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2015年4月9日 橘玲
「神に見捨てられた街」南アフリカ・ケープタウン、
ダウンタウンのクリスマスイブ
[橘玲の世界投資見聞録]
人気俳優オーランド・ブルームが、酒に溺れて妻子に捨られて、女にだらしのないやさぐれ刑事を演じる映画『ケープタウン』は、「そこは、神に見捨てられた街――」だという。 
映画の原作(原題も)は『ZULU』で、フランス推理小説大賞など7つの賞を獲得したベストセラーだ。ZULU(ズールー)はアフリカの民族のひとつで、南アフリカからジンバブエにかけて約1000万人が暮らしている。黒人刑事の出自がズールーで、アパルトヘイトの時代の虐待で性的な障害を負っていることが物語の重要な背景になっているのだが、たしかに日本人にはわかりづらい。そこで配給会社は『ケープタウン』に邦題を変え、白人と黒人の刑事ドラマとして売り出したのだろう(物語の骨格は、メル・ギブソンとダニー・グローヴァーが相棒を演じた『リーサル・ウェポン』と同じだ)。 
 
 映画『ケープタウン』
「神に見捨てられた街」
ケープタウンは南アフリカの立法府所在地で人口は約300万人。テーブルマウンテンや喜望峰などがある観光地で、地中海性気候に近く、南米のチリやペルーと並んで新世界ワインの産地としても知られている。 
ケープタウンの街は、鉄道駅周辺の中心部(ダウンタウン)と、海に面したベイエリアに大きく分かれている。私は昨年のクリスマスシーズンに訪れたが、せっかくなので両方に泊まってみた。 
前置きはこのくらいにして、ここから「神に見捨てられた街」を写真で紹介したい。この現実をどう感じるかは、それぞれの判断に任せることにする。 
ケープタウンの創設はオランダなどからの入植が始まった17世紀半ばで、1815年にイギリスの植民地になると貿易・商工業の中心地として繁栄した。ダウンタウンには当時の面影を伝える建物が残っている。 
 (Photo:©Alt Invest Com)          ケープタウンのダウンタウン 
 (Photo:©Alt Invest Com)  スタンダードバンク。かつてのイギリスの植民地銀行 
ケープタウン駅から大通りを南に下るとカンパニー・ガーデンズという公園があり、そこに国会議事堂や博物館・美術館などが集まっている。公園のなかは下のような美しい並木道になっていて、間近でリスの姿を見ることもできる。 
 (Photo:©Alt Invest Com)          国会議事堂前の美しい並木道 
 (Photo:©Alt Invest Com)             リスがたくさん生息している 
だがしばらく歩くと、なんとなく様子がおかしいことに気がつく。ほとんどのベンチで、誰かが寝ているのだ。
 (Photo:©Alt Invest Com)         並木道にはベンチが置かれている 
 (Photo:©Alt Invest Com)               ベンチで寝ている男性 
 
もちろんこれだけでは、彼らがどういうひとたちかはわからない。休日の午前中を、ここでのんびり過ごしているのかもしれない。 
だが、建物の写真を撮ろうとして思わずぎょっとした。そこは側溝で、ドブ川のまわりにゴミが散乱しているのだが、なぜか白いソックスが覗いている。よく見ると、ダンボールを敷き、シーツをかぶって誰かが寝ているらしい(生きているなら)。 
 (Photo:©Alt Invest Com)           ドブ川の横で誰かが寝ている 
 
私はたんなる観光客で、ケープタウンの貧困地域を見に来たわけではない。ここはガイドブックにも真っ先に紹介されるダウンタウンの観光スポットで、国会議事堂のすぐ隣なのだ。 
クリスマスイブにダウンタウンには人通りがほとんどない
ケープタウンに着いたのはクリスマスイブの夜だった。ホテルはセント・ジョージ・モールというダウンタウンの繁華街にあり、あたりはさぞ賑やかだろうと思っていた(南アフリカは国民の約8割がキリスト教徒)。不思議だったのは、いちばんの観光シーズンのはずなのにホテル代が妙に安かったことだ。 
その理由は、ホテルに着いてすぐにわかった。商店街の店はすべてシャッターを下ろし、クリスマスの飾りつけもなく、ベンチにぽつぽつと所在なげにひとが座っているだけなのだ。 
 (Photo:©Alt Invest Com)        クルスマスイブのケープタウンの“繁華街” 
 
