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構造改革に舵を切ったブラジル ルセフ大統領の賭けは成功するか?
2015年4月21日(火) 門司 総一郎
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20150417/280084
当コラムの「2014年のBRICs:明暗分けた構造改革への期待」の回で、構造改革の観点からBRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国の4カ国)の金融市場について分析を行い、2014年は改革への期待感が強いインドと中国が勝ち組、弱いブラジルとロシアが負け組になったと結論付けました。
それからまだ3カ月しか経過していませんが、ブラジルに大きな変化が表れています。2期目を迎えたジルマ・ルセフ大統領は1期目のバラマキ路線から構造改革路線に大胆に政策の舵を切りました。今回はこのルセフ氏の博打ともいえる政策転換と、その市場への影響について考えてみます。
霧散した構造改革期待
昨年10月の大統領選で労働者党のルセフ大統領は1期目の看板政策だった貧困対策や社会福祉の充実を掲げて戦いました。これに対して最大野党であるブラジル社会民主党のネベス党首は経済成長や投資促進、財政規律の回復や省庁数の削減などを掲げ、財界の支持を集めてルセフ大統領と接戦を演じました。決選投票の末、ルセフ大統領が再選を果たしました。
この選挙結果を受けてブラジルの金融市場で構造改革への期待が霧散。決選投票翌日(2014年10月27日)のブラジルの株式市場の動きを示すボベスパ指数は2.8%下落、通貨レアルは対ドルで2005年以来9年ぶりの安値に沈みました。
ルセフ大統領の変身
このようにブラジルの構造改革の可能性はついえたように見えたのですが、誰もが予想しなかったことが起こりました。再選直後にルセフ大統領は構造改革への政策転換を打ち出したのです。
その第1弾は金融引き締めです。決選投票直後の2014年10月29日、中央銀行は大方のエコノミストの予想に反して政策金利を11%から11.25%に引き上げました。利上げは同4月2日以来約7カ月ぶり。続く同12月3日の政策決定会合でも11.75%への大幅利上げを決定、景気を悪化させても、インフレ抑制や通貨安の阻止を優先する姿勢を明らかにしました。
第2弾は閣僚人事です。喫緊の課題である財政再建を担う財務相にジョアキン・レビ氏を指名しました。レビ氏は国際通貨基金(IMF)や民間大手金融機関に勤務した経験があります。またリオデジャネイロ州の財務長官として財政再建の大ナタを振るったことから、「シザーズ・マン」(はさみ男)の異名を持つ人物です。
その他の経済閣僚には、企画予算管理相に財政規律重視派のバルボザ元財務次官、開発・工業・貿易相にはモンテイロ元ブラジル全国工業連盟(日本の経団連に相当)会長を指名。経済・財政重視の布陣を敷きました。
また中央銀行総裁にはインフレファイターとして知られるトンビニ氏が留任しました。先ほど述べたように大統領選後、トンビニ氏はただちに利上げを決定。3月まで4会合連続で合計1.75%の利上げを実施しています。
待ったなしの財政再建
2014年のブラジル財政は悪化、基礎的財政収支は赤字に転落し、大手格付け会社スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)はブラジルの国債格付けをBBBマイナスに引き下げました。もう1回引き下げられると「投資不適格」となり、海外からの資金調達に大きな支障を来す水準に達します。この投資不適格への転落は何としても回避しなければなりません。2期目のルセフ政権にとって財政再建は待ったなしの最優先課題となりました。
財務相のレビ氏は2015年の基礎的財政収支の目標を名目GDP比1.2%に設定。企画予算管理相のバルボザ氏は記者会見で、失業保険申請の要件厳格化や寡婦年金の減額など手始めとする歳出削減策を発表、大統領令によりただちに実施すると表明しました。
バルボザ氏の記者会見は年末ぎりぎりの12月29日。1月1日に予定されていた第2次ルセフ政権発足のわずか3日前でした。このタイミングで重大発表を行ったのは、スピード感を演出することで、改革にかける政権の本気度を印象付けようとしたものと思われます。
