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スナック菓子がやめられないのはなぜ?
「一に健康、二に仕事」 from 日経Gooday
人間がいつまでも飽きない「寸止めの味」の正体とは?
2016年8月3日(水)
北村 昌陽=科学・医療ジャーナリスト
聞きたかったけど、聞けなかった…。知ってるようで、知らなかった…。日常的な生活シーンにある「カラダの反応・仕組み」に関する謎について、真面目にかつ楽しく解説する連載コラム。酒席のうんちくネタに使うもよし、子どもからの素朴な質問に備えるもよし。人生の極上の“からだ知恵録”をお届けしよう。
スナック菓子に含まれる食用油や砂糖の味が病みつきにさせるのか?(©Christian Draghici-123RF)
ある種の食べ物には、食べることをどうにもやめられなくなる不思議な魅力(魔力?)が宿っている。「♪やめられない止まらない〜」というスナック菓子のCMではないが、実際、「なぜか手が止まらない」という感覚を、多くの人が実感しているだろう。
そしてそれがときに、ヘルシーな体型を目指す老若男女を悩ませることにも。
単なる「おいしさ」とはちょっと質が違う、あの「やめられなさ」の正体は、何なのか? これが、今回のテーマ。龍谷大学農学部教授で、食の嗜好研究センター長の伏木亨さんに、早速話を聞いてみよう。
「『やめられない味』現象は、ネズミを使った実験でも確認できます」。伏木さんは、こんなふうに話し始めた。
ほほぉー、そうなんですか。何を食べさせるとそうなるのですか?
「濃縮・精製された食用油や砂糖です」。
快感を生み出す脳内回路の「報酬系」が働く
ネズミに普通の餌を好きなだけ与えると、カロリーが足りたところで自然に食欲が収まって、食べるのをやめる。ところが、濃縮された油や砂糖を与えると、食欲にブレーキがかからず、ぐんぐん食べて太るという。
「このとき脳を調べると、『報酬系』という神経回路が働いています」。
報酬系は、中脳の「腹側被蓋野(ふくそくひがいや)」という部位から前脳の「側坐核(そくざかく)」へ伸びるドーパミン神経系の働きで、もっと欲しいという感覚を作り出す脳内回路のこと。これは、ニコチンや麻薬、アルコールなどの欲求を感じるときにも働くメカニズムだという。油や砂糖は、こういった嗜好品や薬物と同類の強烈な切望感を、脳内に生み出しているのだ。これに連動して、神経伝達物質の一つである「ベータエンドルフィン」の分泌も幸福感・満足感をもたらす。
「脂肪や糖質は、動物が生きていくための大事なエネルギー源になる成分。その味を際立っておいしくてもっと欲しいと感じるのは、生きていくうえでとても貴重な能力です」と伏木さん。
なるほど。食糧事情が厳しい野生環境を生き抜くには、栄養価の高い食べ物を目ざとく見つけ、食べられるときに食べられるだけ食べておく必要がある。脂肪や糖質の味に対して鋭敏に反応する脳内システムは、もともとはそんな生き残り行動のために働いていたと考えられる。
「だが人間は、味の快楽を追求するあまり、食材を濃縮・精製して食用油や砂糖を作り出しました。自然界には存在しないこれら高濃度・高純度の食品が、報酬系を激しく刺激したときに、“やめられない味”が生まれたと考えられます」(伏木さん)
うーん、これは人間の欲望が作り出した味だったのか。
人間は「4種類のおいしさ」を感じている
「人間が感じる『おいしさ』は4種類あると、私は考えてきました」。伏木さんはこう話を続ける。
一つ目は「生理的なおいしさ」。これは、体が求める栄養素の味をおいしいと感じる性質で、「運動をして疲れたら甘いものがおいしい」などというのが代表例。あらゆる動物はこの種の性質を持っており、生き物の基本的な能力といえるだろう。
二つ目は「文化的なおいしさ」で、幼いころから食べ続けた味をおいしいと感じる性質を指す。海外滞在中に和の味を食べると、やたらおいしく感じるのがこの例だ。
三つ目は、「情報によるおいしさ」。高級なワインの味、流行の味、珍味のようないわゆる大人の味などは、情報をもとに「こういうのが美味しいのだ」と学ぶことで、身に付いていく。情報によって覚える、後天的なおいしさ感覚だ。
「通常、大人の味というのは、生理的な感覚でいうとむしろ有害なサインといえる『苦味』や『酸味』が強いものです。そういう味を『これが“通の味”』などという情報をもとに味わい、達成感を楽しんでいるのですよ」と伏木さん。ふーむ、なかなか複雑なことをやっているものだ。人間だけが味わえる、手の込んだ味わいといえよう。
そして最後が、先ほど紹介した、脳の報酬系が働く「病みつきのおいしさ」。「ラーメン、お好み焼きのようなB級グルメやスイーツなど、油味と甘みが強く効いた刺激的な味が典型的です」。
人間の「やめられない」には、ネズミと違うメカニズムがある?
