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キューバ、消えつつある革命の残り香
グローバリゼーションの辺境(1)
2015年6月9日(火) 篠原 匡
その国は、我々が暮らしている世界に表面上は似ている。
市街地には年季の入った石造りの建物が建ち並び、数多くの自動車が行き交っている。街中のカフェにはコークやピザがメニューに並び、オシャレな格好をした若者が携帯電話を片手に談笑している。それぞれの家庭を覗けば冷蔵庫やテレビは普通にあり、慢性的な電力不足ではあるが電力や電話などインフラも悪くない。刺すような日差しと湿気を伴った海風は、ここが南国だということを気づかせる。
どんなに貧しくても飢えて死ぬことはない
若者の格好は先進国と変わらない
もっとも、人々の暮らしをよく見ると、我々の世界と異なるところもまた多い。
市内を走る車はオンボロばかりで、ガソリンの質が悪いのか、マフラーは白煙を上げている。通りに看板らしきモノはほとんどなく、ニューヨークで当たり前のホームレスもここにはいない。スーパーに行けば商品は驚くほど少なく、冷凍の鶏肉はしばしば目にするが、牛肉や豚肉、卵を目にすることはまずない。牛乳も、大半が長期保存可能なロングライフである。
市内を走る車はオンボロばかり
反面、教育費は無料で、試験こそあるが望めば大学まで進学することができる。医療費もタダで、病院に行けば数多くの市民であふれかえっている。日々の基礎的な食糧は配給で、どんなに貧しくても飢えて死ぬことは基本的にない。一人あたりGDP(国内総生産)は6833ドル(2013年)で途上国に分類されると思われるが、想像を絶する貧困が広がるほかの中南米の途上国とは様相が異なる。
不思議なところはほかにもある。高学歴の医者や官僚の給料は低く、ホテルのメイドや駐車場の管理人が高給取りだ。町の地下にはトンネルが張り巡らされていて、有事の際は国民一人ひとりが武器を取る。スマホやパソコンの所有者こそ増えているが、インターネットにはつながらず、移動手段が限られているためか、ヒッチハイカーも少なくない。
そんな不思議なこの国はキューバ。カリブ海に浮かぶ社会主義国家である。
昨年12月、この国に衝撃が走った。オバマ米大統領がキューバと国交正常化交渉を始めると表明、それまでの対キューバ強硬路線を転換したのだ。
事実、米国は5月29日にテロ支援国家指定を解除、大使館の再開など国交回復に向けて詰めの議論を進めている。最近では、ニューヨーク州のクォモ知事をはじめ米国の貿易視察団のキューバ訪問、さらに渡航制限の緩和によってフェリーや航空便の運航計画も相次いでいる。
もちろん、ヘルムズ・バートン法の修正など経済制裁(キューバサイドに立てば経済封鎖)の解除には連邦議会の承認が必要だ。2016年大統領選への出馬を表明したマルコ・ルビオ上院議員をはじめ共和党には反キューバの議員も多く、制裁解除に向けたハードルは高い。それでも、それまでの敵対姿勢を考えれば、まさに歴史的な転換だろう。
町に張り巡らされた地下トンネルの入り口
キューバ版ネットカフェ。朝から行列ができている
「米国には会ったことのないおじいさんがいるんだ」
米国ではマイアミの米国系キューバ人を中心に反対意見も根強いが、キューバ国民はおおむね国交正常化を歓迎している。
「とてもいいことだと思う。キューバの若者はみんな喜んでいるよ。会ったことのないおじいさんがいるので、是非、一度アメリカに行ってみたい」。ハバナ大学の学生に声をかけると、こう言って目を輝かせた。
新市街のコッペリア公園でバスを待っていた50代のエンジニアの男性も、「もちろん、国交正常化には期待しているよ。キューバはとにかくモノが少ないので、米国から安いモノが入れば生活はもっとよくなると思う。経済封鎖の間はいい年もあったが、ほとんどは飢饉のような状態だったから」と打ち明けた。
このふたり以外にもいろいろと話を聞いたが、道路清掃員から元官僚、経済学者まで全員が国交正常化に期待を寄せていた。米マイアミの調査会社が4月に公表した調査によれば、家庭訪問で話を聞いたキューバ人1200人の97%が米国との国交正常化交渉を支持しているという。
民族の独立を目指した結果として東側陣営に属することになったが、キューバ人は元来が米国好きだ。旧ソ連の崩壊以降、深刻な経済の低迷とシビアな経済封鎖で耐乏生活を強いられてきたとあって、豊かさの象徴である米国への憧れをもはや誰も隠そうともしていない。
アメリカナイズされるキューバ
「我々の体制もまた尊重されなければならない」
オバマ大統領がキューバとの国交正常化に言及した際に、キューバのラウル・カストロ国家評議会議長は共産党一党独裁による現行の社会主義体制の堅持を強調した。だが、資本主義や市場経済は人間の欲望を原動力としているだけに、ヒト・モノ・カネが流れ込む中で、中央集権的な計画経済は徐々にその姿を変えていくに違いない。
いや、既にキューバは変化している。キューバ的社会主義の代名詞である教育と医療こそ無料のままだが、配給自体は縮小傾向にある。経済危機の中で貧富の差も拡大しており、自営業者の増加とともに競争的なマインドも人々の間で広がり始めた。
革命後、旧ソ連の後押しもあって一度は平等な社会を実現した。だが、キューバ政府の政策がいわゆる「平等」から、機会の平等や社会の公正にシフトしていることを考えれば、キューバの社会はよりアメリカナイズされていくだろう。そこかしこに残っている革命の果実。だが、その残り香は徐々に消えようとしている。
似ているがどこか違う。明らかに異質だが、目に映る世界は変わらない――。そんなパラレルワールドを追うために、4月半ばにキューバを訪ねた。そこで見たものは、想像以上に我々の世界に近づいているカリブの小国の姿だった。
自営業者が増えているキューバ。なぜか小鳥を売る店が多い
このコラムについて
○○支局長の「辺境を視に行く」
「日経ビジネス」の海外支局で働く支局長が世界の「辺境」を訪れます。地理的な辺境あり、文化的な辺境あり、政治システムの極北もあれば、社会システムの楽天地もあり。
支局長たち自らの眼で見た世界を活写します。http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20150604/283924
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