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米中は年末にかけて蜜月へ
米中戦略・経済対話が示した両国関係の低位安定
2015年7月1日(水)森 永輔
米中戦略・経済対話が6月24日に閉幕した。経済分野のテーマにおいて数多くの合意に達した一方、南シナ海とサイバーセキュリティ分野における緊張については平行線をたどったと伝えられる。
しかし、中国を長年にわたってウオッチしている津上俊哉・津上工作室 代表は、南シナ海を巡って両国はそれほど鋭く対立していたわけではなかったと見る。さらに、安倍政権が念頭に置く、南シナ海における自衛隊の哨戒活動について「深入りするのは危険」と警鐘を鳴らす。
それは、なぜなのか。
(聞き手 森 永輔)
第7回の米中戦略・経済対話が6月24日に閉幕しました。津上さんは、今回の対話のどこに注目されましたか。
津上:やはり、中国が南シナ海の南沙諸島(英語名スプラトリー)の岩礁で進める埋め立て問題の行方です。これがひとます終息しました。
米国が航行と飛行の自由を盾に中国をけん制したのに対して、中国が「領土主権と海洋権益を守る」と反論し、対立が解けなかったと伝えられています。
津上 俊哉
1980年、東京大学法学部を卒業し、通商産業省(当時)に入省。在中国日本大使館経済部参事官、通商政策局北東アジア課長を経て退職。2012年から津上工作室代表。
津上:この問題について、日本のメディア報道には誇張がありました。例えば、米国が求めた「埋め立て中止」は、中国だけでなく「すべての(権利)主張国」を名宛て人(編集部注:書類などで受取人として指定された人)としたものでした。
また、米国のシンクタンク、戦略国際問題研究所(CSIS)がホームページに、ベトナムが2011年から進めてきた埋め立て工事の衛生画像を掲載しています。米政府が中国を批判しているさなかに、米政府ととても近い関係にあるCSISがこういう情報を公開するのはなぜなのか——これを見ても、この問題は一筋縄ではいかないことを感じました。
米国は中国による埋め立てを強く非難できない
南シナ海での岩礁埋め立てや構築物の建設は、むしろフィリピンやベトナムなど関係国の方が先に進めてきた経緯があります。この関係国間の「お互い様」の経緯を無視して一方的に中国を非難しても、中国はまったく聞く耳を持たないでしょう。米国としては、中国の行いを「違法」だとは言えない。「規模とスピードにおいてやりすぎだ」くらいしか言えないのです。
中国は米中戦略・経済対話が始まる前の16日に埋め立てを「近く完了する」と発表しました。理由は3つあると思います。1つは、当面の工事は終えたこと。第2に、米国の批判の核心は「やりすぎ」であることと解釈して、それに応える対応を取った。第3として、米中戦略・経済対話や習近平国家主席の9月訪米を控えて、この問題でこれ以上対立するのは得策でないと判断したのでしょう。
ただし、南シナ海における中国の行動はこれで終わるわけではありません。ほとぼりが冷めたら、また滑走路も整備するでしょう。中国海洋局(いまは海警)の動きをウオッチしている、ある若手研究者によると、この組織はこつこつと周到に政策を進める性格だそうですから。
中国は南シナ海に防空識別圏を設定できない
仮にダブルスタンダードと反論されようとも、米政府はもっと強く中国を非難してもおかしくなかったのではないでしょうか。米国の核戦略を脅かしかねないからです。
中国は長距離核ミサイル搭載潜水艦を南シナ海に配備していると言われています。このSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)の射程距離は7400キロメートル程度で、今は米本土には届きません。しかし、この潜水艦が海南島の基地を密かに離れ、西太平洋に進出すれば、米本土を直接攻撃することができます。
このため、南シナ海における哨戒活動は米国にとって非常に重要な意味を持ちます。中国が埋め立てた岩礁に滑走路を設け、南シナ海の制空権を確保すれば、米国がこの潜水艦を探知することが今以上に困難になりかねません。米国にとって死活問題なのではないでしょうか。