「ただ、ここからは、最近改めて考えたのですが…」と、伏木さんは身を乗り出してきた。
「ネズミと違って、人間にとって本当にやめられない食べ物って、こういう刺激的な味よりも、ちょっと薄味に抑えた辺りのゾーンにあると思いませんか?」。
ふむふむ。確かにいわれてみると、脂っ気が強いB級グルメや、砂糖と脂肪のダブルパンチが利いたコテコテのスイーツは、強烈な快感を得られるけれど、「やめられない味か?」と問われると、ちょっと違う気もする。むしろ、刺激が強い分、満足感も意外と早めに湧いてくる。
それに対して、本当に「やめられない味」というのは、それこそあのCMソングのスナック菓子のような、味はやや薄めで、風味が効いた感じ…。
「そうなんです。味はむしろ控えめで、ちょっと物足りないぐらい。その分、香りで郷愁がそそられるようなものの方が、よほどやめられないと思うのです。ポップコーンとか、おかきとか。ポテトチップも、濃厚なバーベキュー味よりも、実は“うす塩”ぐらいの方が止まらない」。
うーむ。ポテチの話は個人の嗜好のような気がしないでもないが、でも分かる気もします。
「でしょ? 私はこのような、やや薄めで風味のある味を『寸止めの味』と呼んでいます。報酬系を興奮させるB級グルメ的な味は、実は飽きるのも早い。寸止めに抑える方が、飽きがこず、心地よさを長く持続させられる。ここにネズミと違う、人間特有の“やめられなさ”があるように思うのです」。
飽きのこない味だから、やめられない
伏木さんによれば、「寸止めの味」の原形は、世界中の食文化の中に見つけられるという。イタリアンならペペロンチーノのパスタ、フレンチならオニオンスープなどがそうだ。「もともとは、毎日食べても飽きのこない、シンプルな家庭料理という位置付けで作られた味でしょう」。
そして、「出汁を多用する和食は、『寸止めの味』の宝庫です」(伏木さん)。
世界中で生まれた、家庭の味。飽きにくくて、控えめな優しい風味が、油味と甘みも効いているスナック菓子などに採用されると、飽きないゆえにかえって手が止まりにくい。だから「やめられない止まらない〜」になる、ということだろうか。
「だからダイエットを考えるなら、薄味のスナック菓子はいつまでも食べてしまいやすい。むしろ、こってりと強烈な高級スイーツをしっかりと味わう方が、満足度が高く、『やめられないループ』にはまりにくいと思いますよ」。
ほー、これはいいことを聞きました。みなさん、寸止めの味には注意しましょう。
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伏木亨(ふしき とおる) さん
龍谷大学農学部食品栄養学科教授、食の嗜好研究センター長
伏木亨(ふしき とおる) さん 1953年、京都府生まれ。75年京都大学農学部食品工学科卒業、80年同大学院博士課程修了。85年から86年まで米イーストカロライナ大学医学部へ留学。94年より同大学教授。2015年より現職。おいしさの脳科学、自律神経と食品・香辛料、運動と栄養など、幅広い研究を行っている。著書『味覚と嗜好のサイエンス』(2008年、丸善)、『おいしさを科学する』(06年、筑摩書房)、『コクと旨味の秘密』(05年、新潮新書)など多数。
この記事は日経Gooday 2015年9月1日に掲載されたものであり、内容は掲載時点の情報です。
このコラムについて
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