こちらは昼間のセント・ジョージ・モールで、歩道には露店が並んでいるものの観光客はほとんどいない。すこし歩くと、物乞い(ほとんどは若い男女)が次々と集まってきて小銭をねだられる。 
 (Photo:©Alt Invest Com)        露店の並ぶセント・ジョージ・モール 
 
ケープタウンのダウンタウンでもっとも有名なのがロングストリートだ。植民地時代の古い建物を骨董屋や古本屋、カフェなどに改築し、バックパッカー向けの安宿も多い。レストランを探してみたが、ほとんどはファストフードかパブだった。客単価の高い店は成り立たないようだ。 
 (Photo:©Alt Invest Com)        ロングストリートのビアハウス 
 (Photo:©Alt Invest Com)  これもロングストリートのパブ。2階席から通りを眺めながらビールを飲むのが定番 
 
次のページ>> 白人比率が8割のベイエリア
ロングストリートには移動交番が設置され、黄色のベストを着た警備員があちこちに立っている。この一角は夜でも安心して歩けるが、通りを1本渡ると無人になる。みんな車で移動して、夜にダウンタウンを歩いたりしないのだ。
ちなみに映画『ケープタウン』では主人公(白人)の息子がここでデートするシーンが出てくるが、現実にはそんなことはない。たまに旅行者らしきひとを見かけるが、この通りにいるのはほとんどが黒人だ。 
 (Photo:©Alt Invest Com)   ロングストリートに配置されたセキュリティボックス 
 (Photo:©Alt Invest Com)  至るところに黄色のベストを着た警備員が立っている 
 
白人比率8割で警察官もいるベイエリア
ダウンタウンのあとは、ベイエリアに移動した。ご覧のように、海岸沿いがずっと緑地帯になっていて、そこでひとびとがスポーツを楽しんでいる。海に面して並んでいるのはコンドミニアムだ。 
 (Photo:©Alt Invest Com)  ケープタウンのベイエリアでスポーツを楽しむひとたち 
 
実はここで、南アフリカに来てはじめて警察官を見た。芝生の上でうつぶせになって倒れている(寝ている?)男性に近づいてくるのが騎馬警官だ。警官たちは男性に声をかけると、立ち上がるように促していた。 
当たり前の光景だと思うかもしれないが、南アフリカではヨハネスブルグでもケープタウンのダウンタウンでも制服姿の警察官は通りに立たない。だがこの高級住宅地では、民間警備会社ではなく“ほんものの”警察官が治安維持にあたっているのだ。 
 (Photo:©Alt Invest Com)  芝生の上に寝ている男性に騎馬警官が近づいてくる 
 (Photo:©Alt Invest Com)        警官に促されて立ち上がる男性 
 
ベイエリアの中心が、V &A(ヴィクトリア&アルフレッド)ウォーターフロントと呼ばれるショッピングコンプレックスだ。かつての波止場を再開発したエリアで、高級ブランド店やレストランが集まっているほか、ネルソン・マンデラが収容されていたロベン島へのフェリーもここから出ている。
ケープタウンのダウンタウンが黒人たちの世界だとすると、ここは白人の比率が8割を超える。レストランや高級ホテルでは、白人比率はほぼ100%だ。 
 (Photo:©Alt Invest Com)   ウォーターフロント。背景はテーブルマウンテン 
 (Photo:©Alt Invest Com)         歩いているのはほとんどが白人 
 
 (Photo:©Alt Invest Com) ブランドショップが集まるショッピングセンター 
 (Photo:©Alt Invest Com)  レストランの店内。このときは客の全員が白人だった 
 
次のページ>> 白人観光客に人気のワイナリー
ケープタウンの宿泊先を探すとき、ウォーターフロントのホテルも調べたのだが、クリスマスシーズンはほぼ満室で、残っているのは1泊10万円を超えるような部屋だけだった。そこですこし離れた海岸沿いのホテルにしたのだが、そこでも料金はダウンタウンの一等地のホテルの倍はした。ケープタウンを訪れる裕福な白人旅行者は、みんなここに集まっていたのだ。 
 (Photo:©Alt Invest Com)                      ウォーターフロントの高級ホテル。クリスマスシーズンは1泊5万円以上になるが、それでも満室 
 