こうしたスピード感は2012年末の第2次政権発足に当たって安倍晋三首相が重視したもの。現在世界で最も注目されるリーダーの一人であるインドのモディ首相も、昨年の政権発足に当たってスピード感を重視しました。
矢継ぎ早の財政削減策
1月1日の就任式で、ルセフ大統領は財政の大盤振る舞いを改め、財政規律を重視する姿勢を強調するとともに、投資の増加や生産性の向上など構造改革に取り組むことを表明しました。また、この就任式と前後して、財政再建のためのさまざまな政策を打ち出しました。歳出、歳入共に聖域なく見直した感があります。
歳出削減策として打ち出したのは、前述の失業保険や寡婦年金を含む社会保障の見直し、電力会社や国立経済社会開発銀行(BNDES、日本の政策投資銀行に相当)への補助金削減などです。
これまで政府は電力会社に対して料金を低く抑える見返りとして補助金を出していました。BNDESについても同じで補助金は貸出金利を低く抑える見返りです。
しかし今回補助金が削減され、その分電力料金や金利が引き上げられることになりました。特に電力料金の引き上げはインフレにつながり、国民に痛みをもたらすことになりますが、それを承知の上で、ルセフ政権は改革に踏み込みました。
一方、歳入増加策は基本的に増税(あるいは減税措置の廃止、縮小)です。具体的には、自動車に対する工業製品税の減税終了、化粧品への工業製品税導入、燃料税増税、個人向け融資に対する金融取引税増税、輸入品への課税強化、給与税増税などがあります。
ルセフ政権はこうした財政再建策について、議会の承認が必要ないものについてはただちに実施、承認が必要なものについては議会と粘り強く交渉しながら推し進めています。
この動きは大方の予想を上回るもの。政権立ち上げ時のスピードは、その政権がスタートダッシュに成功するかどうかの重要なポイントになります。この点について第2次ルセフ政権には合格点を付けられるでしょう。
注目される電力料金引き上げ
これらの施策の中で注目されるのが、電力会社への補助金削減と料金の引き上げです。これは単なる歳出削減に止まらず、政府が今後目指すべき構造改革の方向を示しています。この点について少し解説します。
電力など公共料金の規制と補助金の組み合わせは新興国でよく見られます。急成長する新興国においては発電や送電の設備が不足し、電力不足になることが珍しくありません。安易な値上げを認めると国民生活が苦しくなるためです。さりとて規制するだけでは電力会社の経営が苦しくなります。
しかしこの仕組みには問題があります。企業が合理化や設備投資などを進め利益を増やそうとする動機が働かないことです。利益を増やすとその分補助金を減らされる可能性があるからです。特に能力増強の投資にはリスクが伴います。設備投資により発電量を増やすと、例えば原油高などによってコストが膨らんだ場合、電力を売れば売るほど赤字が増えることになりかねません。
原油価格が1バレル=150ドル前後まで上昇した2008年に、中国でこんな話を聞きました。原油高によるコスト増を料金に転嫁できない、さりとて売るのをやめることもできないので、苦肉の策として、故障を名目に営業を停止した電力会社があったそうです。
こうしたリスクを考えると、電力会社は投資に二の足を踏むことになります。それではいつまでたっても、電力インフラの不足は解消されません。インフラ不足を解消するためには、価格決定に関する電力会社の裁量を拡大し、設備投資を促すことが必要です。
ブラジルの政府は「大きすぎる政府」といわれます。政府の規制や介入が民間企業の活動を制限しているのは電力だけではありません。産業界はこうした政府による経済への介入に反対しており、これが昨年の大統領選でルセフ氏が苦戦した理由の1つでした。
現時点では、ルセフ政権は当面の最重要課題である財政再建に注力せざるを得ませんが、これが一段落した後の次の一手は、政府の経済への介入の縮小と市場原理の活用と思われます。今回の電力会社への補助金削減と料金の引き上げにはその第1歩として注目しています。
なぜルセフ大統領は大胆な賭けに出たのか?
このように2期目のルセフ大統領は大胆な政策転換に踏み切りました。これは公約違反と非難されても仕方なく、政治的にかなりリスクを負ったものです。なぜルセフ氏は大胆な賭けに出たのでしょうか?
