戦略は、国際社会において、米国が半永久的に世界覇権を握るというものであった。
世界の覇権、米国の一極構造を実現しようとしたのである。しかし、完全な形の一極構造を実現することはできなかった。過去の世界史を見ても、世界を一極支配しようとした国はすべて失敗してきた。
米国のエリートたちの見果てぬ夢が「米国による世界覇権」、「米国による一極構造」である。
なお、ここで言う一極構造は、クリストファー・レイン*2 の定義に基づき、「一国のパワーが地政学的に圧倒的であり、そのパワーに対抗し、打ち勝とうとする集合体によるバランシング*3 の行為を不可能とするほどの能力を保有する」というものである。
*2 =クリストファー・レイン(Christopher Layne)は、米国の政治学者、Texas A&M University教授、ネオリアリストの1人
*3 =バランシングとは、力の均衡を保つことを目的とする、相手国への対抗策である。その具体例は、同盟を結ぶこと(external balancing)、自国の軍事力を強化すること(internal balancing)などである
この定義に従うと、米国はそこまでのパワーを有していなくて、冷戦終結直後から現在に至る間の世界システムは一部の学者が言うような一極構造ではなく、「米国を筆頭とする多極構造」であると筆者は考えている。
ちなみにサムエル・ハンチントンは、21世紀において明確な多極世界を迎えるまでの世界を「単・多極世界」(uni-multipolar world)」(超大国米国とその他の大国が存在する世界)と呼び、中国では「一超多強」(一超は米国、多強は中国、ロシア、EU、インド)と呼んでいるが、筆者の「米国を筆頭とする多極構造」とほぼ同じ意味である。
ブッシュ(ジュニア)政権には多くのネオコンが入っていて、その対外政策は明らかにネオコンの影響を受けていた。ネオコンの基本的考えは、「米国の利益と価値に合致するように世界を形作ること」であり、「世界に自由と民主主義を広めよう」と主張した。
ネオコンの考えは対外政策の類型における「覇権戦略」に分類されるが、ネオコンの中には米国の覇権は「善意ある覇権(benevolent hegemony)」であると傲慢にも表現し、これを追求すべきであるという者(Robert Kagan)さえいた。
そして多くの国際政治学者やネオコンは、グローバルな覇権を追求する米国を「グローバルな帝国」と呼んでいた。
ネオコンの考え方の特徴を4点列挙すると以下のようになるが、その考え方がいかに極端なものであるかを理解してもらえると思う。
(1)世界の諸問題を白か黒か善悪二元論で見る。
(2)米国の対外政策の目的は、民主主義、自由、人権などの米国が普遍的と認める価値を世界に広めリベラルな世界秩序を構築することである。
(3)軍事力は米国の対外政策において不可欠な要素であり、強大でなければならない。
(4)軍事力は最後の手段ではなくて、最初の手段であり、先制攻撃も辞さない。
なお、先制攻撃論については、2002年のブッシュ氏のNSSでブッシュ・ドクトリンの1つの要素として発表されている。
リアリスト派の国際政治学者たちは、ネオコンが支持するイラク戦争に反対し、「イラク戦争は米国の国益に合わない。米国による一極支配は不可能だ。余計なことはしない方がいい」と主張してきたが、彼らの主張が正しかったことは歴史が示している。
イラク戦争やアフガニスタン戦争で米国が苦戦を強いられる以前は、米国を「唯一のスーパーパワー」と表現する者が多かった。
しかし、米国が推し進めた「テロとの戦い」が示した現実は、米国は大国ではあるが、すべてを単独で解決できるスーパーパワーではなかったという事実である。イラク戦争などの愚かな行為により逆に多極化への流れを加速させたというのが現実である。
米国の相対的な国力は、特にイラク戦争の失敗や中国の台頭などにより着実に低下し、今や誰の目にも、現在の世界システムが米国の一極構造ではなく、多極構造であることが明らかになってきたのである。
