http://www.asyura2.com/15/jisin21/msg/822.html
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東日本大震災級大震災などの災害に備えた法整備の必要性・・・ 帝京大学特任教授・日本大学名誉教授 百地章
http://gansokaiketu.sakura.ne.jp/newsindex5-2-naiyou.htm#2017-05-03-higashipihon-daishinsainadono-saigaini[sonaeta--houseibino-hituyousei
国難級の大災害時、救助・復興の足かせに… 百地章国士舘大学特任教授・日本大学名誉教授 憲法施行70年
http://www.sankei.com/premium/news/170503/prm1705030015-n1.html
この文章は、発売中の月刊「正論」6月号から転載しました。
■もし国難級の大災害が発生したら?
京都大学の河田恵昭名誉教授によれば、江戸幕府の崩壊には、1854年から3年連続で起こった安政の巨大複合災害による幕府の弱体化が大きく影響しているという。54年(嘉永7年)の安政東海・南海地震〔南海トラフ地震〕(死者3万人)、55年(安政2年)の安政江戸地震〔首都直下型地震〕(死者1万人)、56年(安政3年)の安政江戸暴風雨(台風)による巨大高潮の発生(死者10万人)が、それである(『日本水没』)。加えて、58年から59年にかけて、コレラが大流行し、江戸だけでも20万人を超える死者を出したといわれている。
このうち、54年に相次いで発生した地震は、南海トラフ巨大地震の代表的な発生パターンの一つというから、もう少し詳しく見てみることにしよう。
安政東海地震は、嘉永7年(安政元年)11月4日、午前9時ごろに、駿河湾内から遠州灘、熊野灘にかけての駿河トラフ〜南海トラフ東半分で発生した地震であり、マグニチュード(M)は8・4と推定されている。次の安政南海地震は、翌11月5日、午後5時ごろに、紀伊水道から四国沖にかけての南海トラフの西半分を震源地として発生した。この地震もM8・4程度と推定されている。さらに、安政南海地震の2日後の11月7日には、四国と九州の間の豊予海峡でM7・3〜7・5の豊予海峡地震まで発生している(福和伸夫『内外の巨大災害と復興の歴史が教えるもの』)。
現在、最も心配される大規模自然災害の一つが首都直下型地震であり、南関東地域でM7クラスの地震が発生する確率は、政府の予想では30年間で70%とされている。しかし、内閣官房参与の藤井聡京大大学院教授は、東日本大震災時の三陸沖地震と連動して10年以内に首都周辺において巨大地震が発生する可能性があると、早くから警鐘を鳴らしてきた。これは、過去2千年の間に三陸沖を震源とするM8以上の巨大地震が4回発生、三陸沖地震と連動して4度ともその前後10年以内に関東地方で直下型地震が発生したという歴史的事実を踏まえた発言である。藤井教授によれば、南海トラフ地震も三陸沖地震と連動して、十数年以内に3回発生しているというから(同『巨大地震Xデー』)、こちらも心配である。
また、河田教授によれば、巨大地震に加えスーパー台風の来襲に伴う首都圏での高潮や洪水による氾濫災害も、国難級の災害となり、わが国が衰亡する原因になる可能性があるという。
■国会が機能しない場合どうするのか
中央防災会議の報告書(平成25年)によれば、もし首都直下型地震が発生した場合、最大で死者は約2・3万人、全壊・焼失家屋は約61万棟、被害総額は95・3兆円に及び、発災直後の対応(おおむね10時間)は「国の存亡に係る」とされており、まさに国難級の災害である。
また、東海から九州沖を震源地とする南海トラフ巨大地震では、関東から九州の太平洋側が最大34メートルの津波と震度7の激しい揺れに見舞われ、最悪のケースでは、死者32・3万人、倒壊・焼失家屋は239万棟、被害総額は220・3兆円という。
まさに「国としての存立に関わる」「国難とも言える巨大災害」(中央防災会議最終報告書)である。
それ故、このような事態を招かないようにするため、予防対策、応急対策、復旧・復興対策は喫緊の重要課題であるが、もし首都直下型地震や南海トラフ巨大地震が発生した場合、直ちに憲法問題として浮上してくるのが、国会が機能しない場合である。例えば、国会がそもそも召集できなかったり、召集はしたものの全国的な被害の発生のため、多数の国会議員が登院できず、定足数を満たさなかったりする時、どうするのか。
このような場合に備えて、明治憲法には「緊急命令制度」が定められていた(8条)。これは、議会が集会できないような国家的緊急事態において、一時的に行政権が議会に代わって立法権を行使し、後日、議会の承認を求めるもので、スペイン、オーストリア、イタリア憲法等にも採用されている。
