1. 2015年8月04日 00:50:50
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トルコ・エルドアン外交の蹉跌 日本が学ぶべき教訓は何か〜一神教世界の研究(その12) 2015.8.3(月) 宮家 邦彦 トルコ内閣総辞職へ、「再度の総選挙実施」にも現実味 トルコのレジェプ・タイップ・エルドアン大統領〔AFPBB News〕 順風満帆と思われたトルコ・エルドアン外交が曲がり角に来ている。 日本では詳しく報じられないが、最近のトルコ外交の変節は、中東レバント地域はもちろんのこと、欧州、湾岸中東地域にも大きな影響を与えかねない。 というわけで、今回の「一神教世界の研究」はトルコ外交の行方を取り上げる。 今トルコをめぐり何が起きているのか いつもの通り、事実関係に関する各種報道を取りまとめてみた。すべては直近の総選挙でエルドアン大統領率いる与党が大敗北を喫したことに始まる、と言っても過言ではない。 最近の主な動きは以下の通りだ。ちょっと複雑なので、それぞれの事件につき、筆者の独断と偏見に基づく背景説明を付してみた。 ●6月7日 トルコ総選挙で与党・公正発展党(AKP)が過半数割れ、クルド系の人民民主党(HDP)が躍進 ●6月9日 ダウトオール首相が内閣総辞職の意向を表明 【筆者の見立て1】 現在トルコの有権者総数は約5700万人、今回も投票率は83.9%と極めて高かった。各党得票率はAKPが40.87%で過半数割れ、世俗派の共和人民党が24.95%、右派の民族主義者行動党が16.29%。 これに対し、クルド系でクルド労働者党(PKK)に近いとされる人民民主主義党は13.12%を獲得、これは大善戦だ。 2002年以来長期政権を維持してきたAKP、なかんずく最近独善的傾向が見え隠れするエルドアン大統領が抱いた危機感は尋常ではなかっただろう。特に、過去2年間、和解を演出しながらも巧みに封じ込めようとしてきたクルド勢力が総選挙で台頭したことはAKPにとって脅威と映ったに違いない。 ●7月20日 トルコ南部スルチで「イスラム国」によると見られる対クルド人大規模テロが発生 ●7月24日 トルコ軍、「イスラム国(IS)」とイラク北部「PKK」の拠点への空爆を開始 【筆者の見立て2】 トルコとシリアの関係は複雑だ。そもそもエルドアン大統領とアサド大統領のそりは合わない。 トルコは内戦に乗じシリアに対する影響力拡大を狙った。だからイスラム国(IS)が台頭しても対立を極力回避したのだろう。ISはPKKの別働隊であるシリア・クルドを牽制する意味でもトルコにとって利用価値があったのだ。 ところが7月20日のISによるトルコ領内での大規模テロにより、エルドアン大統領の判断は急変する。 トルコにとって、ISのテロ攻撃は、勢力を増しつつあるPKKを叩く絶好の機会になると考えたのだろう。この突然の政策変更が、総選挙敗北後、連立政権を模索する中で行われたことは極めて興味深い。 ●7月25日 トルコ南東部でPKKによると見られる自動車爆弾テロが発生、警官2人死亡 ●同日 チャブシオール外相、シリア北部に「安全地帯」を設置する考えを表明 ●7月26日 イスタンブールで反政府デモ隊が警官隊と衝突、警官1人が銃撃を受けて死亡 ●7月27日 トルコ東部でイラン・トルコ天然ガスパイプラインが爆発・炎上、PKKの犯行の可能性 ●7月28日 北大西洋条約機構(NATO)緊急理事会、テロ対策でトルコとの連帯を表明 【筆者の見立て3】 たび重なるPKKのテロを口実に、トルコはNATOに対し緊急理事会開催を要請。NATO諸国から連帯表明を勝ち取る一方、NATOによる対IS攻撃に国内空軍基地の使用を認めた。 これまでEU加盟を拒否されイスラム志向を強めていたトルコ外交が再びNATOに回帰した真の目的はやはりPKK掃討だ。 その証拠に8月2日現在、米軍はいまだ国内空軍基地を使用していない。