「明治日本の産業革命遺産」が、世界遺産に登録される見通しとなった。20年以上の世界遺産歴を持つ姫路城は、「平成の大修理」後の姿見たさの人々で、連日大賑わい。
一方、6つの世界遺産すべてが「危機遺産」となっている戦禍のシリアからは、遺跡の被弾や盗掘などの現実が伝えられている。
今のシリア・アラブ共和国(以後単にシリアと記載)に加え、レバノン、ヨルダン、パレスチナ、イスラエルを含めた「歴史的シリア」(以後「シリア」と記載)には、様々な文化の遺産がある。
数千年にわたり継続的に人が住む都市も少なくなく、「普通」の家の下にも、幾層にも重なった歴史の証しが、今も埋もれたままだ。
エジプト、ヒッタイト、アッシリア、新バビロニア、アケメネス朝ペルシャ、そのペルシャを破り大帝国を築き上げたアレクサンドロス。古来、アジアと欧州、さらにはアラビア、アフリカをもつなぐ文明の十字路は、多くの権力者の領土欲の餌食となってきた。
露と消えたアントニウスとクレオパトラの野望
そして、アレクサンドロス急逝から血みどろの争いの末分割された帝国で、この地を治めることになったセレウコス朝のギリシャと地元の融合したヘレニズムは文化の礎となった。
紀元前1世紀、大半の地域はローマのシリア属州となった。その多くを息子に与えることにしたアントニウスとクレオパトラの野望も、アクティウム海戦、そして2人の死で消えた。
そんな2人のことを、撮影中不倫関係となったという『クレオパトラ』(1963)のエリザベス・テイラー、リチャード・バートンの演技で感じとるのもいいだろう。
紀元後まもなく正式にローマに吸収されたユダヤ属州でのユダヤ人貴族の物語『ベン・ハー』(1959)からは、属州民の立場が見てとれる。並行して語られるイエスの物語も、聖書に疎い者には参考になることだろう。
そして、そんなローマとの関係が、やがてユダヤ人を国なき民とし、2000年後の今にまで影響を与える問題を生み出していくことになる。
「シリア」には聖書ゆかりの名跡は数多い。それ以外で最もその姿を知られた「名所」はペトラかもしれない。大ヒットシリーズ第3作『インディ・ジョーンズ 最後の聖戦』(1989)の印象深いクライマックスの舞台、岩山の大建造物のロケ地となったからだ。
砂漠の遊牧民ナバテア人の岩の都市ペトラは、アラビア南部の乳香、紅海の真珠、アフリカの象牙など、ローマが求めた品々が通りぬける交易地として栄えた。
やがて、交易路に変化が起き、ナバテア王国は、首都を北のボスラに移す。その地はローマの属州都となり、繁栄していくことになる。
シルクロード西のはずれとなるシリア砂漠のオアシス都市パルミラは、ローマへ向かう中国製シルク、インド産香辛料などの重要な中継地だった。東西の領土欲の狭間で、その緩衝国として生きながらえ、3世紀半ばには、エジプトや小アジアまで勢力を伸ばす一大帝国にまで発展した。
大半が破壊されたパルミラ
しかし、王である夫暗殺の後をうけ即位したゼノビアが、ローマ皇帝アウレリアヌスとの戦いに敗れたことで野望はついえ、パルミラの大半は破壊された。
そんなゼノビアを主人公としたロマンティックなイタリア製活劇『ローマの旗の下で』では、彼女はローマで幸福な余生を送ることになるが、その後半生については諸説ありはっきりしない。
パルミラへの重要な中継地だったバールベックは、カインが築いたとも言われ、かつて地中海貿易の旗手フェニキア人が住み、その豊穣の神「バール」を崇めた都市。レバノン内陸部2つの山脈にはさまれた中東屈指の肥沃な地で、古代ローマの穀倉地帯だったベカー高原にある。
その地を通る地溝は、南に向かうにつれ下降、海抜マイナス400メートルの死海に至る。さらにアカバ湾から紅海をぬけ、人類起源の地、エチオピアの大地溝帯へとつながることになる。
長い歴史を誇る「シリア」で、地域を広く治める者は、遠い地に都を構える者ばかりだった。そんななか、稀有なる例が、イスラム教が急速に広がりを見せる661年から90年程、ダマスカスに都をおいたウマイヤ朝である。
