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円安と日本経済(上)
持続的成長につながらず
小峰隆夫 法政大学教授
2012年末に「アベノミクス」がスタートして以降、大幅な円安が進行した。円安は当初の段階では、経済パフォーマンスの好転に大きく貢献した。しかしその効果は薄れつつあり、最近では逆に経済にマイナスに作用しつつある。アベノミクス下の円安の経済的影響を整理してみる。
円レートはアベノミクスの下で一貫して円安に向かってきた。年度ベースでみると、12年度1ドル=約80円→13年度約100円(約2割の円安)→14年度約110円(約1割の円安)で、2年間で約4分の1減価したことになる。
円安が経済にどう影響するかをみてみよう。まず、為替レートの変化は輸出入価格を変化させる。1ドル=80円から110円になった場合で考える。輸入価格は話が簡単だ。今まで80円で輸入していたものが110円になるのだから、円でみた輸入価格は約4割上昇するはずだ(以下、取引はすべてドル建てと仮定)。
輸出価格についてはやや話が面倒だ。今まで1ドルで製品を輸出していた日本企業は2つの選択肢に直面する。
一つは「今まで1ドルで輸出していたのだから、これからも1ドルで輸出する」と考えて、ドル建ての輸出価格を据え置くことだ。円建ての輸出価格は80円から110円へと約4割上昇する。もう一つは「今までの手取りは80円だったから、これからも80円でよい」と考えて、ドル建ての輸出価格を下げることだ。ドル建ての輸出価格は1ドルから0.73ドルへと約3割下落する。この2つは両極端だから、現実には中間のどこかに落ち着く。
輸出入価格の変化は、経済全体に波及効果を及ぼしていく。第1に、輸出数量が変化する。これは円安になった時、企業がドル建ての価格をどの程度下げるかにより異なる。円での手取り額を我慢して、ドル建て価格を下げるほど輸出数量は増えるはずだ。
第2に、経常収支が変化する。ドル建て価格の低下が輸出数量を増やすまでにはタイムラグがあるので、当初の段階では輸入金額の増加により経常収支の黒字は縮小するが、やがて輸出数量増効果が表れるから経常収支黒字は増えるはずだ。これがいわゆるJカーブ効果である。
第3に、企業収益が変化する。輸出企業を中心とする製造業は、当初は円建て価格の上昇効果で、その後は輸出数量増効果が加わり収益が好転する。一方、非製造業は輸入コスト増で収益は悪化する。
第4に、輸入コスト増により物価が上昇する。
以上、円安の影響をみてきたが、実際にはどうだったのか。表は13年度から14年度にかけての各方面への影響を整理したものだ。アベノミクスの第1段階である13年度については、円安が経済の姿を大きく変えたことが分かる。まず、円建ての輸入価格はほぼ円安の分だけ上昇し、これが13年度における物価下落状態からの脱出をもたらした。
特徴的だったのは輸出価格だ。13年度の輸出価格は、契約通貨建てではほとんど変化せず、円建てで大きく上昇した。このことは、企業が「販売価格を下げて輸出数量を増やす」という道ではなく、「販売価格を据え置いて円の手取りを増やす」という道を選択したことを示している。これにより製造業の収益は大幅に改善した。しかし、販売価格を下げなかったのだから輸出数量はほとんど増えず、経常収支の黒字は減少し続けた。
しばしば「これだけ円安になったのに輸出が増えない」「円安になって時間がたつのにJカーブ効果が表れない」と指摘された。これは、企業がそもそも輸出数量を増やすような戦略を採用しなかったからだと考えられる。
アベノミクスの当初の段階で、デフレからの脱却の兆しが表れ、企業収益が大幅に改善するなど目覚ましい効果が表れたのはもっぱら円安によるものといえそうだ。しかし、第2段階である14年度に入ってくると、円安による経済改善効果には限界が表れ始め、当初の円安歓迎ムードも弱まってきたように感じられる。
第1に、第1段階で表れた円安の効果は「円安が進行している時」に表れる短期的な効果ばかりである。円安で物価上昇率を持続または引き上げるとか、輸出製造業が円建て価格上昇効果で収益を増やし続けるには、円安が進行し続けねばならない。円安が止まれば、その瞬間に物価の上昇も、企業収益の改善傾向も止まってしまう。14年度以降も円安傾向が続いているが、その度合いは13年度より小さくなっているし、これ以上の円安を期待するのも難しくなってきている。第1段階のような効果がいつまでも続くはずはないということである。
第2に、円安は持続的な成長にはつながらないし、消費者にとってはむしろマイナスであることが分かってきた。前述のように、円安の過程で輸出製造業が輸出数量を増やす道を選択しなかったのは、もはや「国内で生産して輸出して稼ぐ」という事業モデルを捨てつつあるからだと考えられる。だとすると、企業は円安で稼いでも、国内の生産設備増強のための設備投資はしないし、正規社員の雇用を増やしたり、人材確保のために賃金を大幅に引き上げたりすることもしないから、持続的成長にはつながらない。
また、円安による輸入物価の上昇は実質所得の減少をもたらすから、生活者にはマイナスとなる。もともと円安は輸出企業にはプラスだが、消費者としての家計が利益を得ることはない。日本では何となく、円安を歓迎し、円高を「困ったこと」として扱う癖がついているようだが、これは日本人全員が、輸出企業の視点で為替レートの変動を評価しているからだ。
第3に、14年度には円安がむしろ原油価格下落のプラス効果を打ち消してしまった。以下、日本経済研究センターの桑原進主任研究員の計算に基づき概略を示す。
日本の輸入の約3割を占める鉱物性燃料の価格は14年度に約3割下落した。輸入金額の国民総所得(GNI)に対する比率は約2割だから、原油価格の下落によりGNIは約2%増加した(=国民全体が豊かになった)ことになる。ところが、為替が約1割減価したので、これがGNIを2%程度減少させた(=国民を貧しくさせた)。結局、輸入を通じたGNIの改善効果は消えてしまい、残ったのは円安の輸出価格転嫁による輸出金額の増大だけで、所得増の恩恵に浴したのは輸出企業だけということになった。
こうなったのは、金融政策の意図的な結果だったともいえる。14年10月末の追加金融緩和を契機に円安が進行したのは、原油価格の下落による物価引き下げ効果を相殺するためだったと考えられるからだ。この点については、外的要因による物価引き下げ効果を国内の金融政策で相殺しようとしたことに無理があり、結果的にせっかくの原油価格下落の経済効果を帳消しにしてしまったことになる。
アベノミクス3本の矢のうち、第1の矢の大胆な金融緩和は、円安を通して経済を変えたが、その限界が露呈しつつある。第2の矢の機動的な財政運営は、もはや機能を停止している。3本の矢を標榜する時期は過ぎた。今後は、持続的成長にはつながらない円安に頼るのではなく、女性の社会参画、働き方の改革、技術革新の推進などを中心に成長戦略の着実な実行に政策的資源を集中させるべきだ。
<ポイント>
○企業は輸出数量を増やす戦略を採用せず
○円安が原油価格下落のプラス効果を相殺
○着実な成長戦略実行に政策的資源集中を
こみね・たかお 47年生まれ。東大経済卒、旧経済企画庁へ。専門は経済政策論
[日経新聞6月29日朝刊P.17]
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