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アップルのHPより
ジョブズも20年間「認めたがらなかった」必勝の戦略 アップル、凋落の予兆か
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20150624-00010000-bjournal-bus_all
Business Journal 6月24日(水)6時1分配信
今や世界一の時価総額となった米アップル。創業者であり、一度は同社を追放されながらも復帰後に「iPhone」「iPod」「iPad」 などの大ヒット商品を生み出し「天才」といわれたスティーブ・ジョブズ氏が、20年間認めたがらなかった経営戦略がある。
ジョブズ氏は、人々に感動を与え究極の美を持った製品開発に徹底的なこだわりを持った、ものづくりの職人に近かった。そうした点が、彼が日本でも絶大な支持を得ている理由のひとつだろう。「良いものをつくればヒットする」――。いわばメーカー発想だったといえる。
しかし残念ながら、素晴らしい製品を生み出すこととビジネスとして成功することは同義ではないことを実証したのもまた、ジョブズ氏だった。アップルはPCメーカーとして熱狂的なファンがいる一方で、極めて独自路線・自前主義が強い会社だったため、PC市場でも10%以下のシェアしか獲得できていなかった。これは、アップルが常に「マイクロソフトとも他のどの会社とも違うユニークな会社」を目指したことと表裏一体ともいえる。
1976年、ジョブズ氏はスティーブ・ウォズニアック氏と共に初期のホームコンピュータ「Apple 1」、その後「Apple 2」を開発した(数字の正式表記はローマ数字)。Apple 2は大成功を収め、自宅からスタートしたアップルは、米シリコンバレーを代表する企業としてサクセスストーリーを築いた。1980年の株式公開時に2億ドルもの巨額を手中にし、25歳で米フォーブス誌の長者番付、27歳で米タイム誌の表紙を飾った。
しかし、85年には製品開発にこだわるあまりに多額の資金を投入し、製品開発も遅れに遅れてしまった結果、アップルを追放されてしまう。しかしその後約10年を経て、再び96年に瀕死のアップルに復帰した。
●iPodヒットの理由
アップルは98年にPC「iMac」で大ヒットを飛ばし、01年にはiPodとiTunesを世に出した。約1000曲もの楽曲を小さな音楽再生機iPodで持ち運べるコンセプトは、世の中に衝撃を与えた。当時違法な音楽のインターネット配信に頭を悩ませていた音楽業界をアップルは説得しながら、同業界への参入に成功した。しかし、実際の売り上げの伸びは発売当初だけで、その後低迷したのだった。
iPodへの楽曲ダウンロードは、PC上でのiTunesというダウンロードプラットフォームから行うのが基本だったが、アップルは自社PC経由でしかiTunesも利用できないようにしていたからだ。同社はそれにより、消費者をマイクロソフト製OSである「Windws」搭載PCからアップルのPCへ乗り換えさせようと考えていた。
しかし現実に起きたことは逆だった。当時iPod類似の音楽再生機はソニーを含めて4社ほどあったとされていたが、そもそもアップルのPCはシェアが10%以下だったため、利用できる人が限られ、熱狂的なアップルファン以外には訴求できなかった。
当時アップル社内では、Windws対応のPCでも利用できるようにすべきとの声が上がったが、ジョブズ氏は当初頑なにこれを拒否した。思い通りの素晴らしい製品をつくるためには、すべて垂直統合的に自社で一貫して手掛けることが不可欠だと考えていたからだ。確かに他社製品に依存することは理想通りの製品開発の足かせになることが多々あるため、メーカー発想の視点としては当然の主張だった。
しかし現実には、アップル2がヒットしたひとつの要因は、米パーソナルソフトウェアが作成した世界初の表計算ソフトVisiCalcによって、それまでホビー商品だったPCがビジネスユースとして認知されたことが大きかった。つまり、アップルのPCのヒットは、実際には多くの他社開発ソフトのおかげでもあったのだが、ジョブズ氏はなかなかそれを認めようとはしなかった。
しかし、iTunesのWindws対応について、最終的にジョブズ氏は容認することになった。その際、「勝手にしろ。責任は取れ」といって同氏は会議室を出て行ってしまったというエピソードもある。
こうしてWindwsでもiTunesが使えるように他社が制作したソフトをリリース
したが、操作性が悪く、評判は芳しくなかった。するとジョブズ氏は自ら号令をかけて自社で改良をしたソフトを出し、ここからiPod は爆発的なヒットになっていった。iPod自体が素晴らしい製品であることには疑いの余地はないが、ビジネスとしての成功は、iTunesという音楽ダウンロードプラットフォームをオープン化したことで初めてもたらされたのだ。
その時、ジョブス氏が20年間もかかってようやく認めたのがプラットフォーム戦略【註1】だといえる。本連載前回記事で触れたように、マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏がいち早くプラットフォームの力を見抜いていたのとは対照的だ。ゲイツ氏がアップルのOSでも自社のソフトを動かせるようにしてシェアを拡大していったのは、周知のとおりだ。
●日本メーカー、惨状の背景
しかし、ジョブズ氏亡き後のアップルは、今でも自前主義・秘密主義が強い会社だ。iPhone アプリもアップストア以外ではダウンロードできない。Apple Watchも基本的にiPhoneと連携して使うスタイルになっている。シェアの拡大よりも高級品化・高収益化を目指す経営戦略を優先しているといえよう。実際、スマートフォン(スマホ)向けOSのシェアも、米グーグルのアンドロイドに奪われている。
今年2月付米調査会社IDCのレポートでは、14年のスマホのOS別出荷台数は、アンドロイドの81.5%に対してアップルのiOSは14.8%となっており、「いつか来た道」に再びアップルは迷い込んでしまうかもしれない。
偉大な天才ジョブズ氏ですら、「素晴らしいものをつくれば売れる」というメーカー発想からはなかなか脱出できなかったのだ。日本でも「良いものをつくることが第一だ」という思考には共感をもつ人が多い。しかし、それが今日の日本メーカーの惨状を招いてしまった一因であると思わざるを得ない。
良い製品をつくることは素晴らしいことであり、当たり前のことともいえる。しかし、残念ながらそれだけでは世界では勝てないということに、日本の経営者も早く気が付くべきだろう。ゲイツ氏のように最高ではないかもしれないが、ある程度の製品レベルでもプラットフォームを握ったものが市場を席巻する勝者になっているのが現実なのだ。実際、時価総額上位30社のうち14社が、プラットフォーム戦略に基づくビジネスとなっている(米マサチューセッツ工科大学調べ)。
そしてそれは、一企業のビジネスを拡大する戦略だけではなく、もうひとつ上のレイヤーである新しい産業を創りだすという視点が、経営者に求められていることでもあるといえるだろう。
(文=平野敦士カール/ビジネス・ブレークスルー大学教授、ネットストラテジー代表取締役社長)
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