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生活保護のリアル〜私たちの明日は? みわよしこ
【第13回】 2015年6月26日 みわよしこ [フリーランス・ライター]
中2娘を殺害した母親を、私は責める気になれない
2014年9月、千葉県銚子市で県営住宅に住んでいた43歳(当時)のシングルマザーが、家賃未払いによって強制退去となる当日、中学2年生(当時)の娘を殺害した。この事件は、2015年6月12日の判決(母親に対して懲役7年)ともども、大きな反響を呼んでいる。漫画家・さいきまこ氏の思いを紹介した前回に引き続く今回は、法律家から見た問題点を、事件の詳細とともに紹介する。
「粛々と」実行されるしかない
強制退去の手続き
2007年から2015年まで、母娘が居住していた県営住宅の外観(千葉県住宅供給公社サイトより)。配置図と比べ合わせると、広く伸びやかなイメージに見える。駐車スペースもあり、母親は自動車を保有していた
2014年9月24日、千葉県銚子市で県営住宅に住んでいた43歳(当時)のシングルマザーが、中学2年生(当時)の娘を殺害した。母親は、2年にわたって家賃を滞納していたため、その日、強制退去となる予定であった。母親自身も自殺する心づもりであったが、自殺を決行する前に強制退去の執行官らが来訪し、呆然としている母親と息絶えた娘を発見した。逮捕された母親は殺人罪等で起訴され、2015年6月12日、一審判決が言い渡された。求刑は懲役14年であったが、判決は懲役7年であった。
今回は、社会保障・住宅の安定・労働問題を専門とする弁護士・林治氏から見た事件の問題点を、強制退去に至るまでの経緯の詳細とともに紹介する。
今回の事件で、多くの人々が疑問を抱いているポイントの一つは、
「県は、母子の年齢や家族構成を把握しており、当然、中学生の娘がいることも知っていた。家賃を払えない状態であることも、当然、把握していた。それなのに、居住していた母娘からの状況の聞き取りや調査はなく、いきなり強制退去させていいのか」
という点であろう。
ちなみに、強制執行(民事執行手続)は、
「判決などの債務名義を得た人(債権者)の申立てに基づいて、相手方(債務者)に対する請求権を、裁判所が強制的に実現する」(裁判所サイトによる)
というものである。この記述を見る限り、家賃を滞納している債務者であった母親から何らかの申し立てが行える可能性はなさそうだ。
「その通りです。この場合では債権者である千葉県が申し立て、地裁が裁判を行います。その際、居住者からの聞き取りや状況把握はありません」(以下、林治氏)
とはいえ、「いきなり強制退去」というわけでもない。
「強制退去の裁判が確定すると、一度、執行官が家に来ます。その際、『期限までに明け渡すように』『期限までに明け渡さないときには強制執行をします』という通知文(催告書)を貼っていきます。そして、期限までに退去がなければ強制執行の手続きをする、という流れです。この時、強制退去の際に用意する必要のあるトラックの台数を見積もったりするために、屋内の状況を見ることはありますが、居住者から意見を聞くことは基本的にありません」
もちろん、判決後の事情により、「強制退去の執行は不適切」とされる状況が発生すれば、異議申立ての訴えを行うことができる。しかし今回の場合、母親は家賃を滞納したままだったので、当然ながら、「強制退去の執行はやめてほしい」という訴えを行う権利はなかった。 もちろん千葉県としては、家賃を支払っている他の入居者との公平性という視点からも、強制退去を執行しないわけにはいかないところであろう。
しかし、事実関係を丹念に確認してみると、「お役所」の立場の中で、千葉県は可能な限り、柔軟な対応を試みていた様子ではある。不十分すぎたことが事件につながったのは事実ではあるけれども。
可能な限りの配慮は試みた?