喜望峰と並ぶケープタウン観光の目玉がワイナリーめぐりだ。地中海性の乾燥した気候でワイン栽培に適したこの地方では、カリフォルニアのナパやソノマと見紛うようなブドウ畑がつづいている。 
 (Photo:©Alt Invest Com) ケープタウン郊外のワイナリー。まるでカリフォルニア 
 
有名ワイナリーは試飲ができるようになっていて、どこも観光客でいっぱいだった。たまにアフリカ系やインド系の家族も見かけるが、ここもほとんどが白人だ。 
 (Photo:©Alt Invest Com)           ワイナリーは観光客に大人気 
 (Photo:©Alt Invest Com)           カウンターで試飲をする観光客 
 (Photo:©Alt Invest Com)  ワイナリーの母屋。インテリアは植民地時代そのまま 
ワインランドの拠点となる街がステレンボッシュで、有名なレストランが集まっている。観光客はここで、南アフリカワインのグラスを傾けながら、フレンチやイタリアンの料理を楽しむ。 
下の写真はステレンボッシュのメインストリートとレストランの店内だ。ご覧のようにこの街にいるのも白人ばかりで、とてもアフリカとは思えない。まるでヨーロッパの田舎町にワープしたようだ。 
 (Photo:©Alt Invest Com)      ステレンボッシュのメインストリート 
 (Photo:©Alt Invest Com)        こちらはレストランの店内 
 
次のページ>> アフリカ各国からやってくる白人たち
この白人たちはどこからやって来るのだろうか。
欧米から避寒地としてケープタウンを訪れる観光客も少なくはないが、もっとも多いのはヨハネスブルグやダーバンなど南アフリカの他の都市の住人で、次に多いのはナイジェリアやアンゴラ、ケニアなどのアフリカ各国に住んでいる白人だという。彼らからすれば、クリスマスシーズンの旅行先としては、冬の欧州よりもケープタウンの方が安くて気候もいいのだ。 
アフリカで暮らす白人にとって、ケープタウンは特別な街だ。ベイエリアやワインランドのように、治安を気にせずに自由に歩ける地域は、ここ以外にはアフリカのどこにもない。彼らの生活は、ヨハネスブルグのように、隔離された住宅地から隔離されたオフィスやショッピングセンターへと車で移動するだけなのだ。 
そんなストレスフルな日常から逃れるためにケープタウンにやって来るのだから、黒人ばかりのダウンタウンにわざわざ宿泊する理由はない。それで、観光シーズンにもかかわらず中心部のホテルは格安のままなのだ。 
このようにして、ダウンタウンは徐々に貧困に侵食されていく。 
すでに、ケープタウン駅に隣接するキャッスル・オブ・グッド・ホープ(南アフリカでもっとも古いといわれる城壁で囲まれた建物)や、ロベン島から釈放されたマンデラが最初に演説をした広場グラン・パレード(市役所の隣にある)の周辺は、治安の悪化により、昼間でもツアー以外では近づかないよう注意喚起されている。いちばんの観光名所であるはずの国会議事堂周辺も、旅行者が目にするのは廃人同然になったホームレスたちの姿だ。こうしたエリアが広がっていけば、いずれはヨハネスブルグやプレトリアなど他の都市と同じ状況になってしまうだろう。 
この街(ダウンタウン)が「神に見捨てられた」かどうかはわからないが、すくなくとも「白人に見捨てられ」つつあることは間違いない。 
それでは、ケープタウンに住む裕福なひとたちはクリスマス休暇をどこで過ごすのだろうか? 
たまたま知り合った白人(もちろんベイエリアに住んでいる)に訊いたら、彼はなんでそんなバカな質問をするのか、という顔をした。 
 「もちろんアフリカ以外のどこかだよ。黒人がいないからね」
 
<橘 玲(たちばな あきら)>
 作家。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。「新世紀の資本論」と評された『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ベストセラーに。著書に『日本の国家破産に備える資産防衛マニュアル』(以上ダイヤモンド社)など。中国人の考え方、反日、政治体制、経済、不動産バブルなど「中国という大問題」に切り込んだ最新刊  『橘玲の中国私論』が発売中。
●DPM(ダイヤモンド・プレミアム・メールマガジン)にて
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