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景気ちぐはぐ回復
（１）設備投資、広がる裾野 需要増、確信まだ持てず
景気回復の勢いがつかない。内需に前向きの動きが出る一方で、外需には不透明感が強まる。強弱材料が綱引きを続ける、ちぐはぐな日本経済を点検する。
受注をけん引
板金加工機のアマダホールディングスに例年にないほどの注文が舞い込んでいる。自動車や電機メーカーなど国内企業からの５月の受注額は前年比91％増。高水準の受注をけん引するのは設備を更新する投資だ。
厳しい収益環境が長く続き、多くの企業は設備投資を先送りしてきた。製造業の設備の使用期間は平均15年を超える。しかし、ここ数年の収益改善に設備投資減税などの後押しも加わり、老朽設備を更新する機運が盛り上がる。アマダエンジニアリングの中村一雄社長は「周辺機器も含めた高額受注が多い」と語る。
設備投資の先行指標となる５月の機械受注は、船舶・電力を除く民需の受注額が前月比0.6％増え、３カ月連続でプラスとなった。円安傾向が定着するとの見方が広がり、大企業以上に慎重だった中小企業の姿勢も変化し始めている。
「東南アジアで競合する韓国製金型との価格差がこれまでの３割以上から１割未満に縮まってきた」。精密金型を輸出するケイパブル（京都市）の河原洋逸社長はこう話す。取引がある九州の中小金型メーカー２社は、円安を追い風に相次いで１億円を超える最新の切削機器などを導入する。
群馬県の伊勢崎宮郷工業団地は造成作業の真っ最中だ。１月に予約分譲を始め、作業服チェーンのワークマンと医療用品製造の白十字（東京・豊島）が契約を結んだ。用地が不足するほどの人気で、群馬県は６月末に県内市町村に新たな候補地の調査を要請した。
消費増税後の低迷から脱しつつある小売りなどの非製造業でも投資は盛り返してきた。吉野家ホールディングスの15年度の設備投資は140億円と前年度から６割増。牛丼店「吉野家」で居酒屋メニューを提供するサービスを本格導入することなどから約470店を改装する。帰宅途中の会社員などに狙いを定める。
国内総生産（ＧＤＰ）の６割を占める個人消費に比べ、設備投資は１割強と小さいが、輸出の増減などで大きく動く。このため景気回復の勢いを決定づけることがしばしばある。
戦後最長の景気回復期だった02〜07年度に製造業の設備投資は７割伸びた。これに対しリーマン・ショック以降の09〜14年度の増加率は１割強。クレディ・スイス証券の白川浩道氏は「企業は国内外の需要の先行きにまだ確信を持てないでいる」と指摘する。
在庫調整進まず
気がかりな材料もある。企業の在庫を示す指数は１〜３月期まで５四半期続けて上昇。出荷が低調のため在庫調整が進まず、４〜６月期の生産は３四半期ぶりに減ったとみられる。
鉄鋼は自動車や建設向けを中心に需要回復が遅れている。新日鉄住金などは４月に本格化した減産を７月以降も継続。当初は６月中に在庫調整にメドが付くとみていたが、「８月までずれこむ」（新日鉄住金）。
多くの企業は外需の持ち直しや国内景気の回復ペースが高まることを見込んで投資や生産の計画を立てている。実需の回復が遅れれば、攻めに転じた経営者心理が足踏みする可能性がある。
（景気動向研究班）
［日経新聞７月２０日朝刊Ｐ．１］
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（２）賃上げ・訪日…熱い夏商戦 シニア負担 消費の重荷に
東京都心も真夏日となった15日。伊勢丹新宿本店（東京・新宿）の周りには、昨年より１割以上多い約７千人の長い列ができた。お目当てはこの日から始まる夏のセールだ。千葉市から来た30代の主婦は「夫の給料が上がったこともあり、前から目を付けていた１着４万円のＴシャツを手に入れたい」と目を輝かせた。
にぎわう百貨店
大手百貨店は今夏のセールの開始時期を遅らせ、値引きしないで売る期間を長くした。三越伊勢丹は昨年と同時期にスタートしたが、セール期間中も定価で売る独自商品を拡充。伊勢丹新宿本店の初日の売り上げは前年を５％上回った。
昨年４月の消費増税から低迷してきた個人消費だが、株高や賃金上昇、賞与の増加などで底入れの兆しが見えてきた。物価上昇の目減り分を除く実質賃金はマイナスを脱した。