なぜ千葉県は家賃の減免をしなかったか
では、千葉県銚子市・県営住宅追い出し母子心中事件現地調査団(代表・井上英夫金沢大学名誉教授、以下、調査団)による資料と、傍聴者による公判メモ(林氏提供)から、問題点を一つ一つ検討してみよう。
県営住宅の家賃は、基本、月末払いである。公判メモによれば、千葉県の県営住宅の場合、家賃未払いの際に通常とられる督促手順は、
1. 1ヵ月分滞納で、翌月上旬に督促状が発送される
2. 2ヵ月分滞納で催告書が発送される
3. 3ヵ月分滞納で連帯保証人に請求書を送る
4. 4ヵ月分滞納で督促状が発送される
5. 6ヵ月分滞納で出頭を要請する督促状が発送される
となっている。今回の事件の母娘宅でも、捜査により、督促状が合計9通発見されたという。
この手続とは別途、千葉県の条例に基づく約定があり、家賃滞納3ヵ月で入居許可が取り消しとなる。本来ならば、3ヶ月滞納で入居許可を取り消してよいのである。しかし、督促手順によれば、6ヵ月滞納で出頭を要請することになっている。
2007年、県営住宅に入居した母娘は、直後から家賃の支払いが不安定になっていたようである。家賃は、当初は1ヵ月あたり1万2900円、2009年4月からは1万2800円であった。母親の所得状況を考慮して、家賃は減額されていたようであるが、その減額された家賃でも支払えなかったのである。
2009年11月には、連帯保証人となっていた母親の元夫(夫の多額の借金を原因として離婚)のもとに、上記手順の「3」によって督促状が送付されたが、住所不明のため届かなかった。
2013年3月、千葉県から母親のもとに、「滞納家賃11万5000円を3月末までに支払わない場合には入居許可を取り消す」という内容証明郵便が送付された。しかし受取人不在のため、届かなかった。このため、県職員が母娘の住む県営住宅に行き、郵便受けに書面を入れた。この際、電気・ガスの供給が確認されている。
2013年3月31日、ついに入居許可が取り消されている。この後、母親は家賃2ヵ月分にあたる2万5600円を支払っている。
2013年7月には、千葉県が強制退去の訴訟を開始した。千葉地裁は2013年9月に、母親に出頭を求めている。また2013年11月までに反論するよう、母親に指示している。しかし母親の出頭や反論はなく、2013年11月18日に判決が言い渡された。
2014年5月、県職員が県営住宅を訪問し、ポストに催告書を投函した。その後、母親は県に電話し、「8月に退去するので、強制執行はもう少し待ってほしい」と申し出たという。しかし退去しなかったため、8月20日に強制執行の公示を行い、9月24日に強制執行となった。
最終的に滞納されていた家賃は、2013年6月以前に滞納されていた8ヵ月分・10万2400円に加え、2013年6月〜2014年8月の14ヵ月分にあたる28万1600円であった。強制執行に際しては、明け渡しに関わる費用も含めた「損害金」を加え、約148万円が滞納されたこととなっていた。
給食センターにパート勤務していた母親には、夏休み明けとなる9月の就労収入はなかった。娘を殺して逮捕されたとき、母親の所持金と預金残高の合計は4680円であった。
千葉県の対応からは、母娘の状況を可能な限り汲み取り、柔軟に対応しようと試みた形跡は読み取れる。しかし、最も重要な「家賃の減免」が行われていなかった。
母親の就労収入は、平均して1ヵ月あたり7万円程度。千葉県に申請すれば、家賃は80%減額され、1ヵ月あたり2560円となっていたはずである。しかも、児童扶養手当・就学援助などの手当、夫からの養育費の支払いも合計すると、1ヵ月あたり14万円程度の収入はあった。1ヵ月あたり2560円の家賃が「どうしても支払えない」ということはなかったであろう。
なお、調査団資料によれば、千葉県住宅課は、減免制度について説明しなかった理由を「相談がなかった」としているということだ。
娘のためにヤミ金にも…