イラク戦争以降における米国の影響力の低下
今まで記述してきたように米国の影響力の低下の大きな要因はイラク戦争である。ズビグネフ・ブレジンスキー*4 はその著書“Second Chance”で手厳しくブッシュ氏を批判し、次のように記述している。
「イラク戦争の最も重大な影響は、アメリカのグローバル・リーダーシップが信用を失った点だ。もうアメリカの大義では世界の力を結集できなくなり、アメリカの軍事力では決定的な勝利を収められなくなった。アメリカの行動は同盟を分裂させ、対立相手を結束させ、敵と悪党に塩を送った。混乱に陥れられたイスラム世界は、アメリカに激しい憎悪で応えた。アメリカの政治手腕に対する敬意は先細りとなり、アメリカの指導力は低下の一途をたどっていった」
イラク戦争はパンドラの箱を開ける行為であった。米国の影響力は低下する一方で、多くのイスラム過激派が米国に対する怒りや憎悪ゆえにその活動を活発化させ、残忍な活動を中東やアフリカを中心に展開しているのである。
そして、中国やロシアなどの米国主導の秩序に反対する国々も自国の国益に沿った反米的な活動を活発化させた。その結果がロシアによるクリミア編入とウクライナ東部へのロシア軍の侵攻である。
そして今や、オバマ政権にとっての最大の脅威は中国でもなく、ISでもなく、ロシアだというのである*5 。
また、今回のギリシャ危機においても7月6日付けの英フィナンシャル・タイムズ(FT)が鋭く指摘しているように、米国の欧州における影響力の低下は明白で、米国がこの危機を解決する能力を有していないことが明らかになった。
欧州各国はイラク戦争前後から米国の言うことを聞かない傾向にある。欧州の米国離れのその他の例としてNATO(北大西洋条約機構)各国の国防費の問題と中国が主導するAIIBへの参加問題がある。
*4 =ポーランド生まれの著名な政治学者でカーター政権時代の国家安全保障問題担当大統領補佐官
*5 =2015年版の国家軍事戦略における評価
NATOの主要国は、ロシアによるクリミア併合やウクライナ東部での戦闘にもかかわらず、各国の国防費の基準であるGDP(国内総生産)2%を守ろうとしていない。
ちなみに欧州の雄であるドイツの国防費はロシアによるクリミア併合にもかかわらずGDPの1.2%にまで低下し、米国の国防費増額要求に応えていない。
そして、AIIBに至っては米国の反対にもかかわらず、大部分の欧州主要国がAIIBに参加を表明したのである。欧州はより一層、米国の影響力を離れ自律的に行動しているのである。
多国間主義で同盟国等の協力を重視するオバマ政権
オバマ氏は、ブッシュ氏が無茶苦茶にした米国(前述のブレジンスキーの言)を立て直す使命を帯びて大統領に就任し、リーマンショックの痛手から経済を立て直し、イラク戦争を終結させ、アフガニスタンにおける戦闘任務も終結させた。単独主義を排除して、米国のさらなる国力の低下を防いだと評価できる。
オバマ大統領は、米国のみで世界の諸問題を解決できるとは思っていないし、単独主義に基づく対外政策を努めて避けている。「米国はもはや世界の警察官ではない」と発言をしたオバマ大統領は、世界の覇権、米国による一極構造を追求しないことを公の場で宣言したことになる。
この点が歴代の政権とは大きく違う点であり、米国の限界を認め、世界の多極構造を認め、世界の諸問題に対して米国の同盟国や友好国に協力を求めることになった。ブッシュ氏の姿勢とは正反対の姿勢であるが、影響力が低下する米国を取り巻く安全保障環境の中でオバマ氏の姿勢は適切で当然なものである。
この「米国はもはや世界の警察官ではない」という発言は、2013年9月10日のテレビ演説でなされ、彼が内政でも外交でも八方ふさがりで自らに対する自信をやや喪失していた時期のものである。
米国内外で批判されたのは、シリア政府の化学兵器の使用に対して一度は「レッドラインを越えるものであり、米国は軍事行動で対応する」と発言したにもかかわらず、議会や国民の反対を受け軍事行動を断念した点にある。
