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日経のFT買収に覚える“いやな既視感” 巨額M&Aの成否の分かれ目とは?
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/44422
2015.8.3 加谷 珪一 JBpress
日本経済新聞社が1600億円の巨費を投じて、英国の高級紙「フィナンシャル・タイムズ(FT)」を買収する。各紙はかなりのスペースを割いてこのニュースを報道したほか、本来、メディアとは一定の距離を置くべき政権幹部までもが賞賛コメントを出すなど、ちょっとしたお祭り騒ぎとなっている。
こうした巨額買収は、世間の耳目を一気に集めることになるため、一種の昂揚感のようなものが醸成されがちである。だが、世紀の大型買収と騒がれたものの、十分な成果を上げられなかったケースは過去にいくつもある。日経によるFT買収は大きなニュースではあるが、ここは冷静な対応が必要だろう。
■ はっきりとした戦略が見えない今回の買収劇
日本経済新聞社は7月23日、英国の経済紙フィナンシャル・タイムズ(FT)を買収すると発表した。買収金額は、8億4400万ポンド(約1600億円)で、日本企業よる海外メディアの買収としては過去最大規模。これまで日本の大手メディアは国内市場に特化してきたことを考えると、海外名門紙の買収は1つの転換点と言えるかもしれない。だが、大きな話題性とは裏腹に、買収の狙いが今ひとつはっきりしないというのも事実だ。
日経は、FTを通じてデジタル化とグローバル化を進めていくと説明しているが、具体的に同社のグローバル戦略にFTがどう連携していくのか、はっきりとした見通しが示されているわけではない。M&A(企業の合併・買収)は、限られた時間の中で決断を下さなければならないことが多く、買収してから具体的な戦術を考えるというケースはよくある。だが、戦略という根本的な部分でミスをしてしまうと、それを戦術でカバーすることは不可能に近い。今回のFT買収が、本当に明確な戦略に基づいて決断されたものなのか、何とも言えないというのが現実である。
FTは、いわずと知れた英国の高級経済紙で、英国のみならず世界各国の知識層を読者に抱えている。ただ欧米の高級紙と呼ばれる媒体の規模は総じて小さく、FTもその例外ではない。FTの読者数はトータルでわずか74万。日本国内だけをターゲットにしながら300万人以上の読者を抱える日本経済新聞とは本質的に異なる媒体と考えた方がよい。
マスメディアの世界では、知識層を対象としたコンテンツだけでは100万人以上の読者を確保するのは難しいというのが一般常識である。全世界に200万人以上の読者を抱えるウォールストリート・ジャーナルはむしろ例外であり、覇権国家米国の基幹メディアであればこそ成立する話と言える。日本経済新聞は、他に競合がないことから、高級経済紙としての役割も果たしているが、紙面全体の構成を考えると大衆紙的な要素を多分に含んでいる。
■ 日本経済新聞とFTはあまりにも違いすぎる
日経が今後、高級紙としての路線を追求する方針であれば、高いブランド力を持つFTとのシナジー効果が発揮できるかもしれない。だが大部数を追求するという従来からの方向性が変わらない場合、日本経済新聞とFTは、量的にも質的にも異なる2つの媒体が併存しているだけという図式になる可能性もある。
こうした状況は財務的な面から見ても明らかである。
FTの年間売上高はわずか640億円、これに対して日本経済新聞社の売上高は3000億円を超える。新聞離れが進んでいると言われているが、企業からの広告が大量に入る日経の経営状況は順調そのもので、2014年12月期には190億円の経常利益を上げている。利益率は6%を超えており、国内上場企業の平均値よりも高い。また、同社の自己資本比率は67%に達しており、実質的に無借金経営である。
同じく盤石の財務体質を誇る朝日新聞と比較すると、日経は不動産をあまり所有しておらず、流動性の高い資産が目立つ。朝日新聞はかなりの不動産収入が見込めるため、今後、新聞市場が縮小した場合には、コンパクトな高級紙路線に舵を切り、不動産収入との合算で経営を維持するという選択肢があり得ることになる。
だが日経はよい意味でも悪い意味でも、本業によって収益を稼ぎ出す体質であり、コンパクトな会社に変貌するという選択肢は残っていない。事業規模を拡大するというこれまでの同社の戦略は、こうした財務状況と整合性が取れていたが、FTという小規模な高級紙が、この路線と合致するのかは何とも言えない。
一部のメディアは買収価格が高すぎると指摘しているが、高いか安いかといえば、割高であることは間違いない。FTの年間利益は46億円であり、現時点における事業収益から買収金額を回収するためには、35年の歳月が必要となる。この買収で日経全体の売上高や利益が倍増するような効果が得られなければ、財務的にはとても採算が合わないだろう。
■ 日立によるハードディスク事業が失敗した理由
社運をかけた決断を下し、大型買収を実施したものの、基本的な戦略が曖昧だったことで十分な成果を上げられなかったケースは多い。日立によるハードディスク事業の買収と、東芝の原子力事業の買収は、その典型と言ってよいだろう。