担任教師も困窮を把握できず
母娘が住んでいた県営住宅の間取り(千葉県住宅供給公社サイトより)。殺害された中学2年生の娘は、ファッションモデル・保育士・美容師となる将来を夢見ていた
拡大画像表示
母親は、娘に対しては「お金の不自由はさせない」という方針であったようだ。住まいには、ややゼイタク感のあるAV機器があった。また娘には、「中学1年生向けの参考書5冊+資料1冊」で約35万円という教材を買い与え、娘の趣味であるアイドルのファンクラブ会費・イベント参加費・グッズ代、バレーボール部に所属して活躍していた娘の部活費用なども支払っていた。裁判での尋問では、「娘に我慢させることも教育では?」という質問も行われたようである。公判メモには「我慢させることも教育だとは、当時考えなかった」という母親の回答がある。
いずれにしても、「中学入学準備に費用が必要だった」「元夫からの養育費の振り込みが遅れた」といった事柄によって、母親の資金繰りサイクルが乱れ、ヤミ金・社会福祉協議会・「ママ友」などを含めた多重債務状態へと陥った。さらに母親は家賃を滞納し、強制退去の対象となった。
これらの点が、論告では、
「身の丈に合わない浪費をし、ヤミ金や友人からお金を借りるなど計画性がない」
「仕事を増やすべきだった」
「元夫や県の担当者、弁護士にも相談できた」
という非難の対象となり、懲役14年の求刑へとつながっている。
裁判では、娘の中学校の担任であり、所属していたバレーボール部の顧問でもあった教員も証言を行っており、
「明るく元気、礼儀正しい、前向き」
という娘の性格面での長所を、学習面での真剣な取り組み、バレーボール部での活躍とともに語っている。また家庭環境については、
「とても仲良く、娘は母親が大好き、母親も娘の幸せを強く願っているように感じられた」
という印象を、母親が試合の送迎を行い、大会の応援にも来ていたエピソードとともに語っている。
母娘の暮らしぶりについては、携帯などの持ち物・アイドルイベントへの参加から、「困っていないのかな」と思っていたという。就学援助を受けていることは、もちろん担任教員として把握していた。集金が遅れることもときどきはあったが、「そういう家庭はたくさんある」という認識であったという。
母親は、「娘が楽しく学校生活を送り、幸せになれるように」と願い、必死の努力を重ねたのであろう。結果として、娘の担任教員にも困窮を気付かれないまま、悲劇的結末へと至ってしまった。母親の努力の方向性は、いささか見当外れであったかもしれない。しかし、母親を責める気持ちには、私はどうしてもなれない。
生活保護は2回の水際作戦に
間に合わなかった民間「セーフティネット」
銚子市役所・社会福祉課に残されていた、2013年、母親が生活保護を申請するために訪れた時の面接記録(表面)。「未聴取」が目立つ。勤労収入さえ未聴取。調査団資料による。拡大画像表示
シングルマザーであるゆえの困難に加え、多重債務、家賃滞納、そして強制退去。このように「煮詰まった」状況への救いとなりうるものは、現在の日本には、生活保護しかない。
母親は2回にわたり、生活保護を申請するために、銚子市役所を訪れている。母親の記憶によれば、1回目は2008〜2009年ごろである。前述のとおり、県営住宅に入居した翌年ごろから家賃の支払いは不安定になっていた。母親自身も困窮を自覚していたようだ。
2回目は、母親が「(娘の中学入学費用確保のために利用した)ヤミ金の返済に追われているころ」と語る2013年4月である。しかし2回とも、「仕事をしているから、申請してもお金がおりない」「申請してもいいけど、支払われる額はない」という説明を受けたという。
2013年、母親が生活保護を申請するために銚子市役所を訪れた際の面接記録(裏面)。娘の小学校時代の給食費免除、児童手当・児童扶養手当の受給、国民健康保険等の滞納が把握されている。しかしながら、生活保護を必要とする可能性の高い困窮状況とは推察されず、申請意思はないものとされた。調査団資料による。拡大画像表示
