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アップルウォッチに表示したリツアンタイムズ
派遣業界の闇 派遣料の6割をピンハネ?他社より給料1500万も多い異端企業!
http://biz-journal.jp/2015/07/post_10598.html
2015.07.03 Business Journal
Apple Watch(アップルウォッチ)をタイムカード代わりに使用する企業が現れた。アップルウォッチの画面をタップするだけで出勤状況を記録できる。さらに出社報告後に社長から日替わりの“激励メッセージ”が届くのだ。
この仕組み「Ritsuan Times(リツアンタイムズ)」を開発し導入したのは、人材派遣会社のリツアンSTCだ。4月24日にアップルウォッチが発売されて以来、その利用法について多くのレポートが報告されてきたが、実用的にタイムカード代わりに使用した事例は、恐らく世界でも初めてのケースではないだろうか。
筆者はこの世界初の事例に関心を持っただけでなく、これを開発したのが人材派遣会社であることに一層興味を持った。昨今、労働者派遣法改正に関して国会で与野党の激しい対立が起こったように、労働派遣に対する世間の評価は分かれている。雇い止めや派遣切りなど、人材派遣に対する悪いイメージも根強くある。
このアップルウォッチをタイムカード代わりにする事例は、もしかしたら派遣労働者の勤怠管理を強化する目的があるのではないか。その真実を確かめるために、リツアンを取材した。そして、それがまったく真逆の目的であることがわかった。さらにリツアンは、人材派遣業界の悪しき常識を壊し続けている異端児であり、業界のビジネス慣習を根底からひっくり返す可能性があることがわかったのだ。
リツアンは静岡県掛川市に本社を持つ技術系人材派遣会社(社員272名)である。近年業績を急拡大させ、トヨタ自動車や日産自動車のグループ会社、いすゞ自動車や日本電気(NEC)、ソフトバンクなど、名だたる大手企業へのエンジニア派遣を増やし、最近では国産初のジェット機「MRJ(三菱リージョナルジェット)」を開発している三菱航空機でも採用が決まったという。まさに飛ぶ鳥を落とす勢いだ。東京オフィスを千代田区麹町に置き、東京を中心に、さらに業務を拡大中である。
今回、その東京オフィスで取材を行った。
●人材派遣会社の暗部に触れ、創業を決意
リツアン社長の野中久彰氏にお会いすると開口一番、「弊社の派遣社員と他社の派遣社員を比較すると、10年で1500万円の給料の差が出ます。弊社で働くと家を建てられますよ」と笑顔で語り始めた。世間では給料が低くて不安定というイメージのある派遣で、なぜ10年で1500万円という差が出てくるのか。そこを深掘りしてみると、派遣業界のダークな側面が見えてきた。
野中氏は、もともと大手技術系派遣会社で正社員として働いていた。そこで、派遣社員に対する搾取ともいえる現実を目の当たりにしたという。
「派遣先企業から派遣料が月60万円支払われていたとしても、派遣社員に実際に支払われる給料は20万円台です。手取り10万円台前半の派遣社員も多くいました。会社は一人の派遣社員から月30〜40万円も利益を得ているのです。クライアントから支払われる派遣料からどれだけ抜かれているかは、派遣社員にはまったくわからないようになっていました」(野中氏)
こんなこともあったという。派遣社員であるA氏と飲みに行った時、A氏からこう切り出されたそうだ。
「僕には小学生になる子供がいます。今の給料では子供の学費も心配ですし、将来の生活もどうなるかわかりません。会社を辞めたいと悩んでいます」
野中氏はA氏の派遣先企業からどれだけの派遣料が支払われ、どれだけのマージン(手数料)を派遣会社が得ているかも知っていた。マージンの一部をA氏に還元しても会社は困らないはずだと考えた野中氏は、上司にA氏の給料を上げるように掛け合った。しかし返ってきた答えは非情なものだった。
「何を言っている。もっと利益を上げろ。もっと契約を取れ。今期の目標は前年比120%だ」
派遣社員を無機質な商品のように扱う上司の態度に野中氏は愕然としながら、ふと自分の父親の姿が浮かんだという。