そのカリフが築き上げたイスラム建築の傑作、ウマイヤド・モスクは現存する最古のモスクで、イスラム第4の聖地ともなっている。
ちなみに、第1はメッカ、第2はメディナだが、第3の聖地となるエルサレムに「岩のドーム」を建設したのもウマイヤ朝カリフだった。
人が最も古くから住み続けている都市の1つとされるダマスカスには、第3回十字軍に対抗し、戦いの翌年、この地で急逝した英雄サラディンの廟墓もある。
旧市街を囲む城壁はローマによって作られたものだが、現存するのは、十字軍、モンゴル軍の攻撃にそなえ、アラブ人が作ったものだ。もちろん、オスマン帝国時代のモスクもある。そんな街を、国立博物館をのぞいてみれば、この地の文化の層のぶ厚さを感じ取れることだろう。
約束が反故にされシリアは分割の憂き目に
そんなダマスカスを、再度、都とした「シリア・アラブ王国」建設を目指し、1918年、入城したのが、アラブ反乱軍と英国人トーマス・エドワード・ロレンス。
紅海に面したアカバのオスマン軍を内陸からの奇襲作戦で攻略するなど、第1次世界大戦時、独立という「約束」のもと英国軍に協力した「アラブの反乱」を成功させてのことだった。
しかし、『アラビアのロレンス』(1962)で描かれた通り、「約束」は反故にされ、「シリア」は英仏に分割され、今にまで続く悲劇の中東現代史は始まるのである。
ダマスカスは、いま、シリアの首都である。パルミラ、ボスラもシリアにある。ペトラはヨルダン、バールベックはレバノンに属し、どこも世界遺産登録され、それぞれの国の重要な観光資源となっている。
そんな地を訪れ、思うのは、どれもが戦いや権力の興亡に関係し、破壊、再生が繰り返されてきた事実である。
何も「シリア」に限った話ではない。世界は「フラット」になっても、ペトラのような峡谷や城の建つ丘や山などの地形は一朝一夕で変わらない。時代が変わっても、戦略的に重要な地はあまり変わらないのである。
だから、「正当な戦闘行為」で、戦略的な地は、当たり前のように、破壊、再生の地となってしまう。
そうしたこともあって、遺跡には、多くの文化の遺産が混在する。「シリア」では、ローマ遺跡のつもりで訪れてみても、フェニキア、ギリシャ、ウマイヤ、オスマンなど、多くの遺跡が混在している。なかには、現代の内戦による弾痕さえ見つけることができる。
遺跡が物語る正と負の歴史
しかし、そこに政治的意図をもった解釈が上塗りされてしまうことには注意しなければならない。
ある者にとっての「正」の歴史は、ある者にとっては「負」の歴史であることを、遺跡は正直に物語るからだ。
世界遺産の登録は政治ではないし、経済でもない。しかし、政治にも経済にも容易に変化する。
「明治日本の産業革命遺産」登録への韓国・中国の主張、そして日本の対応に注目していくことにしよう。
(本文おわり、次ページ以降は本文で紹介した映画についての紹介。映画の番号は第1回からの通し番号)
(33)(再)クレオパトラ | (55)(再)ベンハー | (1016)インディ・ジョーンズ 最後の聖戦 |
(1017)ローマの旗の下に | (87)(再)87.アラビアのロレンス |
(再)337.クレオパトラ Cleopatra 1963年米国映画
(監督)ジョセフ・L・マンキウィッツ
(出演)エリザベス・テイラー、リチャード・バートン、レックス・ハリスン
(音楽)アレックス・ノース
世界3大美女の1人として知られる古代エジプト、プトレマイオス朝最後の王、クレオパトラ7世が、39歳で自殺するまでの波乱に富んだ半生を、シーザーやアントニーとの恋愛関係を軸にしながらも、戦闘シーンをも壮大なスケールで描いた大作。
ローマ元老院やアレクサンドリア宮殿などの巨大セットやそこに集う大勢のエクストラ。スペイン、イタリア、エジプト、英国、米国、と多くを数えるロケ地、映画史上初めて100万ドルの出演料を得たエリザベス・テイラーが贅沢三昧だったことも含め、とにかく破天荒のスケールと贅を尽くした作品である。
