03. 2015年2月10日 09:02:45
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窮地に立つロシアが持つもう1枚の切り札 インドに急接近図るプーチン大統領、その意図は 2015年02月10日(Tue) 杉浦 史和 西暦の末尾に5のつく年は、世界的に重要な現代史上の出来事を振り返る「歴史戦」の年となると言われる。今年2015年はまさにその節目の年である。 我が国にとって最も重要なのは、先の戦争の終結から70年を迎えることであり、日本政府の対応にも内外の注目が集まっている。 アウシュビッツ強制収容所解放から70年で・・・ 93歳の元ナチス軍医を警察が拘束、ドイツ アウシュビッツ・ビルケナウ強制収容所跡〔AFPBB News〕 そんななか、早速本年1月に2つの記念行事があった。1つ目は1月27日、ポーランドで行われたアウシュビッツ強制収容所の解放記念日で、これは1945年に旧ソ連軍に同収容所が解放されてから70年となる節目であった。 ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は2010年の65周年記念の追悼記念日には参加したものの、今回はポーランドからの招聘がなかったという理由で追悼式典に参加しなかった。 ウクライナ東部戦線の悪化を理由に対ロシア経済制裁の強化を模索しているEUの大統領がポーランド人だからと言うわけではなかろうが(歴史的にポーランドとロシアは不仲で有名だ)、ポーランドのシヘティナ外務大臣が式典に先駆けて「同強制収容所の解放に最初に到着したのはウクライナ人であった」とわざわざ述べて、これにロシア外務省が激しく反発するなど、早くも現代の国際政治の舞台における敵と味方の線引き傾向が一段と強まっているように思えてならない。 そして2つ目は1月26日のインドの共和国記念日で、1950年にインドの憲法が発布された日から数えて65年という節目であった。この共和国記念日には初めて現職の米大統領であるバラク・オバマ氏が参加して注目を浴びた。 インドのモディ首相は就任以来、活発な外交を繰り広げており、去る2014年9月末には国連総会での演説を機に訪米し、その際オバマ大統領とも会談している。 オバマ氏は国連総会のために来訪する外国人要人との会談には消極的だとされ、モディ氏を特別に扱ったが今回の訪印も米国がインドを重要視していることを強く印象づけるものとなった。 それにしてもインドは、昨今重要性を大いに増しているように見える。そこで本稿ではインドが重視される理由は何か、またそのことはロシアにとってどのような意味を持つのかについて、検討していくことにしよう。 軸足をアジアに移す戦略 「軸足をアジアに移す(Pivot to Asia)」と言えば、発端は米国のヒラリー・クリントン前国務長官が2011年11月にフォーリン・ポリシー(Foreign polic)誌に発表した論稿「America's Pacific Century」であろう。 ほぼ同時期に、オバマ大統領はオーストラリアの議会で演説し(全文はこちら、YouTubeはこちら)、「21世紀のアジア太平洋地域に、アメリカ合衆国は全くその中にいる(In the Asia Pacific in the 21st century, the United States of America is all in.)」と宣言した。 米国は欧州や中東といった従来の米外交の中心地域から、難題も多いが21世紀の大いなる繁栄が見込めるこの地域に軸足を移すと述べたわけである。 しかしその後、中東における政情不安の激化やウクライナを巡る欧露部の混乱ははなはだしく、また米国内政の内向き傾向の強まりと民主党・共和党の鋭い対立などを理由として、どこまでこのピボットが成功したかは疑問のあるところでもあった。 これに対して本家取りをしたのがプーチン大統領だ。2012年9月にアジア太平洋経済協力(APEC)の首脳会議がロシア極東のウラジオストクにおいて開催されたことなどを契機として、「アジアのロシア」の側面を強調することになったからだ。 