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僕らの暮らしを蝕む「ステルス・インフレ」の脅威
「なんだか最近、商品の値上げが多いな……」そう感じている消費者も多いのではないか。しかし、足もとの全国消費者物価指数(CPI)を見ると、物価上昇はむしろ鈍化傾向にある。物価に関する国の統計と消費者の実感がずれるのは、なぜだろうか。背景を探ると、CPIに反映されない形で物価が着実に上昇している「ステルス・インフレ」とも言うべき実態が見えてくる。この先、僕らの生活は大丈夫だろうか。(取材・文/大矢幸世、編集協力/プレスラボ)
消費者物価指数は横ばいなのに――。
あの商品もこの商品も値上げラッシュ
2014年4月の消費税率引き上げによる景気の落ち込みは、日本経済に大きな打撃を与えた。足元で、その影響はひとまず落ち着いたようだ。
総務省が5月29日に発表した4月の全国消費者物価指数(CPI)では、価格変動の大きい生鮮食品を除いた総合指数(コアCPI)が103.3(2010年を100とした指数)となり、前年比0.3%の上昇となった。CPIは23ヵ月連続の上昇となったが、消費税率引き上げによる物価押し上げ分(日銀試算で0.3%)を差し引くと、横ばいとなっている。
さらに、この1年のコアCPIを見ていくと、消費税率引き上げによる物価押し上げ分を差し引いた前年比の上昇率は、2014年4月に1.5%を記録したのを最高値として、月を追うごとにポイントを下げ、原油安の影響もあって、今年2月にはついに0%を記録。3月には0.2%に戻ったものの、この4月に再び0%を記録した。こうしたトレンドを見ると、実質的な物価上昇はほぼ止まったといえるだろう。
しかし、果たして本当に物価上昇は落ち着いたと言えるのだろうか。筆者が日頃、スーパーやコンビニなどで買い物をしていると、以前だったら100円前後で買っていた調味料や缶詰などが、200円近くに値上がりしている。つぶさに家計簿で比較したわけではないが、全体的にモノの値段がじわりじわりと上がっているような気がするのだ。物価に関する国の統計と消費者の実感がずれるのはなぜだろうか。
今回、消費者や事業者たちの声に耳を傾けてみたところ、CPIに反映されない姿で様々な商品やサービスの物価が上昇する「ステルス・インフレ」とも言うべき実態が浮かび上がってきた。
「スーパーで買い物をしていて感じるのは、値段が一緒でも内容量が減っている商品が多くなったなぁ、ということ。ティッシュやトイレットペーパーとか、以前なら200組、60メートルだったものが、160組、54メートルになっていたりしますよね」と話すのは、30代主婦。育休明けを間近に控え、やはり気になるのは子ども関連商品の価格動向だという。
「特売の回数や値下げ率も少なくなった気がしますし、ベビーフードもあまり特売にならなくなりました。それと、子ども服を購入するのに通販サイトを利用しているんですが、以前なら内税表記だったのが、今は外税表記になっていたりする。気づかれないように値上げしようとしているのかもしれないけど、しっかり気づいてますよ(苦笑)」
家庭用品から外食まで
実はこんなにあった価格改定
様々な商品の価格が上昇しているのは、確かなようだ。実際、今年に入ってから値上げを行った日用品や食品をざっと挙げてみると、次の通りとなる。
・トイレットペーパー、ティッシュペーパーなど家庭紙(大王製紙、日本製紙クレシア、王子ネピア:1月から10%以上、丸富製紙:2月から15%以上)
・文具(コクヨ:1月から約9.5%、7月から再値上げ約9%)
・輸入ワイン(キッコーマン食品:1月から約8%)
・食用油(日清オイリオ、J-オイルミルズ:1月から約8〜10%)