「私の父親はレストランを経営していました。でもすぐに経営に行き詰まり、私が小学校低学年のころにはお店をたたんでしまいました。その後、父はトラック運転手や警備員など職を転々としました。料理しかできない不器用な父でしたから、どんなにがんばっても給料が低く、いつもお金に困っていました。私は子供ながらいつも疲れている父親を見ては心配していました。会社を辞めたいと相談されたA氏と、私の父親が重なって見えました。彼の子供は、昔の自分のように思えたのです。彼が会社のためにがんばるほど、彼の家族は不幸になる。私はまるで自分が罪を犯しているのではないかと思うようになりました」(野中氏)
これがきっかけとなり野中氏は会社を辞め、“ピンハネ屋”と言われてきた人材派遣の仕事を根底から変えていくと決意した。そして創業したのがリツアンだ。
●業界のタブーに挑戦
リツアンを創業して、いきなり業界のタブーに挑戦する。派遣社員の給料をオープンにしたのだ。ホームページにも派遣賃金(給料)規定を公開した。派遣社員の給与明細には、派遣先企業からいくら派遣料が支払われ、リツアンがいくら手数料を取り、社会保険料がいくら引かれているか、すべて記載されている。
派遣社員の個別のマージンを公開するなど、業界の常識では絶対にあり得ないことである。企業秘密であり、ブラックボックスになっていた情報だからだ。しかし、それを明らかにすることこそ、野中氏が目指す理想の派遣会社の「一丁目一番地」だったのだ。
ソフトウェア、機械設計、研究開発の3つの分野の全国平均マージン率は39.1%だ。しかし、リツアンの場合、入社1〜3年の「時給制」のマージン率は29.4%、入社4年目からの「プロフェッショナル契約」では19.1%である。入社4年目以降の平均年収は、実に750万円を超える。野中氏が語った「10年で1500万円の給料の差が出ます」という言葉の根拠がこれなのだ。
ちなみに、野中氏が独立するきっかけとなったA氏は、前職を辞めてリツアンに入社し、今では3人目の子供が生まれ、職場の近くに家を購入したそうだ。
業界No.1ともいえる給料を実現させたリツアンには、多くの優秀な人材が集まるようになる。すると予想外のメリットが発生し、会社をさらに大きく押し上げていくポジティブサイクルが回るようになった。
高い給料でモチベーションが高くなった派遣社員は、必然的に仕事の評価が上がるようになる。するとリツアンの評価も上がり、新規の派遣依頼につながるようになる。つまり、派遣社員自らが、期せずして営業マンとなっているのだ。その結果、リツアンの営業を担当する内勤社員が少なくて済むようになった。
リツアンはマージンを低く抑えているため薄利である。内勤社員が少なくなるということは会社運営費が少なくなり、薄利でも回せるビジネスモデルを支えることになるのだ。
さらにリツアンでは、派遣社員が職場同僚や上司と飲みに行くことを奨励している。その際、一人当たり5000円まで支給するという。その飲み会の場でリツアンの派遣社員の給料の高さを知り、リツアンに入社してくる人も多いという。
その活動の成果として、紹介によってリツアンに入社してくる人が8割を超えるようになった。リツアンが低いマージンで経営が成り立つ理由がわかるだろう。
●人材派遣業界、もうひとつのタブー
野中氏は、人材派遣会社の実態をこう語る。
「普通の派遣会社の場合、内勤社員が増えざるを得ない構造的な問題があります。マージンがブラックボックスになっているため、派遣社員の会社に対する不信感が強いのです。その結果、モチベーションが落ち、派遣先でのクレームも増えてきます。そのクレームに対応するため内勤社員を増やし、会社の運営費が増えることになります。会社は利益を確保するため派遣社員の給料に手を付けてしまいます。そして派遣社員の不満が増加するという悪循環に陥るのです。
また、派遣社員から『給料を上げてほしい』という要望も増えてくるため、それに対応するためさらに内勤社員を増やさなくてはいけません。だからいつまでたっても人材派遣会社は悪循環から抜け出せず、派遣社員の給料を低く抑えなくては会社を維持することができなくなります。すべてのしわ寄せは派遣社員に集まり、その家族が犠牲になるのです」