銚子市役所による2回目の聴取記録は、調査団の請求により開示されているのだが、収入・試算に関する欄のほとんどが「未聴取」となっている上、面接結果は「申請意思なし」とされている。1回目については、聴取記録さえ開示されていない。
全く救いの見えない成り行きの末、「母親による娘殺し」という悲劇が起こった。公判メモによれば、母親は、
「ぎりぎりまで娘と一緒にいたかったので、明け渡しの日に死のうと思った。自分だけ死んで娘は国に保護してもらうつもりだった。娘を学校に送ってから死ぬつもりだった。娘が自分の体調を心配し学校を休むと行ったので計画が狂った。当日のことは、今は全く覚えておらず、なんで娘を殺すことになったのか分からない」
と述べたという。
悲劇が起こったその日、執行官とともに、催告や強制執行の補助のため、業者・S氏がやってきていた。S氏の業務は、執行官を守り、強制執行ならば荷物の梱包・運搬などの実務を遂行することである。
S氏は日常、催告にあたっては、強制退去させられかねない居住者とコミュニケートし、任意退去が可能なように県に働きかけることもあった。また、転居先探し・生活保護申請の手伝いも行っていた。「病気などで歩行の不自由な居住者に対しては、市役所まで一緒に行って、福祉やNPOの人と話をすることも」あったそうである。そのような支援を行うことになるのは、催告・強制執行となる担当ケース全体の2〜3割だったそうだ。モチベーションの源は、
「最悪の事態、追い詰められて命を亡くす、そういった事態を避けたい」
である。
しかし今回、S氏は催告には関わっていなかった。「母子家庭で連絡が取れない」とだけ県から申し送りを受け、強制執行という形で母娘の住まいのドアを開けて入ったS氏は、息絶えた娘の第一発見者となった(以上、公判メモによる)。
林治氏は、
「2012年、餓死・孤独死事件が相次ぎましたが、その後、行政の対応が改善されているとは思えません。この母子も、この痛ましい事件が起きなければ、餓死・孤立死していたおそれもあります。私のところには、家賃が支払えなくて困っている人の相談が多数あります。公営住宅の家賃の滞納もあります。しかし、行政がこれをキャッチして対応したという例は皆無です」
と前置きし、千葉県の対応に対しては、
「この事件で、千葉県と銚子市に申し入れと面談を行った際、千葉県は『減免制度のお知らせは、毎年、翌年度の家賃を通知する時にしているし、ホームページにも載せている』と説明していました。でも、これで居住者の方々に、充分に伝わるとは思えません。まして、家賃を滞納している状況で、大家さんである千葉県に連絡するなんて……『家賃が払えないと言ったら、出て行けと言われるのでは』と心配してしまい、自分から話をすること自体が難しいはずです。でも、行政は、こういう心情が想像できないようです」
と、「抜け」「漏れ」を指摘する。さらに、
「今回の事件でも、行政があてにならなかったわけです。法律家に繋がれば、ヤミ金の対応や生活の立て直しのお手伝いができたと思うと……」
と残念がる。
善意の人々は、そこかしこにいた。強制執行のためにやってきた業者にまで、救いの手を差し伸べる用意はあった。しかし、届かなかった。
この悲劇を繰り返さないために何が必要なのか、私には想像もつかない。何もかもが不足している。少なくとも、行政が役割を果たすことは、もっと強く求められてしかるべきであろう。しかし、ケースワーカーの人数も生活保護費予算も、拡充される見込みはまったくない。
次回は、2015年7月1日から施行される、生活保護の家賃補助(住宅扶助)削減についてレポートする予定だ。生活の根幹である「住」は、どうなろうとしているのであろうか?
http://diamond.jp/articles/-/73910
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