増税の影響が大きかった家電量販店もにぎわいを取り戻しつつある。ヤマダ電機などの４、５月の売上高は前年を上回った。６月は天候不順でマイナスだったが、ビックカメラの宮嶋宏幸社長は「（単価の高い）４Ｋテレビにも本格的に消費者の関心が向き始めた」と期待を隠さない。
増え続ける訪日外国人の存在も大きい。大手百貨店５社の６月の売上高は３カ月連続で増え、三越銀座店（東京・中央）の売上高に占める免税品の割合は４分の１に達する。
セブン―イレブン・ジャパンは最短５分で免税手続きができる専用システムを開発。先行導入した東京・浅草などの店舗では化粧品などを大量購入する姿が目立つ。導入店での売上高は１日平均７万円程度と、一般的な店の売り上げの約１割に達する。今年度中に３千店に広げる。
関西も訪日消費に沸く。「客が途切れない」。開創1200年を迎えた高野山のお膝元、和歌山県高野町の職員は声を弾ませる。記念の大法会は終わったが、今も欧米を中心とした外国人らの来訪が絶えない。
いまや日本の小売業やサービス業にとって訪日外国人は欠かせない存在となった。政府はさらなる訪日客の増加を見込むが、中国経済の変調など不安要因も浮上する。
さらに、賃上げ効果などが比較的小さい地方では停滞感も残る。地方郊外店が多い大手衣料品チェーン、しまむらでは肌着や寝具など実需品の販売が振るわない。野中正人社長は「消費増税の影響は続いている。財布のひもは簡単には緩くならない」と強調する。
国の制度改正が影
国の制度改正も影を落とす。2015年度から公的年金の支給額の伸びを賃金や物価の上昇分より抑える「マクロ経済スライド」が始まった。15年度は賃金の上昇分は2.3％だったが、実際の支給額は0.9％増で実質減額。介護保険も４月から65歳以上が払う保険料が増え、８月からは一定の所得がある高齢者の自己負担割合が１割から２割になる。消費の主役でもあるシニア層に重圧がかかる。
「一般の消費者には景気回復の実感がさほど広がっておらず、消費に慎重な姿勢は根強い」。三菱ＵＦＪモルガン・スタンレー証券の宮崎浩シニアエコノミストは指摘する。消費者心理が本格的に上向くには、先行きへの不安を払拭する施策が欠かせない。
（景気動向研究班）
［日経新聞７月２１日朝刊Ｐ．１］
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（３）力強さ欠く世界経済 消費好調の米頼みに死角
「米国の消費者は懐具合と自信の両面で大きな買い物に踏み切れるようになってきた」。米連邦準備理事会（ＦＲＢ）のイエレン議長は15日の下院議会証言で消費の力強さを強調した。
伸びる新車販売
「大きな買い物」の代表例が自動車だ。６年前に経営破綻した米ゼネラル・モーターズ。１〜６月の新車販売台数はドル箱の小型トラックが前年同期に比べて16％伸びるなど好調だ。バーラ最高経営責任者（ＣＥＯ）は今年、世界販売１千万台を掲げる。
アトランタ連邦準備銀行が各種統計を基に速報する「国内総生産（ＧＤＰ）ナウ」によると、４〜６月の米ＧＤＰ成長率（前期比年率）は2.4％。１〜３月のマイナス成長から巡航速度に回復した。
もちろん、楽観一色ではない。米有力企業のＣＥＯで構成するビジネス・ラウンドテーブルの４〜６月の景況感調査は前期から9.5ポイント低下した。最大の懸念材料は「米国以外の世界景気の不透明感だ」（議長のランドール・スティーブンソン米ＡＴ＆ＴＣＥＯ）。
緩やかな回復を続ける欧州は、頼みの個人消費がひところより勢いに欠ける。それでもギリシャのユーロ離脱という最悪のシナリオを回避し、先行きの不透明感はひとまず薄らいだ。
おのずと世界の目は中国に集まる。４〜６月の実質成長率は7.0％と、前の期と同水準を保った。しかし「実態は数字以上に悪い」との疑念は消えない。
けん引役の不動産市場は新規の投資が動かない。マンション建設などに使う鉄筋の価格は７月、３年前の半値まで下がった。500グラム当たり１元（20円）と「ナスより安い」（四川省の鋼材卸業者）。１〜６月の不動産開発投資は4.6％増と、約６年ぶりの低い伸びで低迷している。
小売売上高の１割超を占める自動車販売も振るわない。６月の新車販売台数は前年同月比2.3％減。３カ月連続のマイナスだ。
「連絡一つ寄越さず、逃げるな」。７月初めの上海市。販売不振で倒産した輸入車販売店の前で、中年男性が携帯電話を片手に怒鳴り声を上げた。年初に40万元（約800万円）でＳＵＶを買ったが、無料の部品交換や点検サービスを反故（ほご）にされたという。