津上:その点では、次の一手として、南シナ海でも防空識別圏を設定したいというのが中国強硬派の考えでしょうね。しかし、この海域にはマレーシアや台湾も既に空港を設営していますから、外国機も自由に往来する「スカスカ」の防空識別圏にしかならないのではないでしょうか。外国の軍用機を九段線(編集部注:1950年代から中華人民共和国が南シナ海の領有権を主張するために地図上に引いている、9本の点線)の内側から追い出すような性格のものを設定しようとすれば、それこそ重大な結果を引き起こすでしょう。
南シナ海に自衛隊を派遣するには相当の覚悟が必要
米海軍は、南シナ海上空における哨戒活動に日本の自衛隊が当たることを期待しています。米海軍第7艦隊のロバート・トーマス司令官はこの1月、「南シナ海の同盟国、盟友国は、同海域を安定させる機能として、ますます日本に期待するようになるだろう」と語っています。財政赤字に苦しむ米国は、同盟国に負担を肩代わりさせたい。
津上:米軍の役割の肩代わりは日米両政府が4月に発表した「日米防衛協力のための指針」(ガイドライン)改定のキモであり、南シナ海はそこでの隠れた焦点です。相応の役割を果たさないといけないが、その中味は中国との衝突のリスクを念頭に置いて、相当な覚悟と熟慮の上でないと決められません。日本は域外国なので、中国はまず「日本がくちばしを突っ込むな」と反発する。
それに対する反論材料として、安倍政権は集団的自衛権の行使を容認する法制を整えようとしているわけですね。
津上:中国は平和安全法制に対して、表向きは自制的な態度で臨んでいますが、強硬派の不満は大きい。いま中国が領海・領空と見なす場所に米軍が艦船や航空機を進入させても、中国は警告で済ませています。しかし、それを自衛隊が肩代わりしたら、中国は何をしてくるか――南シナ海で双方の軍用機や艦船が直接対峙する事態に発展しかねないのです。
私は、中国の強硬派が尖閣諸島の紛争を再燃させることまで想定しておくべきだと思います。日本に「干渉」を止めさせるには、日本とその背後に立つ米国が最も嫌がる仕返しが最も効果的ですから。舞台を南シナ海に限定しておく必然はないと思います。
この時、米国は「屈せずに、哨戒を続けてくれ」と言わずに、「もういい」と言うのではないでしょうか。負担軽減が最初の狙いだったのに、紛争が飛び火して日中の武力衝突のリスクが高まれば負担が逆に大きくなって本末転倒だからです。そうなれば、日本は「梯子を外される」ことになる。第7艦隊の司令官はそこまで覚悟した上で言っているのか、日本は熟慮する必要があると思います。
人民元問題での合意は出来レース
米中戦略・経済対話で、南シナ海の問題以外に注目した点は何ですか。
津上:経済政策ですね。米中投資協定、人民元問題、温室効果ガスの削減——。
米中投資協定は9月上旬までにネガティブ・リストを作成することで合意しました。
津上:習近平国家主席の訪米をにらんだお土産について米中が合意したということですね。
人民元の問題では、ルー財務長官が「より市場に基づく為替変動、透明性のある為替政策に向けて行動を続けることが決定的に重要だ」として中国政府による元売り介入を弱めるよう求めました。これに対して、中国側は「市場が混乱してやむを得ないときに限って介入する」と約束しました。
津上:人民元の為替介入に関するやりとりは現状を追認した出来レースの匂いがします。と言うのも、外為市場における人民元の需給はこの1年で大きく変化しているからです。以前は「人民元は先高」意識が強く海外から大量の資金が流入していました。しかし最近は成長減速などを見て資金流入が止まり、為替介入をする必要がなくなっているからです。
だから中国にとって、今回の合意は現状維持でしかないのです。他方、米国では、近く想定される利上げ開始を巡ってドル高傾向が強まり、政治問題になりつつあります。だから、かねてから「中国の為替操作」に批判的な米議会に対して、今回の「合意」を成果として強調することは、ルー財務長官にとって欠かせない国内対策だったと言えるでしょう。
加えて、中国は為替に介入しない姿勢を示すことで、元を国際通貨にする目論見を進めることもできます。
中国は今、IMF(国際通貨基金)の特別引き出し権(SDR)を構成する通貨に元を加えるよう求めています。SDRはIMFが創設した合成通貨で実質的な通貨の役割を果すものですね。外貨不足の国はSDRと交換でドルを入手することが可能です。
津上:そうです。ここは米国の要求を受け入れた形にすることで恩を売り、「SDRの件はよろしく」と考えているのでしょう。
