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「半導体製造が苦手な」中国企業、日米技術者を一気に獲得の荒技
http://biz-journal.jp/2015/08/post_11227.html
2015.08.24 文=湯之上隆/微細加工研究所所長 Business Journal
■大型M&Aが続く半導体業界
今年、半導体業界では大型のM&A(合併&買収)が相次いでいる。1月に独インフィニオン・テクノロジーズが、米インターナショナル・レクティファイヤー買収を発表。3月には蘭NXP セミコンダクターズが、米フリースケール・セミコンダクタを買収すると発表。5月に米アバゴ・テクノロジーが、370億米ドル(約4兆6000億円)で米ブロードコムを買収すると発表。6月には米インテルが、167億米ドル(約2兆円)で米アルテラを買収すると発表。そして7月14日に中国の紫光集団が、米マイクロン・テクノロジーに230億米ドル(約2兆8400億円)の買収を提案していることが明らかになった。
半導体業界でこれほど大型M&Aが頻発するのは、筆者にも記憶がない。そこで今回は、これらの大型M&Aにはどんな背景や事情があるのかをみていきたい。ちなみに上記M&Aの中で、紫光によるマイクロン買収提案だけは他と事情が異なるが、それについても解説したい。
■大型M&Aの背景
6月15〜19日、京都で開催された半導体の国際学会VLSIシンポジウムに参加した際、世界半導体産業について3つの動向を感じ取った。紫光以外のM&Aはこの流れの中で起きたと見ることができる。
その3つの動向は、以下の通りである。
(1)IoT(Internet of Things:モノとインターネットの融合)とビッグデータが牽引して、世界半導体市場は今後も成長する。
(2)現在の微細化の最先端は14nmだが、7〜5nmまでは確実に続く。しかし、設計や製造コストが急騰する。
(3)自動運転化が進む自動車が、IoTデバイスになりつつある。
こうした流れの中で、大型M&Aについて次のように解釈できる。
インフィニオンによるレクティファイアー買収は、自動車などに使われるパワー半導体で世界シェアトップになることが目的である。この買収によりインフィニオンは、シリコンだけでなく、SiCやGaNなどの新材料を用いたパワー半導体でも優位に立つ。
NXPによるフリースケールの買収は、IoTデバイス化が進む自動車用マイコンが狙いである。この買収により、車載半導体においてはNXP+フリースケール連合が、日本のルネサス エレクトロニクスを抜いて世界シェアトップになる。
アバゴによるブロードコムの買収は、英ARM社が2025年には1000億個を超えると予想しているネット接続デバイスの通信半導体制覇を目論んでいると思われる。
インテルによるアルテラの買収は、「IoTとビッグデータ」時代の到来で増大するデータセンタ用FPGA、および自動運転車用のマイコンがターゲットである。FPGAとは、製造後にプログラムが可能な半導体デバイスで、米ザイリンクスと並んでアルテラが世界の2強である。
インテルは、PC用プロセッサがジリ貧、スマートフォン(スマホ)用プロセッサは大赤字、データセンタ用プロセッサが唯一、稼ぎ頭で基幹事業となっている。ところが、データセンタ用プロセッサとしてFPGAが急浮上してきた。インテルのプロセッサとFPGAで電力当たりの性能を比較した場合、検索処理では約10倍、複雑な金融モデルの解析では実に約25倍もFPGAのほうが高いのである。このままいくと頼みの綱であるデータセンタ向け事業も失う可能性があり、企業の存続が危ぶまれる事態になる。インテルとしては、生き残るためになんとしてもFPGAメーカーのアルテラを買収しなくてはならなかったのだ。
■中国の紫光集団とは
一方、こうした動きと事情が大きく異なるのが、紫光によるマイクロン買収提案である。まず紫光とはどのような半導体メーカーか、中国にはどのような半導体事情があるのか、そして紫光の狙いとは何か、について説明したい。
紫光は1988年に中国の清華大学が設立した投資会社が前身となっている。2013年以降に中国スプレッドトラムとRDAマイクロエレクトロニクスの2社を相次ぎ買収し、半導体の設計を専業とするファブレスとなった。14年にはインテルの出資を仰いでいる。現在、紫光の主力事業はスマホ用アプリケーションプロセッサで、14年の売上高は約1870億円である。これは、世界最大手の米クアルコムの10分の1程度の規模である。
実は12年にエルピーダメモリが経営破綻したとき、中国系ファンドが救済企業として応札したが、最終的に支援企業に選ばれて買収したのはメモリ大手のマイクロンだった。そのマイクロンに、ファブレスの紫光が買収を持ちかけているわけだ。
なぜ紫光は、メモリメーカーを欲しがっているのか。その背景には、中国の半導体事情が大きく影響している。