まず考えられるのは格下げ回避のための財政再建が待ったなしとなっており、他の選択肢がなかった点です。また大統領選で苦戦したことが影響したとの見方もあります。苦戦の原因は景気の悪化や経済政策への不満です。先ほど述べたように産業界は対立候補を支持していましたから、その支持を得るために、政策転換に踏み切ったとも考えられます。
大統領選と同時に議会選挙も行われました。連立与党は上院こそ改選前の議席を維持したものの、下院では340議席から301議席に議席を減らしました(定数は513議席)。与党は左派系なので改革には消極的と思われますが、それでも選挙結果に危機感を持った向きがあったのかもしれません。前大統領で、ルセフ氏の後見人的な立場にあるルラ氏がルセフ大統領に政策の転換を働きかけたとの見方もあります。
いずれにしても、この政策転換がルセフ氏にとって政治的リスクを伴うものであることは間違いありません。実際、3月中旬にはルセフ大統領の支持率は10%程度まで低下。またルセフ氏の退陣を求めるデモが全国で発生、参加者は100万人とも200万人ともいわれました。
改革に反応しなかった金融市場
このようにルセフ政権は予想外のスピードで改革を進めましたが、市場は当初これを評価しませんでした。年初から3月末までボベスパ指数の上昇率はわずか2.3%、BRICs4カ国中最低です。
(図表1)BRICsの主要株価指数騰落率(2015年1-3月)
出所:ブルームバーグのデータを基に大和住銀投信投資顧問作成
株価指数はブラジルがボベスパ、ロシアがMICEX、インドがセンセックス、中国が上海総合
株式以上に敬遠されたのがレアルです。1〜3月の間にドルに対して16.9%下落、一時2003年4月以来の安値を記録しました。この間、他の3通貨は対ドルで上昇しています。
(図表2)BRICs通貨の騰落率(対ドル、2015年1-3月)
出所:ブルームバーグのデータを基に大和住銀投信投資顧問作成
市場参加者がルセフ大統領の政策転換をただちに評価しなかった背景には、やむを得ない部分もあります。1期目の4年を通じてバラマキを続けた同大統領が「今日から財政規律を重視します」と言っても信じる人は少ないでしょう。
また支持率はわずか10%。100万人以上の国民が退陣を要求する大統領に改革を遂行する力があるとは思えません。期待感が低かったことが、市場が反応しなかった理由の1つです。
もう1つの理由は、市場参加者が改革の痛みに目を奪われたことです。財政再建は政府支出の削減や増税を通じて景気を下押しする圧力となります。中央銀行の利上げも加わり、今年のブラジル経済はマイナス成長との見方が広まりました。
また電力料金引き上げやレアル安による輸入物価の上昇によりインフレも悪化します。消費者物価指数の前年比上昇率は昨年12月の6.4%から今年3月の8.1%に高まりました。こうした景気やインフレの悪化が、市場参加者が政策転換を評価しなかったもう1つの理由です。
流れを変えたルセフ大統領の発言
しかし3月に入って徐々に流れが変わりました。23日、S&Pがブラジルの格付けをBBBマイナスで据え置くと発表しました。ルセフ政権の財政再建への取り組みを評価したものです。当面の格下げリスクが遠のいたことから、レアルはようやく下げ止まりました。
(図表3)ボベスパ指数とブラジルレアルの対ドルレート(日次)
出所:ブルームバーグのデータを基に大和住銀投信投資顧問作成
流れを完全に変えたのは3月31日のブルームバーグによるルセフ大統領のインタビューです。ルセフ氏が「今年の財政目標の達成に向けてあらゆる措置を取る考えを明らかにした」(ブルームバーグ、4月1日)ことにより、「大統領は本気だ」との見方が広まりました。
この後も4月10日には財政再建を進めることについて政府と連立与党各党との間で合意が成立するなど好材料が続きました。金融市場も様変わりで4月に入って15日までボベスパ指数は7.4%高、レアルは対ドルで5.5%上昇。気が付けば、ブラジルに対して強気一色です。
2015年のブラジルは勝ち組へ
このように、構造改革路線に転換することにより、ブラジルは変わろうとしています。他のBRICs各国と比べても今年はブラジルに優位があると見ています。
例えばロシア。今年1〜3月は株式、通貨ともロシアが値上がり率1位です。これは昨年の大幅安からの反発に過ぎず、構造改革の点では何ら変化はありません。よって上昇はあくまで一時的なものと考えています。
また昨年勝ち組だった中国にも不透明感が出ています。権力闘争が長期化かつ拡大し、経済にも悪影響を与えつつあることが不安材料です。また昨年まで習近平国家主席の綱紀粛正を支持していた国民の間で、腐敗のあまりのひどさに、政府や共産党を批判する声が増えつつあります。国民の支持を失えば、構造改革を進めることは難しくなるでしょう。
以上のように考えて、昨年負け組だったブラジルが今年勝ち組になる可能性が高いと見ています。今後も改革を継続することが条件ですが、支持率がこれ以上落ちようもないところでルセフ大統領が示した覚悟や、政権発足時のスピード感などから判断して、改革が停滞するリスクは小さいとの見方です。
このコラムについて
政治と市場の“正しい”見方
今、日本は新政権の誕生で「政治」と「金融市場」の関係がこれまで以上に強まり、複雑化しています。さらに欧州の債務危機や米国の財政の崖、中国の新執行部選出など、政治と市場を巡る動きは、海外でも大きな焦点となっています。
しかし、市場関係者がこの両者の関係を論じる場合、「アベノミクスで日本は変わる」など物事を極めて単純化した主張になりがちで、十分な分析がなされているとは言えません。そこで、このコラムでは政治と市場の関係について深く考察し、読者の皆様に分かりやすく解説していきます。
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