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地政学的手法で斬ると見えてくる“ギリシャ危機の真の姿”
2015年5月27日(水) 奥山 真司
既にご存知のように、ギリシャは長いこと、財政危機に悩まされ続けている。
本稿は安全保障や戦略、そして戦争に関係することの多い「地政学」について解説しているので、ギリシャの財政問題は関係がないように思われるかもしれない。ところが「地政学リスク」という言葉が一般的に使われるようになったことから分かる通り、経済問題と地政学(国際政治において地理が戦略的な意味を持つこと)はきわめて密接な問題を持つ。例えば最近、日経新聞が記事の中で、「地政学的に重要な位置にあるギリシャの政治が一段と混乱することによる影響も無視できない」と書いている。
本連載をこれまで読んでこられた方々は、ここで「地政学的に重要な位置」という言葉に敏感に反応されたはずだ。ギリシャの財政問題になぜ「地政学的な位置」が関係するのか? それは具体的にどのようなものなのだろうか?
そこで今回は、このギリシャの「地政学的な位置づけ」という表現が意味するものを理解するために、古典地政学の視点を参考にしつつ、そこから連想できるいくつかのヒント(インプリケーション)を導き出したい。
ドイツとロシアという2大大国の中間に位置
前回も指摘したように、地政学ではまず、視覚に訴える手段を活用する。実際の地理を二次元で視覚化した「地図」は欠かせない存在だ。
論より証拠、百聞は一見に如かずということで、実際の地図で確認してみると、ギリシャは欧州の南端、地中海の東北の沿岸の半島に位置している。
ここで重要なのは、欧州という広域の地図で見た場合に、ギリシャに大きな影響を及ぼす可能性がある大国(great powers)と、その大国とギリシャがどのような位置関係にあるのかだ。大国というのは国際政治の主要プレイヤーであり、好むと好まざるとにかかわらず、ギリシャのような中小規模の国家の命運に影響を与える。
この観点で見れば、現在の欧州でギリシャに大きな影響を与える可能性を持つ大国が2つある。一つはドイツだ。ドイツは欧州連合(EU)を通じてギリシャに最大の資金を貸し付けている国だ。EU加盟国の中で最も強い経済力を持ち、その発言権も最も大きい。
地図で見ると、ドイツとギリシャはバルカン半島を経て地続きでつながっている。ベルリンからアテネまでは陸路で2400キロほど、飛行機で約3時間で行き来できる。
もう一つの大国はロシアだ。ロシアはウクライナ問題の影響で、西側との政治関係が冷戦以来最悪の状態になっている。その対立関係は文字通りの「地政学リスク」だ。ロシアも地図で見ると、やはりギリシャと地続きでつながっている。ポーランドやベラルーシを通過すれば陸路では3000キロほど、飛行機では約4時間の距離だ。
端的に言えば、ギリシャはドイツとロシアという欧州地域の「大国」の中間に位置している。大国は互いに覇を争うもの。欧州の地図を思い浮かべただけでも、北はポーランドから南はバルカン半島、そしてギリシャまで、大国に挟まれた中小国は歴史的に、自分たちの東西に位置する大国の「通り道」になったり「緩衝地帯」になったりしてきた。ギリシャが「地政学的に重要な位置にある」ということがお分かりいただけると思う。
ギリシャが米ソの代理戦争の最前線に
ただし、これだけでは単なる距離の話にとどまりかねないので、さらに視点を大きくして考えてみたい。これまでは地域レベルの地図、つまり欧州周辺という観点から見てきた。ここからは、地政学の特徴である「上から目線」、すなわちグローバルな視点から見てみよう。
地政学の父と呼ばれるマッキンダーが言うように、まるで「神のような視点」で世界におけるギリシャ問題をとらえなおすには、過去の例が参考になる。グローバルな位置づけでギリシャをめぐって国際政治が動いた時代を考える――それは「冷戦時代」初期の話だ。
第二次世界大戦が終わってすぐ、ギリシャは内戦に陥った。
