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日経新聞のインタビュー記事「暗殺事件、影響は限定的」で語るロシアの国際政治学者エフゲニー・サタノフスキー氏は、 中東研究所の理事長だった2011年10月カダフィ大佐の死を受けて、カダフィの死でリビアの戦争が終わることはないと語り、リビアに続きシリアやイランも、イラクと同じような混沌に引きずり込まれていくことになるだろうと予測していた。
イランはともかく、シリアは支離滅裂ともいえる内戦状態に陥ったことから、それなりに国際政治の動向が読めていると言える人物が、ネムツォフ氏殺害事件について、根拠は不明だが、「プーチン氏とロシアの対外的なイメージを悪化させるため、国外にいる元石油大手ユーコス社長、ミハイル・ホドルコフスキー氏らの勢力が犯行に及んだ可能性は排除できない」と語っている。
(反プーチン勢力の策略という線は消せないが、保釈され出国したホドルコフスキー氏とプーチン大統領のあいだにはそれなりの密約があったはずなので、ホドルコフスキー氏の線は薄いように思える)
サタノフスキー氏が続いて語っている「1990年代には、政界に大きな影響力を持っていた新興財閥による要人への暴力が多発していた。こうした勢力はその際に政治的な陰謀のノウハウを学んだ」ということには同意できる。
さらに、ネムツォフ氏も含まれるが、「野党には、過去の政権の副首相や閣僚として腐敗構造の一翼を担っていた政治家が少なくない。こうした人たちが現政権を批判できる立場にあるのか疑問だ。彼らが権力を握っても問題の解決につながらない可能性は高い」という考えにも同意する。
※ ロシアの外貨準備高推移がグラフで示されているが、納税期を迎えた企業が外貨売り・ルーブル買いに動いている3月になってやや持ち直しているようだ。
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[創論]プーチン政権の行方
暗殺事件、影響は限定的
国際政治学者 エフゲニー・サタノフスキー氏
原油安や欧米の制裁でロシア経済は厳しさが増している。2月末には野党指導者のネムツォフ元第1副首相が暗殺され、7日に容疑者が拘束された。プーチン政権はどこに向かうのか。政権に近いエフゲニー・サタノフスキー・ロシア中東研究所長と、リベラル派の経済学者であるセルゲイ・グリエフ前ロシア高等経済学院学長に見通しを聞いた。
――モスクワで起きたネムツォフ氏の暗殺事件をどうみますか。
「政権側の犯行だとは考えられない。現政権はテロリストを徹底してせん滅してきた。だが、政敵が暗殺された例はなかった。ネムツォフ氏は国営原子力会社ロスアトムのキリエンコ社長や国営ロスナノのチュバイス社長など体制側にも友人が多い。野党議員としての政治活動をみても非合法な振る舞いはなかった。プーチン大統領にとってネムツォフ氏を殺害してプラスになることは何もない」
「プーチン氏とロシアの対外的なイメージを悪化させるため、国外にいる元石油大手ユーコス社長、ミハイル・ホドルコフスキー氏らの勢力が犯行に及んだ可能性は排除できない。1990年代には、政界に大きな影響力を持っていた新興財閥による要人への暴力が多発していた。こうした勢力はその際に政治的な陰謀のノウハウを学んだ」
――2016年の下院選を前に野党勢力にとっては打撃となりました。
「ネムツォフ氏は全国的な人気が乏しかった。80%を超える大統領の支持率が多少下がったとしても野党勢力は政権にとって脅威にならない。事件が国内政局に与える影響は極めて限られている」
――原油安やウクライナ問題を巡る制裁でインフレが悪化し、市民の生活は苦しくなっています。政権への不満は高まるのではないですか。
「いまの原油価格の水準がこれから数年続いても、プーチン政権は転覆しない。ロシアは20世紀に共産主義革命とソ連崩壊を経験した。いずれも市民生活に極めて大きな打撃を与えた。国民は革命的な社会変革が良い結果をもたらさないことを痛感している。この根強い安定志向が現政権の高い支持率の背景にある」
