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日銀はコミュニケーションの改善に資する対応策を打ち出したが、依然として課題は残る
日銀が市場の信認を得るために残る課題 ――森田京平・バークレイズ証券 チーフエコノミスト
http://diamond.jp/articles/-/74946
2015年7月15日 森田京平 [バークレイズ証券 チーフエコノミスト] ダイヤモンド・オンライン
● インフレ予想が中央銀行にとって 重要となる3つの理由
中央銀行にとってインフレ予想が重要であることは今さら言うまでもない。理由は大きく3つある。
第1に、インフレ予想は実質金利を左右することで、設備投資や住宅投資などの経済活動に影響する。
仮に中央銀行が名目金利を一定に維持していても、予想インフレ率の変動を通じて実質金利が振れれば、実物経済も影響を受ける。その結果、需給ギャップさらには物価が変動する可能性がある。つまり、インフレ予想の変動は実物経済に対する金融政策の緩和度合いを変更しうる。
第2に、インフレ予想は価格や賃金の設定行動を変えることで、実際の物価に影響する。
例えば、企業が物価全般の上昇を予想したとしよう。その場合、その企業自身の販売価格を上げようとするであろう。同様の予想に基づく価格設定行動を多くの企業がとれば、実際に物価が上昇する。また、労働組合が物価上昇を予想すれば、実質賃金の保持の観点から、賃金上昇を企業側に求めるであろう。その結果、賃金が上がれば、企業は賃金の上昇分を自らの販売価格に転嫁するかもしれない。この場合も物価が上昇する可能性がある。つまりインフレ予想は、価格・賃金設定行動の変化を通じて自己実現しうる。
第3に、インフレ予想は中央銀行に対する信認や中央銀行のコミュニケーションの成否を測る代理変数となりうる。
仮に経済主体の中長期的な予想インフレ率が中央銀行の目標から大きくずれていれば、経済主体が中央銀行の物価目標を信じていない、あるいは中央銀行の物価目標を認知していない可能性がある。この場合、中央銀行は政策の枠組みやコミュニケーションのあり方の再検討を迫られることがありうる。
以上3つの理由のうち、日銀コミュニケーションとの関連では3つ目が重要となる。
● 依然、低位にあるフィリップス曲線 日銀の2%目標は高い信認を得ていない
日本のフィリップス曲線は米国やユーロ圏と比べると、かなり低い位置にある(図表1参照)。つまり日本では、予想インフレ率の上昇が賃金や物価の意思決定に十分織り込まれるには至っていない。これは経済主体が日銀の「CPI前年比2%」という目標に確度の高い信認を与えていないことを意味する。これを踏まえると、日本銀行は市場、企業、家計など幅広い主体に向けたコミュニケーションのあり方を常に磨く必要がある。
● 日銀コミュニケーションは改善へ 決定会合の運営における4つの変更
この観点に立ったとき、6月19日に日本銀行が決定した対応は特筆に値する。同日の金融政策決定会合で、日本銀行は関係政令の変更を条件に、2016年1月以降の同会合の運営について、以下の4つの変更を行うことを決定した。
第1に、金融政策決定会合を年14回から年8回に減らす。これはFRS(米国連邦準備制度)やECB(欧州中央銀行)に歩調を合わせたことになる(BoE[イングランド銀行]も年8回にする方針を明らかにしている)。なお、決定会合の頻度は「日銀法施行令第9条」が規定している 。これは法律ではなく施行令(政令)であることから、国会の決定ではなく政府の命令である。したがって政府による同施行令の変更が条件となった。
第2に、各回の金融政策決定会合における「主な意見」(Summary of Opinions)を、会合終了後1週間を目途に発表する。
2015年まで日本銀行は、各決定会合の「議事要旨」(Minutes)を次の決定会合の後に公表していた。しかし、議事要旨を次回金融政策会合(FRSであれば連邦公開市場委員会[FOMC:Federal Open Market Committee]、ECBであれば政策理事会[GC:Governing Council]、BoEであれば金融政策委員会[MPC:Monetary Policy Committee])の後に公表しているのは、主要中央銀行(日本銀行、FRS、ECB、BoE)では日本銀行のみであり、市場と日本銀行の間の意思疎通の弊害となっていた。
