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4年前と何も変わらないギリシア。世の中はかぎりなく残酷だ
[橘玲の世界投資見聞録]
ギリシアがデフォルトの瀬戸際に追い詰められている。資本規制も始まって、銀行の窓口やATMの前には長い行列ができているという。
私がアテネを訪れたのは2010年の冬で、そのときも国会議事堂のあるシンタグマ広場周辺はデモ隊がたくさん集まっていた。
ギリシアの財政赤字が粉飾によって隠されていたことが明らかになり、ユーロ危機の引き金を引いたのは2009年10月で、国債の暴落で金融支援を要請したのが翌年4月。その頃から「反改革」のデモが激しくなり、過激派の投げた火炎瓶で死者が出たこともあって夏ごろまではさかんに報道されていたが、さすがに半年以上経つと海外メディアの姿もほとんど見なくなった。しかしデモに集まるひとたちは意気軒昂で、路上のあちこちで大声で議論をたたかわせていた。
ギリシア人は熱いなあ、と感心したのだが、このひとたちはあれから4年以上、同じことをやっていたようだ。これってどうなんだろう?
シンタグマ広場の周囲に集まるデモ参加者 (Photo:©Alt Invest Com)
ギリシアの財政状況についてはすでに詳しく報道・解説されているからここで繰り返すことはしない。ニュースを見て思うのは、世の中はかぎりなく残酷だ、ということだ。
資産防衛する時間はじゅうぶんにあったはずだが…
今年1月の総選挙で、まがりなりにも財政再建に努力していたアントニス・サマラスが破れ、「EUの再建策を拒否して国民の年金を守る」と公約した急進左派連合のアレクシス・チプラスが首相に就任した。そこからEUとの関係が悪化し、ギリシアの財政破綻が現実味を帯びてきた。それから半年ちかくたっているのだから、富裕層はもちろん中間層だって、虎の子の預金を自宅の金庫に隠したり、海外に避難させるにはじゅうぶんな時間があったはずだ。
スイスのプライベートバンクでなくても、タックスヘイヴンのキプロスならギリシア語で口座開設できる。キプロスも財政破綻と預金封鎖を経験していて不安なら、地中海のマルタとか、フランス・スペイン国境のアンドラとか、イギリス領の飛び地のジブラルタルとか、あるいはジャージーやガーンジー、マン島など英国王室領の島々とか、ヨーロッパには富裕層でなくても利用できるオフショア金融センター(タックスヘイヴン)はいくらでもある。旅行のついでにそういうところで銀行口座をつくっておけば、クリックひとつでギリシア国内の預金全額を送金することだってかんたんだろう。――念のために説明しておくと、ここで重要なのは税金を払わないことではなく、非居住者でも金融機関に口座開設できることだ。日本と同じく、ヨーロッパの主要国でも労働ビザなど正規の滞在資格を持っていない外国人は銀行口座を開設できない。
もしそれが無理でも、ギリシアでは家族や親戚の誰かがドイツなど近隣諸国に出稼ぎに行っているはずだから、その口座を借りるだけでも「キャピタルフライト(資本逃避)」は可能だ。ヨーロッパはいまやひとつの「国」で、マネーが国境を越える敷居はものすごく低いのだ。
ほとんどの個人や法人は決済に必要な最低限の預金を除いてすでに“避難”を終えていると考えれば、ATMに並んでいるのがどんなひとたちなのかは容易に想像がつく。彼らは、毎月振り込まれる乏しい年金以外に預金などまったくなく、いまあるありったけの現金を引き出す以外に資産を守る術をなにひとつもっていないのだ。
アテネのデモに参加していたのは50代や60代の男性が中心だったが(火炎瓶を投げているのは極左の大学生集団だ)、不安げな表情で銀行が開くのを待っているのは70代や80代の高齢者(とりわけ女性)が目立つ。このひとたちは年金がなくなれば家賃が払えず、路上で暮らすしかないのだから、その不安はものすごく大きいだろう。それを利用して政権交代を実現したのが、チプラスの急進左派連合だ。