これはただの内戦ではなく、実際のところは、自由主義陣営(英国、そして後に米国)の支援を受けた勢力と、共産主義陣営(ユーゴスラビアやソ連)の支援を受けたゲリラ勢力との「代理戦争」的な対立という一面もあった。つまり、第二次世界大戦後の「米ソ冷戦」という世界大戦的な争いが、ユーラシアの縁である「リムランド」に位置するギリシャで、そのエッセンスが凝縮された形で展開されたのだ。
ギリシャ内戦は、のちに世界規模で展開される米ソ冷戦という「第三次世界大戦」の前触れとなったという意味で、まさにグローバルな意義を持つものであった。
ギリシャ経済には縦深性がない
ここで興味深いのは、当時のソ連のリーダーであるヨシフ・スターリンがギリシャ共産党に対して、「毛沢東のドクトリンを採用しろ」と指示していたことだ。「毛沢東のドクトリン」とは、都市へのゲリラ作戦を展開する前に必要となる「根拠地」(hinterland)を制圧し、そこを維持すべきというものだ。ギリシャよりもはるかに広大な中国大陸で、毛沢東が旧日本軍や国民党と対峙する時に採用した、国土の広さ、つまり「縦深性」を活用した戦い方である。スターリンはこの毛沢東のドクトリンをすっかり気に入り、ギリシャのパルチザンたちに対しても同じことを行うように指示した。
ところが中国よりもはるかに土地が狭く、「根拠地」などをつくる場所の余裕がないギリシャでは、このアドバイスは完全に不適切だった。案の定、ギリシャ共産党による反乱活動は、国軍側にすっかり掃討されて破綻した。逃げても背後に隠れる場所のない土地では、ゲリラは活動できず、殲滅されてしまったのだ。
この惨状を目撃した毛沢東は、1956年にラテン・アメリカの革命勢力に対して、南米(やギリシャ)の状況は中国とは大きく違っているので、毛沢東流の「根拠地ドクトリン」に盲目的に従うことは止めるように警告している。
この地理的な面におけるギリシャの「縦深性の欠如」と同じことが、現在のギリシャの財政面についても言えるかもしれない。ギリシャ財政は現在、ほぼ破綻している。さらに悪いことに、経済を復活させるのに必要な柔軟性を生み出す人口や産業が国内にはほとんど残っていない。
POINT
戦略研究の世界でギリシャ内戦は、「ゲリラに対する殲滅戦」の成功例であるとされている。つまりギリシャ国軍側が、ゲリラを次々と殺傷した戦術が評価されている。
これは最近の対テロ戦の教義とは、全く正反対のやり方である。最近の対テロ戦は、テロ集団が根拠地とする地域の住民側を懐柔していく作戦を重視する。現地の経済活動を活発化させたり、医療体制の充実や学校の建設を通じて、住民とテロリストたちをなるべく分離する。
ギリシャ内戦は、たとえテロ対策であっても人道的な手法でやりたいと考えるリベラル派の人々にとっては、なんとも不都合な例であることを指摘しておかねばならない。
ギリシャをめぐるEUとロシアの勢力圏争い
今回のギリシャ危機は経済問題の形を取りつつも、具体的にはEUが主導する「ユーロ体制」と、それに対抗しようと狙うロシアとの、影響圏を巡る争いと見て取れる。
興味深いのは、ギリシャでは2015年1月に急進左派連合が政権を獲得し、ロシアに積極的に擦り寄るような姿勢を見せていることだ。こともあろうにドイツやEUとロシアを天秤をかけようとしているのである。
政権に就いたチプラス首相は同年4月にモスクワを訪問し、国有資産をロシアに売却すること念頭において貸付を要請した。ロシアからのパイプラインを通すことなども話しあっている。
もちろんこの話が今後どこまで進展するかは誰にも分からない。だが、西側(EU・ドイツ)と東側(ロシア)との対立を利用してギリシャの左派政党が駆け引きを行う光景は、冷戦時代における資本主義対共産主義のグローバルな対立を見るようで、既視感を覚える。
ここにもある海と陸との戦い
ここまで、ギリシャの経済危機を、地政学の「上から目線」や、冷戦初期の文脈の中で見てきた。最後に「シーパワーとランドパワーの対立」という観点から見てみよう。すると、ギリシャの戦略的重要性がさらに浮かび上がってくる。
