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[風見鶏]渇して盗泉を飲む欧州
「世界は漂流する?」。国際戦略研究所(IISS・本部ロンドン)の論文誌「サバイバル」の2〜5月号の表紙の見出しである。仏週刊紙「シャルリー・エブド」襲撃事件に抗議した1月11日のパリでのデモの写真がその下にある。
オランド仏大統領とメルケル独首相が腕を組んでいる。そこには見えないが、キャメロン英首相も近くにいた。イスラム過激派のテロだけではない。中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)構想も世界を揺さぶる。
英独仏を含む57カ国が加盟を表明し、先進7カ国(G7)の立場は割れた。政治科学者のイアン・ブレマー氏は米欧同盟の緊張を「Gゼロ(主導国なき世界)の一断面」と説明した。
これがロシアの提案だったら、欧州諸国は加わっただろうか。ウクライナ問題だけでなく、首脳たちがパリで訴えた言論・表現の自由についてもロシアには問題がある。
では中国はどうか。国境なき記者団(本部パリ)の2015年「報道の自由」順位によれば、中国は下から5番目の176位だ。シリア、トルクメニスタン、北朝鮮が続き、最下位のエリトリアとなる。
ロシアは152位、国民1人当たり国内総生産(GDP)が日本より多いシンガポールが153位だ。中国はロシア以下であり、ノーベル平和賞受賞者の劉暁波氏にも自由を与えない。欧州はそれに目をつぶり、AIIBに入る。
左図はフリーダムハウス(本部ワシントン)の15年版世界の自由地図の一部である。アジアで「自由」と分類されるのは、日本、韓国、台湾、モンゴル、インド、オーストラリア、ニュージーランドなどだ。
パキスタン、ネパール、バングラデシュ、マレーシア、シンガポール、インドネシア、フィリピンなどが「部分的に自由」、それ以外はおおむね「自由でない」とされ、中国、ロシアはこれに属する。中央アジアのウズベキスタン、トルクメニスタンは「最悪」とされる。
自由でない中国が主導するインフラ投資は、民主化抑圧政権の肩入れにつながる。民主化が平和をつくるとするリベラルな安全保障理論が正しければ、それは地域の不安定要因になる。富を得た抑圧政権は対外拡張に走りやすいからだ。
日本国内でもAIIB参加論者は多い。そのひとりである元首相が「中国の人権問題は中国の(内政)問題」と断言するのを聞いて耳を疑った経験がある。が、確かに、そう割り切らなければ、参加論は現実には成立しにくい。
「渇しても盗泉の水を飲まず」ということわざがある。孔子が盗泉という名の泉のそばを通りかかった。のどが渇いていたが、名前が悪いと言い、水を飲まなかった。「苦しくても悪事には手を染めない」の意味に使われる。
欧州首脳にとって孔子のこだわりには意味がない。名前に盗の字を含む泉の水を飲んでも、現代の感覚では悪事ではない。のどが渇いているのに水を飲まなければ、脱水症状になってしまう。日本の元首相も同じ考えなのだろう。
ニューヨーク・タイムズ社説はAIIB問題で同盟国との調整を怠った「オバマ政権のミス」を指摘し、ワシントン・ポスト社説は「米国の衰退」と書いた。ともに事実である。
日米両国も、いずれ理屈をつけて盗泉の水を飲むのだろうか。フリーダムハウスの地図は塗り替わらず、アジアはシンガポール型国家ばかりが増える。世界の中華圏化である。
(特別編集委員 伊奈久喜)
[日経新聞5月10日朝刊P.2]
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