3. 2015年10月16日 09:57:49
: OO6Zlan35k
「カラダによい水」は薬にも毒にもならない 謎多き「機能水」の正体(前篇) 2015.10.16(金) 漆原 次郎 普段どんな水をお飲みだろうか。 インターネット調査会社GMOリサーチが2013年に行った「飲料・ミネラルウォーターに関する実態調査」では、日本の20代・30代のうち、水道水をそのまま飲んでいる人は31.2%だったという。一方、浄水器の水、またはミネラルウォーターを飲んでいる人は合わせて43.2%。水道代とは別にお金を払って水を飲んでいる人のほうが多いわけだ。 では、お金を払って水を飲んでいる人は、どんな水をお飲みだろうか。 選択肢の1つに、「健康効果を期待させる水」がある。水に何らかの物質を溶け込ませたり、加工処理を施したりして、健康効果があるように紹介している水のことだ。これらの水を「機能水」と呼ぶこともある。 実際こうした水の宣伝では「美と健康の可能性を秘めた」「カラダによい」「体内環境をサポート」などの文句が見られる。「どうせなら、体によさそうな水を選ぼうか」といった気分で、「機能水」を選んで飲み続けている人もいることだろう。 けれども、「機能水」は、本当に“機能”するのだろうか。「機能水」はもちろん医薬品ではないし、ほとんどは特定保健用食品(トクホ)にも機能性表示食品にもなっていない。そして見た目は単なる水にしか見えない。そんな水から、本当に企業の宣伝するような健康効果を得ることはできるのだろうか。 平岡 厚(ひらおか あつし)氏。元杏林大学保健学部准教授。理学博士。1948年生まれ。東京都立大学大学院理学系研究科生物学専攻博士課程単位取得退学。杏林大学保健学部を2014年に定年退職。専門は生化学。「健康に良い」と宣伝される水製品の性状と実体を研究するほか、神経疾患の患者の脳脊髄液及び血清に関する研究なども行ってきた。 こうした疑問を専門家に投げかけてみた。応じてくれたのは元杏林大学保健学部准教授の平岡厚氏。杏林大学に在職中の2002年から14年、健康効果を高める作用があると宣伝されている水について、本当にその健康効果を得ることができるかを試験して検証した経験の持ち主だ。 今回の前篇では、平岡氏が試験対象とした「活性酸素を消去する成分が含まれており、体内で抗酸化作用を示す」とする水や、「水分子のクラスターサイズ(集合規模)が小さく、生体組織への吸収率が高い」とする水について、果たしてそのような効果はあったのかを聞くことにする。 後篇では、これら以外の製品も含めて、巷で出回っている「機能水」の現状を整理し、飲み水との付き合い方を尋ねることにする。 抗酸化作用を宣伝する水、体内での効果はなし ――そもそも、なぜ「健康によい」と宣伝される水の実相を検証しようと考えたのですか? 平岡厚氏(以下、敬称略) 1997年から98年ごろ、水を電気分解すると原子状の水素(H)が生じ、それが、がんや糖尿病を抑えると九州大学の白畑實隆氏が主張していました。白畑氏は、水溶液中に含まれる原子状の水素を「活性水素」と呼んでもいました。 けれども、原子状の水素が、安定的に水の中に存在することはありえないというのが科学的な常識です。それで、白畑氏の主張を反証しようと考えたわけです。 ――平岡さんは2012年に「『飲むと健康に良い』と宣伝されている諸水製品類の実態の検討」という総説論文を発表しましたね。活性酸素を消去する成分が含まれていて体内で抗酸化作用を示すと宣伝される水と、水分子のクラスターサイズが小さく生体組織への吸収率が高いと宣伝される水について、それぞれ検証したと聞きます。まず、抗酸化作用を示すと宣伝される水について、どのような試験をしたのですか? 平岡 「活性水素による抗酸化作用がある」と宣伝されている市販の水を含む4点について、本当に抗酸化作用があるのかどうかを、試験管内で確かめてみました。 ――結果はどうでした? 平岡 強力ではありませんでしたが、ある程度の抗酸化作用は確かに見られました。けれども、白畑氏の言う「活性水素」は生じていませんでした。抗酸化作用は、電気分解によって普通に生じる水素ガス、すなわち分子状の水素(H2)や、水溶液中の水素ガスの影響を受けたバナジウムイオンといった他の物質によるものという説明で済むものでした。 白畑氏はその後、「活性水素」は電気分解のときに電極から剥がれ落ちた金属の表面に吸着したものであって、水に溶けたものではないと述べ始めました。そうであれば、科学的に非常識な話であるとは必ずしも言い切れなくなります。白畑氏は、とても強い電圧をかけて電気分解をしたようです。私のほうは普通の電気分解の条件で試験しましたが、やはり「活性水素」は生じませんでした。 いずれにしても、「活性水素」という言葉は、水に溶けた物質として存在しているような誤解をあたえるため、不正確だと思います。 ――「活性水素」は普通の試験条件では生じなかったものの、他の物質によって抗酸化作用は示されたとのことでした。では、人がその「機能水」を飲めば、抗酸化作用を得られるのですか? 平岡 それについても、健常者の協力者に、試験管内試験でもっとも抗酸化作用のあった水を飲んでもらい、普通の水との比較などから飲用効果を確かめてみました。 ――結果はどうでしたか? 平岡 統計的に有意な飲用効果は検証できませんでした。 ――試験管内の試験では抗酸化作用があったのに、人の体内では抗酸化作用は見られなかったというわけですか。それは、どうしてなのでしょう? 平岡 被験者が酸化ストレスの亢進していない健常者であったという理由はありえます。また、有効成分の濃度の問題や、それが作用すべき体の部位まで到達しなかったか、到達しても働かなかったということもあるでしょう。試験管内の試験と、生体内の試験で結果が異なるのはよくあることです。抗酸化作用の強いポリフェノールやビタミンCなどでも、体に摂り入れたところですべてが体内に吸収されるとは限りませんからね。 ナノクラスター水はナノクラスターになっていない ――もう1つの、水分子のクラスターサイズが小さいことで生体組織への吸収率が高いとする水を対象とする試験についてもお聞きします。インターネットでも、水のクラスターサイズを小さくした「ナノクラスター水」などという製品名をよく見ます。まず、「クラスター」というのはなんなのでしょうか? 平岡 クラスターは分子の集団のことです。例えば、水(H2O)分子は数個から数十個のクラスターを形成しています。これは、水分子中で正に帯電した水素原子と、その近くの他の水分子中で負に帯電した酸素原子が互いを引き寄せる作用によって起きる現象です。 1気圧では、水が沸騰する温度は100℃、氷に凝固する温度は0℃ですが、もし仮に、水の分子がクラスターを形成していないとなると、沸騰点は−80℃に、凝固点は−110℃にまで下がってしまうはずです。 ――そのクラスターサイズが小さく生体組織への吸収率が高いと宣伝される水については、どんな試験をしたのですか? 平岡 クラスターサイズを小さくしたとする4社6製品の市販水について、沸騰点と凝固点を調べました。クラスターサイズが小さくなっていれば、沸騰点と凝固点は下がるはずです。 ――結果はどうでしたか? 平岡 水道水などと変わらず、どれもほぼ沸騰点は100℃、凝固点は0℃でした。つまり、水分子のクラスターが小さくなっていないということです。 ――クラスターが小さくなっているかいないかは、沸点と凝固点を調べれば分かるとのこと。それなのに、なぜ「ナノクラスター水」を売るメーカーは、「クラスターが小さくなっている」と宣伝しつづけるのでしょうか? 平岡 かつて、酸素の核磁気共鳴(17O-NMR)スペクトルというデータを見ることにより、水分子のクラスターサイズを直接計測できるのではないかという話があったのです。ある研究者が、その方法でいくつかの水溶液系のクラスターサイズを計測したところ、クラスターサイズが小さいほうが水の味がよいことが示されたと主張しました。 しかし、他の研究者が追試をした結果、結局その方法では計測できないということになったのです。それにもかかわらず、近年の健康ブームの中で、メーカーは「計測できる」とする最初の論文を根拠に、クラスターサイズを小さくすることができたとして、「ナノクラスター水」を販売するようになったわけです。 ――仮に、水のクラスターサイズを本当に小さくすることができたら、その水はメーカーが宣伝するように、「生体組織への吸収率が高いため健康によい」のでしょうか? 平岡 まず、クラスターを小さくすることは、地球上の水の物性を変えることに等しく、そんなことはできないと思います。仮に小さくすることができたとしても、それが体によいかどうかはまた別の話です。 企業は“グレーゾーン”の表現で宣伝 ――抗酸化作用やナノクラスター化を宣伝する水を製造または販売する企業のホームページを実際に覗いてみると、健康効果に期待してしまうような文言が見られますね(下の表)。 抗酸化作用を宣伝する水と、水分子のクラスターサイズを小さくしたと宣伝する水の、企業ホームページでの説明文言(参考:各企業ホームページより筆者作成、最終確認2015年10月13日) 拡大画像表示 拡大画像表示 平岡 健康効果の実証がないものを健康効果があるとして宣伝すれば、法律的にまずいのですが、企業は“グレーゾーン”的な表現で宣伝しています。「何々と言われています」とか「みなさんの健康を願って販売します」とかいった表現です。 ――もし、企業が自分たちの水の健康効果に自信をもっているなら、トクホに申請するといった手もあると思います。 平岡 仮に効果を実証できる自信があっても、多くの企業は中小企業ですし資金力があまりないのでしょう。だから“グレーゾーン”の表示が多くなるのだと思います。 ――しかし、宣伝文句を見たら、「飲めば健康になる」と考えてしまう人もいるのでは? 平岡 そうなのかもしれません。けれども、こうした類の水のほとんどは、"薬にも毒にもならない”ものです。つまり、飲んだとしても体に悪影響はほとんどない。すると、行政などの取り締まる側も放っておいてもいいかとなってしまう。そういう現状があるのだと思います。 (後篇へ続く) http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/44991
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