日立製作所は2002年、米IBM社からハードディスク(HDD)事業を20億ドルの巨費を投じて買収した。当時の為替レートで換算すると金額は約2400億円となる。同社の大胆な決断は「選択と集中」「グローバル視点」などと賞賛されたが、一部からは、買収金額の妥当性に加え、基本的な事業戦略の曖昧さを指摘する声が上がっていた。
HDDは、もともとIBM社が開発した技術であり、かつては1台数十万円以上もする高付加価値製品であった。パソコンの普及でハードディスク市場は急拡大したものの、コモディティ化も同時に進み、日立が買収する頃には、1台数千円まで価格が下がっていた。そうであればこそIBMは自ら開発した、思い入れのある事業を他社に売却したともいえる。
日立が買収したHDD事業は毎年100億円規模の赤字を垂れ流し、6年後にようやく黒字化を達成した。だがその時にはコモディティ化はさらに進展し、重電や基幹システムを得意とする日立の中核事業となるべき製品ではなくなっていた。
日立は2011年、とうとうHDD事業を同業の米ウェスタン・デジタルに43億ドル(当時のレートで3500億円)で売却した。見かけ上、取得コストとの差額で利益が出ているが、9年間の累積赤字や、軽く1000億円を超えると言われる工場への追加投資などを含めると採算割れしている可能性が高い。そもそも、日立の屋台骨を支えることを前提に実施した買収であったことを考えれば、投資採算が取れているかどうかという議論そのものが無意味だろう。IBMからのHDD事業買収は、完全な失敗であった。コモディティ化が進むHDD事業と日立の既存事業のシナジーを十分に考えず、買収に踏み切ってしまったことが最大の敗因である。
■ 東芝不正会計問題の発端は、超大型M&A?
東芝の大型買収については、完全に結果が出たとは言えないが、今回の不正会計問題と過去の買収案件には密接な関係があり、あらためて大型買収の意義が問われる状況となっている。
東芝は2006年から2011年にかけて、米国の原子力企業ウェスチングハウス社(WH社)を8000億円近い金額を投じて買収している。WH社の純資産は買収金額の半分以下と言われており、現在でも同社のバランスシートには6000億円近いのれん代(純資産と買収金額の差額)が計上されている。同社によるWH社買収が発表された時には、日立と同様、経営陣の決断力が賞賛される一方、基本的な戦略性の欠如を指摘する声も出ていた。
東芝が従来手がけてきた原子炉はBWR(沸騰水型)であり、米国の原子力企業という点ではGE(ゼネラル・エレクトリック社)との関係が深かった。一方、WH社が手がけるのはPWR(加圧水型)であり、原子炉の型式が根本的に異なっている。このため、合併による設計や製造の共通化といったシナジーが発揮しにくい。しかもWH社は、日本では同じくPWRを手がける三菱重工との提携が長かった企業であり、東芝との関係性は薄い。
もちろん東芝の経営陣はそんなことは百も承知だが、他部門の業績が軒並み落ち込む中で、とりあえず数字のかさ上げができるWH社買収にのめり込んでしまったことは容易に想像ができる。
同社はWH社の買収をきっかけに、原子力事業に資源を集中することになり、原子力部門は同社の屋台骨となった。しかし、WH社の買収が本質的に大きなシナジーを発揮しにくい取り組みだったのだとすると、M&Aを実施しても、思った程の業績を上げられないという事態に陥ってしまうのは時間の問題であった。「チャレンジ」と称して利益のかさ上げを強要していたという今回の不正会計問題の発端は、戦略性が欠如したM&Aそのものにあると解釈することも可能だ。
■ ロックフェラーセンターの轍を踏まなければよいが・・・
買収の成果が具現化するには多少の時間がかかるので、現時点でFT買収の戦略性がはっきりしていないことを理由に、失敗する確率が高いと論じることはやや軽率かもしれない。だが、メディア市場の変化は早く、時間的な猶予があまりないのも事実である。
今のところ新聞は、高齢者の購読が続いているため、部数の減少はそれほど大きなインパクトにはなっていない。だが団塊世代がさらに高齢化してくると、部数の減少はより顕著になってくる。また、FTの買収よって、盤石を誇った日経の財務体質も大きく変化する。株式を上場していない同社にとって、このレベルの大型買収を今後も継続することは難しく、今回が最初で最後の大型買収案件となる可能性が高い。つまり、今回のFT買収のみで、同社は業績を拡大していかなければならない。
FTは極めてブランド価値が高いものの、使うシーンが限定される小さな宝飾品のような存在である。規模を追求することが宿命付けられている日経が、こうした小さな宝飾品を使いこなすことは難しい。日経の経営陣には、相当な舵取りが求められることになる。
ちなみに日本企業には、超高級ブランドを買ったものの、取り扱いに苦慮し、結局、安値で売り戻してしまったという苦い記憶がある。バブル末期に実施されたニューヨークのロックフェラーセンターの買収である。
ロックフェラーセンターは、米国の魂とも言われた不動産だが、1989年に三菱地所が2200億円の資金を投じて買収した。しかし不動産市況の冷え込みで地価が暴落、結局、同社はこの物件の大半を米国に売り戻し、1500億円の特別損失を計上する結果となった。米国は高値でブランド品を日本に売り、大幅な安値で買い戻したことになる。FT買収が同じ結果にならないことを願いたいものである。
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