「大半の国民が政治の安定を重視していることはプーチン氏がだれよりも熟知している。首相や閣僚をめったに入れ替えないのもそのためだ」
――現体制はトップであるプーチン氏個人の力量に大きく依存しています。将来的に「プーチン後」への移行はどのように進むのでしょうか。
「再選されれば大統領としての任期は2024年までとなる。プーチン氏は政権後期に後継者を内部で登用し、政治の長期の安定を目指すだろう。よい人材がいるかどうかという心配は無用だ。プーチン氏もエリツィン元大統領の後継者に抜てきされた当初は不安視されたが、いまでは世界的な指導者になった」
――野党勢力は現政権が続く限り、腐敗対策は進まないと主張しています。
「行政にはびこる汚職体質や縁故主義の是正は必要だ。だが、政権交代によって一夜にして社会から贈収賄を排除できるという考え方は誤っている。国民の意識を改革するには長い時間がかかる。日本や米国などほかの主要国も行政の腐敗体質の改善には相当の年月が必要だったはずだ」
「野党には、過去の政権の副首相や閣僚として腐敗構造の一翼を担っていた政治家が少なくない。こうした人たちが現政権を批判できる立場にあるのか疑問だ。彼らが権力を握っても問題の解決につながらない可能性は高い」
――11〜12年の反政権デモでは政府の汚職を暴露する著名ブロガーのアレクセイ・ナワリニー氏が台頭し、13年のモスクワ市長選でも支持を広げました。
「欧米諸国の一部の識者はナワリニー氏に大きな期待をかけている。ところが、実際のナワリニー氏は極右勢力に近い危険なポピュリスト(大衆迎合主義者)としての側面を持つ。欧米が求めるクリミア半島のウクライナへの返還にも反対している。仮に同氏が権力を握れば、ロシアと日本の間の懸案である領土問題の解決にも逆風が吹く」
――プーチン政権下の経済をみると、原油や天然ガスへの依存を強め、構造改革の停滞も指摘されています。
「ロシアは世界有数の資源国だ。現実には原油やガスから得られる収入を柱とする経済構造が当面、変わらないと考える。こうした資源は公的資産だから、国家が管理するのは適切だと思う。その意味では政府が経済に大きな役割を占める構造はなお続く」
「それでも民間の製造業の育成は進んでいる。この20年間ではIT(情報技術)や流通など、ほかの分野でも多くの民間企業が生まれた。資源による収入が民間の需要を支え、中長期にわたり企業の成長も続くと確信している」
Evgeny Satanovskiy ロシア科学アカデミー経済学博士。主要輸出品である原油の価格動向に詳しく、政府高官へ頻繁に助言。55歳。
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基盤、見かけよりもろい
前ロシア高等経済学院学長 セルゲイ・グリエフ氏
――プーチン政権を批判してきたネムツォフ氏がモスクワのクレムリン(大統領府)脇で射殺された事件は世界に衝撃を与えました。
「治安機関幹部が関与せずにクレムリンのすぐ前で暗殺が起きるとは考えにくい。政権がネムツォフ氏の死で得をしないという主張は事実と異なる。同氏は2016年の下院選で野党勢力をまとめられる唯一の政治家で、欧米諸国からも敬意を払われていた。事件は野党勢力にとって極めて大きな打撃となった。政権に盾突くと殺されかねないという恐怖が広がっている」
――プーチン大統領の支持率は14年のクリミア半島の編入によって急上昇し、政権基盤は盤石にみえます。
「楽観的なロシア政府の予測でも15年のロシアの経済成長率は実質でマイナス3%に落ち込む。歳入不足を穴埋めするための政府の準備基金(約770億ドル)も16年末までにほぼ払底する。原油価格が大きく上向かない限り、2年以内に本格的な経済危機が起きる可能性が高い」
「プーチン政権と欧米との対立は決定的で、対ロ制裁は長引く。世界経済の主要なプレーヤーである西側と対立したままで、国民の支持をつなぎとめるために必要な経済成長を達成することは極めて難しい。いまはプーチン大統領を支持する市民もいずれ、政権による反欧米政策の代償が非常に大きいことを生活実感としてわかるようになる」
