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ロシア経済に重くのしかかるドンバス問題
ウクライナのデフォルト危機で経済支援が不可欠に
2015.4.30(木) 藤森 信吉
ドネツク市中心部に建つレーニン像(2004年12月、筆者撮影)
ウクライナ東部ドンバス(ドネツク、ルガンスク州)地域で「ドネツク人民共和国」、「ルガンスク人民共和国」を名乗る勢力が現れてちょうど1年が経過した。
2014年4月、彼らやロシアのウラジーミル・プーチン大統領の表現を借りれば「ファシスト政権に抵抗した市民」、ウクライナ側の表現では「ロシアの工作員と扇動された集団」が治安機関・行政施設を次々に占拠し、親国家ウクライナから独立した人民共和国の創設を宣言したのだ。
これに対するウクライナ側のカウンター・テロ作戦(ATO)が発動され、2度の停戦合意を挟み100万人を超える避難民と6000人以上の犠牲者を出しながら、両人民共和国は今日でもドンバスの3分の1程度の領土と300万の住民を維持し続けている。
言うまでもなく、彼らの存続はロシア政府の支援にかかっている。しかし、ロシア政府に併合はおろか国家承認の意図すら見えない。人民共和国の維持コストの負担を明らかに避けているのだ。
独立に適さないドンバス地域
かつて、ドンバスは、ウクライナの国内総生産(GDP)の6分の1、貿易輸出の3分の1を叩き出す、ウクライナ経済を牽引する地域であった。その一方で、せっかく稼いだ富は、キエフや西ウクライナに流れている、というのが彼らの反キエフ的言説の根拠となっていた。
しかし、実際は異なる。
ドンバス炭鉱は老朽化し、国際競争力を失って久しく、政府の補助金で何とか生き永らえてきた。ロシア炭の2倍近い値段だったドンバス石炭の価格は、政府が半額負担することで、国内で消費されてきたのだ。
石炭産業への補助金は「エネルギー自給率の向上」として正当化されていたが、中央政界に巣食う強力な石炭ロビーの力も大きく作用した。こうした補助金漬けの石炭と、政府が逆ザヤで安く売る天然ガスを利用した鉄鋼の輸出がドンバス経済を支えていた。
ウクライナの旧ヴィクトル・ヤヌコヴィッチ政権は、こうしたドンバスの石炭産業と鉄鋼産業を支持基盤としていた。現在の政権は、国際通貨基金(IMF)指導の下でリストラを推進中で、その過程で補助金を切られたドンバスは見かけ上の生産力を失っている。
もう1つは、年金生活者などの社会保障受給者の多さである。平時においてドンバス人口に占める高齢者の割合は全国平均を上回っており、特にドネツク州は率・数とにもウクライナ随一の高齢化地域であった。
そのうえ年金の平均支給の平均額はウクライナで最も高い。
軍事衝突の激化に伴い、有産階級や若者はいち早くドンバスから避難したため、社会保障を必要とする住民の率は相対的に上昇している。
現在、両人民共和国には、合計120万人を超える年金受給者が暮らしており、人民共和国政府は、域内産業の低迷と徴税能力の低さから、社会保障費の財源確保に四苦八苦している。
特に、昨年12月1日以降、ウクライナ政府が、占領地域に対する予算執行を停止し年金・社会保障費や公務員給料の支給を切ったため、両人民共和国における現金不足は一層、深刻なものとなっている。
ルガンスク人民共和国は4月から独自に年金支給を開始したが、ドネツク人民共和国独自の年金支給は一部に限定されたままである。人民共和国公務員に対する遅配・欠配は解消されていない。
ウクライナ通貨だけでは足りず、様々な通貨で支給したり、果ては、ウクライナ政権に対し域内住民に対する年金・社会保護費の支払を要求する、という「独立国」にあるまじき発言すら飛び出している。
これに対し、ウクライナ政府は、ウクライナ側がコントロールする地域に登録し受け取りにこられる年金受給者には全額支給しており、その数は90万人に達している、と反論している。
ドネツク人民共和国のザハルチェンコ元首は、依然としてドネツク全州の住民を「ファシスト政権から解放」する姿勢を崩していないが、軍事的に可能であっても、これ以上住民が増えるとどうなるのか、理解できないわけではあるまい。
併合・国家承認に消極的なロシア政府
生産力がなく高齢者が多い地域をロシア政府が併合するとどうなるか。2014年3月に編入された人口230万人のクリミア半島を例に取ると分かりやすい。
ロシア紙「独立新聞」の報道によると、ロシア連邦政府は、2014年だけでクリミア政府の予算に1250億ルーブルを移転し、本年度も1000億ルーブル以上が見込まれている。連邦政府の財政負担率は80%にも達する。ケルチ架橋などの国家的投資案件はこれとは別予算である。