・即席麺(日清食品、東洋水産、サンヨー食品、エースコックなど:1月から約5〜8%)
・パスタ(日清フーズ、日本製粉、昭和産業:1月から約4〜9%)
・家庭用冷凍食品(日本水産(ニッスイ):1月・2月から約3〜15%、味の素、テーブルマーク、ニチレイフーズ:2月から約3〜10%)
・アイスクリーム(明治、森永乳業、江崎グリコ、ロッテアイス、ハーゲンダッツなど:3月から約6〜30%)
・牛乳、ヨーグルト(森永乳業:3月から約3〜8%、明治、雪印メグミルク:4月から約2〜6%)
・バター、チーズ(森永乳業、明治、雪印メグミルク:4月から約2〜8%)
・トマトケチャップなど(カゴメ、キッコーマン食品:4月から約4〜13%)
・国産・輸入ウイスキー(サントリー酒類:4月から約19〜25%)
ここで挙げたのはあくまで一部だが、一覧にしてみると、「こんなにも多くの品目が価格改定を行っているのか」と驚いた人も多いだろう。価格改定だけではなく、容量変更を行っている商品も少なくない。
また、外食産業各社も値上げを行っている。主なところでは次の通りだ。
・牛丼(吉野家:2014年12月から80円〜120円)
・弁当(ほっかほっか亭:2015年1月から10〜30円)
・フラペチーノ(スターバックスコーヒー:2015年2月から20円)
・たこ焼き(築地銀だこ:2015年3月から30円)
・うどん(丸亀製麺:2015年3月から10〜30円)
・ドーナツ(ミスタードーナツ:2015年4月から10〜11円)
・ハンバーガー(モスバーガー:2015年5月から10〜70円)
円安相場、原料高、物流高
中小企業は持ちこたえられない
こうした値上げの要因として、各社が真っ先に挙げるのは、為替相場の円安傾向だ。6月5日(日本時間6月6日)のニューヨーク外国為替市場の円相場が、一時約13年ぶりの円安水準となる1ドル=125円86銭をつけたように、為替相場は長期的な円安トレンドとなっている。原材料コストが高騰し、電気やガスなど燃料費の高騰にも影響。価格に転嫁せざるを得ない状況というわけだ。
また、物流コストも上昇している。2014年4月の消費税率引き上げのタイミングで、ヤマト運輸と佐川急便が価格改定を行い、今年8月1日より日本郵便も宅配便サービス「ゆうパック」を値上げすると発表した。これは前述の主婦の証言通り、「◯◯円以上購入の方は送料無料」と謳う多くの通販サイトにとっても、送料分を価格転嫁しなくてはカバーできないほどのコスト高になっていることは、想像に難くない。
大手各社が相次いで行っている価格改定だが、中小企業はどうだろうか。洋菓子店を営む50代男性は、こう明かす。
「原材料費は総じて上がっていますね。乳製品は10〜20%、 チョコレート系が20〜30%、 ナッツ系も30%以上で、ヘーゼルナッツやバニラビーンズは2倍くらいに上がりました。天候不順による農作物の不作を考えると、まだまだ原料費の高騰は続くんじゃないでしょうか」
2013年11月に一度小売価格を値上げし、その後はスタッフの人員を削減して商品アイテムを減らし、オペレーションをスピードアップすることで、コスト削減に努めていたものの、今秋には再度値上げを検討しているという。
中小企業庁が2014年11月に発表した「ここ1年の中小・小規模企業の経営状況の変化について」では、約8割以上の企業が「1年前と比べて原材料コストが増加した」と答え、それに対する「商品・サービス価格への価格転嫁を一部でも行った」と答えた企業は約4割強となった。原材料コストの上昇は2014年11月時点の状況よりも進んでおり、また中小企業庁もコスト高に対する適切な価格転嫁を進める支援を行っているため、中小企業の商品・サービスの価格改定も、今後進んでいくものと思われる。
東京オリンピックまで続く?
