私たちは人類の歴史の中で、とても大きな転換点にさしかかっている。

 気候変動やテロリズムなど、新たな社会的脅威が増大しているが、その解決の展望は開けていない。日本を含む先進国の多くは高齢化社会を迎え、成長は鈍化している。一方で、発展途上国の成長が世界経済を大きくけん引しているが、その先行きは不透明である。

 このような転換点にあって、社会のリーダーには人類の歴史を展望し、社会の未来についての明確なビジョンを提示する、高度な能力が要求されている。言いかえれば、「私たちはどこから来て、どこへ行くのか?」という問いについての答えが求められているのだ。

 この問いに唯一の正解はないが、少なくとも世界の動きを数字でしっかりと捉え、事実に立脚した判断をすることが重要だ。そこで今回は、世界の動きを数字で読む方法を紹介しよう。

歴史の発展を可視化するアプリ

 人類の歴史を数字にもとづいて理解するためには、歴史の発展を測る指標(ものさし)が必要である。その指標として、「寿命」「所得」「環境負荷」を考えてみよう。

 これらの指標が人類社会の歴史を通じてどのように変化してきたかを知るには、人口学者のハンス・ロスリングが開発した「Gapminder」がとても役立つ。このウェブ上のアプリケーションで、横軸に「期待寿命」(生まれた時点での平均余命)を、縦軸に「5歳までの死亡率」を選んでみよう。2013年時点での両者の関係をすぐにグラフに描いてくれる(Gapminderの画面はこちら、図1)。次に、その画面で左下の「Play」ボタンを押してみよう。世界各国における1800年以後の2つの指標値の変化を、アニメーションで見せてくれる。

図1 2013年の「期待寿命」(横軸)と「5歳までの死亡率」(縦軸)の相関図。右下の小さな赤丸が日本

 Gapminderが描き出すグラフ上では、世界各国のデータが地域区分を表す6色の円で表現されている。日本を含む東アジア・東南アジアと太平洋諸国は赤色だ。

 円の大きさは、「母親1人あたりの子供の数」を表す(右下のメニューから選べば、円の大きさを人口などの他の指標に切り替えることもできる)。「母親1人あたりの子供の数」は人口学者であるハンス・ロスリングが特に注目している指標であり、この指標が2を下回れば、人口は減り始める。

 期待寿命と5歳までの死亡率には明瞭な負の相関がある。右に位置する長寿国ほど、5歳までの死亡率は低い。

 日本を示す赤い円はグラフの右下に位置し、期待寿命は83歳、5歳までの死亡率は0.29%だ(一番右の赤い円上にカーソルを置くと「Japan」と表示され、寿命と死亡率の値が軸上に表示される)。このグラフから分かるように、日本は世界で最も安全で、最も長寿な国である。母親1人あたりの子供の数は1.4なので、円はかなり小さい。

 一方で、グラフの左上側に位置している青い円はみな大きい。これらは、サハラ砂漠以南のアフリカ諸国だ。例えばカメルーンでは、期待寿命は59歳、母親1人あたりの子供の数は4.8人、5歳までの死亡率は9.5%だ。約1割の子どもが5歳までに死亡するが、それでも母親1人あたり4.3人の子どもが生き残る。このため、サハラ砂漠以南のアフリカ諸国では、死亡率が高いにもかかわらず、人口が増え続けている。

 かつては日本を含むすべての国が左上に位置し、期待寿命は45歳以下、5歳までの死亡率は30%以上だった(図2)。

図2 1800年の「期待寿命」(横軸)と「5歳までの死亡率」(縦軸)の相関図

 そこから今日までの変化は劇的だ。世界各国で期待寿命が伸び、5歳までの死亡率が下がってきた。特に第2次世界大戦後は、画面の左上(寿命が短く死亡率が高い状態)に位置していた国々が右下(寿命が長く死亡率が低い状態)に向かってどんどん移動してきた。世界は確実に、より安全・安心な方向へと発展してきたのだ。ただし、サハラ砂漠以南のアフリカ諸国は、この発展においてもっとも遅れた位置にある。

 この変化をもたらした大きな要因は、「母親1人あたりの子供の数」の減少である。円の大きさに注目して、アニメーションをもういちど見ていただきたい。世界各国が左上から右下へと移動する過程で、円の大きさが次第に小さくなっていくのが分かるだろう。出産や育児は母親にとって負担が大きな行為なので、子供が生きて育つのが当たり前の社会になれば、母親は子供の数を減らすのだ。