大正12年の関東大震災の際には、帝国議会は召集できず、この緊急命令が大きな役割を果たした。山本権兵衛内閣は、この国難を乗り切り、被災者を救済するため、1カ月間で13本もの「緊急命令」を発している。そして、被災者の食糧確保や物価高騰の取り締まり等を行っている。しかし現行憲法には、このような緊急命令制度は認められていないから、新たに立法を行おうとしても、なすすべがない。果たしてこのままで良いのか。
■役に立たなかった「災害対策基本法」
この点、災害対策基本法では、「非常災害が発生し、その災害が国の経済や公共の福祉に重大な影響を及ぼすような場合」には、「災害緊急事態」を布告できると定めている(105条)。そして、この「災害緊急事態」が布告されると、政府は「緊急政令」を制定して、食糧や水、ガソリンなどの「生活必需物資の取引制限や禁止」を命じたり、「物品の価格統制」を行ったり、「金銭債務の支払いの猶予」を行ったりするなどの緊急措置が実施できることになっている(109条1項)。
そして、先の中央防災会議の最終報告書は、このような場合、「『災害緊急事態の布告』を発し、これに基づく各種法的措置等を迅速に講ずることができるよう、事前に判断の基準を確認し、これらの手続きを明確に定めておくべきである」としているが、これで本当に大丈夫なのか。
平成23年3月11日の東日本大震災の折、菅直人内閣は、災害対策基本法に基づいて、首相を本部長とする「緊急災害対策本部」を設置したものの、「災害緊急事態の布告」は行わなかった。そして「生活必需物資の統制など必要なかった」とうそぶいていた。
実際には、震災直後に、現地ではガソリンが不足したため、被災者や水・食糧などの救援物資を輸送できなかったり、ガレキの撤去に使う重機、排水作業を行うポンプなどが燃料不足で稼働できなかったりなど、復旧作業にも大きな支障が出た。また、暖房用の灯油や非常電源用の重油が足りず、医療現場などでは厳しい状態が続いた。そのため、寒さのため病院や避難所で亡くなった人がいるし、助かるはずの多くの命も助からなかった。約1600名もの人が、二次災害で命を失ったという(復興庁報告)。それゆえ、「物資の統制」は必要だった。
「災害緊急事態の布告」を行わなかった理由について、政府の役人は「憲法に定める権利や自由を大きく制約する恐れがあるため慎重にならざるを得なかった」旨、説明しており、このような事態に備えた緊急事態条項が憲法に明記されていないことが原因であることが分かる。とすれば、首都直下型地震や南海トラフ巨大地震が発生した場合には、今回以上の大混乱や甚大な被害が予想され、速やかに憲法改正が必要である。
■ガレキの処理に立ちはだかる「財産権」
さらに、東日本大震災では、大津波によって家屋や家財、車両など数千トンのガレキが公有地や私有地を埋め尽くした。そこで、速やかに緊急道路を通して被災者を救護したり、復旧作業を行うためガレキを撤去したりする必要があったが、そこに立ちはだかったのが憲法の保障する「財産権」の壁であった。村井嘉浩宮城県知事は「〔ガレキを〕どう処分するのか、やっかいなのは柱一本でも私有財産」と語っており、枝野幸男官房長官も、財産権との問題を解決するため特別立法が必要と発言している。そのため、憲法違反との批判や違憲訴訟の提起を恐れて、ガレキの処理が一向に進まない自治体さえあった。
この点、災害対策基本法では、市町村長は、災害が発生し、「応急措置を実施するため緊急の必要があると認めるときは、…現場の災害を受けた工作物又は物件で当該応急措置の実施の支障となるものの除去その他必要な措置をとることができる」(64条2項)と明記されている。それ故、ガレキの処理は法律上、可能であったにもかかわらず、ここでも憲法の「財産権」がネックとなったことが分かる。とすれば、今回をはるかに上回るであろう南海トラフ巨大地震では、膨大なガレキの処理をめぐって、大変な混乱が生じるであろう。
せめて災害対策基本法にある「災害緊急事態の布告」「緊急政令」「従事命令」などを憲法に格上げするための憲法改正だけでもできないだろうか。例えば「災害緊急事態の布告」についていえば、憲法に「非常事態が発生し、かつ当該災害が国の経済及び公共の福祉に重大な影響を及ぼすべき異常かつ激甚なものである場合には、内閣総理大臣は、国会の事前又は事後の承認のもとに災害緊急事態を宣言することができる」旨、明記するわけである。こうしておけば、首相は国会の承認のもと、堂々と災害緊急事態宣言を発することができる。しかも「国会の承認」を条件とすることにより、議会的統制と立憲主義の強化もはかられることになる(拙稿「憲法に大規模災害条項の明記を」、4月7日付産経新聞「正論」欄)。
迫りくる国難級の災害に備えて、ぜひ、超党派で速やかに取り組んでほしいと思う。
◇
ももち・あきら 昭和21年、静岡県生まれ。京大大学院法学研究科修士課程修了。日大教授などを歴任。専攻は憲法学。国士舘大特任教授、日大名誉教授。著書に『憲法の常識 常識の憲法』(文春新書)、『緊急事態条項Q&A いのちと暮らしを守るために』(明成社)など。
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