「今日、ママンが死んだ。もしかすると、昨日かもしれないが、私にはわからない」
興味をそそられるこんな言葉に始まるアルベール・カミュの不条理小説「異邦人」は、発表から70年以上経った今なお読み続けられる大ベストセラー。いま手元にある平成26(2014)年印刷の新潮文庫版は、何と、128刷改版である。
そんなカミュの短編「客」(「転落・追放と王国」収録)が原作の『涙するまで、生きる』(2014)が現在劇場公開中である。
舞台は1954年のアルジェリア山間部。いまは教師となっている元軍人の主人公が、殺人容疑のアラブ人男性を町まで移送する任を官憲に押しつけられる。行けばおそらく男は死刑となる。
しかし、逃げる機会を与えても、男は町まで連れて行くよう頼むばかり。「掟」による血の連鎖を恐れているからだ。
フランス支配に立ち上がったアルジェリア人
村からの追手をかわすため、道をはずれ、山中を行く2人。しかし、時まさにアルジェリア戦争が始まる頃、途中、武装勢力に遭遇してしまう。
そのなかに、主人公と第2次世界大戦をともに戦ったアルジェリア人がいた。男は「セティフの虐殺」が自分たちを活動に向かわせたと語る。1945年、フランス支配に蜂起したアルジェリア市民が多数死亡した事件である。
そこにやって来た「テロリスト掃討」のフランス軍の残虐さ。2人は町へと向かう・・・。
ダヴィド・オールホッフェン監督は、ウェスタン的に原作を膨らませ、そんなプロットにしたと言う。
欧州からの植民者一家の出の主人公に、カミュの実像が重なる。1913年に生まれ、アルジェリアというフランス共和国内の地が故郷。父親は第1次世界大戦で戦死。通学も早々に終えるはずだった。
しかし、才能を見抜いた教師の助けで進学。結局、大学まで行き、ジャーナリストの仕事をしながら、1942年、「異邦人」を発表、評判となったのである。
そして、フランスでの生活のなか、1956年、停戦を呼びかけようと、アルジェ帰郷。しかし、厳しい非難にさらされ、以後、アルジェリア問題について語ることをやめた。
その自伝的小説の映画化『最初の人間』(2012)にも、1957年、主人公の作家が、故郷アルジェリアへ帰り、大学での講演会で、共存、停戦を訴える姿がある。
そして、主人公は、年老いた母親と会う。よみがえる子供の頃の記憶。
アルジェリア独立を見られなかったカミュ
子供たちが、フランスの眼を通したアルジェリア史を暗唱している。(オスマン帝国下のアルジェ太守が、フランス領事を叩いた)「扇の一打事件」への仕返しでアルジェリアを征服。フランスは、交通網を張り巡らし、鉱山を開発、農業、衛生、教育環境を整え、3県の海外県として、アルジェリアはその文化を享受していると・・・。
1957年、カミュはノーベル文学賞を受賞した。しかし、62年のアルジェリア独立を見ることなく、60年、交通事故で急逝。その時、事故現場に散乱していたカバンの中に、未完の原稿「最初の人間」はあった。そして、1994年、出版。
カミュには「フランツ・カフカの作品における希望と不条理」と題する批評文がある(「シーシュポスの神話」に収録)。
その父親世代となるカフカは、1883年、オーストリア・ハンガリー帝国下、プラハのユダヤ人一家に生まれたドイツ語使用者。
多数派チェコ人でもなければ、支配層ドイツ人でもない「異邦人」だった。後年、パレスチナ移住を考え、ヘブライ語を勉強していたともいう。
カフカを主人公とする『KAFKA 迷宮の悪夢』(1991)は、カンヌ国際映画祭パルムドール受賞作『セックスと嘘とビデオテープ』(1989)に次ぐスティーヴン・ソダーバーグ監督作品。
伝記とは言い難いが、カフカのよく知られたエピソードがちりばめられ、「審判」「城」などのプロットが組み込まれた不条理サスペンスは、人と作品を知る手がかりとなる。
1919年、第1次世界大戦後、帝国が崩壊したばかりのプラハ。労働者災害保険協会に勤めるカフカは、単純生活に埋もれながらも、暇があれば文章を書いている。
そんなある日、同僚が行方不明となった。そして、部外者を拒絶し続ける「城」へと潜入したカフカは、その地の衝撃の事実を知る。命令通り動く、効率的な改造人間づくりの外科手術に励む博士の存在を・・・。
生前は脚光を浴びることがなかったカフカ