 そして今では、サハラ砂漠以南のアフリカ諸国、およびアフガニスタンなどの中東諸国を除けば、「母親1人あたりの子供の数」は2に近いか、あるいは2を下回っている。このため、現在人口増加が著しい東南アジアやラテンアメリカ諸国でも、2050年ころには人口が頭打ちになるか、減り始める。2050年を超えて人口が増え続けるのは、サハラ砂漠以南のアフリカ諸国である。

所得の増加が社会と地球環境を変えた

 次に、横軸を「1人あたりの所得」に変えて、「子供の死亡率」(縦軸)と所得との関係を調べてみよう。所得が高い国ほど子供の死亡率が低いことが分かる(図3)。

図3 2013年の「1人あたりの所得」(横軸)と「子供の死亡率」(縦軸)の相関図

 次に、縦軸を「期待寿命」に変えてみよう。予想されるとおり、所得が高い国ほど期待寿命は長い(図4)。

図4 2013年の「1人あたりの所得」(横軸)と「期待寿命」(縦軸)の相関図

 図4のGapminderの画面でPlayボタンを押して所得と期待寿命の歴史的な変化を見ると、1800年(図5)以後、世界各国で所得が増え、それとともに寿命が伸びてきたことが分かる。

図5 1800年の「1人あたりの所得」(横軸)と「期待寿命」(縦軸)の相関図

 所得が増えると、なぜ寿命が伸びるのだろうか? 縦軸を寿命から「1人あたりのカロリー摂取量」に変えてみると、やはり明瞭な正の相関がある(図6)。所得が増えれば、しっかりと食事をとることができ、その結果栄養状態が改善されて寿命が伸びるのだと考えられる。

図6 「1人あたりのカロリー摂取量」(縦軸)と「期待寿命」(横軸)の相関図(2007年)

 また、縦軸を「1人あたりの医療支出」に変えても、やはり明瞭な正の相関がある。所得が増えれば、病気の治療を受ける機会が増え、その結果寿命が伸びるのだ。

 次に、環境負荷について考えるために、縦軸を「1人あたりの二酸化炭素排出量」に変えてみよう(円の大きさは国あたり年あたりの二酸化炭素排出量とする)。

 Playボタンを押して、1800年代以後の変化を追ってみると、各国の所得の増加とともに、1人あたりの二酸化炭素排出量が増えてきたことがよく理解できる(図7から図8へ)。私たちは豊かさを手に入れる一方で、地球環境への負荷を増やし、地球温暖化や気象災害の増加をひき起こしてきたのである。

図7 1800年の「1人あたりの二酸化炭素排出量」(縦軸)と「所得」(横軸)の相関図
図8 2005年の「1人あたりの二酸化炭素排出量」(縦軸)と「所得」(横軸)の相関図

 ただし、地球環境への負荷の大きさは、同じ所得レベルの国の間でも大きな違いがある。日本とアメリカ合衆国の所得レベルには大きな差はないが、日本人1人当たりの二酸化炭素排出量は9.5トン、アメリカ合衆国民のそれは19トンであり、ちょうど2倍の差がある。

よりよい未来への3つの課題

 以上のように、寿命、所得、環境負荷という3つの指標の変化を調べることで、世界のトレンドをかなりリアルにとらえることができる。このようなトレンドを考えれば、人類社会の未来へのビジョンとして、少なくとも以下の3つの主要課題の解決を提案する必要があるだろう。

 第1に、サハラ以南のアフリカ諸国において所得を増やし、子供の生存率を高め、その結果子供の数を減らすことが、貧困を克服するうえでも、人口爆発を止める意味でも、緊急性の高い国際課題である。幸い、サハラ以南のアフリカ諸国において鉱物資源の探索が進み、投資が増大している。

 第2に、二酸化炭素排出量に象徴される環境負荷を抑制し、環境負荷を増やさないで所得を増やすことが、持続可能な成長を実現するうえで避けて通れない課題である。生産・消費過程だけでなく、調達や貿易を含むあらゆるプロセスにおいて環境負荷を下げる技術開発が求められている。

 第3に、日本を含む先進国では、平均寿命が80歳を超え、高齢化社会を迎えている。このため、所得(GDP)、カロリー摂取量(食糧の消費)、医療支出(薬の消費)を増やすことは、もはや寿命の伸びには大きく寄与しない。今後は生活の質の向上が大きな課題であり、新しいライフスタイルへの転換を促す社会制度とビジネスが必要とされるだろう。

 これらの課題の解決には、事実に立脚しつつ、未来社会の創造をけん引できる、新世代のリーダーが必要とされている。リーダーはしばしば困難を強調しがちだが、一連のグラフが物語るのは、私たちは人類史上で最も良い時代に生きているという事実だ。この事実をふまえて、さらに良い時代へのビジョンを語ることが、新世代のリーダーの役割である。

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/43855  

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