温室効果ガスの問題は昨年11月の米中首脳会談で既に合意しています。後はこれをにぎにぎしく進めていくだけです。今年末にパリで開かれる国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP21)で、オバマ大統領と習近平国家主席は手を携えて米中両国の貢献を強調するつもりでしょう。今年は年末にかけて「米中蜜月」が演出されることを想定しておくべきです。
サイバーセキュリティ問題は平行線
一方で、コンセンサスの作りようがないテーマもあります。サイバーセキュリティ分野です。
米国のケリー国務長官が米国へのサイバー攻撃は「受け入れられない」と繰り返し主張したのに対して、中国は「関与していない」と答え、平行線でした。
津上:中国がこの問題で強硬姿勢を崩さないのは「米国だって陰で同じことをしているではないか」と思っているからです。
米情報機関の米国家安全保障局(NSA)が、外国の指導者の通話を盗聴していたことが、エドワード・スノーデン元米中央情報局(CIA)職員によって暴露されました。中国はこの点を指摘して、米国に反論しているのでしょうか。楊潔篪国務委員の「米国は事実を尊重すべき」という発言は、米国を暗に批判する言葉とも読めます。
津上:確かに、米国や英国による諜報活動には、語られない深い闇があると思います。ただ、サイバーセキュリティに関して米国はこういう趣旨の説明をしています。外交・安全保障に関するサイバー攻撃はどこの国もやっていることでお互い様だ。しかし、民間企業を攻撃してはいけない。米国もやっていないと。ただ、中国はここでも、米国が外国企業にサイバー攻撃をしていないと信じてはいないのです。
新型大国関係が現実のものに
前回の米中戦略・経済対話では、中国が主張する「新型大国関係」が注目を集めました。しかし、今回は、この表現にほとんどお目にかかりません。何か、変化があったのでしょうか。
津上:皮肉な見方をすれば、「新型大国関係」が「定着」しつつあるせいでしょう。
産経新聞はある記事の中で「対立点を置き去りにした協力関係の推進はまさに『新型大国関係』」と定義しています。
津上:うまい表現だと思います。
ここまでのお話を整理すると、米中関係は「低位安定」の状態と言えるでしょうか。南シナ海を巡る米中の対立はそもそも、日本のメディアが報じたほど先鋭的なものではなかった。人民元の問題でもお互いがメリットを得られる形で合意した。
津上:そうだと思います。中国のことわざにいう「好也好不了 坏也坏不了」の状態です。どんなに良くてもこの程度。どんなに悪くてもこの程度。関係の善し悪しは一定の範囲に収まるという意味です。
そうだとすると、オバマ大統領が汪洋副首相と会談し「緊張を緩和する具体的な措置」を求めたことには、どれだけのインパクトがあったのでしょう。「異例の展開」と言われています。
津上:あまり大きなインパクトはなかったと思います。米国の「外交業界」の関心は、既に次期大統領の外交政策に関心が移っているので、皮肉に言えば、オバマ大統領の外交からは「刈り取り」や「落ち穂拾い」「回顧録のテーマづくり」しか出てこないでしょう。
鄭和の大航海と一帯一路構想、政策の意図は同じ
一方、中国も今の勢いが今後も続くわけではありません。その国力は依然として拡大しているものの、その勢いを微分すれば、既に加速度の値はマイナスです。少子高齢化も避けられないので、伸びが続いても、あと10年でしょう。
中国の王朝の歴史を調べると、新しい王朝を開いてから70〜80年は国力を拡大させますが、この時期を過ぎると、衰退が始まるのです。現在の共産党政権もこのパターンをたどる可能性が十分です。従って米国も日本も慌てず焦らず、長い目で中国に向き合うことが肝要です。
ちなみに明時代に鄭和(中国、明時代の武将、南海遠征の総指揮官)が東南アジアやインド洋、アフリカ沿岸にまで大航海を行ったのも、明朝が開かれた後、30〜40年ほど経った頃のことです。鄭和の遠征は明による「北京に来てね」キャラバン隊でした。明に朝貢すれば10倍にして返すよ、というばらまき政策だったのです。
日本では室町幕府の将軍、足利義満が明との勘合貿易を始めましたね。
津上:その通り。明のキャンペーンに乗ったわけです。