そんな話のラスト近く、カフカは喀血する。結核に体を蝕まれていたカフカは、1924年、ウィーン近郊のサナトリウムで他界。カミュとは違い、生前発表されていたのは「変身」などの短編のみ。地方の一作家に過ぎず、脚光を浴びることはなかった。
「未完の小説・短編、日記、手紙、すべて破棄してほしい」
そんなカフカの遺言に反し、友人の作家、マックス・ブロートは、未完の草稿を編集した。そして、1925年、初の長編「審判」を出版。「城」、「失踪者」(アメリカ)が続いた。
ナチスドイツに翻弄される時代もあった。しかし、1950年代には世界的なカフカブームが到来。90年代には、ドイツ正書法版だった「審判」に、プラハ・ドイツ語の特徴のある批判版、よりカフカに忠実な史的批判版も加わった。
罪状も知らされず突然裁判にかけられる男ヨーゼフ・Kの不条理劇「審判」の映画版には、鬼才オーソン・ウェルズ監督による不気味な秀作がある。
プラハロケの『トライアル 審判』(1993)も、大ヒットしたテレビシリーズ「ツイン・ピークス」から間もない頃のカイル・マクラクランがKを演じる魅力の作品。
ちなみに、「ツイン・ピークス」は、25年の時を経て、来年、新シリーズが放映される予定。独特の不条理世界にまた会える。
いつの時代も、その地が歩んできた歴史、掟が、少なからず「異邦人」を疎外し、服従を強いる。そこに、戦争、暴力、抑圧、差別、貧困、といった問題は具現化する。
そんな現実が、カミュを、カフカを、不条理と希望への深い考察へと導いた。そして、終わりなき悪夢や漠然とした不安が、読む者それぞれの解釈を呼びながら、人間存在そのものへの疑問、人生の意味への問いを投げかける。
テリー・ギリアム最新作『ゼロの未来』
英国伝説のコメディ・グループ、モンティ・パイソンの映画に、原題がズバリ「人生の意味」の『人生狂騒曲』(1983/日本劇場未公開)がある。
かみ合わない会話。限りなくくだらなく、限りなく深遠なギャグ。人生の様々な局面を死後に至るまで不条理スケッチで描き、深刻な思索も、視線を変えれば、笑いが答えとなる。
そんなモンティ・パイソンの一員、テリー・ギリアム監督の最新作が、現在劇場公開中の『ゼロの未来』(2013)。
テクノロジーに支配された近未来、人生の意味を知らせる電話を待ちながら、「ゼロの定理」解明を仕事とする天才プログラマーの物語である。
その独特の世界像に、バーチャルリアリティが交錯、ビッグバン、ビッグクランチといった宇宙論までもが答えに影響する「先端的」「科学的」思索の映像化である。
哲学であろうと、文学であろうと、科学であろうと、映画であろうと、コメディであろうと、アプローチが何であれ、深遠たる問いに違いはない。
カミュやカフカが、今の時代にいたら、どんな思索をしてくれるのだろうか・・・。
(本文おわり、次ページ以降は本文で紹介した映画についての紹介。映画の番号は第1回からの通し番号)
(1025) 涙するまで、生きる | (1026) 最初の人間 | (1027) KAFKA 迷宮の悪夢 |
(1028) トライアル 審判 | (1029) 人生狂騒曲 | (1030) ゼロの未来 |
1025.涙するまで、生きる Loin des hommes 2014年フランス映画
(監督)ダヴィド・オールホッフェン
(出演)ヴィゴ・モーテンセン、レダ・カテブ
1954年、アルジェリア。
山間部で教師をしている元軍人のダリュのもとに官憲がやって来る。
官憲の手が足りないから、殺人容疑の男モハメドを、タンギーの街まで移送しろ、と言うのである。ダリュは断るが、官憲はモハメドを置いて、去って行った。
タンギーでのフランス人による裁判はモハメドの死を意味する。ダリュはモハメドの縄を解き、逃げる機会を与えた。
しかし、夜が明けても逃げていない。
結局、モハメドの望みどおり、タンギーに向かうことになった。
その道中、村からの追手、武装勢力、「テロ掃討」のフランス軍にまで遭遇し・・・。
アルベール・カミュが描く24時間の2人の物語「客」(短編集「転落・追放と王国」)をもとに、アルジェリアの荒涼とした砂漠の風景のもと展開する心理劇である。
1026.最初の人間 Le premier homme 2011年フランス・イタリア・アルジェリア映画