本欄でもかつて検討したとおり、これまでのプーチン大統領のアジア回帰が極東部の経済発展という観点から見てとても成功したとは言えないが、北朝鮮問題を巡る六カ国協議の一角としてマージナルな役割しか果たせなかったロシアが、今では中国とのエネルギー協力の深化や日本との外交関係の立て直しなどを通じて、折に触れて東アジアのステークホルダーであることを強く印象づけるまでになった。 北朝鮮の金正恩氏を招聘するロシア なお直近の情報によれば、ロシアは北朝鮮の金正恩氏を今年5月に招聘し、北朝鮮側もこれを受け容れたという。 ここにも2015年5月にモスクワで開催されるロシアの大祖国戦争(第2次大戦)戦勝記念日を巡る、もう1つの「歴史戦」のエピソードが準備されているのであろうか。 もちろん、これほどまでにアジアが注目されるのは、今後のアジア、なかんずく中国を巡る動きが、ますます重要性を増しているからにほかならない。 前回の小欄では、西側の制裁を機に孤立を深めるように見えるロシアが中国との連携に傾斜しつつある様子について報告した。 それはつまるところ、米国、中国、ロシアの3カ国間のパワーバランスがリチャード・ニクソン元大統領の電撃的な訪中を契機に形成された「米国+中国vs.ソ連(ロシア)」という体制から、「米国vs.中国+ロシア」へと組み変わりつつあるということだった。 実はもう1つ、「アジア」にとって重要な国がある。それがインドだ。 上述の3カ国の国際関係のどこにこの国が位置するのかはそのバランスに多大な影響を与える。そもそもインドは、経済規模の点でも人口の点でも近い将来、中国を超える大国になると見込まれているのだからなおさらだ。 歴史問題が存在しないアジアの大国 そこで冒頭紹介したとおり、インドを自陣営に取り込もうという動きが盛んになる。米国はもちろんのこと、我が国もインドへの接近度合いを強めているのは当然だろう。 昨2014年の共和国記念日には安倍晋三首相が訪印して記念行事の主賓としてパレードを観閲したし、モディ首相が就任後、極めて早期に我が国を訪れたのも印象的だった。 両首脳同士の個人的な相性の良さもあろうが、何よりインドとの間には中国や韓国などの近隣諸国との間にある「歴史問題」が存在しないことも大きい。 では、インドは完全に米国、日本の陣営に入ったのかと言えば、そう即断するわけにもいかない(表、参照)。 もともとインドは第2次大戦後、非同盟中立政策を追求してきた。また近年高まりつつある自らの影響力を認識しつつ、中国と米国の双方に気を遣う姿勢を見せている。 モディ氏は、首相就任後に早くも2014年7月に開催されたブラジルでのいわゆるBRICS首脳会合を通じて、中国やロシアの首脳との交流を開始している。安倍政権の「地球儀俯瞰外交」ならぬ、「全方位外交」が行われているようだ。
しかし明らかにモディ外交の対象地域は、南アジア、東南アジアの近隣諸国はもちろんのこと、中国、日本、豪州、米国と地域的にはオバマ外交やプーチン外交が目指すアジア太平洋地域を念頭に置いていると言えよう。 ルック・イーストからアクト・イーストへ インド外交の標語では、1990年代のナハンシハ・ラオ首相時代の「東方を見る政策(Look East Policy)」から「東方のやり方で活動する政策(Act East Policy)」に切り替えてもう一段のアジア・ピボットを目指しているのである。 インドは自らの価値を自覚しつつ、また伝統的な非同盟中立路線を維持しながら、それを最大限活用しようとしていると言えるのである。 一方、ロシアにとってインドはどういう意味を持つだろうか。まず、中国とのカウンターバランスを取るという意味がある。 中国経済が1978年の改革開放政策に舵を切って以来、ずっとプラス成長を続けているのに対して、ロシアは、2009年の金融危機でもマイナス成長となったほか、2014年も西側の経済制裁の結果、経済成長は著しく鈍化した。それだけ中国に比べて脆弱な経済状況である。 