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ピンチをチャンスに変えるプーチン大統領
経済制裁を逆手に取り、腐敗撲滅へ一気呵成
2015年02月26日(Thu) 菅原 信夫
西側による経済制裁でロシアでの生活にはどんな変化が生じているのか――。今回は、筆者の目と体験を通してご報告させていただく。
なお、本文記載事情は2015年2月22日までの事象である。また、価格表示はルーブルとさせていただいたが、2月23日のロシア中銀レートで、1ルーブル1.92円である。
到着
撤退した日本食レストランチェーン「ヤポーシャ」の一店。入り口にある東洋式の庇が痛々しい
2か月近くの長い日本での業務を終えて、SVO空港(シェレメチェボ空港)に久々に降り立ったのは先々週の土曜日。
東京からのアエロフロート機は、ほぼ満席だったが、そのほとんどはSVOでの乗り継ぎ客で、モスクワで降りる人は30人程度のようだ。日本人は非常に少ない。
最近は若い女性が多い入国審査官にパスポートを渡し、一言二言言葉をかわすが、別に変わった様子もない。淡々と入国カードが準備されていく。
荷物を受け取るべくターンテーブルで待っていると、寒々とした空気が漂う。心なしか、室内の照明がいつもより暗く感じられる。いよいよ経済制裁下のロシアに戻って来たのだと自分に言い含める。
普段より多めの食品を詰めた3個のスーツケースを受け取り、税関のグリーンコリドール(無申告扱い)へ。1人で3個の大型スーツケースは目立つはずだが、税関には呼び止められることもなく、外に出る。
土曜日のためか、交通量は少なく、渋滞に巻き込まれることなく、モスクワ北部の我が家に到着。
途中通り過ぎるガソリンスタンドの表示は95オクタン価ガソリンが1リットル38ルーブルとなっていて、半年前に比べると10ルーブル以上の値上がりだ。
迎えの運転手に聞くと、間もなく40ルーブルを突破するだろうと言う。日本でガソリン価格が低下傾向にあるのとは逆に産油国のロシアでは上がっていく。皮肉なものである。
スーパーマーケット
スーパーの入り口に並んでいる砂糖の袋。昨日まではこの4倍ほどあった。どんどん減るところを見ると、購入する人が多いようだ。1袋1Kg入りで60ルーブル
ロシア政府は昨年8月7日、ウクライナ紛争に関連してロシアに対し経済制裁を課した国、地域からの生鮮食品の輸入禁止措置を、1年間という期間限定で法令化した。このため現在、EU諸国、米国といった伝統的なロシアへの生鮮食品供給国からの輸入が止まっている。
この実態を見るべく、自宅アパート近くのスーパー「セジモイコンチネント」に出かける。ぐるりと店内を一巡して気がつくことは、次のような点だった。
(1)商品価格の上昇
(2)輸入商品の減少と国産品への入れ替え
(3)生鮮食品の品目減少
(4)店舗スタッフの減少
(5)店内が雑然としている
2月20日付けモスクワタイムスが伝える1月31日実施の公的機関による社会調査結果を見ると、市民が感ずる食品の値上がり率1位は野菜・果実、第2位は砂糖、第3位は食肉類となっている。
この調査の影響だろうか、店の入り口には砂糖がひら積みされていて、ぎょっとする。ロシアでは砂糖は単なる甘味料ではなく、自家製ジュースやジャム、はたまた密造アルコールの原料にもなる、貴重な物資だ。
1991年のソ連崩壊とそれに伴う物資不足の際も、いち早く売り場から消えたのが砂糖であったことを思い出す。
次に野菜・果実売り場を見る。りんご、オレンジは十分供給されているが、産地が面白い。ロシアに輸入されるりんごは、従来スイス、米国、ニュージーランド、チリといった農業先進国からのものが多いが、今回の規制により軒並み禁輸措置がとられてしまった。
しかし、商品はすぐにアゼルバイジャンなどの隣接地域や、セルビア、スロベニアなどのバルカン諸国、またチリやアルゼンチン、イスラエルなどの非規制国のものに取って代わられた。
筆者が愛用する有機食品の店「フクースビル」では、りんごはすべてモスクワ近隣産である。この季節、日本のみかんによく似たマンダリンが大量に供給されているが、これはソ連時代からモロッコ産と決まっていて、こちらも禁輸規制には引っかからない。
レストランビジネスが厳しい状況なのは、日本料理に限らない