リツアンは、派遣業界のもうひとつのタブーともいえる、派遣先企業による正社員への引き抜きも歓迎している。20〜30代では派遣先があっても、50〜60代になって同じ派遣先があるとは限らない。派遣社員の将来を考えれば、正社員として雇ってもらったほうがよい――野中氏は、そう考えているのだ。
「正社員として引き抜かれますと、弊社の売り上げは一時的に減ります。しかし派遣社員の将来を考えれば、それが最も幸せな選択となるかもしれないのですから、それでよいと考えています。弊社の派遣社員が高く評価された証拠でもありますし、悪いことは何もありません。それに、正社員となって出世して、派遣社員を採用する立場になるかもしれません。そうすれば弊社を優先的に採用してくれるかもしれません。長期計画だと思えばいいのですよ(笑)」
●新システム開発に込めた思い
さて、リツアンタイムズの話に戻ろう。このシステムについて野中氏はこう語る。
「アップルウォッチを使う理由は、大きく分けて2つあります。弊社の派遣社員は、勤怠管理や派遣料計算などを自分自身で行っています。簡単な操作で毎日の出勤管理と、残業時間の把握、派遣料計算が容易になるため、弊社内の事務管理が少なくなり、彼らの高い給料を維持できるのです。また、派遣先では機密保持のためカメラ付きスマホを持ち込めないため、アップルウォッチは最適なのです」
さらにアップルウォッチの健康管理アプリを活用することで、派遣社員の健康管理も詳細にできるようになるという。残業が多くなって、健康に支障を来す恐れがある場合、会社として迅速に対応することができる。
「派遣社員は派遣先に出向しているため、派遣会社はタイムリーな勤怠管理ができないという問題があります。月間の時間外労働は『36協定』(労働基準法第36条)で上限が決められています。弊社では月の残業時間を45時間以内に収めるよう労働者の代表と協定を結んでおります。勤怠状況を的確に把握できれば、月の中ごろまでに残業が多いエンジニアに対して、『今月は残業が45時間を超えてしまうかもしれないから気をつけて』とアナウンスできます。そして、それをクライアントと共有すれば、結果としてエンジニアの負荷の軽減につながります。事前に無謀な残業を抑えるというメリットがあるのです」
先日、世界最大の米ビジネス誌「フォーブス」の記事『健康管理をウェアラブルデバイスで行う時代が来る』は、企業で最もコストがかかるのが社員の健康管理だと指摘している。リツアンは、その意味でも最先端の取り組みに挑戦しているといえる。
「アップルウォッチは入社1年の記念に、対象社員全員に無料でプレゼントする予定です。何よりも、弊社の派遣社員が毎日元気で仕事をエンジョイしてほしいと考えています。そのためのサポートを全力でしていきたい。それが私の思いです」
リツアンタイムズを開発するに当たり、リツアンは「リツアン 働き方研究所」を社内に設置。アプリ開発の責任者をYuhsak Inoue氏に任せた。同氏はリツアンの社員ではない。慶應義塾大学環境情報学部3年で人工知能工学を学ぶ現役大学生である。しかし、アプリ開発の能力の高さに野中氏が惚れ込み、アプリ開発の責任者に抜擢したのだ。Yuhsak Inoue氏を抜擢した理由を、野中氏はこう語る。
「弊社では人の垣根はありません。私も社員から『野中!』と呼ばれることもあります(笑)。Yuhsak Inoue氏は類いまれな才能を持っているので、弊社のエンジニアも彼から多くのことを学んでほしいと思い、開発グループの責任者に抜擢しました。彼がまた新たなシナジーを生み出すことを期待しています」
野中氏は、“優秀な人材に報いたい”という姿勢で一貫している。本来、どのような仕事であれ、それが社会の公器である会社の経営者の役割ではないだろうか。
ダークな色に染まってきた人材派遣の世界に革命を起こしつつあるリツアンは、業界の垣根を越え、日本人の働き方にも革命を起こすかもしれない。
(文=鈴木領一/ビジネス・コーチ、ビジネス・プロデューサー)
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