さらに中国とロシアの貿易関係を見ると、ロシアから見て中国は第1位の貿易相手国だが、中国から見てロシアは第10位にとどまる。 さらに貿易構造を見れば、ロシアが資源を輸出し、中国から機械などを輸入するという典型的な垂直貿易で、ロシアは中国にとってのあからさまなジュニア・パートナーとなっている恐れがある。 他方、ロシアにとって中国が完全に西側に取って代わるというものでもない。 インドが中国よりも手を組みやすい理由 例えば西側による制裁でロシアの大企業や銀行による外国からの資金調達が難しくなっているが、中国がそうしたオフショア市場を十分に提供してくれるわけでもない。他方、香港市場はロシア企業の需要をまだまかなうこととはできていないようだ。 第2に、インドは中国と違って、ロシアとの間に安全保障上の争点がないので、核関連や軍事関係の戦略パートナーとしての結びつきが可能だ。 2014年12月のプーチン大統領の訪印の際に締結された20あまりの合意文書は、合計で1000億ドルを超える大型の商業契約だったと報道されている。その内訳は、石油や天然ガスに関わるものが半分の500億ドル、そして40%が原子力エネルギーに関するものだった。 このほか、兵器など軍産品、化学肥料、宇宙、ダイヤモンドなどが合わせて10%となっていた。ロシアは今後20年間にわたって原子力発電所を12基新たに建設することになっているし、ロシアが中国に対しては行わないような最先端技術の供与も検討されているようだ。 ソ連以来のロシアとインドの友好関係の結果、近年までインドの兵器のおよそ8割がロシア製であったという。しかし米国が急速にこの市場に参入してきており、その比重は6割にまで下がっていた。 このトレンドを打破するためにも、ロシアは最新鋭の多目的ヘリコプターをインドの工場で作るという契約を結んですらいる。 モディ首相は国内の製造業を強化する強い意向を持ち「メーク・イン・インディア(Make in India)」にこだわっており、外国産業の誘致にも非常に前向きであることから、プーチン氏の訪印は、まさにこれに一役買った格好だ。 狙いは中央アジアへの権益確保 第3に、ロシアとインドとの結びつきは、その間に挟まれた中央アジア地域へのロシアの権益確保という観点から重要である。 アフガニスタンへの米軍などによる攻撃に際して、中央アジア諸国が米国に軍事基地を貸し出すという事態に至り、このことはロシアの同地域への影響力が失われるのではないかというモスクワの不安を引き起こした。 しかしアフガニスタンから米軍が撤退した現在、同地域への影響力を浸透させつつあるのはほかならぬ中国である。 中国からヨーロッパに至る交通網を中央アジア経由で結ぼうとする大胆な計画が浮上しており、このことがロシアの対中警戒感を呼び起こすことになっている。 さらにロシアが進めるユーラシア経済共同体の内実を充実させるためにも、インドがこれに参加するなら、その可能性はきわめて低いが、大きなプラスの影響があるだろう。 このように、ロシアとインドは、様々な点で相互に重要な2国間関係を持っているが、しかし今後の展開については、不安要素が強いのも事実である。 インドは非同盟中立路線の伝統に立った「全方位外交」を進めつつあるとはいえ、モディ首相は中国ではなく米国をその主たるパートナーとして選びつつあるようだ。 中国のインド洋における「真珠の首飾り戦略」のようなインドの海洋権益と真正面から対立するような構想があるうちは、そもそも中国との関係の全面的な深化は難しいのかも知れない。 この中国との対立を見越して、インドは日本、米国、豪州との菱形の連携による対中国包囲網を築こうとしているという見方もあり、インド対外関係省の反対を押し切って、モディ首相がこの路線を選んだという報道がある。 仮にこれが事実だとすれば、ロシアにとってインドとの連携も、事実上、形式的なものに終わる可能性があるということだろう。ロシア、そしてプーチン大統領の悩みは、なお深いのである。 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/42862 |