この弊害を、日本銀行は「主な意見」の早期発表という形で克服した。ただし「議事要旨」自体は2016年以降も次の決定会合の後に公表される。これは「日本銀行法第20条」で決まっており、日本銀行や政府では変えることができないためである。
第3に、「展望レポート」(経済物価情勢の展望)を年2回(4月、10月)から年4回(1月、4月、7月、10月)に増やす。日本銀行は2015年まで、4月と10月に展望レポート、1月と7月に展望レポートの「中間評価」という形で、合わせて年4回、実質GDPやコアCPIの政策委員の見通しを発表していた。そのため、展望レポートを年4回に増やしたこと自体は、市場にとって大きな変化というわけではない。
第4に、政策委員9名それぞれの実質GDP・コアCPI見通しとリスク評価を新たに公表する。現在、日銀は政策委員の「大勢見通し」(9名の政策委員の見通しのうち最大値と最小値を1個ずつ除いたもの)の中央値とレンジ、および「全員見通し」のレンジを発表している。2016年1月からは、「大勢見通し」に加えて、9名の全政策委員について、それぞれの委員の見通しとリスク評価が公表されている。なお公表方法は無記名である。
● サプライズ依存型では かえって市場が不安定になる
以上のうち、特に1点目と2点目の変更は日本銀行のコミュニケーションの改善に資すると考えられる。2014年10月31日の追加緩和(QQE2)は、日本銀行がサプライズの演出を何よりも重視しているかのような印象を市場に与えた可能性がある。サプライズ依存型のコミュニケーションに傾斜すると、日本銀行の一挙手一投足に市場が一喜一憂し、かえって市場が不安定になるリスクがある。
こうしたリスクを避けるためには、金融政策決定会合の頻度を下げると同時に、何らかの形で決定会合の情報を次の会合の「前」に発表する必要があった。日銀が決めた上記4つの変更(特に1点目と2点目)はまさにこの路線に沿った対応であり、前向きに評価できる。
● 日銀は実質GDP見通しを下方修正へ 4〜6月期GDPが大きな焦点に
本稿が掲載される7月15日は、日銀が「展望レポート」の中間評価をし、実質GDPとコアCPIの新しい見通しを発表する日でもある。筆者は、日銀が2015年度の実質GDP見通しを4月時点の前年度比+2.0%(政策委員の大勢見通し)から1.5%近くに下方修正すると見ている。
何よりも4〜6月期の景気が厳しかった。もちろん4〜6月期自体はすでに終わった四半期ではあるが、(1)同期のGDP統計(1次速報)が未発表であること、(2)3四半期ぶりに実質GDPが前期比マイナスとなる可能性が高いこと、を踏まえると、日銀の景気判断が注目される。
● 年明け以降の輸出が急減 違和感を拭えない日銀の景気判断
直近5月分の輸出の弱さはショックであった。5月分実質輸出指数は前月比-5.0%と急落した(図表2参照)。これは中華圏の旧正月の影響で輸出が急減した2月の前月比-6.9%に次ぐ落ち込み幅である。2月と5月の急減により、年初1月と比べると5月の実質輸出は9.6%も減っている。2014年後半に見られた輸出の増加が相殺されてしまったことになる。
輸出の伸び悩みは幅広い地域向けで見られる(図表3参照)。しかし、5月の特徴は米国向けの輸出数量が前月比-10%と急減したことだ。たしかに米国向け輸出はここしばらく振れが大きく、季節調整が難しくなっている可能性はある。それでも、昨年9月ごろから始まったドル高を受けて(図表4参照)、米国内での経済活動が弱まれば日本の輸出にはマイナスに働く。日本の輸出という観点からも、ドル高の米国経済に与える影響から目が離せない。
日銀は2月に、輸出の判断を「持ち直しの動きがみられている」から「持ち直している」に上方修正し、足下にかけてその判断を据え置いている。しかし、まさにその2月頃から実質輸出が急減しており、本来、こうした日銀の判断はすでに変更されていなくてはならない。
(1)決定会合の頻度低下、(2)「主な意見」の早期発表など、2016年1月から決定会合の運営は大きく改善する方向にある。しかし、コミュニケーションの改善には時期を得た景気判断の修正も不可欠である。日銀コミュニケーションのこれからの課題は適切な景気判断にありそうだ。
森田京平
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