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カギは「目利き力」。なぜ銀行員は「倒産寸前会社」の粉飾テクニックに騙されるのか?
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/43781
2015年06月22日 文/中村宏之 現代ビジネス
「目利き力=事業性評価」の大切さが今、問われています。「目利き力」とは、将来の成長が期待できて、今後伸びる会社を見出し、一方で経営が傾き、存続が怪しくなっている会社を見抜く力の両方を意味します。
企業の信用調査を長年行っている帝国データバンクは、豊富な倒産取材の経験から「目利き力」の大切さを長年指摘していますが、このほど、帝国データバンクが長年蓄積した取材データに、読売新聞記者による独自取材を加えて、『御社の寿命 あなたの将来は「目利き力」で決まる!』(中公新書ラクレ)を出版しました。
どの会社が本当に伸びる会社なのか、逆に消えゆく運命の会社なのか、投資家や消費者にとってそれを見極めることは大切です。いま金融庁や経済産業省など政府機関も、「目利き力」の重要性に注目しています。少子高齢化の進展で今後、人口が減少してゆく中、日本経済全体が堅実に成長する仕組みを作る必要があるからです。
「目利き力」に何が必要なのかを考える時、まずは銀行にゆきあたります。お金をどんな会社に貸せば成長が見込めるのか、あるいはどんな会社には貸してはいけないのかなど、日々の仕事の中で銀行はその重要性に直面しているからです。
会社が倒産する理由や事情はいろいろありますが、業績が悪化して資金繰りに困るというのが最も多い理由です。
多くの企業は、銀行や地元の信用金庫などから資金を借りていますが、決算書類などをごまかしたり、あるいはまた借り入れ状況などを適切に報告しなかったりして、多額のお金を借りた末に倒産し、銀行も融資した資金を回収できずに損失を被るなどのケースはあとをたちません。銀行には、そうしたことを防ぐための「目利き力」を身につけることが重要ですが、なかなか難しいのが実情です。
■複数の帳簿使ってごまかし
2012年、九州地区のパンやケーキなどを製造するA社が破産しました。この会社は、積極的な企業の合併・買収(M&A)を繰り返して業容を拡大していました。しかし、M&Aや工場増設のための借入金が年間売上高の約半分を占めるまで膨らんだほか、原材料価格の高騰や個人消費の低迷で資金繰りが急速に悪化し、裁判所に破産を申請したのです。
経営破綻後にわかったことですが、この会社は決算を粉飾し、複数の帳簿を作って多くの銀行からお金を借りていました。しかし銀行側は気付かず、他の銀行の動きを見ながら横並びで融資していました。
ただ、この会社にお金を貸していたある地銀の支店長が唯一、この会社の経営に異変を感じていました。きっかけはある店舗の開店セレモニーでの「発見」でした。
店に届いたお祝いの花輪の送り主をチェックしていたこの支店長は、知らない銀行からいくつもの花輪が届いているのに気付きます。
異変を感じた支店長が調査を始めたところ、この会社にはこれまで名前が明らかになっていなかった複数の金融機関がお金を貸していることがわかりました。この会社に不信感を抱いた支店長は、自行の融資を少しずつ回収し始めますが、それでも破産までには間に合いませんでした。
この会社には、それ以外にも変わった兆候があり、取引銀行の担当者には、必ず事前にアポイントをとってくるように言い渡していました。つまり、会社への出入りで他の銀行マン同士が決して顔を合わさないように、周到に会社側が警戒していたのです。銀行同士で情報交換されることを恐れたのです。
こうしたところに多くの銀行が異変を感じていたら、展開は変わっていたかもしれません。
■消えたシンジケートローン
発電設備・プラントメーカーのB社は2009年、裁判所に破産を申し立てました。この会社は、自家用発電設備、ファクトリー・オートメーションシステムなどの設計、製造、施工、メンテナンスを手掛け、地元の大手企業を相手に業務を拡大していました。しかし、世界的な金融危機による大手企業の生産調整や投資抑制により受注が激減し、過去の設備投資による返済負担で資金繰りが悪化していました。
そうした中、大きな赤字が出ていたのにも関わらず、それを隠蔽するために粉飾決算に手を染めてしまいます。この会社は、銀行団をX、Y、Zの3グループに分け、取引金融機関の記載内容が異なる3種類の決算書類を作っていました。
実際には都銀や地元銀行のほか、シンジケートローンから融資を受けていましたが、書類の中にはシンジケートローンがあることを書いたものと、書かないものがあり、銀行ごとにそれらを使い分けていました。しかし、受注環境の冷え込みから、事業の継続が困難になったのです。