■中国の半導体事情
電気製品などにおいて、中国は“世界の工場”となった。少し古いデータだが、09年の実績で中国のシェア(生産台数等)は太陽電池26.2%(1517MW)、液晶やプラズマなどのフラットパネルテレビ38.7%(5682万台)、携帯電話52%(5億8842万台)、デジタルカメラ65.4%(8382万台)、iPodなどのデジタルオーディオ66.9%(1580万台)、ノートパソコンに至っては96.2%(1億5857万台)となっている。もはやフォックスコンをはじめとする中国なしに、電気製品を世界に供給することは不可能である。
では、中国は半導体においても世界の工場になっているのであろうか
中国の半導体市場と生産高を見てみよう(図1)。14年に、中国の半導体市場は980億ドルとなり、世界市場3330億ドルの29.4%を占めている。経済発展を遂げ世界の工場となった中国が、大量の半導体を必要としているのである。
ところが、14年に中国で製造された半導体の生産高はわずか125億ドル。自給率は、たったの12.8%である。つまり、中国では半導体の自給がまったく追い付いていない。この生産高は、世界全体の3.8%しかないのである。
■中国半導体の弱点、前工程
半導体の製造には、シリコンウエハに集積回路をつくり込む前工程と、チップを切り出してパッケージングする後工程がある。中国が半導体を自給できない最大の理由は、前工程の不振にある。この原因を探るために、中国最大のファンドリーSMICの状況を見てみよう。ちなみに、ファンドリーとは前工程専門の半導体メーカーのことである。
SMICは、地元銀行のほか米国、台湾、香港などの投資銀行やベンチャーキャピタルが出資して、00年4月に設立された。02年に、初代社長兼CEO(最高経営責任者)の張汝京は、4〜5年間で約1兆円を投資するという爆弾発言を行った。この投資額は、02年当時で台湾TSMCの約5倍、韓国サムスン電子の4倍に近い。日本は大手12社の合計が6250億円であったことを考えれば、この投資額がいかに桁外れのものだったがわかるだろう。
もし、張氏のシナリオ通りにSMICが成長したら、上海が半導体王国になっていたはずである。当時IHSテクノロジーのアナリスト南川明氏は「半導体業界の台風の目となる」とコメントした。
ところが、現実はそうはなっていない。SMICの四半期ごとの業績を見てみると、1兆円を投資して劇的に売上高が伸びたようには見えない(図2)。それどころか、05年以降、赤字の低空飛行を続け、12年以降にやっと黒字化できた有様である。また、ファンドリーのランキングを見ても、TSMCやUMCに迫る気配はなく、09年に設立されたグローバル・ファンドリーズにも抜かれ、アップルのスマホ、iPhoneのファンドリービジネスを行っているサムスン電子にも追い越されてしまった。
SMICの業績が示すように、中国のファンドリー、つまり前工程は不振だが、設計を専門とするファブレスは12年10月時点で400〜450社もある。これは何を意味するか。
ファブレスは少人数で勝負できる一方、半導体製造には百人規模のプロセス技術者が必要となる。中国人は個人プレーで能力を発揮できる半導体設計には向いているが、百人規模のチームワークが必要な半導体製造には向いていないのではないかと考えられる。
■なぜ紫光はマイクロン買収を提案したか
14年6月、中国国家主席の習近平氏は、半導体新興を目指す「国家IC産業発展推進ガイドライン」を制定した。15年の国内半導体売上高を13年比で4割増大させ、さらに30年までに世界トップクラスの半導体企業を複数育成することを国家目標として掲げた。その上、新たに2兆円規模の「国家産業投資基金」を設立し、半導体分野に投資するとしている。
この狙いは2つある。ひとつ目は、たった12.8%しかない自給率を大幅に向上させることである。外資に依存した半導体の調達を内製化したいということだ。2つ目は、サイバー攻撃への対策である。サーバーに日本や米国の半導体を使っている限り、情報漏洩のリスクがあると警戒している。
ところが前述のとおり、中国は「半導体の設計は得意だが、製造は苦手」である。そこで、紫光が技術者込みでマイクロンを買収してしまおうという荒技に出たわけだ。マイクロンはエルピーダを買収したメモリメーカーである。この買収が成功すれば、日米の技術者を手に入れることができる。すると、「製造が苦手」という弱点を一挙に解決することができ、半導体の自給率を大幅に向上できる。
ただし問題は、米議会がこの買収に猛反対していることである。マイクロンのメモリ技術は、ミサイルや軍用機にも応用できる可能性がある。そのような技術を、米国が簡単に手放すとは思えない。この買収提案の行方はどうなるのか。今後の成り行きが注目される。
(文=湯之上隆/微細加工研究所所長)
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