明は周辺の国に利益を分配し、対外関係を安定させることで、国内体制の存続を確かなものにしようと考えていました。現在の中国が取り組んでいる一帯一路構想やアジアインフラ投資銀行(AIIB)にも、この鄭和の大航海に似た側面があります。
一帯一路構想は中国が覇権を握るべく、勢力圏の拡大を図っているという見方があります。
津上:投資バブル全盛で「思い上がり」も甚だしかった3、4年前までならいざ知らず、いまや中国でも「内政は問題山積で、覇権国になる野心をもてあそんでいる余裕などない」という見方が増えていると思います。ただし、一方で、国民には「大国としての出世ぶり」をアピールしないといけない。そうすると、海外から覇権主義を疑われます。
習近平国家主席は2014年5月、アジア相互協力信頼醸成措置会議(CICA)の場で「アジアの安全はアジアの国民によって守られなければならない」と演説しました。これを「アジアは中国が仕切らせてもらう」と理解した国も少なくなかったことでしょう。こんなことを言えば、そりゃ覇権主義を疑われても仕方ないですね。
AIIBはブレトン・ウッズ体制への挑戦と見る向きもあります。
津上:むしろ「米国が怠慢のツケを払わされた」と見るべきでしょう。2010年にIMF改革があり、中国など新興国の出資比率を高めることが国際合意されたのに、米議会の反対のせいで、実現していません。こうした“米国の身勝手”に世界中が不満を高めていたところを中国がうまく突いてAIIB設立を進めた。だからこそ、50を超える国がAIIBへの参加を表明したのです。
今後AIIBが上手く行く保証はありませんが、身勝手な米国、それに無批判だったG7、そして世界銀行やアジア開発銀行を反省させることができただけでも「中国は良いことをしてくれた」と評価する途上国は多いでしょう。
お話を伺っていると、中国が取る政策は我々が思っている以上に「受け身」である印象を持ちます。私は、米国にとっての“核心的利益”である2つのことを中国が侵害しようとしている、と見ていました。1つは、安全保障です。南シナ海の岩礁を埋め立てて滑走路を作り、制空権を抑えることで米国の核戦略に風穴を開けようとしていると。しかし、実は関係国に「お互い様」の経緯の積み重ねがあり、米国も「中国にも言い分がある」ことを認めざるを得ない面がある。
もう1つは、ルールをつくる盟主であることです。中国はAIIBを設立することで、米国のこの地位を犯そうとしたように映ります。しかし、これは米議会がIMF改革を頓挫させたことに対する反動だった。AIIBに多くの国が賛同したのは、米国の身勝手に中国が「ツッコミ」を入れて、これにフェースブックの「いいね!」マークがたくさん付いたようなものだったということですね。
津上:中国にも矛盾した側面が多いので解釈は難しいのですが、米国、とりわけ日本では、中国の「膨張」を強く感じるせいで、中国が実体以上に大きく見えている傾向があります。中国が裏側で抱えている問題の大きさには目が行かない点にも、認知の誤差を感じます。
中国の行動が受け身的であるのは、アヘン戦争以来のルサンチマンがまだ強く残っているからでしょうか。自らを守ろうという意識の表われであると。
津上:確かに、「守り」の意識は漢族の建てる王朝の伝統的な性格ですが、いま “歴史のトラウマ”が軽くなりつつあることも忘れてはならないと思います。
中国はずいぶん自信がついてきました。日米防衛ガイドライン改定に対する中国の反応は冷静でした。20年前だったら、「日本の軍国主義復活」だと大騒ぎしていたはずです。
中国世論は既に、日本は中国よりも格下の存在になったと感じており、格下の日本に対して昔のように感情的になる必要はもはやないと考えているようです。中国が歴史のトラウマを脱却してくれることは日中関係の安定のために必要なことで、私も待望してきました。しかし、どうやらトラウマの癒やしは、傲慢な「大国意識」復活と抱き合わせでやってくるものらしいのです。
このコラムについて
キーパーソンに聞く
日経ビジネスのデスクが、話題の人、旬の人にインタビューします。このコラムを開けば毎日1人、新しいキーパーソンに出会えます。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/interview/15/238739/062900011
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