「ロシアでは盤石にみえる政権があっけなく倒れることもある。強権的な体制における政権支持率は日本や西欧の民主国家における支持率とは全く異なる性質を持つ。かつてのロマノフ王朝やソ連も崩壊する直前まで、ほとんどだれもその運命を予測していなかった。仮に現政権が近い将来に崩壊しても驚かない」
――プーチン氏の側近は野党勢力がもはや脅威ではないと達観しています。
「政権が本当に国民の高い支持を確信していれば、政府に支持を集めるために展開している強い宣伝行為は必要ないはずだ。反体制ブロガーのアレクセイ・ナワリニー氏が怖くないというのならば、なぜ司法機関を通じて同氏を執拗に抑圧し続けるのだろうか。ソ連が崩壊した時に国家保安委員会(KGB)の幹部だったプーチン氏は、自身の政権基盤が見かけよりもろいことを自覚していると思う」
「権力者は、政権を維持するため強権的な手段を使えば使うほど、下野した後の身の危険が大きくなることを知っている。この危機感が、政権崩壊の直前まで反体制派に対する弾圧を強める一つの理由だ。現政権も例外でない」
――将来の政権交代が極端な形だと経済の混迷や内紛につながるリスクがあります。
「世界では強権的な政権がデモなどで流血なく排除された例も多い。ロシアの野党勢力は平和的な政権交代を目指している。それでも、政権側は政権に反発する勢力を武力で弾圧するかもしれない」
――プーチン政権も汚職対策や構造改革に取り組んでいると主張する識者はいます。
「プーチン氏と以前から特別な関係があった友人や側近の多くがこの15年で巨万の富を得たことは否定できない事実だ。エリート層に政権への忠誠の見返りとして利権を配分するいまの体制では、いくら腐敗対策が必要だと唱えても成果は出ないだろう」
――あなたはメドベージェフ前大統領の改革路線を支えるブレーンとみられていましたが、同氏はなお首相として政権にとどまっています。
「メドベージェフ氏が大統領だった時、経済の近代化など重要な改革を打ち出していたことは確かだ。残念なことに現在、同氏がそれを実行する意欲や能力を保っているという確証は得られない」
――野党陣営にはプーチン氏に代わる指導者になれる人材がいるのでしょうか。
「それは杞憂(きゆう)にすぎない。ロシアは大国で、人材は豊富だ。ナワリニー氏も有能だが、まったくの新顔が台頭する可能性もある。エリツィン大統領の時代も『代わりはだれもいない』といわれたが、一般には無名だったプーチン氏が抜てきされた」
――政権が代われば北方領土の問題は好転しますか。
「ロシアでは与野党ともに日本への領土返還に前向きな政治家はほとんどいない。ただ、プーチン氏が今後、経済的に追い込まれた場合、日本との協力を進展させる目的で領土問題に関して何らかの決断を下す可能性はある」
Sergei Guriev ロシア科学アカデミー経済学博士。プーチン政権に批判的な姿勢で、13年からパリで事実上の亡命生活。43歳。
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〈聞き手から〉成長軌道復帰へ猶予は2年
ロシアの外貨準備は2月1日現在で約3762億ドル(約45兆円)だ。1年間で4分の3に減ったが、なお世界有数の多さだ。政府債務残高も国内総生産(GDP)比で約15%と主要国では健全な水準といえる。欧米のエコノミストにも「ロシア経済は制裁や原油安が続いてもあと2年は乗り切れる」との見方が多い。
問題は国際金融システムをつかさどる欧米との関係が改善する展望がないことだ。対立が決定的となったウクライナ危機は収束の兆しがなく、米国はロシアに対する追加の経済制裁も検討している。
一方、クリミア半島の編入で高揚したロシアの民族主義は近隣国との摩擦を生み、経済に悪い影響を与えている。欧米の主要格付け会社の最新予測によるとロシアの15年の成長率はマイナス5%以下に落ち込む。資源収入による蓄えを取り崩すこれからの2年間で、プーチン大統領は民族主義を抑えて欧米と折り合いをつけ、経済を成長軌道に戻せるのか。世界経済の行方も左右する大きな課題だ。
(モスクワ=田中孝幸)
[日経新聞3月8日朝刊P.9]
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