オバマ大統領はこの時期、世論に対し敏感すぎるくらいに敏感で、この決断の際のギャロップ社の調査では武力行使賛成が36%に対し、反対は51%、CNNの調査では「米議会は武力行使を承認すべきでない」が59%であった。
さらに、退役軍人や連邦議員から「米国は、世界の警察官でなければいけないのか」という書簡を受け取っていて、この米国内の世論が彼の決心変更につながったのである。
ところが、オバマ大統領は、2014年11月の中間選挙で大敗するとかえって吹っ切れたかのように積極的な言動をするようになった。
2015NSSで、「米国は、世界の様々な諸問題(ISなどの過激暴力集団、サイバー安全保障への脅威、ロシアのウクライナ侵略など)に対処するユニークな能力を保持し、米国が国際社会をリードしなければならない。強くて継続的な米国の指導力がルールに基づく国際秩序にとって不可欠であり、その秩序が全ての人々の尊厳、人権、グローバルな安全や繁栄を増進する。今問われているのは、米国がリードしなければいけないか否かではなくて、いかにリードするかである」と力強く宣言している。
オバマ政権の多国間主義を明瞭にしたのが2015NMSである。NMSでは「同盟国及びパートナー国とのグローバルなネットワークの強化」の項目を設け、その重要性について記述している。
「同盟国及びパートナー国とのグローバルなネットワークの強化」を重視するという表現は最近頻繁に使われていて、その具体的な例がISに対応するために60か国以上の国々と有志連合を結成している事実である。
NMSの記述における同盟国及びパートナー国の順番が興味深い。地域別ではアジア太平洋がトップで次いで欧州、中東、ラテンアメリカの順番であるが、米国がアジア太平洋を重視するのはオバマ政権がQDRで宣言したリバランス政策からして当然である。
また、アジア太平洋地域の中での順番であるが、同盟国としてはオーストラリア、日本、韓国、フィリピン、タイの順であり、その他の国家としてはインド、ニュージーランド、シンガポール、インドネシア、マレーシア、ベトナム、バングラデシュである。
この順番は米国における重要度から判断しているとみていいだろうが、日本の前にオーストラリアが来るのである。冷戦時代であれば間違いなく日本が米国にとっての要(linchpinまたはcorner stone)として1番目に来たであろうが、オーストラリア1番、日本は2番が米国の現在の評価なのである。
米国が中国とのバランシングを考えた場合、日本やオーストラリアなどの同盟国とインドなどの友好国を活用して中国の台頭を牽制することになろう。
オフショア・バランシング(遠隔地からの勢力均衡)的な要素
「同盟国及びパートナー国とのグローバルなネットワークの強化」を強調するオバマ政権の対外政策にはオフショア・バランシング(OB: Offshore Ballancing)的な要素がある。先に述べたにおける多国間主義のリアリズムがOBに相当する。
OBは、18世紀から19世紀の英国が採用してきた典型的な対外戦略である。英国は、欧州の潜在的な覇権国を封じ込める際、欧州大陸の大国にバランシング(勢力均衡)を担当させ、自らは可能な限り大陸から離れた島国で外交中心のバランシングをする。自国への直接的な脅威に対してのみ軍事力を使用したバランシングを行うという対外政策である。
ブッシュ政権の過剰な対外干渉主義が失敗し、その反省によりOBが注目されるようになった。OBの論者にはシカゴ大学教授ジョン・ミアシャイマーやクリストファー・レインがいて、その主な主張を列挙すると以下のようになる。
(1)覇権国米国の究極の目標はユーラシア大陸における覇権国の台頭を防ぐこと。現在の状況に当てはめると中国の覇権的な台頭をいかに防ぐかが目標になる。
(2)ユーラシア大陸から新たな覇権国になる大国が台頭すると、同じ地域に所在する他の大国にバランシングさせ、米国自らは「オフショア・バランサー」(遠隔地から勢力均衡を図る国家)として行動し、その地域の大国に責任転嫁(バックパッシング)する。