それぞれの店が、それぞれの仕入れルートを開発し、各地から野菜・果実がモスクワに届くようになった。
そもそも貿易実務上、野菜・果実などは産地が近いほど鮮度は良く、輸送費は下がる。従い、りんごをわざわざ 米国やニュージーランドから輸入することは経済的には不合理である。
しかし、ここにロシアの大問題がある。
欧米系の野菜果実の輸入商社と取引することがスーパーマーケット側の実入りを増やすのである。
ロシアのスーパーにおける利益源は必ずしも商品の販売利益だけではなく、卸業者への棚貸し、販売高に応じた奨励金などがある。ロシア商業の問題は、本来利益の中で最大でなくてはならない販売利益より、その他要素による利益の方が大きいことにある。さらに言えば、個人的にやり取りされる礼金さえあるのだ。
これがなぜ大問題なのか、ちょっと脱線するが2010年冬に筆者自身が巻き込まれたアエロフロート便出発遅延事案を紹介したい。
12月26日に出発予定の東京便は、2日遅れてやっと出発。この遅延で日本人を含む全乗客は58時間以上をSVO空港ターミナルで過ごすことになったという事案だ。
その後、遅延理由を新聞で読み、驚愕した。
ドイツから輸入していた凍結防止剤が折からの寒波で予想以上の使用量となり、我々のフライトの頃には底を突いていた。緊急発注をかけ、翌日にはドイツから到着する予定の凍結防止剤は、フライトの遅延もあって、翌々日に配送され、我々のフライトを始め、スタックしていた便は大きな遅れを出しながらも出発した。しかし、その後アエロフロートの担当部署で大規模な人事異動が行われ、不正が発覚した、という記事であった。
ロシアでの厳冬期における航空機運用には凍結防止剤は不可欠であり、ソ連時代から国産の化学剤が大量に使用されている。それなのに、なぜわざわざドイツ製品を輸入してまで使用するのか。
ここに、りんごを欧米諸国から輸入するのと同じ理由がある。結局、裏に回るお金がロシアの経済合理性を著しく傷つけることになる。
昨年12月終わりに、アズブカフクーサのサドービン社長に短時間インタビューした。9月に面談した時は、ロシアの輸入制限にひっかかった商品が多く、その代替を探すのに本当に時間を取られている、という話だったが、今や、ほぼすべての商品分野において、昨年の今頃の品揃えを回復できたとのこと。
このまま輸入制限期間が延びても(制限は2014年8月7日より1年間の予定)店頭での品揃えにはもう困らない、と自信ありげに語っていた。
経済制裁に対して、ロシアは自らに対して制裁国からの輸入を禁止、そのために一時は大変な品不足に泣き、また価格の高騰を招いたことは事実である。しかし、その結果として、多くの国産品がスーパーの棚に並ぶようになり、またアゼルバイジャンやウズベキスタン産など、言ってみれば身内の野菜なども手に入るようになった。
この国は外圧を利用して、なかなか変わらない自国の流通を変えることに、ある程度は成功したのではないだろうか。
日本料理店
つい先日、ある日本料理店の日本人料理長が帰国することになり、その挨拶が日本企業の集まり「ジャパンクラブ」のメールに載っていたが、それでなくても少ない日本人シェフがまた1人減ってしまったかとがっかりした。
「美郷(みさと)」「MEGU」「NOBU」などの高級店は、日本人料理人と高級食材によって、他店とはしっかり差別化されているので、従来は少々客の入りが悪くなっても、料理人を解雇するなどということはなかった。
今回の経済制裁不況では、高級店から中級、そして大衆料理店まで、店のジャンルとは無関係に日本人料理人が解雇されている。その事情を聞いてみると、必ずしも高額な給与を店が払えないということでもない。
それよりも、彼らの技を発揮するための食材が入荷しないことが大きいようだ。特に海産物が入荷しないのは致命的である。
メニューから刺身という文字は当の昔に消えてしまっている。寿司は、握りが軍艦や巻物に変わってしまった。また、ロシア人の大好きなうなぎは、レストランだけではなく、和食材店からも綺麗に消えてしまっている。
これだけ海産物が入荷困難となると、日本料理店の維持は難しく、「ヤポーシャ」「ヤキトリヤ」といったチェーン店でも閉店するところが出てきた。また、これが人気の切れ目なのか、日本料理店への客入りは、はっきり減少しているのが分かる。