ギリシアの手厚い年金制度が批判されているが、EU諸国も、年金以外に生きる術がない高齢者に餓死しろといっているわけではない。
北欧やドイツ、ベネルクス三国などはいまでは「生涯現役」が当たり前で、年金受給年齢は65歳から67歳へと引き上げられつつある。それに対してギリシアは、いまでも年金受給の平均年齢は61歳で、55歳からの前倒し受給も可能だ。これでは、資金を出す側のドイツ国民が納得しないのは当然だ。
支援国の国民感情を考えれば、ギリシアが年金受給年齢を資金拠出国である「北のヨーロッパ」と同じに揃えるのが最低条件になることは、冷静になれば誰でもわかることだ。これなら70歳以上の社会的弱者の生活を守りながら、EU諸国を納得させる再建策をつくることができただろう。
だがこうした真っ当な年金制度改革は、ようやく年金をもらえるようになる壮年層には大打撃だ。そこで彼らは連日のデモを行ない、国民の不安と憎悪をあおって、「再建策拒否」を公約する政権を誕生させた。そんな彼らの自分勝手な行動が“ほんとうの弱者”を巻き添えにしてしまった――というのは言い過ぎだろうか。
デモは労働組合が中心で、参加者はみな若い (Photo:©Alt Invest Com)
社会階層によって経済危機の様相はさまざま
「ギリシア危機」というと国全体が大混乱に陥っているように思えるが、経済危機の様相は社会階層によってまったく異なる。
デモ隊が集結するシンタグマ広場のすぐ横に、グランデブルターニュ、キングジョージ、NJBアテネプラザという3つの超高級ホテルが並んでいる。私が訪れたときは、クリスマスが近いこともあって、どのホテルのロビーにもタキシートとイブニングドレスに身を包んだひとたちが集まり、華やかなパーティが開かれていた。デモ隊が行進するパネピスティミウ通りには高級デパートやブティック、ブランド店が並び、シャネルやグッチの大きな袋を下げた年配の女性が待たせてあったベンツに次々と乗り込んでいった。こういうひとたちはギリシアの銀行にお金を預けていないし、そもそも国を信用していないのだから、「国家の危機」になんの関心もないだろう。――ちなみに“危機”の影響でアテネのホテルの宿泊料金は暴落していて、通常なら夏の繁忙期は1泊10万円ちかくする超高級ホテルの料金も3分の1以下まで下がっている。
アテネ市外は東西をリカヴィトスとアクロポリスのふたつの丘に挟まれている。観光地のアクロポリスに対し、リカヴィトスの丘は高級住宅地で、市街を見渡せる高台には白い瀟洒な邸宅が並んでいる。
公園の脇などには洒落たカフェがあり、ビジネスマンや地元のひとたちがゆったりとランチを楽しんでいた。彼らもいまごろは自分たちの国を嘆きながら、アテネ市街の様子をテレビで見て、ATMに並ぶひとたちに同情したり、笑ったりしていることだろう。
高級住宅街のカフェでくつろく地元のひとたち (Photo:©Alt Invest Com)
結局、自分の身は自分で守るしかない
当たり前の話だけれど、無から有を生み出すことはできず、お金が足りなければ働いて稼ぐしかない。だがいったん自分の損得がかかわると、こんな常識はたちまちどこかに消えてしまう。
自由と平等を語る左派(リベラル)でも、歴史や伝統・共同体を誇る右派(保守派)でも、「働けない高齢者のために働ける者が頑張ろう」というのが筋のはずだ。でもこんな生真面目な理想主義では誰も票を入れてくれないから、みんなに心地のいい約束をして権力を握るのがいちばん手っ取り早い。それでもっとひどいことになるかもしれないが、一時でも権力と名声を味わえるのなら、あとのことはどうでもいいのだ。
でも、こういう無責任なポピュリストを選んだのも国民だから、けっきょくは自己責任ということになる。国民投票は責任から逃れるための方便で、ポピュリストたちは都合が悪くなればさっさと辞任して、自分たちはドイツやEUの被害者だと言い立てるにちがいない。――ギリシアのような競争力のない国がユーロに加盟したことが間違いだったというのはそのとおりだが、いまさらいっても仕方のないことだ。