このことは、アジア太平洋地域で中国に対するバランシングを日本、インド、オーストラリアなどに任せるということになる。
(3)OBは「孤立主義」ではなく、限定的な介入は必要に応じ実施する。例えば、南シナ海における中国の人工島建設に対し政府要人による批判声明や偵察機や艦艇を派遣し牽制するなど。
(4)責任転嫁した国々のバランシングが失敗すると、米国自らが新たな覇権国に対して直接バランシングする。
OBについては、ロバート・ゲイツ元国防長官が、陸軍士官学校でのスピーチ(2011年2月25日)で「OBは米国の次の大戦略である」と述べているが、オバマ政権下で長年国防長官として勤務したゲーツ氏の言葉だけに注目される。
オバマ政権は、自らの対外政策がOBであると宣言はしていないが、日米ガイドラインにおける日本のグローバルな役割分担要求、ISに対する有志連合での対応、ロシアのクリミア編入とウクライナ東部への侵攻への対処などを観察するとOBの要素を見出すことができる。
米国のライバルは脱落していった
米国の外交アナリストであるマイケル・リンド(Michael Lind)の著書“American Way of Strategy”は米国の覇権戦略について本音を語り、大きな反響を読んだ著作であるが、次のような一節がある。
「米国の政治家たちはリベラルな国際主義を世界秩序の基本とした。米国が19世紀に大国として台頭して以来、二つの目標を堅持してきた。北米における米国の覇権を維持することと、欧州、アジア及び中東において敵対的な大国の覇権を予防することである」
「二つの世界大戦において多極世界における大国の協力により北米以外の地域における覇権国の強大化を妨害してきた。ソ連の崩壊以降、1990年代と2000年代の米国指導者は、冷戦時代に構築した覇権的な同盟システムを米国による半永久的なグローバル覇権に転換した」
「歴代の大統領がいかなる政策や戦略を宣言しようと、米国の実際の戦略は卓越(primacy)戦略である。卓越戦略の二つの目的は、米国が他国に安全を提供することにより、リベラルな世界秩序を構築することとソ連のような新たな潜在的ライバルの出現を妨害することである」
「それを覇権と呼ぼうと卓越と呼ぼうと、この全ての地域を力で支配しようという冷戦終了後の米国の計画は、他の裕福で軍事力のある大国と協調し平和維持を分担しあうという冷戦終了以前の政策からのラディカルな転換なのである」
リンドが記述しているように、米国は自らのグローバル覇権を確立するために他の覇権国の台頭を妨害してきたのである。具体的には冷戦期のソ連、日本、ドイツである。
第2次世界大戦後、世界は東西両陣営に分かれ厳しい冷戦時代を経験したが、1991年のソ連崩壊によりあっけなく勝負はついてしまった。これほど早く簡単にソ連が崩壊するとはだれが予想したであろうか。
1978年に陸上自衛隊に入隊以来、ソ連の侵攻にいかに対処するかを考え続けていた私は驚きを禁じ得なかった。いずれにしろ、米国は西側諸国とともに最大のライバルであるソ連との冷戦に勝利し、ソ連は崩壊したのである。
米国にとって冷戦間における最大のライバルはソ連ではあったが、第2次世界大戦で敵として戦った日本とドイツに対しても警戒心を持ち続け、両国に対しても様々な方策を駆使しその勢力増大を抑えてきた。
例えば、ドイツを封じ込めるためにNATOを活用してきた。NATOは「米国を引き込み、ロシアを締め出し、ドイツを押さえ込む」ための組織であると言われる。ドイツをNATOに閉じ込め、米国が核の傘を提供するという構図の中でドイツの核武装を許さなかったし、ドイツが米国の影響力を離れ独自の行動をとることを牽制してきた。
日米関係について言えば、1970年代〜90年代における米国の経済面での最大のライバルは日本であった。ハーバード大学のエズラ・ヴォーゲル教授が1979年に書いた“Japan as Number One: Lessons for America”は特に有名だが、多くの米国人が日本に脅威を感じていた。