悪影響これから
株安の悪影響が景気に表れるのはこれからだ。習近平指導部は「７％前後」という今年の成長目標の達成へ小刻みに景気下支え策を打つが、決定打はない。
中国への輸出に依存する新興国経済は低空飛行を続ける。１〜３月まで２四半期連続で前期比マイナス成長に沈んだインドネシアは１〜６月の二輪車販売台数が２割超も落ち込んだ。
世界経済への不安は米国の消費者の心理的な重荷になる。ニューヨークのウォール街近くで完全予約制の高級仕立て服店を経営するマイケル・アンドリューズ氏が首をひねる。投資銀行家らからの注文が「最近までよかったのに夏に入って勢いを欠く」からだ。
米株式相場は再び過去最高値をうかがう。ＦＲＢのイエレン議長は年内の利上げを探る。にもかかわらずスーツを新調するほどの自信は持てないウォール街の迷いをグリーンスパン元ＦＲＢ議長が代弁する。「米経済は世界全体がさえないなかでのベストにすぎない」
（景気動向研究班）
［日経新聞７月２３日朝刊Ｐ．１］
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（４）株高でしぼむ改革機運 成長の「天井」なお低く
ギリシャ問題と中国株安に揺れた株式市場。日経平均株価は７月初めに一時２万円を割り込んだが、危機的な状況が遠のくと、市場の強気が再び頭をもたげてきた。「４〜６月期は２桁の経常増益。下値リスクは少ない」（三菱ＵＦＪ国際投信の野崎始チーフファンドマネージャー）。ＩＴ（情報技術）バブルを上回る高値が目前に迫る。
円安の追い風頼み
「企業統治に改善余地がある企業はどこか」。７月に北米投資家を訪問したＳＭＢＣ日興証券の阪上亮太チーフ株式ストラテジストは何度も尋ねられた。現金をため込んだ企業が株主還元などに動けば、株価の上昇余地はさらに広がる――。政府の後押しで企業統治改革が進み、「買える材料」を探す海外マネーが日本株に引き寄せられる。
ただ、丸３年に近づく日本株の上昇相場に危うさはないのか。みずほ総合研究所によると、昨秋以降の円安と原油安で企業業績は約２割押し上げられており、相場の追い風が止まれば株高の理由は薄れる。
「安全な退避場所として日本株は買われた面もあったが、主力株に割安感はなくなっている」。米運用会社バン・ビーマ・バリュー・パートナーズのマイケル・バン・ビーマ最高投資責任者は、企業や政府が成長力を高めるための改革に動くべきだと注文する。
企業には追い風がやむことへの恐怖心がある。2015年３月期に過去最高の2.7兆円の営業利益を稼いだトヨタ自動車。２年前より1.4兆円増えたが、そのうち1.2兆円が円安による押し上げ分。16年３月期の増益は２％と厳しく見積もり、提携戦略などで一段の体質強化を図る。豊田章男社長は「今年が分岐点」と危機感を隠さない。
多くの企業は日本経済の成長力を疑問視する。人手や設備の不足感の強まりは好況期をほうふつとさせるが14年度の実質成長率はマイナス0.9％に沈んだ。日銀幹部は「これまでの常識では説明がつかない」と首をひねる。
日銀試算では潜在成長率は０％台前半。需要が少し増えると人手などが足らずに供給の限界にぶつかる。生産性の向上でこの「天井」を引き上げないと、政府がめざす実質２％成長を続けることは難しい。
小粒な政府戦略
サイバー防衛強化、ロボット戦略、人工知能の活用……。政府の新しい成長戦略は聞こえはよいが小粒な項目が並ぶ。議論した産業競争力会議の民間議員は「国会が安保法制で大変な時期だったので」と口を濁す。
２万円を超えた株価が改革機運をそいだ面もある。第２次安倍政権の最初の成長戦略は市場の失望を招き株価は急落。昨年は法人減税などで期待をつなぎ留めたが今年は株高の勢いが強く「市場の圧力は感じなかった」（経済官庁幹部）。
安倍政権の改革の速さや中身は十分といえるのか。労働市場改革の目玉だった「脱時間給」制度を盛り込んだ法案は国会でいまだ審議されず、企業の農業参入は見送られた。政府が株高に慢心すれば、日本経済は成長の限界に直面する。
（景気動向研究班）
＝おわり
［日経新聞７月２４日朝刊Ｐ．３］
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