01. 2015年4月07日 00:48:58
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「熊谷徹のヨーロッパ通信」 メルケルの脅威として勢力を拡大するAfD反ユーロ政党の獅子吼「ギリシャがユーロ圏を出ないのならば、ドイツが出て行く」 2015年4月7日(火) 熊谷 徹 2015年3月28日、ミュンヘン中心部で最も人通りが多い広場、マリエン・プラッツ。この日、ドイツの反ユーロ政党「ドイツのための選択肢(AfD)」は、買い物客や観光客で賑わう広場で、メルケル政権と欧州連合(EU)によるギリシャ支援に抗議する集会を開いた。 抗議集会の参加者は中高年層が多かったが、若者も混ざっていた。(筆者撮影) ゴシック風の市庁舎を背景に設置された演説台の前に、約500人の支持者が集まった。中高年層が多いが、中には若者も混ざっている。3月下旬のミュンヘンに、まだ春の兆しはない。広場の敷石から、爪先にじわじわと寒気が伝わってくる。ダウンジャケットなどの防寒具に身を固めた市民たちは、「マリオ・ドラギ(欧州中央銀行総裁)にレッド・カードを!」と書かれた赤いプラカードを掲げていた。レッド・カードとは、サッカーの試合でレフェリーが反則をした選手に突き付ける赤い紙である。
反ユーロ政党の経済ブレーン 午前11時に、目つきの鋭い男が演説台に上がった。南ドイツ地方に特有の、襟のない民族衣装に身を固めている。AfDに所属する欧州議会議員ヨアヒム・シュタルバッティ、74歳。理論経済学者であるシュタルバッティは、フライブルク大学、ブレーメン大学などで教職を務めた後、1985年にテュービンゲン大学で経済学部の学部長に就任した。 現在は、テュービンゲン大学の名誉教授である。 AfDに所属する欧州議会議員ヨアヒム・シュタルバッティ(筆者撮影) 2013年にAfDに入党し、同党の経済問題に関する専門家会議に属している。彼は2014年の欧州議会選挙でAfDから立候補し、初当選した。
AfDは、ドイツがユーロ圏から段階的に脱退することを要求しているほか、ギリシャなどの過重債務国に対する金融支援を制限するよう求めている。 ドイツの経済学者の中には、EUによる通貨統合と南欧諸国に対する支援策に批判的な人物が多い。シュタルバッティはその急先鋒だ。彼は1997年に、ドイツ連邦憲法裁判所に対し「ユーロ導入は違憲だ」とする訴訟を起こしたが、敗訴。さらに2011年にも同じ裁判所に「EUによるギリシャ救済措置は、ドイツ議会の予算決定権を侵害し、我が国の憲法に違反する」として違憲訴訟を起こしたが、訴えを棄却されている。 マイクの前に立ったシュタルバッティは、批判の矛先をEUとメルケル首相に向けた。「EU加盟国の財務大臣たちはギリシャに対する支援の条件をめぐってチプラス政権と交渉している。これは茶番劇だ。EUがギリシャを救うという結論は、すでに決まっているからだ」。さらに彼は、メルケルが2010年に「ギリシャ救済以外の選択肢はない。ユーロが破綻したら、欧州も破綻する」と断定したことを批判。さらに、「ギリシャの過重債務が明らかになった直後の2010年に、ギリシャをユーロ圏から脱退させるべきだった」と指摘する。 彼は欧州通貨同盟に反対する理由として、「各国の経済政策、財政政策がばらばらであり、政治同盟が存在しないのに、通貨同盟がうまく機能するわけがない」という点を挙げた。 90年代の警告が現実に これは、1990年代に各国の通貨政策担当者、さらに多くの経済学者たちが行った主張である。EU加盟国は1991年12月にオランダのマーストリヒトで開いた首脳会議で、単一の通貨を持つ通貨同盟の創設を決定した。この直後にドイツの中央銀行である連邦銀行(ブンデスバンク)は、「EU加盟国間の政治的統合を進めて、各国政府が財政政策の足並みを揃えないと、通貨同盟は長期的には成功しない」という見解を発表している。 