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東京震災、都心を囲む「火炎ドーナツ」に備えよ
山根一眞のポスト3・11 日本の力
「糸魚川駅北大火」の現場で得た教訓(3)
2017年1月24日(火)
山根 一眞
(前回から読む)
2016年12月26日、新幹線ホームから日没後の「糸魚川駅北火災」の現場を望遠レンズで撮影。明るい場所はインフラ復旧工事現場だ。その向こうが日本海。(写真・山根一眞)
糸魚川大火の焼け跡を前に記憶がまざまざと蘇ったのが、22年前の阪神・淡路大震災、神戸市長田区、菅原通りアーケードの焼け跡だった。
1995年1月21日、地震発生から5日後に神戸入りした私は、焼け落ちたアーケードを歩き、突き当たりの神戸市立御蔵小学校の避難所で被災した方々と会った。
その一人が、こう話した。
「潰された家の下にオバちゃんがいて救助を求めていたので、駆けつけました。でも柱などがとりのぞけないところに火が迫って、助けて!助けて!という声を出しながら炎に包まれてしまい、助けられなかった……」
1995年1月17日、午前5時46分に発生した兵庫県南部地震では神戸市全市で175件、長田区だけでも27件の火災が発生、全市で81万9108平方m(約25万坪)、長田区だけでも52万3546平方m(約16万坪)が焼損。全市で全焼・半焼は7000棟超、長田区で4800棟以上にのぼった。(写真3点とも8ミリビデオ映像からのキャプチャ、撮影・山根一眞)
活断層地震と大火
私は巨大地震による大火の怖さに衝撃を受け、人生の価値観が変わった。
災害、防災を大きなテーマとするようになった。
巨大災害の現場に駆けつけることを続け、専門家による研究成果を伝えるのが使命と自らに課してきたのは、この22年前の経験が原点なのである。
ちなみに熊本地震では、活断層の専門家である東北大学災害科学総合研究所教授、遠田晋次さんの調査に同行したが、これが契機となって、先日、遠田さんによる『活断層地震はどこまで予測できるか 日本列島で今起きていること』が出版されたのはその一例だ。
『活断層地震はどこまで予測できるか』(講談社・ブルーバックス)は、糸魚川大火の2日前に発売された。(写真・山根一眞)
遠田さんは、「兵庫県南部地に続き熊本地震と2度も巨大地震後の活断層を見たが、生涯に2度もこういう経験をしたのは活断層学者としては奇跡」と、語っていたが、やはり神戸・淡路島が原点のひとつなのだ。
その阪神・淡路大震災(兵庫県南部地震)について私は、2015年1月に本コラムで以下の記事を書いた。
【私にとっての阪神・淡路大震災20年】
(1)20年前の震災を忘れない…「ビデオ30分」の悔恨とポン引きの声と
(2)忘れない…震災1年後の神戸の夜、悲しみの先に見た光を
(3)伝えたい…阪神高速28km、震災後20ヶ月「超高速復旧」の真実
淡路島、そして神戸の地下を引き裂いた活断層による巨大地震では火災が多発したが、長田区の火災発生件数は神戸全市の約15%にすぎなかった。しかし、焼損床面積では64%と圧倒的に被害が大きかった。それは、糸魚川大火と同じように木造住宅の密集地だったからだとされる(長田区の死者は921人、全市の2割)。
祖母が語った東京の空を焦がす炎
大都市で巨大地震が発生すれば大火が起こり、多数の焼死者が出る。
木造密集地が危ない。
そのことは子供時代に、祖母から繰り返し聞かされた。
関東大震災(大正12年、1923年9月1日)の経験談だ。
祖母は、その年に産まれた私の母を背負って庭にいたそうだが、そこに激しい揺れが襲った。
「あそこにある大きな庭石につかまってしゃがんだのよ。東京の下町が焼けていた時、うちからも東の空が真っ赤になっているのがずーっと見えていたわ」
私の生家は新宿駅からJR中央線で2.5km西の中野区東中野だ。
多くの焼死者が出た陸軍被服廠跡地(現・墨田区横網)まではおよそ11kmもあるが、翌日まで東京市の43%を焼き尽くした炎が(空への照り返し)ここまで見えていたというのだ。
被服廠跡だけでも4万4000人もの人が生きたまま焼かれていった火炎が東中野からも見えていたという祖母の話は、まだ幼児だったとはいえ私にはこのうえなく怖かった。
関東大震災の死者・行方不明者はおよそ14万2800人。
旧・東京市の死者、約6万7000人。うち96%が火災による犠牲者。
赤い部分が関東大震災で焼失した地域を示す『東京市火災動態地図』(出典:内閣府資料)
関東大震災のわずか1ヶ月後の1923年10月1日、大日本雄辯會・講談社(現・講談社)が発刊した関東大震災の記録本が手元にある。その書名、『大正大震災大火災』が物語るように、当時、関東大震災は地震災害であるとともに巨大火災災害と受けとめられていた。