ちなみに三大美女の他の2人は楊貴妃とヘレネ(『トロイのヘレン』として知られる)である。
(再)55.ベン・ハー Ben-Hur 1959年米国映画
(監督)ウィリアム・ワイラー
(出演)チャールトン・ヘストン、スティーブン・ボイド
(音楽)ミクロス・ローザ
ユダヤ人貴族ベン・ハーの波瀾万丈の半生を、キリストの生涯と平行させながら描いたベストセラー小説「ベン・ハー/キリストの話」を壮大なスケールで映画化し、アカデミー賞を総なめにした超大作。
著者のルー・ウォーレスは南北戦争を北軍将軍として戦い、戦後も駐オスマン帝国米国大使などを歴任した軍人政治家である。
劇中、当時ローマ帝国の植民地であったエルサレムで、無実の罪をかけられた主人公がローマの奴隷となるが、奴隷の漕ぐガレー船と呼ばれる戦艦が沈没した際に、司令官を助けたことからその養子に迎えられローマ帝国で出世していくというシークエンスがある。
古代ローマでは、グラディエーター(剣闘士)などで名をなした奴隷が、多額の報酬を得て裕福な生活を送ったり、自由民の立場を勝ち取るということもそれほど珍しいことではなく、中には解放奴隷の子息が皇帝となったディオクレティアヌスのような例さえあった。
そのあたりが、大航海時代以降の「新大陸」におけるがんじがらめの黒人奴隷の立場と決定的に違うところであった。
1016.インディ・ジョーンズ 最後の聖戦 Indiana Jones and the Last Crusade 1989年米国映画
(監督)スティーヴン・スピルバーグ
(出演)ハリソン・フォード、ショーン・コネリー、リヴァー・フェニックス
(音楽)ジョン・ウィリアムス
1938年、考古学教授インディは、大富豪から、前任者が失踪したという聖杯探しを依頼される。
その失踪者が父ヘンリーであることを知り引き受けたインディはヴェネツィアへ向かった。そして、聖杯のありかの手がかり、父がオーストリアとドイツの国境にある城に閉じ込められていることを知り・・・。
少年時代のインディをリヴァー・フェニックスが、インディの父をショーン・コネリーが演じる大ヒットシリーズ第3弾である。
1017.ローマの旗の下に Nel Segno di Roma 1958年イタリア・フランス・西ドイツ映画
(監督)グイド・ブリニョーネ
(出演)アニタ・エクバーグ、ジョルジュ・マルシャル、フォルコ・ルリ
親ローマの夫を追放し、国境を越えローマ軍に大損害を与えたパルミラの女王ゼノビア。そんな国境へとやって来たローマ将軍マルコは捉えられ、奴隷にされそうになったところを逃亡、宮廷へと赴き、反ローマと偽り女王に協力を申し出るが・・・。
ローマに反旗を翻したことで知られるパルミラの女王ゼノビアの物語を、史実とはかなり離れて、ロマンティックな恋愛を盛り込んだ活劇とした娯楽作である。
(再)87.アラビアのロレンス Lawrence of Arabia 1962年英国映画
(監督)デヴィッド・リーン
(出演)ピーター・オトゥール、オマー・シャリフ、アンソニー・クイン
(音楽)モーリス・ジャール
現代アラブ世界の問題を語るとき、外すことのできない事件が山盛りの政治的内容に満ちた作品であるため、ストーリーを理解することはなかなか難しいが、その圧倒的スケールと壮大なる音楽、そして人物描写の秀逸さから、映画史上指折りの名作との評価を欲しいままにしている一品。
謎多きロレンスの人物像を探る人々は今も多く、英国本国には「ロレンス学」なるものも存在しているほどだ。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/43801
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