特に日本経済の黄金期であった1980年代の米国人は日本を最大の経済的脅威として認識し、日本に対し様々な戦いを仕かけてきた。典型例は日米半導体戦争であり、半導体分野で首位を転落した米国のなりふり構わぬ日本たたきと熾烈な巻き返しは米国の真骨頂であった。
当時の米国は、「米国の盛衰は半導体にかかっている」、「半導体で日本に敗北すると米国の基幹産業であるコンピューター分野も危うくなる」という危機感に満ちた認識であった。
「日本にはNumber Oneを許さない」という気迫に日本は敗北してしまった。この雰囲気は今年の女子サッカー世界大会の決勝において米国女子チームが序盤で示した凄まじいまでの気迫と相通じるものがある。日本にはNumber Oneを許さないという気迫である。
様々な米国の仕かけは成功するとともに日本の自滅(バブルを発生させてしまった諸施策とバブル崩壊後の不適切な対処)も重なり、日本のバブル崩壊後の失われた20年を経て日本は米国のはるか後方に置いて行かれたのである。
次は覇権国中国に対していかに対処するか?
そして今や中国が米国にとって最も手強い覇権国家になっている。しかし、2015NMSにおける脅威認識では、ロシア、イラン、北朝鮮の順番に批判して、最後に中国について記述している。この順番には現在のオバマ政権の対中国脅威認識が如実に出ている。
中国に対しては次のように記述している。
「我々は中国の台頭を支持し、国際安全保障の偉大なるパートナーとなることを奨励する。しかし、中国の行動はアジア太平洋地域に緊張をもたらしている。例えば、南シナ海のほとんど全域に対する中国の領土要求は国際法に沿っていない」
「国際社会は、引き続き中国に対して当該事項を強圧的にではなく協力的に解決することを要求する。中国は、死活的に重要な国際的シーレーンに影響を与える地域における軍事力の駐屯を可能にする攻撃的な埋め立て工事で我々の要求に答えた」
この中国に対する評価は抑制的になされている。
米国の対外政策の基本は、欧州、アジアおよび中東において敵対的な大国の覇権を予防することであるが、オバマ政権の対中政策はこの点で伝統的なものではない。
オバマ政権の対中政策は、「関与(engagement)とヘッジ(hedging)」という表現がよく使われ、中国とは関与を続けていき国際社会のルールに従う国家に誘導していくが、関与が失敗した場合に備え警戒と抑止を怠らないということである。
オバマ政権の初期の段階には協調や関与が色濃かったと思う。中国を脅威とする見方を採用せず、「中国の平和的台頭を歓迎する」という言葉を連発し、大国中国と折り合いをつけながら付き合っていこうとする発言、行動が随所に見られた。
米国の歴史においてこれほど台頭するライバルに寛容である政権は珍しい。中国は米国にとって今までのソ連、日本、ドイツなどとは違う最も強力な軍事力と経済力を兼備するライバル国家である。
オバマ政権は、覇権戦略ではなく多国間主義を採用しているが、強大化する中国に対しては甘すぎる対応が目立つ。関与と協調に重心を置くのではなく、ヘッジと対処に重心を置くべき段階に来ていると主張する共和党の議員は多い。
中国の米国に対する行為を観察すると、米国が中国による挑発的行為をどこまで我慢するか試しているように思える。過去の米国政権であればこのような国を許しはしなかったであろうが、オバマ大統領は忍耐強い。
一方で、かつての日本がバブルの崩壊後にその国力と影響力を低下させていったように、上海株式市場の大暴落やその他の分野における中国経済の不振は中国のバブルの崩壊を予感させ、日本が歩んだのと同じ自滅の道を歩むことになるのか否かが注目される。
現在の中国政府の不適切な政策を見ていると日本と同じく米国に対する敗北の道を歩む可能性もあろう。つい最近まで中国が米国のGDPを抜き、習近平国家主席の「中華民族の偉大なる復興」が実現するのではないかという予測があっただけに、状況は変化している。中国の今後の動向が注目される。
大国間の戦争はあるか?