さらに1966年から6年間にわたり西ドイツ政府の経済大臣や財務大臣を務めた経済学者カール・シラーも、通貨同盟への参加に反対する意向を1991年に「シュピーゲル」誌に寄稿した。「ドイツが通貨同盟に加わった場合、EU域内の貧しい国を援助させられるので、財政的な負担やリスクが増大する」。つまりシュタルバッティの主張は、この国の経済学者たちが約25年前から一貫して表明してきたものである。 当時、経済学者や産業界でマルク廃止に対する不信感は、強かった。当時多くのドイツ人たちは、戦後西ドイツの奇跡的な経済復興の象徴であるマルクに強い信頼感を抱いていた。そのマルクを廃止し、ギリシャやイタリア、スペインなどと通貨を共有することについて、不安を持つ経済学者が多かった。当時ドイツの首相として、ユーロ導入に大きく貢献したヘルムート・コールは公共放送局ARDとのインタビューの中で、「もしもドイツに国民投票制度があったら、ユーロ導入は否決されていたに違いない」と語っている。 このため1990年代にコール政権は「新しく導入される通貨は、マルク同様の安定性を持つ。ギリシャやイタリアが財政難に陥っても、ドイツはまったく支援する必要がない」と言って、国民を納得させた。2009年末に表面化したギリシャの債務危機は、1990年代に経済学者やドイツ連邦銀行が抱いていた危惧が、現実化したことを示している。 ギリシャの年金額がドイツよりも高い さてドイツの一部のメディアは、3月下旬に「ギリシャ人が受け取る公的年金の平均額は、ドイツ人が受け取る平均的な年金額よりも多い」と報じた。この報道によると、ギリシャにおける公的年金の平均支給額は960ユーロ(約12万4800円)だった。これは旧西ドイツの2013年末の時点での平均年金額734ユーロ(旧東ドイツでは896ユーロ)を上回る。ギリシャは国内総生産の17.5%を年金として支出している。これはEU平均(13.2%)を上回る。 マリエン・プラッツ広場で筆者の周辺に立っていたAfDの支持者たちは、抗議集会が始まる前から、ギリシャの年金額がドイツよりも高いことについて、口々に不満を表明していた。そこにあったのは、ヨーロッパ諸国間の連帯ではなく、金銭的なねたみである。だが年金額の多寡は、庶民にも分かりやすい問題なので、ポピュリストは好んで取り上げる。シュタルバッティも、抗議集会でこの年金問題を取り上げた。 「チプラス政権は、ギリシャの低所得層に対し減税を行おうとしている。またギリシャ国民は、高い年金をもらっている。私は、そのこと自体には異存はない。ただしギリシャ政府は、我々ドイツ市民の血税を使うことはやめてほしい。EUがギリシャを支援するために支出する金は、欧州委員会のユンケル委員長のカネではなく、EU加盟国の市民が払っているのだ」。この言葉に対して、聴衆は長い拍手を送った。 ドイツやオランダなどヨーロッパ北部の国々では、「なぜ南欧諸国が財政運営に失敗したことの埋め合わせに、我々の血税が使われるのか」という不満が高まっている。ドイツの徴税体制は、非常に厳しい。税務署の役人は、ドイツの全ての市民の銀行口座の動きをIT(情報技術)システムによって監視できる。 サッカーチーム・バイエルン・ミュンヘンのウリ・ヘーネス会長やドイツ・ポストの社長だったクラウス・ツムヴィンケルなど著名人が脱税の罪で次々に有罪判決を受けた。摘発を恐れた富裕層が、税務署に脱税の事実を次々と申告し滞納額を払っている。このためドイツ政府の税収は年々増加している。 スイスやリヒテンシュタインの銀行も、脱税のためのヤミ口座開設に協力しなくなっている。 これらに比べると、ギリシャの徴税体制は杜撰で、外国に資産を隠している富裕層だけではなく、国内の医師や弁護士らが所得を過少申告しても、ドイツほど厳しくは追及されなかった。2009年に債務危機が発覚する前のギリシャでは、レストランの経営者やタクシー運転手から領収証をもらうのは容易なことではなかった。所得隠しの習慣は、社会の末端まで行き渡っていた。 チプラス政権は、今年2月にある計画を発表した。