(監督)ジャンニ・アメリオ
(出演)ジャック・ガンブラン、カトリーヌ・ソラ
1957年.生まれ故郷のアルジェリアに降り立った作家のジャックは、大学での討論会で、フランス人とアラブ人の共存を提言した。しかし、会場は大混乱となる。
翌日、母と再会したジャックの頭に、幼少期の記憶がよみがえる。
第1次世界大戦で父を亡くし、厳格な祖母、母とその弟と暮らすジャックは、小学校卒業とともに働くことになった。しかし、担当教師ベルナールの提言で、学業を修めることができるようになったのだ。
そして、現在。小学生時代のいじめっ子やベルナールとの再会・・・。
アルベール・カミュの自伝的要素をもつ未完の同名小説をもとにした、アルジェリアの歴史と風土を垣間見ることができる作品である。
1027.KAFKA 迷宮の悪夢 Kafka 1991年米国映画
(監督)スティーヴン・ソダーバーグ
(出演)ジェレミー・アイアンズ、テレサ・ラッセル、ジョエル・グレイ、アレック・ギネス
1919年のプラハ。
労働者災害保険協会に勤めるカフカの同僚が失踪した。
手がかりを追ううち、危険な目にあうカフカだったが、部外者を拒絶し続ける「城」へ潜入、その地で改造人間づくりに励むムルナウ博士の存在を知ってしまい・・・。
博士の名は、1920年頃、世を席巻していた表現主義の巨匠で、『吸血鬼ノスフェラトウ』などで知られるドイツ表現主義の巨匠F・W・ムルナウから取られたものと思われる。映像的にも表現主義を意識した部分は多い。
双子の助手といったカフカの「城」「審判」などの設定と、父親との確執等のカフカ自身の個人的エピソードが組み合わさったサスペンス映画である。
1028.トライアル 審判 The trial 1993年英国映画
(監督)デイヴィッド・ジョーンズ
(出演)カイル・マクラクラン、アンソニー・ホプキンス
1912年プラハ。銀行員のヨーゼフ・Kは、理由も告げられず、突然逮捕された。
しかし、拘束はされず、Kは勤務へと向かった。帰宅後、隣室の女性に言い寄るK。
審問会に呼び出され、Kは無罪を主張した。しかし、予審判事は不利になるだけだと注意。
紹介された弁護士フルトの家政婦レーニの誘惑にKは乗った。レーニに紹介された法廷画家は裁判は永遠に終わらないという。
Kはフルトを解雇、自分で弁護することにするが・・・。
大ヒットしたテレビシリーズ「ツイン・ピークス」で絶好調のマクラクランがKを演じるプラハロケによるカフカの不条理劇。
1029.人生狂騒曲 Monty Python’s The Meaning Of Life 1983年英国映画(日本劇場未公開)
(監督・出演)テリー・ジョーンズ
(出演)グレアム・チャップマン、ジョン・クリーズ、テリー・ギリアム、エリック・アイドル、マイケル・ペイリン
出産、成長と教育、戦争、中年、臓器移植、晩年、死、と、人生の始まりから死後に至るまで、さまざまな局面を、人生の意味を問うスケッチで描く。
くだらないギャグ、歌、アニメにこめられた意味の深遠さが、モンティ・パイソンの真骨頂。モンティ・パイソン映画第4作にして最終作である。
1030.ゼロの未来 The Zero Theorem 2013年英国・ルーマニア・フランス映画
(監督)テリー・ギリアム
(出演)クリストフ・ヴァルツ、デヴィッド・シューリス、メラニー・ティエリー
(音楽)ジョージ・フェントン
コンピューターで世界を支配する大企業でプログラマーの仕事をするコーエンは、人生の意味を知らせる電話がかかってくるのを待っていた。
在宅勤務することになったコーエンの仕事は「ゼロの定理」の解明。しかし、うまくいかず、スーパーコンピューターを破壊してしまう。
その修理にやって来たのが少年ボブ。そして、その口から出たのは「ゼロの定理」にまつわる宇宙論の話・・・。
ギリアム監督が描く『未来世紀ブラジル』(1985)『12モンキーズ』(1995)同様のディストピアSFである。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/43970
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