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これならわかるよ!経済思想史
【第6回】 2015年6月26日 坪井賢一 [ダイヤモンド社論説委員]
資本主義のもとでは利潤率が必ず低下し
やがて崩壊する、というマルクス経済学の命題
【マルクス経済学その2】
前回はマルクスの処方箋を紹介しましたが、昨今、マルクスの経済理論は聞かなくなりました。『資本論』は長いし、難しいし、ほとんど読まれていないのでしょう。そこで今回は、マルクス経済学の理論上の2つのポイントを解説しておきます。
第1に、マルクスは古典派経済学から労働価値説を継承しました。これはけっこう大きな問題なんだ。というのは後で取り上げる新古典派経済学との論争があります。新古典派は「価値は効用(満足の程度)で決まる」として、古典派の「価値は労働量で決まる」という命題をひっくり返すことから始まります。マルクスは古典派の労働価値説を継承しているので、新古典派とのあいだで論争がありました。
「価値は効用で決まる」という新古典派の命題は別の回にゆっくり説明するので、ここでは論争のポイントだけ聞いてください。
新古典派経済学の中心のひとつだったウィーン大学での論争です。世界的な大論争があったわけではありませんが、非常にわかりやすいので紹介しましょう。
ウィーン大学法=国家学部の教授カール・メンガー(1840−1921)が「価値効用説」を唱えた1人です。
メンガーの弟子で次の世代の教授オイゲン・フォン・ベーム=バヴェルク(1851−1914)のゼミナールで議論されました。ゼミ生のルドルフ・ヒルファーディンク(1877−1941)が論争の相手です。1905年夏のゼミナールだったそうです。ヒルファーディンクはゼミ生とはいえ、ウィーン大学医学部を卒業した医師で、その後マルクス経済学を学び、ベーム=バヴェルクのゼミに参加していました。
ヒルファーディンクは後にドイツ社会民主党の幹部となり、第1次大戦後にはドイツ共和国政府で財務大臣まで務めた人物です。ベーム=バヴェルクは1905年当時、すでにオーストリア帝国政府の財務大臣を何期も経験していました。
受講者 では先生と学生の議論というより、経済専門家同士の議論ですね。ポイントはどこにありますか。
ベーム=バヴェルクの論文「カール・マルクスとその体系の終結」は次のような内容です。難解な論文を小室直樹さんが解説し、それを私が要約したものです。わかりやすく箇条書きにしてみます。
・マルクスは、価格を決定するのは労働投入量だとする労働価値説を古典派から継承した。
・同じ労働投入量でも、見習い職人と熟練工の時間には価値に差があることは自明だ。
・マルクスは市場メカニズムで熟練度の差は換算されるという。
・財の価値を決める要素である労働時間が市場で決まるとすれば、話は堂々めぐりの循環論に陥る。
この論文に対し、マルクス主義者ヒルファーディンクが反論しました。ヒルファーディンクの論文「ベーム=バヴェルクのマルクス批判」の内容を要約します。
・ベーム=バヴェルクの論旨は非社会的である。
・経済学の出発点を個人に置くのか、社会に置くのか。
・個人の欲望を考察するのは非歴史的であり非社会的。
・マルクスは労働価値説を価格決定の手段ではなく、資本主義の運動法則を発見する手段とする。
・ベーム=バヴェルクの考え方、すなわち限界効用理論は、資本主義体制のもつ本質的な傾向とは無関係。
この2つの論文を元にしてベーム=バヴェルクのゼミで議論が続いたそうです。違いは明確だよね。
受講者 経済を「人間の欲望の集合にある」とする新古典派に対し、マルクス経済学は「資本主義の運動法則の解明が目的であり、社会的な学問だから個人の欲望なんか対象にしていない」というわけですね。
そういうことです。
資本主義はやがて崩壊する…?
次にマルクス経済学の理論上の2つ目のポイントです。これはちょっと論理学的な話で、現実の私たちの生活とは距離があるので聞き置いてください。読むのが面倒な読者は飛ばしてください。用語も現代の経済学とは違うので、覚える必要はありません。
マルクス経済学の重要な命題に「利潤率低下法則」があります。資本主義のもとでは利潤率が必ず低下し、やがて崩壊するという考え方で、資本主義は必然的に滅びるとしている根拠です。
古典派経済学では、とくにスミスやリカードは、市場は放っておけばやがて安定し、均衡する、と主張していたけれど、まったく反対だよね。放っておくと利潤率は低下し、やがて経済システムは崩壊するというのだから。
利潤率低下法則は次のように説明できます。
資本家が剰余価値M(労働者が生んだ価値、賃金以上の価値)を、可変資本V(労働力)よりも不変資本C(生産手段の購入資本)に多く投資すると、資本の有機的構成(不変資本C/可変資本V)が高度化し、総資本に対する剰余価値の比率が低下する。すなわち、利潤率p’は傾向的に低下する。m’(剰余価値率)=M/V、だからm’が不変であれば、資本の有機的構成(C’)が高度化するにつれて利潤率(p’)は低下する。
つまり、剰余価値Mを総コスト(C+V)で割った数値が利潤率p’だと定義されます。すると、資本家が不変資本Cに投資すればするほど分母が大きくなって利潤率はどんどん低下するということです。その結果、投下した資本の蓄積は増大するけれど、労働者にマネーは回らず、貧窮することになる。マルクスが観察した19世紀半ばの英国経済は恐慌にたびたび襲われていたので、リアリティがあった。
マルクスによれば、やがてこの資本主義の矛盾が激化し、労働者が決起して資本家の富を収奪する。これが『共産党宣言』に書かれていた労働者の政府による「国有化(社会化)」です。こうして資本主義は崩壊するはずで、その後には社会主義が訪れるというのです。
しかし、その後、資本主義が破綻に至るほどの利潤率低下は実際には1度も起きていません。1870年代の英国や1990年代の日本など、一定期間に傾向的利潤率低下は見られますが、資本主義そのものは崩壊していない。
資本主義は、危機のたびにマルクスの方策を取り入れて乗り越えてきたのではないかな。これが民主主義と資本主義の強さだと思います。
http://diamond.jp/articles/-/73927
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