出典:3点の写真は『大正大震災大火災』からの引用。陸軍施設の跡地、被服廠跡に押し寄せた被災者、膨大な焼死体、いくつもの大きな砂山のように積み上げられた遺骨などの写真は当時、震災記録絵葉書として多く出回った。
「地震=火事」と言い伝えられてきたのは、それだけ大きな「火の災害」だったからだが、東日本大震災以降は「地震=津波」が最大の関心事になった感がある。海に面するほとんどの自治体が、津波に対する「ハザードマップ」(災害被害予測図)を作成、公開するようになったのは画期的な防災・減災文化の進化ではあるが、一方で、人々の「地震=火災」の意識は低下しているのではないかと思う。
炎のドーナツで囲まれる東京都心
といって、直下型地震が迫る東京都が「地震=火災」の対策を怠っているわけではない。たとえば、東京都の「ハザードマップ」(『あなたの町の地域危険度・2013年版・地震に関する地域危険度測定調査・第7回』)には、地震によって発生する火災の危険地図が詳しく掲載され警鐘を鳴らしている。
糸魚川大火を機にその冊子をあらためて見たが、「大規模火災は下町で起こる」という先入観が覆された。
「(火災は)足立区南部から荒川区、北区、台東区東部、葛飾区西部、墨田区北部、江東区北部などの地域で危険度が高い」としつつ、「品川区南西部、大田区中央部および江戸川区北部でも危険度が高い地域がやや多くみられる」と記されているのだ。
各区別の火災危険度地図によれば、品川区、大田区、世田谷区、中野区、杉並区、豊島区など都心部をとり巻いている各区でも、大規模火災の危険度が大きいエリアが少なくないことがわかる。
東京直下型地震で発生する火災の危険度を記した地図。(出典:東京都)
もちろん、災害による想定被害はさまざまな条件下での数値計算の積み重ねで描かれており、ハザードマップも、赤やオレンジの危険地区すべてで同時に火災が発生することを意味しているのではない。また、火災による被害は、発生時間や風の向き、強さ、湿度などによっても大きく異なる。「こういう被害が出る」というイメージをつかむことは難しく、東京直下地震による被害は代表的な条件下での想定にすぎない。
その想定のひとつは、マグニチュード7.3の東京湾北部地震が冬の夕方の午後6時、風速8m/秒の風の時に発生、というものだ。
その場合の建物被害はおよそ30万棟で、うち約62%が火災による。
同じく死者はおよそ9700人だが、43%が焼死者だ。
阪神・淡路大震災での火災による被害は、神戸市で全焼・半焼が7000棟超、長田区だけでも4800棟以上にのぼった
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/219211/011900006/11.jpg
糸魚川大火での焼損家屋は147棟だったので(全焼120棟、半焼5棟、部分焼22棟。1月20日発表で3棟追加)、阪神・淡路大震災はその約50倍、想定される東京直下地震は約1300倍の計算だ。
この想定はホントか?と思わずにいられない。世界最大のメガシティ、東京は地獄同然となり、経済的損失ははかり知れず、日本の機能そのものも著しく凋落するだろう。
強風下の糸魚川大火では、約30時間を要した「鎮火」までに231両の消防車と1954人の消防士、消防団を投入している(糸魚川市駅北大火対策本部発表)。
それを単純に想定東京直下地震にあてはめれば、30時間後の「鎮火」までに必要な消防体制は、消防車およそ30万両、人員約250万人、ということになる。東京の焼損家屋数は、風速8m/秒と糸魚川大火より弱い風での想定とはいえ、想像を超える事態となることに変わりはない。
都心部を取り巻く至近のドーナツ圏エリアで強風下に同時多発で火災が発生すれば、東京の周辺部から都心部への「救援活動」は火の手によって阻まれる。「3.11」の日、都心から周辺部(都心通勤者の居住地)に至るおもな街道は徒歩帰宅者であふれたが、ドーナツ圏で火災が多発、延焼が続けば徒歩帰宅者は燃え尽きるまで何日も「火の壁」によって足止めをくう。
炎のドーナツ図。東京都の資料に一部加筆。(作図・山根一眞)
品川、杉並、中野
また、たとえばだが、品川区には東海道新幹線や東海道本線、国道1号線、第一京浜、第二京浜など首都にいたる基幹鉄道や道路が貫いているが、それらの路線は「高い火災危険度」のエリアに接し、あるいは重なっている。
新幹線は沿線の建物火災でさえ長時間運転が止まる。糸魚川が炎上していた時、東海道新幹線が沿線火災によって運転の見合わせが長く続いたのは記憶に新しい。もし品川区内で大規模火災が多発すれば、鉄道は運行不能が長く続くだろう。
品川区の火災危険度。東京都の資料に一部加筆。(作図・山根一眞)
鉄道や国道が「火の壁」に阻まれれば、帰宅難民ばかりか救援部隊や災害ボランティアはかなりの期間、足止めされ、都心区の被災者は、食料や水、医薬品が尽き、水道、ガス、電気、通信、下水などのインフも断たれたままになる。巨大災害の被害想定では「もしも」は意味がないという意見もあるが、確実に起こる災害では「最悪の想定」をふまえた対策が求められるのだが…。
