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6月1日、逝去した町村信孝元衆議院議長 photo Getty Images
あなたは大丈夫? 町村信孝 見逃された「死の前兆」
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/43733
2015年06月19日(金) 週刊現代 :現代ビジネス
■まるで別人だった
「衆議院議長を今年の4月に辞めたとき、やはり何だか元気がないな、と思ってはいたんです。以前は、会うといつも町村先生のほうから『おう』と声をかけてくれたんですが。それにしても、まさかこんなに早く亡くなるとは……」
自民党衆議院議員の平沢勝栄氏はこう語る。
安倍晋三総理の出身派閥でもある、自民党最大派閥・清和会の領袖を8年あまり務めた大御所、町村信孝前衆議院議長が6月1日に死去した。享年70、死因は田中角栄元総理や小渕恵三元総理らも患った「脳梗塞」だった。
5日に青山葬儀所で行われた町村家・自民党の合同葬では、祭壇に生前愛好したラグビーのボールが置かれ、若手から長老、OBまで自民党議員が続々と訪れた。そのひとりがこう証言する。
「亡くなる少し前に議員会館ですれ違ったんですが、足を引きずりながらゆっくり歩いていて、表情もうわの空のようでした。各社の番記者たちも『最近は町村さんにコメントをもらっても、あんまり使えないんだよなあ』とぼやいていました」
町村氏は、北海道開拓の功労者で「町村農場」創設者の町村金弥氏を祖父に、自治大臣を務めた町村金五氏を父にもち、自身は東大経済学部出身・通産省OBというサラブレッドかつエリート。健康な頃は自信家で知られていた。
「『オレは政界入りする前から帝王学を学んでいたんだ』と自負していて、言うなれば、肩で風を切って歩く人でした。
それに、国民の目に触れるところでは静かにしているけれど、町村さんは本来ああ見えてカッとなるタイプ。私も委員会の後なんかに『あの発言は何だ!』とよく怒鳴られたし、議論を吹っ掛けられたときには、まくし立てるようにして答えていたものです。
でも、一度倒れてからは、別人のように弱々しくなってしまった。何だかひと回り小さくなったような感じでした。タバコはもともと吸わない人でしたが、倒れた後も酒はやめられなかったようですね」(清和会所属の中堅議員)
自民党が総選挙で政権を奪い返す直前の'12年9月、町村氏は自民党総裁選挙に立候補を表明、同じ派閥の後輩である安倍総理と袂を分かち、勝負に出た。それまで何回も出馬直前で道を譲ってきた町村氏にとって、この総裁選は悲願を果たす最初で最後のチャンスだった。
しかし、投票日のわずか1週間前に倒れて入院。検査の結果、脳梗塞が見つかる。
■脳梗塞はクセになる
ひとたび脳梗塞を起こすと、たとえ一命を取り留めたとしても、それが「クセ」になってしまう人は少なくないという。立川病院脳神経外科部長の矢ア貴仁氏が言う。
「脳梗塞になると、1年以内に約1割、5年以内に約3割の人が再発を起こすという統計があります。しかも多くの場合、再発を繰り返すたびに症状が重くなっていく。
脳梗塞には、脳の血管自体が狭く細くなって詰まってしまう『脳血栓』と、心臓でできた血栓が脳に流れて行って血管が詰まる『脳塞栓』の2種類があります」
後者の場合は、最初の発症が致命的になることが少なくない。おそらく、何度も発作を繰り返した町村氏のタイプは前者だったと考えられる。
その後、何とか政界に復帰を果たしたものの、町村氏は政治家として事実上「あがり」のポジションに追いやられた。
町村氏にとっていわばトドメとなったのが、昨年の12月、安倍総理から衆議院議長のポストをあてがわれたことである。議長ポストは、永田町では「これをやったらもう引退」が常識の名誉職だ。政治評論家の浅川博忠氏が言う。
「町村さんは『自分が総裁選に出れば、当然みんな付いてくる。勝つに決まっている』と考えていたのに、フタを開けると5人中4番手だった。
自らの影響力が下がっていることを実感し、また『オレは安倍ごときに〈一丁上がり〉にされてしまうのか』と思うにつけ、ストレスがどんどん膨らみ、体調にも響いたのでしょう」
■議長辞任の直後に会見
そして今年4月、町村氏は再び倒れた。「軽い脳梗塞」と報じられたが、その前後の様子を振り返ってみると、決して予断を許す状況ではなかったことが窺える。ある自民党本部スタッフは、こう証言する。
「4月20日に議長辞任を表明する会見を開いたのですが、カメラの前ではそれなりにはっきりと話せていたけれど、部屋に戻るともう全然ダメでした。ろれつが回ってなくて、何を言っているか分からない。『これは相当マズイな』という思いが過りましたが、そりゃ口には出せませんよね……。
そういえば、ある議員は会見の直前に『町村さんは国会の議長席でも、肘をついて頭を抱えるようにしていることがあった』と言っていました」
「オレはまだやれる」「せめて人前では弱った姿を見せまい」—おそらくはそんなプライドが、辞意表明の当日まで何とか町村氏を支え、突き動かしていたのだろう。
'00年5月に脳梗塞で急死した小渕元総理は、同年4月1日、緊急入院する前夜の会見で、しどろもどろの受け答えをして周囲を心配させた。「脳梗塞には前兆がある」ということを多くの国民が知るようになったのは、ある意味で小渕氏のおかげかもしれない。
'06年12月に67歳で小脳梗塞に倒れ、入院した衆議院議員の平沼赳夫氏も、発症直前に感じた「前兆」をこう振り返った。
■発症直前の「前兆」
「空港でトイレに入って用を足していると、地面が揺れているような感覚がありました。その時は飛行機の離着陸の振動だと思っていました。
小脳梗塞を発症したのは、後日の宴席です。乾杯の音頭を取っているとき、急に視界が回転し始めた。でも、主催する側の私が倒れるわけにもいかないので、ずっと畳に手をついて我慢していました。皆を心配させてはいけないと思って目の前のサラダを口に入れたんですが、いくら噛んでも口の中が麻痺して飲み込めないんですよ」
脳の血管が詰まる脳梗塞は、血管が破れる脳内出血やクモ膜下出血と違い、激しい頭痛があるわけではない。にもかかわらず、できる限り早く病院に向かわなければ即、命にかかわるのだ。
代表的な脳梗塞のシグナルとしては、小渕氏や町村氏のように「うまく喋れない」、平沼氏のように「目まいがする」などの他にも、「片手がしびれる」「ものが二重に見える」「手足の感覚がなくなる」「力が入らない」といったものがある。
もしこうした症状を感じたら、ためらっていては手遅れになってしまう。「前兆」を見逃さないことが、生きのびる唯一の手立てなのである。
「週刊現代」2015年6月20日号より
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