急進左派政権の誕生を、「新自由主義」や「グローバル資本主義」への異議申立てだといってほめそやしたひとたちもいた。
スペインやポルトガル、イタリアでも緊縮財政に反対する左派勢力が台頭している以上、ギリシアの新政権がなにを主張しようと、EUに譲歩の余地がほとんどないことはわかりきっていた。チプラス政権は、国民投票で財政再建策にNOを突きつければ再交渉で有利になるといっているが、こんなことでEUが緊縮財政の要求を撤回するなら、他の南欧の国々も続々と国民投票をしようとするだろう。これはEUがぜったいに受け入れられない事態だから、財政再建策をギリシア国民が拒否すれば、交渉の余地なくすべての支援は打ち切られることになるだろう。
ポデモスなどスペインのニューレフトは、最初はチプラス政権との共闘を叫んでいたが、ギリシアの惨状を見て態度を変えはじめたようだ。彼らが政権を握ることがあったとしても、ドイツ国民を納得させる術を持たない以上、ギリシアと同じことが起きるだけだ。その意味で、今回の騒動の唯一の“成果”は、南欧のひとびとに否応なく現実を突きつけたことかもしれない。
ギリシアの混乱を見て暗澹とした気分になるのは、EU諸国もギリシアもスケープゴートを求めていることだ。
ギリシアでは年金の受け取りが再開されたものの、引き出せるのは1日わずか120ユーロ(約1万6000円)だ。そのため多くの高齢者が未明から銀行の前に並んでいるが、彼らがひどい目にあえばあうほど、もうすこしマシな境遇のひとたち(アテネで盛んにデモをやっているような壮年男性層だ)も現実を思い知って、自らの「権利」の一部を放棄しても改革を受け入れるしかないと考えるかもしれない。それと同時に、年金を失った高齢者が路上に溢れ、次々と死んでいくようなことにでもなれば、ギリシア政府のEUに対する瀬戸際外交はずっと説得力を増すだろう。おぞましいことに、チプラス政権にとってはいまの状況の方がずっと望ましいのだ。
そしてこれは、EU諸国の政治家にとっても悪い話ではない。ギリシアが目を背けるような惨状になってはじめて、自国の国民に寛容を説くことができるのだから。
そう考えると、現在の事態は予定調和的に最初から決まっていたようにも思えてくる。状況を打開するには、誰かが犠牲にならなければならなかった。その都合のいいスケープゴートはもちろん、理不尽な目にあっても文句をいえないひとたちだ。
ひとはみんな、きれいごとばかり並べ立てて、不都合なことはすべて“敵”のせいにし、いざとなれば隣人を足蹴にしてでも既得権にしがみつこうとする。これはもちろんギリシア人だけを批判しているのではなく、日本人だってそうだし、私だって同じだ。
それがこの世界の現実(リアル)なのだから、けっきょく、自分の身は自分で守るしかないというありきたりの結論に行き着くのだけど。
「国家」に依存しているとどんな未来が待っているのか、寒々としたアテネの光景が教えてくれるはずだ。
アテネの土産物屋街を歩く老人。オフシーズンで閑散としていた (Photo:©Alt Invest Com)
橘 玲(たちばな あきら)
作家。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ベストセラーに。著書に『日本の国家破産に備える資産防衛マニュアル』(ダイヤモンド社)など。中国人の考え方、反日、政治体制、経済、不動産バブルなど「中国という大問題」に切り込んだ最新刊 『橘玲の中国私論』が絶賛発売中。
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http://diamond.jp/articles/-/74332
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