面白味に欠ける2015NMSの中で「今日、米国が主要な大国と国家間戦争に巻き込まれる可能性は低いが、増大している(Today, the probability of U.S. involvement in interstate war with a major power is assessed to be low but growing.)」という記述は注目に値する。
この記述は特にロシアのクリミア併合やウクライナ東部でのロシア軍の介入を受けての記述だと思われるが、NATO対ロシアの構図だけではなく、大国家間戦争の本命は米中の軍事的衝突だと多くの専門家が指摘する。
例えば、2015NMSを注意深く読むと、次のような興味深い記述がある。
「(過去10年間、米軍の作戦は、主として過激暴力ネットワークに対する作戦であったが)、現在及び予見しうる将来、国家主体による挑戦により多くの注意を払わなければいけない」として、「それらの国家主体が地域的な移動の自由に挑戦したり、米国本土に脅威を与える能力を高めている。弾道ミサイルの拡散、精密打撃技術、無人機システム、宇宙及びサイバー戦能力、大量破壊兵器、米軍の軍事的優位性に対抗し、グローバル・コモンズに対するアクセスを削ぐ技術などが特に注目される」
これらの記述は接近阻止/領域拒否(A2/AD)について述べていて、中国を名指ししていないが、明らかに中国を意識した表現である。NMSが統合参謀本部の文書であり、米中対決という最悪の事態に備える任務を有することから当然の記述である。
統合参謀本部をはじめとする米軍は、最悪の事態に備えるという任務の本質上、将来の主要な大国との国家間戦争への備えを実施していくことになる。そのためのオバマ政権の戦略が「同盟国及びパートナー国とのグローバルなネットワークの強化」による対処なのである。だからこそ、大国間の戦争を抑止する観点からも日米同盟は今後とも非常に重要である。
我が国としても、米国の戦略をよく理解し、自らの国益を中心として、いかに自国に対する攻撃を抑止するのか、抑止が破たんした場合にいかにして我が国を防衛するのか、地域や世界の平和と安定にいかに貢献していくかを真剣に考えなければならない時なのである。
その意味で今回の安全保障関連法案は非常に重要である。変化してやまない厳しい安全保障環境の中で我が国がいかに生き抜くのかを真剣に考えその方策を法案として提出する政党は立派である。その反対に、対案を提出することなくただ非論理的に批判のための批判を繰り返すのみの政党には未来はない。
結言に代えて:エズラ・ヴォーゲル先生の助言
先日、エズラ・ヴォーゲル先生のお宅で50分にわたり面談する機会に恵まれた。その際に、「非常にいい時に米国に来た。大統領選挙を巡る動きの中で様々な主張を聞くことになろうが、それは良き勉強の機会になる。米国は民主主義国家でありたくさんの異なる意見がある。それは良いことでもあるし、困ったことでもある。多様な意見を聞くことにより自らの考えを確立してもらいたい」という助言をいただいた。
また、中国について様々な質問をしたのに対して、「見ていてごらん。いかなる人が大統領になろうとも、中国に対しては関与とヘッジにならざるを得ない」と確信をもって発言されていた。85歳になってもかくしゃくとして、穏やかに、柔らかく持論を展開されるヴォーゲル先生にはただただ頭が下がる思いであった。
米国の安全保障政策や戦略を構築してきたのは米国社会の中でも一握りのエリートたちである。しかし、その政策や戦略も時として極端に不適切に振れる時があった。政権が代わると大きく変わる部分と変わらない部分がある。何が変化し何が不変なのかを冷静に観察し、その観察に基づき自らの考えを確立していこうと決意した次第である。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/44404
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