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ドイツのメルケル首相(左)とユンケル欧州委員会委員長(右)、財政統合へ踏み出すことができるのか(© European Union, 2015)
いまこそユーロ圏は財政統合に踏み出すべき すべての国がドイツのようにはなれない
http://toyokeizai.net/articles/-/78879
2015年08月01日 唐鎌 大輔 :みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト 東洋経済
■ユーロは「ゴキブリホイホイ」か「監獄」か
クルーグマン・プリンストン大学教授は NYタイムズにおける自身のブログにおいて通貨ユーロを「a Roach Motel(ゴキブリホイホイ)」に例えている。重債務国をゴキブリと例えることが適切かどうかはさておき、一度加盟したら抜けられず、通貨安という手段も封じられて、金科玉条のごとく緊縮路線を強いられる現状を巧く表している。このほか「監獄」や「更生施設」といったような例えも耳にする。いずれの表現にしてもユーロ圏に残留する限り、少なからずドイツ色に染まらなければ延々と「宿題」が課されるという構造的な問題を捉えている。
ギリシャを無理やりドイツ色に染めようとした結果がチプラス政権という扱いにくい政権の誕生なのであり、ドイツの好む教条主義的な「宿題」を課す限り、今後、第2、第3のチプラス政権が出てくる可能性はある。ユーロ圏離脱が最善の選択であるかどうかは脇に置いたとしても、これまでとは違った処方箋が検討されて然るべきだろう。
この点、輸入関税と輸出補助金を組み合わせればユーロ圏を離脱させずに通貨下落と同様の経済効果が得られるという声もあるが、そのような離脱よりハードルが低く手を付けやすい弥縫策こそユーロ圏崩壊の「蟻の一穴」になる恐れがある。共通通貨圏に残留させるために関税・非関税障壁を容認するというのは本末転倒の極みだろう。
■国内部門すべてが貯蓄超過というドイツ
今回のギリシャをめぐる騒動に関しては、2度の金融支援と民間債権者負担(PSI)まではさんでおきながら結局、債務返済に至らなかったギリシャが責められるべき立場にあることは間違いない。ギリシャは 2012年3月の PSIで発行済み国債を額面の 3割程度で新国債に交換し、同年 12月にはその新国債を額面以下の時価で買い戻すという債務調整を行っている。その上で、記憶に新しい 2015年6月30日には IMF融資 15億ユーロの返済期限を反故にした。格付け会社がどう判断したかどうかは脇に置いたとしても、実態としては 3年で 3回デフォルトしている。債権国の処方箋も万能ではなかっただろうが、ギリシャが最善の努力を果たしたかどうかはやはり疑義がある。
しかしながら、ドイツの振る舞いが EMU(経済通貨同盟)の盟主として相応しいものだったのかという点についても議論はあろう。その偏執的な緊縮主義は最終的に債権者側における内輪もめにまでつながっており、特に第3次金融支援合意直前に報じられたレンツィ伊首相の「ドイツにはこう言いたい。もうたくさんだ」といったコメントは印象に残った。
ドイツとギリシャの間を取り持ったとされるフランスにしても、中立的な立場にあらず、あくまでドイツの譲歩を引き出すための媒介役として立ち回った印象が強い。ドイツがマルクを使用する単独国ならば話は別だが、ドイツが共通通貨圏に所属することで利得を得ている以上、相応の作法はやはり求められる。
現状、ドイツ経済とて健全な状態にあるとは言えない。同国の経済を貯蓄・投資(IS)バランスから俯瞰すれば家計・企業・政府の国内部門すべてが貯蓄過剰という異様な状況にあり、海外部門の需要を取り込むことでバランスが取れている。どう考えても内需刺激が求められる状況と言える。
裏を返せば圧倒的な外需依存の構図が定着しているわけだが、これを可能にしているのは元より高いドイツの国際競争力は当然にしても、ユーロ圏の苦境を背景とするユーロ安が追い風となった面は否めない。ユーロ安で国際競争力が改善されたかどうかは議論の余地があるにしても、少なくともユーロ安によって海外収益が嵩上げされたのは事実である。
■財政同盟のない通貨同盟は成功しない
なお、ドイツ輸出の 4割弱はユーロ域内向けである。ということは、ドイツ以外の加盟国が皆、(ドイツがそう望むように)ドイツに近い ISバランスになってしまえば、ドイツは今ほど輸出で稼ぐことが出来なくなる。こうした「ドイツがドイツらしくいられるのは他の国がドイツではないから」という実態をドイツは真摯に認識する必要があるだろう。
その上で期待される政策としては、自国の内需拡大を狙った財政出動や域内需要の押し上げを狙ったユーロ圏共同債の導入推進などが考えられるが、今のところ、その気配は感じられない。6月25〜26日のEU首脳会議ではユンケル欧州委員会委員長の名の下に「EMUの完成に向けて」と銘打たれた報告書が公表され、この中でユーロ圏財務省(a euro area treasury)の設置なども示唆されているが、ここに至るまでのドイツの言動を踏まえると、画餅で終わる予感を抱かずにはいられない。こうした現状を踏まえ、「債務期限の延長くらい見逃してやれ」というムードが一部加盟国から出てきても不思議ではない。
少なくとも過去 5年間のギリシャ騒動はユーロが誕生する以前から指摘されてきた「財政同盟のない通貨同盟など成功しない」という経済学者による根本的な懸念が正しかったことを証明した。問題の所在が明らかになった今、ドイツを中心とするユーロ圏はいよいよ財政統合に係る作業に着手し始める時が本格的に到来したと自覚すべきであり、店ざらしになっている共同債導入に向けての議論が進展することを大いに期待したい。
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