不動産にも価格上昇の波
消費者にとっては大きな買い物である、不動産はどうだろう。「今思うと、いいタイミングでマンション購入できたなと思いますね」と話すのは、30代の会社員女性。消費税率引き上げが閣議決定される前の2012年に、夫婦で新築マンションを購入。「近頃ポストに投函される周辺の新築マンションのチラシを見てみると、自宅と似たような条件の物件は、自分たちが購入したときよりも数百万円は販売価格が上がっている」という。
国土交通省が2015年6月5日に公表した『主要都市の高度利用地地価動向報告〜平成27年第1四半期〜』によれば、東京圏43地区、大阪圏25地区、名古屋圏9地区、地方中心都市等23地区の計100地区について、上昇が84地区、横ばいが16地区、下落が0地区となり、上昇地区が全体の8割を超えたという。この背景には「金融緩和等を背景とした高い不動産投資意欲や、生活利便性が高い地区におけるマンション需要等により、商業系地区・住宅系地区ともに多くの地区で上昇が続いていることによる」と述べている。
また、同じく国土交通省が2015年5月27日に公表した『不動産価格指数(住宅)(平成27年2月分)』によると、マンション指数(全国、主に中古を対象)は117.8と対前年同月比4.1%の上昇となり、2013年3月分より24ヵ月連続でのプラスとなっている。不動産業界関係者によれば、「建築資材や人件費が高騰していることに加え、海外投資家からも有力な投資先として日本の不動産が注目されていることから、マンション需要も堅調。この価格トレンドは少なくとも2020年の東京オリンピック開催までは続くだろう」との見方が大半となった。
CPIだけでは見えてこない
「ステルス・インフレ」の姿
しかし釈然としないのは、物価上昇の鈍化を示すCPIと、我々消費者たちの実感との乖離である。その実態を解き明かそうとしているのは、一橋大学経済研究所経済社会リスク研究機構の阿部修人教授だ。
2015年3月発行の同機構のニューズレターNo.3のエッセイのなかで、全国消費者物価指数(CPI)に新商品の情報がほとんど含まれていないことと、「店舗単位でみると、多くの商品が一年間の間に入れ替わっている。新商品の価格は、特に消費税率改定後は既存商品に比べ高くなっている傾向があり、それが単価指数を引き上げている」と指摘。日本全国4000店舗のPOSデータに基づいて計算している「SRI一橋大学消費者購買指数」の新たな指標として、2015年5月28日から、商品の容量変化や新商品と旧商品の交代が物価に及ぼす影響を反映する「消費者購買単価指数(暫定版)」を公表している。
日用品、食品、そして不動産などと多岐に渡る物価上昇のトレンドは、そもそも政府の金融政策と密接に関係している。日本銀行は2014年1月22日に発表した内閣府、財務省との共同声明「デフレ脱却と持続的な経済成長の実現のための政府・日本銀行の政策連携について」のなかで、「日本経済の競争力と成長力の強化に向けた幅広い主体の取組の進展に伴い持続可能な物価の安定と整合的な物価上昇率が高まっていく」と認識し、物価安定目標を消費者物価の前年比上昇率で2%と設定。長期的な物価安定目標を設定することで、デフレからの脱却を図る方針を明確にしている。
また、2015年4月30日に発表した「経済・物価情勢の展望(展望レポート)」においても、今後の消費者物価の前年比上昇率の動向について、「当面0%程度で推移するとみられるが、物価の基調が着実に高まり、原油価格下落の影響が剥落するに伴って、『物価安定の目標』である2%に向けて上昇率を高めていくと考えられる。2%程度に達する時期は、原油価格の動向によって左右されるが、……(中略)……2016 年度前半頃になると予想される」と展望し、日銀としてはそのために「必要な時点まで、『量的・質的金融緩和』を継続する。その際、経済・物価情勢について上下双方向のリスク要因を点検し、必要な調整を行う」との基本的見解を示している。こうした政策方針が前提としてある以上、物価上昇は粛々と進んでいくと言っていいだろう。
毎月公表されるCPIを見ていると、物価上昇は一段落したのではと考えてしまいがちだが、実際には様々な商品で価格改定がなされており、新商品や容量変更など、CPIに反映されない姿で、物価は着実に上昇している。我々消費者も「ステルス・インフレ」の現実と向き合い、家計を考えていかなければ、「ゆでガエル」のように、気づいたら取り返しのつかないことになっているかもしれない。