クリミア住民の年金、公務員給料は、ウクライナ統治時代の2倍とロシア連邦水準に引き上げられた結果、クリミア予算の42%はこれら公務員給料や年金などの社会保障費の支払いに消えることとなっている。
ドンバスの両人民共和国の人口はクリミアより多く、さらには、ライフラインの供給、破壊されたインフラの復興を考慮すると、追加的な経済制裁を考えるまでもなく、ドンバス併合は多大な負担をロシアに強いることになる。
往時のドネツク州庁舎(現在、人民共和国政府が接収)(2004年12月、筆者撮影)
一方で、ロシア政府は「国家承認」も考えていないようだ。2月、ウクライナ当局は、ドンバス地域への天然ガス供給を「戦闘によるパイプライン損傷」を理由に停止した。
これに対し、ロシア政府は即座に「人道的観点から」、ロシア国境から人民共和国領に直接つながるパイプラインを通じて供給を開始した。
しかしながら、「ドンバスはウクライナの消費者である」という理由から、現行のロシア・ガスプロムとウクライナ・ナフトガス社間の契約を適用し、ウクライナの勘定から決済することを宣言している。
あえて国家承認しないことで、天然ガスのツケを親国家に回す供給方法は、沿ドニエストルの事例と全く同じである。
仮にロシア政府が、人民共和国を国家承認した場合、「ドンバスはウクライナ=ウクライナがガス代を支払う」というロジックを使えなくなる。
現在、両国間のガス供給契約は、前払い制に移行しており、ウクライナ側が入金した分をロシアが供給することになっている。
ウクライナ側は、ナフトガス社が発注する供給量・通過ルート指定を無視してガスプロムが独自に供給しデポジットから引き落とそうとしている、として反対し、決済は実現していない。
仮にロシアが国家承認した場合、決済能力ゼロの両人民共和国へのガス供給はロシア=ガスプロムが被ることになるが、両人民共和国の天然ガス消費レベルは年25億m3程度、現在のガス価格(1000m3当たり250ドル)で計算すると6億ドルに達する。
デフォルト同然のウクライナはもちろんのこと、ロシアにとっても大きな数字である。国家承認した場合、国際社会からの経済制裁も覚悟しなければならないし、ドンバスに広範囲の自治権を付与させてウクライナ枠内にとどめ、キエフ政権の対外政策に制約をかけるという政策も放棄しなければならない。
ロシアの狙いは人民共和国をウクライナ財政に寄生させること
上記の観点から、2015年2月12日に調印されたミンスク合意(「ミンスク合意の履行に関する複合的な措置」)を読み直すと、人民共和国の維持は、ウクライナの予算執行を前提としていることに気づく。
例えば、第8項には「年金支出やその他の支出(給与、歳入、公共目的の一時支出、ウクライナの法源の枠内における税の徴収)などの社会的な再構成を含む社会・経済的関係の完全な回復に関する様式を規定」(小泉悠氏による翻訳)があり、また、決済のための銀行システム回復の義務もウクライナ側に課せられている。
実際、交渉過程で、プーチン大統領が強硬に主張したのは、「独立」ではなく、ウクライナ枠内での「自治」であった。
ウクライナ国家枠内であれば、ウクライナ予算の対象となる。ロシア政府は人民共和国の代理人として振る舞うが、恒常的・制度的にドンバス経済の面倒を見るのはもっぱらウクライナ、ということである。
ロシアの対ドンバス政策は持続可能か?
人民共和国の経済状態は悪化を続けており、特に高齢者の危機的な医療・食糧状況が国連やNGOの報告から伝えられている。
ロシア政府や人民共和国は、ミンスク合意の履行、すなわち憲法改革、分権化、ドンバス地域との経済関係の再開をウクライナ側に強く求めているが、ウクライナ側の反応は鈍い。それどころか、ウクライナ政府は、料金を徴収できないドンバス被占領地域へのライフラインを次々に切り始めている。
ウクライナ財政にドンバスを押しつける、というロシア政府の狙いは、空振りに終わっている。それどころか、最近のウクライナ側のデフォルト危機進行で、その目論見はますます実現困難となっている。
ロシアには、再度の軍事攻勢、所有するウクライナ国債30億ドルの早期償還、ガス契約の違約金請求など、ウクライナ政府を譲歩させる手段は残されている。しかし、今のウクライナにはロシアの要求を実現できるだけの経済的余裕はない。
ない袖は振れない、というわけである。目下の経済情勢ではドンバスをウクライナに寄生させることは不可能で、ロシアはドンバス維持のために短・中期的に自らが宿主となる覚悟を持たなければならなくなっている。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/43667
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