阪神・淡路大震災では電気が途絶えた暗闇に加え、夜間の気温0℃という厳しい寒さの中で救援を待たねばならなかったし、東日本大震災でもガソリンや灯油が絶たれ厳しい寒さが被災者を苦しめた。そこで、少なくとも2週間分くらいのエネルギー源、水、食料、欠かせぬ医薬品は個人個人が備えておくことは言うまでもない。
私は杉並区に住んでいるが、中野区との境界線をまたぐ住宅街の火災危険度が最も高いことも驚きだった。
中野駅前では大きな再開発プロジェクトが進んでいるが、火災危険度が最も高い北に隣接する地区の「火災・延焼防止策」も忘れないでほしい。中野区、杉並区を通る地下鉄丸の内線の各駅も「火災危険度が最も高い」エリアを通っている。地下に火が入らないまでも、地上の出入り口が火災で利用できなければ、地下鉄の運行も支障が出るのでは。
杉並区と中野区の火災危険度。東京都の資料に一部加筆。(作図・山根一眞)
東京五輪に「防災・減災のおもてなし」を
災害に備えて必要なものは「防災キット」や水、食料だけではない。巨大火災への備えが欠かせないが、その手段、ノウハウ、施策はあるのだろうか。
東京都はこの「炎のドーナツ圏」(山手線外周部を中心とした木造住宅密集地<木密地域>)の「不燃化10年プロジェクト」を2012年に立ち上げたが、高齢化などにより思うように進展していない。
前回の報告で、私は阪神・淡路大震災の教訓をもとに、「飛び火」による延焼を食い止めるため、1999年に新築したマイホームに延焼を防ぐ地下水による「人工降雨装置」を備えたことを書いた。
だが、そもそもこんな家を作ろうという個人はいないために、工事会社には必要なノウハウも目的を満たす機器もなく、とても苦労をした。また、果たしてこのシステムが本当に延焼防止に役立つかの評価をすることも、ハウスメーカーでなければ不可能だ(消防庁の専門家は「役立つ」と言ってくれはしたが)。
山根エコ&防災ハウスのシステム。当初目指したのはエコハウスだったが、「エコ=防災」であると気づき、地下水の利用・貯蔵、ソーラで常時充電しているバッテリーの12V電源を各部屋に配線、非常時の電源とするなど数多くの試みを行っている。(作図:山根一眞)
東京直下地震で19万棟近くが焼損するという予想が出ているのだから、延焼防止機能がある防災住宅を開発し、「競争力」としようというハウスメーカーが1社くらいあってもよさそうなものだが、皆無だ。
東京都の小池知事は、就任早々、東京五輪の施設計画に対してコスト削減への激しい横やりを入れる政治パフォーマンスを開始した。だが、大事なことを忘れてはいないか。2020年のオリンピック、パラリンピック開催中に東京を巨大地震が見舞い、大火災が発生したらどうするのか、という課題だ。
オリンピック、パラリンピックの開催中、東京は日本全国から、海外から、数多くの「ゲスト」をお迎えする。そこに巨大地震、大火災が発生すれば、ホストである都民は、ゲストが命を失わずにすむよう尽力するのは当然だろう。トランプ米大統領の「アメリカ・ファースト」にマネたらしい「都民ファースト」という甘ったるいエゴイズムを捨て、今から「ゲスト・ファースト」を柱に、コストがかかろうとも、ともに命を失わずにすむ備えを強力に推し進めるべきではないのか。
2020年東京オリンピック・パラリンピックの精神、「おもてなし」は口先だけではいけない。「おもてなし」の防火インフラを早急に用意すべきと思う。
日本では保有ゼロの大型消防飛行艇の配備など、すべきこと、できることはあるのだから。
関東大震災から94年、阪神・淡路大震災から22年、糸魚川大火から1ヶ月。国も、自治体も、企業も、個人も、大規模火災による「教訓」をあらためて真摯に受けとめるべき時と思う。
糸魚川市駅北大火で被災された方への義援金の受付
糸魚川市駅北大火へのふるさと納税
糸魚川市地域たすけあいボランティアセンター(facebook)
このコラムについて
山根一眞のポスト3・11 日本の力
東日本大震災という経験したことのない巨大災害に見舞われて、人類の歴史とは幾多のカタストロフィーを経験し、それを克服してきた歴史なのだということを、あらためて実感しました。「頑張ろう!」と励ましあうことは大事ですが、どう頑張ればいいのかの「道しるべ」が今も求められています。巨大災害の復旧・復興と、今後の防災・減災のために、何が必要で、どんな行動を、どんな研究が求められて、取り組まれているのか。現場取材を中心にそれらを伝えながら、私なりの提案も続けます。また、巨大災害を、「豊かな文明」のありようを大きく変える時ととらえ、日本が世界でもっとも力強い国となれることを信じて、そのシナリオを探ります。
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