さらに、この会社には優れた設備があるとの触れ込みでしたが、経営者は外部の人に決してそれを見せることはありませんでした。なぜなら、設備投資をすると言っておきながら実際には実行していなかったからです。優れた設備が入っているとされた建物の中には実は何もなく、がらんとしていたことが後からわかりました。これも金融機関が粉飾を見破れなかった典型的な事例です。
このほか@在庫を過大に見積もっていたり、A銀行関係者が来る時だけ工場を稼働させるような会社は、広い意味で「粉飾」に手を染めている会社だといえます。このあたりの具体的なケースも『御社の寿命』には紹介されています。実際に起こった様々な事例をもとにわかりやすく解説されているのが特徴です。
■危ない会社を見抜く「目利き力」の大切さ
こうした動きもあって、いま銀行などの金融機関は「目利き力」の育成に大きな関心を持っています。将来の発展可能性がある会社を見抜くことが大切な一方、危ない会社の危ない社長や経営者を見抜くことも重要だからです。こうした動きには金融庁も大きな関心を持っています。
帝国データバンク、銀行ともに倒産に出くわすことは日常茶飯事ですが、両者の大きな違いは、帝国データバンクにはこうしたデータを残すための組織やシステムが整備されていることです。また倒産の減少や景気拡大で、若い銀行員が「倒産の現場」をみたことがないといった問題も指摘されています。
残念ながら、金融機関はこうした破綻の事例などに関して保存し、10年から20年にわたって維持するにはコストがかかるので、なかなかやりたがりません。さらに、こうした失敗事例が支店の外や組織をまたいで銀行関係者に共有されることはあまりありません。
なぜなら、いったんお金を貸してしまったという事実がある以上、銀行の誰かがだまされたということであり、そうしたケースはなかなか表だって伝承されにくいからです。責任の所在を問い始めると例えば今は役員になっている過去の支店長など上層部にも波及し、なかなか追及しづらい企業文化があるためです。つまり組織全体としての「反省材料」になりにくい点が、銀行の大きな課題だといえます。
帝国データバンクは、ある地方銀行とタイアップして、銀行だけでは伝承しにくいノウハウを次の世代に残してゆくための実践講座を開きました。
この講座は、ある地銀の現職の支店長や、これから支店長になろうとする幹部行員向けの研修です。帝国データバンクが蓄積した事例を示しつつ、実務での経験を通じた様々な事例を議論しあって、「目利き」となるための大切なポイントを探っています。
■失敗の経験が伝承されない銀行
信用調査の世界でわかるのは、金融機関といえども様々な形でだまされてしまうケースが実に多いということです。有名大学を優秀な成績で卒業した人が多く集まっているとされる銀行が、企業の粉飾決算を見抜けず、悪意のある経営者にすっかりだまされ、結局、融資を回収できずに銀行に損害を与えてしまうことは多いですし、同じような失敗を何度も繰り返しています。
これはなぜか。銀行の中で失敗の経験が継承されず、組織としての教訓になっていないからです。どんな人も、どんな仕事でも、失敗の経験はつらいものです。そこから教訓を学び、先輩・後輩などの間で伝え合って改善を重ねることで組織全体の役に立つ訳ですが、それが銀行には特に弱いという印象を受けます。
成功体験だけが強調され、失敗の体験から教訓を学ぼうとせず、隠せるなら隠し通すという雰囲気は残念ながら、今でもあります。減点主義の人事などが影響し、失敗ができないのです。たとえば、ある支店の損失事件について、そのことはみんな知っているものの、そこから教訓を学ぼうとすることはせず、話題にすることすらはばかられるという雰囲気が銀行内にはあるのです。
ただ銀行の側に立ってみると、つらい面もあります。貸し出しを積極的に増やそうとする場合は、悪意のある借り手にだまされたり、貸し倒れしてしまったりするリスクはその分高まります。
一方、審査を厳しくすれば、ぞうしたリスクは減りますが、「安全運転」ばかりしていては貸し出しは伸びないですし、そうすると銀行の業績は上がりません。ボリュームを取るのか、バランスを取るのか、銀行の仕事はこうしたジレンマを抱えている部分が大きいともいえます。
ある銀行の支店長経験者によりますと、融資を決定するにあたって、「判断のせめぎ合い」というべき瞬間があるそうです。「やっぱりこれはおかしい」と見るか、あるいは「これは大丈夫」と見るか。まさにこうした瞬間に「目利き力」が重要になってくるといえます。
ただ人間のやることにミスや失敗は避けられません。横並び、減点主義、無謬神話などこうした銀行業界全体に共通しているカルチャーを打ち破ってゆくことも、「目利き力」を強くするために重要なことだといえます。
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