トルコはIS攻撃のための空爆ならいいが、PKKに近いシリア・クルドを支援するような米国の空爆は認めたくないのだという。 そのシリア・クルドを米国は今や支援している。トルコと米国との関係も決して改善していないのだ。 ●7月29〜30日 エルドアン大統領訪中、対中経済協力を優先し、ウイグル問題での意見相違を棚上げ ●8月1日 トルコ軍による対PKK空爆によりイラク北部の村で市民約10人が死亡 【筆者の見立て4】 最近トルコ外交は中国と一定の距離を置いてきた。テュルク系少数民族ウイグル族への中国政府の弾圧などトルコは快く思っていなかったからだ。 その中国とトルコがエルドアン大統領訪中を契機に関係修復に向かったと報じられた。すべては現在の対PKK新政策を優先するためとはいえ、実に現金なものだ。 エルドアン外交の敗北 2002年以降のトルコ外交はある意味で見事だった。 エルドアン首相・大統領は、長年切望してきたEU加盟を事実上諦め、新たに「イスラムのトルコ」、さらには栄光あるオスマン朝の歴史を引き継ぐ「旧大帝国たるトルコ」として政治的影響力の拡大を図り、一定の成果を挙げてきたからだ。 ある中東史の大家は今回の事態を「エルドアンならではの『直感外交』の失敗」と評していたが、実に含蓄のある言葉だ。 しかし、筆者はエルドアン外交の成功が単なる「直感」による偶然の産物だとは思っていない。そこにはトルコ内外情勢を踏まえ周到に計算された政策があると思うからだ。 まずは内政面でのPKKとの手打ち。これで内政をさらに安定させ、経済成長を続ける基盤を整備した。そのうえで、対外的には、中東から中央アジアに至るテュルク系諸民族との関係再構築に本気で取り組んだ。 この政策は、2014年6月、ISが台頭しイラクのモスルを陥落させる頃までは概ね順調だった。 エルドアン外交に綻びが出始めたのはそれからだ。まずは潜在的脅威となり得るISと手打ちして、シリア・クルドの影響力拡大を牽制しようとした。 シリアでは親PKK勢力の封じ込めを図りつつ、同国でのトルコの影響力拡大を狙った。この絶妙のバランス感覚は成功しているように思えた。 問題はここからだ。NATOの一員であり、欧州に近い議会制民主主義でありながら、トルコにはイスラム系国家として「全方位外交」が可能だとエルドアンは本能的に過信したのだろう。同大統領の最大の誤算は最近のトルコ国民の「飽き」、「エルドアン疲れ」を読み切れなかったことではなかろうか。 日本にとっての教訓 トルコがISと結んだ最大の目的はPKKの勢力拡大を阻止することだ。 やはり、敵の敵は味方なのである。米政府は空軍基地使用をめぐる今回のトルコとの合意を手放しで自画自賛していたが、ひょっとするとこの合意は米国にとって再び失敗に終わる可能性があるのではないか。理由は簡単だ。 仮に米軍がトルコ国内の空軍基地を使用するとしよう。報道によれば、トルコ政府の条件は、米軍がIS単体を攻撃することは認めるが、シリア・クルドと戦うISへの攻撃は認めないことだという。そうであれば、シリアでの軍事的成功は不可能に近い。今頃ISは高笑いしていることだろう。 なぜこんなことになるのか。すべては内政のため、特にAKPエルドアン政権生き残りのためだ。 エルドアン大統領は今後早期解散でクルド系のHDPとPKKを弱体化させようとしている。このような内政上の理由でトルコの外交と安全保障が危機に瀕するのだとすれば、まさに本末転倒ではないか。 今回のトルコ外交の急変から我々は何を学ぶべきか。総選挙で過半数を割り、長期政権に赤信号が出始めた時、内政上の理由だけから、軽はずみに外交政策を変更することがいかに危険なことか。日本も決して無関心ではいられまい。 やはり、議会制民主主義国家では国民の声が基本なのである。 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/44448 |