ギリシャは冷戦時代から西側・民主主義陣営に属しており、いわば「シーパワー」側として生きてきた経緯がある。
この陣営の究極のリーダーは米国で、現在もその状況はまったく変わらない。だが、ギリシャの「直属の上司」はドイツである。そして、このドイツが「シーパワー連合」として主導しているのがユーロ体制であり、その劣等生がギリシャなのだ。
EUとIMFがギリシャに対して2010年と2012年に2度も救済措置を取ったのは、このシーパワー連合が、劣等生のギリシャがユーロ体制を崩壊させかねない状況を回避することが主な動機となっている。
反対に、ロシアは冷戦初期のソ連時代から一貫してランドパワー勢力だ。ユーラシアの内部から黒海を通じて外側に影響力を拡大(彼らの立場からすれば西側の拡大を阻止)しようという動きを見せている。
ロシアは2014年3月18日にクリミア半島を編入して以降、米国を含むNATO(北大西洋条約機構)やEUなどの西側諸国との関係をこじらせている。その関係悪化の延長線上に見えてきたのが、今回の財政危機を契機としたギリシャへの接近である。この状態をその構造から見ると、「シーパワーのドイツvs ランドパワーのロシア」ということになる。
ロシア側から見ると、ギリシャは黒海(ここに突き出しているクリミア半島にセヴァストポリの海軍基地がある)から地中海に抜ける出口に位置している。ロシアのシーパワー(海軍力)にとって、いわば「蓋」の役割を果たしていることになる。
不凍港を手に入れて、外洋でシーパワーを発揮したいと考えているロシアにとって、ギリシャの位置に友好国ができると様々な面で好都合になる。したがってロシア(ランドパワー)には、自国の影響圏にギリシャを組み込みたいという動機が生まれる。
つまりここに、「シーパワーとランドパワーの対立」という地政学の根本的な想定が正しいことを証明する構造が見えてくるのだ。
地政学的視点から改めてギリシャ危機を見ると…
もちろんギリシャが今後どこまでランドパワーであるロシアに擦り寄るのかは分からない。冷戦直後にギリシャが(トルコとともに)米国に支援され、地続きのロシアよりも経済・軍事的に米国に近づいたような状況が今後も続くのかもしれない。米国はこの時、海という共通の国境と、米国が構築した海洋交易システムを通じてギリシャに訴求した。
今のところ、マッキンダーのいう「ランドパワーの時代」 (「地政学の父マッキンダー:欧州の成り立ちを地図と歴史で解く」を参照)はまだ到来していない。ギリシャが今後も西側諸国によって救われ続けるのであれば、それは「シーパワー優位の時代」が続くことを表すのかもしれない。
まとめると、地図的な二次元の視点、グローバルな争いという観点、そして「シーパワー vsランドパワー」の対立構造という地政学的な解釈は、ギリシャ危機のすべての面を説明できるわけではない。だが、それでも、この国の戦略的な立ち位置について、いくつかのヒントを得られることが分かる。
このコラムについて
これを知らずにもうビジネスはできない! 「あなた」のための「地政学」講座
近年の国際政治や経済に関するニュースやコメントで「地政学的な視点」「地政学リスク」という言葉を聞く機会が増えた。ところで、この一見分かりやすそうであいまいな言葉の本当の意味を、われわれは知っているだろうか?
世界戦略でつまずく米国のバラク・オバマ政権の動き、ウクライナ危機、EUの財政危機、そしてシリアやイラクで揺れ動く中東情勢など、「地政学」というキーワードなしでは現代の国際政治を語れなくなってきた。
地政学と戦略学の専門家である奥山真司氏が現代の世界情勢を読み解くカギとなる、地政学の歴史と応用の仕方を解説する
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20150525/281527/?ST=top
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