ギリシャ人が滞納している税金の額は、760億ユーロ(約9兆8800億円)にのぼる。チプラス首相がこの滞納額のうち、実際に納めさせようと考えているのは90億ユーロだけで、残りの670億ユーロの滞納額については、支払い義務を免除するというのだ。ドイツでは考えられないような、大盤振る舞いである。 一方ギリシャが債務不履行に陥った場合、ドイツなどEU加盟国がこれまでに貸していた金は失われる。ミュンヘンのIFO経済研究所の試算によると、その場合にドイツが受ける損害額は、820億ユーロ(約10兆6600億円)にのぼる。 このため、ドイツ市民の間で「不公平だ」という不満の感情が膨らみつつある。この不公平感が、AfDへの支持を高めている。AfDのような反ユーロ政党は、フランス、イタリア、オランダでも勢力を伸ばしつつある。 右派ポピュリストのデマゴーグに堕した高名な経済学者 さらにシュタルバッティは、ECBの総裁、ドラギに対し強い不満を表わした。「ドラギの通貨政策のために、ユーロがソフト・カレンシー化している。もしもアクセル・ヴェーバーやユルゲン・シュタルクら、ドイツ連邦銀行出身の経済学者がECBの総裁になっていたら、ユーロがこんなに弱い通貨になることはなかったはずだ」。聴衆は、「ドラギにレッド・カードを!」と書かれた赤いプラカードを、一段と高く掲げた。 シュタルバッティは獅子吼する。「ECBは政治から独立しているべきだが、我々はECBに対し、市民の預金口座から金を盗みとる自由を与えたわけではない!」。 「ギリシャがユーロ圏から脱退すれば、競争力が強まるので、同国の経済状態は改善する。さらに通貨同盟に対する信頼性も高まる。だがギリシャがユーロ圏から脱退しないのならば、ドイツが出て行くべきだ」 この言葉に、支持者たちは力強く拍手喝采した。 しかし同時に、広場の端の方にいた左翼系の市民たちがシュタルバッティに対し「帰れ、帰れ」の大合唱を始めて、演説を妨害した。AfD支持者からは「静かにしろ!」という叫び声が上がる。AfD支持者と反対派との間には、濃緑色の制服に身を包んだ警察官たちが人垣を作り、乱闘が起こるのを防いだ。 ギリシャ救済に抗議するAfDの集会は、ミュンヘンで最も人通りが多い広場で行われた。(筆者撮影) 私は1990年代から、シュタルバッティが保守系日刊紙フランクフルター・アルゲマイネ紙(FAZ)などに発表した、通貨同盟を批判する論文をしばしば読んできた。経済団体が開いたセミナーで彼の発言を聞いたこともある。この頃は、「歯に衣を着せない、うるさ型の行動的な経済学者だ」と畏敬の念を抱いていた。
しかし筆者は、ミュンヘンでの演説を聞いて失望した。彼は「私はヨーロッパを愛している」と言った。しかし彼の演説は、ギリシャ、メルケル、ドラギをひたすら攻撃する感情的な言葉に満ちていた。そこには、危機に瀕しているヨーロッパの連帯をどう回復するかという建設的な視点が欠落していた。高名な経済学者が、右派ポピュリスト政党のお先棒を担いでいることは、残念だ。 コールは2010年に行った演説で、「ギリシャ危機に関する最近の議論を聞くと、ヨーロッパ統合が持つ意味について、理解していない人が多いという印象を持つ」と慨嘆していたが、同感である。第二次世界大戦を経験したコールにとって、EUを中核とするヨーロッパ統合は、この地域の平和と繁栄を確保するために不可欠の手段なのだ。コールは、「ヨーロッパ統合とは戦争と平和をめぐる問題だ」と言ったことがある。彼はユーロ危機をきっかけに、多くの国でヨーロッパ統合に疑問を呈する声が高まっていることに、強い危機感を抱いている。 AfDはメルケルにとって脅威になる 2013年に創設されたばかりのAfDは、旧東ドイツを中心に急激に支持者を増やしている。同党は、まず2014年8月31日にザクセン州議会選挙で9.7%の票を獲得し、キリスト教民主同盟(CDU)、左派政党リンケ、社会民主党(SPD)に次ぐ第4の政党となった。 さらに9月14日のブランデンブルク州議会選挙では12.2%、テューリンゲン州議会選挙でも10.6%を確保。