和食レストランの窮状に対して、このところ人気がぐっとでてきたと言われる中華料理。週末を待って、友人も誘い、中国企業が経営していると言われる「友誼飯店」に出向いた。
入店したのが3時頃だったので、テーブルは空いていたが、5時を過ぎると満席となった。中国人客は団体で来て、個室に入ってしまうので、我々のホール席から見ることはできないが、ホール席の客はほぼ全員がロシア人だ。
我々が食事をした3時間、どのテーブルも2回転ほどしていたので、大変な繁盛ぶりだと言えるだろう。
メニュー価格は1品あたり、昨年同時期のほぼ2倍から3倍になっている。1品で1000ルーブルを超える料理がメニューにいくつも並んでいるのはちょっとしたショックであった。
1つ嬉しい出来事があった。いつも筆者のテーブルを担当してくれるコー君が、店の副支配人に昇格したのである。すごいじゃないか、とお祝いを言うと、彼氏曰く「いや、当然ですよ、ロシア語のできるスタッフは私を入れて数人しかいないのですから」。
確かに昨年あたりから、この店にはロシア語を自由に話す若いアジア顏の女子サービススタッフが増えた。ウズベキスタンなど旧ソ連圏からの労働者たちだ。
これに伴って中国人スタッフはほとんど帰国してしまった。ロシア語のできない中国人スタッフはCIS圏からのスタッフと意思疎通ができない。このため、ロシア語のできる数名を残し、国に帰ったというのだ。
現在、移民労働者を巡るロシアの法令が大きく変わりつつある。
CIS圏からの労働者は引き続き受け入れるが、それは短期間の単純労働者ではなく、ロシアの国家戦略上プラスとなる高資格所持者が対象だ。この振り分けのために導入された手段の1つにロシア語総合力テストがある。
連邦移民局は2012年から都市の公認市場などでロシア人客と直に接する販売員には、ロシア語能力を確認するテストを準備し、これに合格しない限り労働許可は与えないという方針で臨んできた。
その結果、昨年末までにCIS周辺国から出稼ぎに来ていた労働者は25%が帰国してしまったという。この人たちがレストランやスーパーから、あるいは空港から消えて、今、モスクワではあらゆるところで人手不足が発生している。
さらに本年1月からは、労働許可取得にあたりCISからの出稼ぎ以外の外国人労働者にも、ロシア語能力確認のための試験が義務づけられ、ここには日本企業で働く日本人駐在員も含まれることから、問題は身近に及んできた。
さらに、CIS出身者には課せられないロシア歴史、ロシア法規といった科目が外国人の場合には要求されていて、このテストは在留邦人の間で心配の種となっている。
連邦移民局は毎年1月1日から10日間の外国人入国者数を発表しているが、本年度は外国人入国者27万人、昨年の70%減、という数字が出ている。大量の移民労働者がロシアに来ることを諦めた、ということだ。本年は帰国する日本人料理長はもっと増えることだろう。
余論
ロシアは、自ら輸入食材を禁止することで、品不足や物価上昇を起こして一般市民を困惑させ、出稼ぎ労働者を自国に追い返すことで労働者不足や環境悪化をもたらしている。
世界はロシアのウクライナ紛争における平和解決への消極性について、責任を問うている。どの国際会議に出席しても、ウラジーミル・プーチン大統領の態度には強い信念も見えず、その場しのぎの言葉をさがしているだけなのではないか、という批判が欧米紙に堂々と載ったり、その結論として、「プーチンではだめだ」という声まで海外では聞こえ始めている。
だが、本稿で試行したように、今、ロシア社会で起こっている現象を丁寧に拾い上げ、その背景を考えていくと、実はロシアが大規模な「世直し」の途上にあるのではないか、という考えに傾く。
特に重要に思われることは、外圧を利用することで、これまで国としての法的整備が行き届かなかった部分を急激に抑え込み、社会の賄賂体質を切り崩す努力だろう。
ロシアとロシア国民にとり、何一つ良いことのないウクライナ紛争に対して、受け身の姿を取りつつ、紛争を利用して、国そのものを変革していこうという考えがプーチン大統領の頭の中にあるのなら、この出口のない紛争にも、我々は一定の期待が持てそうな気がする。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/43006
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