これらの州でも、第4の政党となった。AfDの得票率は、これらの3つの州で自由民主党(FDP)と緑の党を上回っている。CDUはAfDが初の州議会選挙で2桁の得票率を記録し、一気に3つの州議会に議席を確保したことに、強いショックを受けている。 旧東ドイツでは、今でも失業率が西側を上回っている。就職先が少ないことから、若者の旧西ドイツへの流出が続いている。統一から15年近く経った今でも、「東ドイツ消滅のつけを払わされている」と考え、メルケル政権や伝統的な政党に対して不満を持つ市民が多い。彼らは「自分たちの声を聞き入れてくれる政党はない」と考えている。現在ドイツでは、大半の党が欧州通貨同盟を維持することと、南欧諸国を支援することに賛成している。その中で、ユーロの廃止を主張しているのはAfDだけだ。つまり旧東ドイツの市民たちの中には、伝統的な政党に対する抗議を示すために、AfDという「鬼っ子」に票を投じているのだ。いわば、抗議票である。 さらに旧東ドイツでは、メルケル政権が東欧やシリアから流れ込む亡命申請者の受け入れに寛容な態度を見せていることに不満が高まっている。一部の町では亡命申請者を収容する予定の建物が放火されたり、市民が抗議デモを行ったりしている。AfDが「移民法を基本的に改正し、移民が無秩序にドイツに流れ込むことに歯止めをかける」と主張していることも、旧東ドイツでの支持率の上昇につながっている。 今年4月に公共放送局ARDが行った世論調査によると、AfDに対する全国レベルの支持率は6%。2017年に行われる次の総選挙では、連邦議会に議席を持つ可能性が高い。 同党の特徴は、いわゆる極右政党とは異なり、シュタルバッティのような知的エリートが名を連ねていることだ。AfDは複数党首制を取っており、3人の党首がいる。そのうちの1人で、主導的な役割を果たしているベルント・ルッケは、ハンブルク大学に籍を置く経済学者だった。別の一人、コンラート・アーダムは、フランクフルター・アルゲマイネ紙(FAZ)の記者だった。同党の3人の副党首の一人で、欧州議会の議員であるハンス・オラフ・ヘンケルは、ドイツ産業連盟(BDI)の会長を務めたことがある。 フランスとともに通貨同盟発足に大きな役割を果たしたドイツでも、AfDのような反ユーロ政党が支持率を伸ばしていることは、深刻な事態である。現在CDUの保守派の間では、「メルケルの政策はあまりにもリベラルで、保守本流とは相容れない」という声が徐々に広まっている。ただしメルケルに対する国民の人気は絶大なので、保守派も公にメルケルに弓を引くことは控えている。 最近、ドイツの保守勢力を驚かせる出来事があった。CDUの姉妹政党で、バイエルン州政府の与党であるキリスト教社会同盟(CSU)の副党首だったペーター・ガウヴァイラーが、3月31日に突然辞任したのだ。彼はシュタルバッティ同様、ユーロ導入について違憲訴訟を起こした人物で、ドイツの政界で通貨同盟について最も批判的な人物の一人。彼は連邦議会がギリシャ支援策について最近議決を行った際に、党の指示に背いて、反対票を投じた。このためガウヴァイラーは、CSU党首のホルスト・ゼーホーファーから譴責されていた。彼は「ユーロを拒絶する自分の信念を裏切ることはできなかった」と説明している。 彼は連邦議会議員も辞職しており、今後は本職である弁護士業と反ユーロ闘争に専念する方針。「AfDに移籍するつもりはない」と語っているが、彼の政治思想がAfDの路線に近いことは間違いない。将来彼がどのような態度を取るかは、未知数だ。 AfDは、ドイツの保守層をじわじわと侵食しつつある。この党は今後CDU、そしてメルケルにとって重大な脅威となるだろう。 http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20150406/279627/?ST=print
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