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高齢者を地方移住させる前に、やるべきことがある
http://diamond.jp/articles/-/73020
2015年6月11日 野口悠紀雄 [早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問] ダイヤモンド・オンライン
日本が直面する大きな問題が、増大する介護需要への対処であることは言うまでもない。最近これに関して興味あるニュースが2つあった。一つは、首都圏では介護施設が不足するため、高齢者の地方移住を進めるべきだとの提言。いま一つは、「空家等対策の推進に関する特別措置法」の全面施行が始まったとの報道である。
これらは、「ミスマッチ」の解消で、どちらの問題も改善できる可能性を示している。しかし、高齢者の地方移住は簡単にできるものではない。移住よりも先に、考えるべきことはないだろうか。
■日本経済に存在する重大なミスマッチ
日本創成会議は、6月4日、東京など1都3県で高齢化が進行し、介護施設が2025年に13万人分不足するとの推計結果をまとめた(「東京圏高齢化危機回避戦略」)。そして、高齢者の地方移住を進めるべきだとした。
一方、放置された空き家の撤去や活用を進める「空家等対策の推進に関する特別措置法」が5月26日、全面施行された。
これらは、日本が抱えている問題を象徴している。
一方で足りない(あるいは、将来足りなくなる)ものがあり、他方で余っているものがある。したがって、これら2つを、何らかの方法で結び付けることができれば、問題のすべてとはいわなくても、かなりの部分が解決できるのだ。つまり、日本全体として見れば、これらは、解決できない問題ではない。
それにもかかわらずできないのは、需給のミスマッチが生じているからである。足りないものと余っているものをマッチングするのは市場の基本的機能であるが、それが何らかの理由で実現できないのだ。
地方移住は、ミスマッチを解消する手段の一つである。つまり、需給状況に地域差があるから、需要者が地域間を移動すれば問題が解決できるとの考えだ。しかし、手段はそれだけではない。地域内においても、さまざまな方策でミスマッチの解消を図ることはできる。そのためには、ミスマッチをもたらしている原因が何かを明らかにする必要がある。
■東京圏の介護施設はいずれ逼迫 だが地方移住には障害がある
日本創成会議による提言の概要はつぎのとおりだ。
東京、神奈川、千葉、埼玉の1都3県では、2020年以降は高齢化率が26%を超え、急激な高齢化局面に突入する。今後10年間で75歳以上の後期高齢者が175万人増と、2倍近くに激増する。
東京圏では、「土地制約」と「人材制約」が厳しいので、医療や介護に対応できなくなる。医療需要に限っても、在院日数が短縮され、回転率が上がるという前提で計算しても、10年後には13万床、25年後には16万床が不足する。こうして、高齢者が病院や施設を奪い合う状態になる危険がある。
この問題への解決策として、提言は、外国人介護士の受け入れ、ロボットなどの活用、コンパクトな都市構造を目指しての都市機能の集約化などの他、大規模団地の再生、空き家の活用などを提案している。
それに加え、東京圏の高齢者の地方への移住の促進を提案している。そして、施設や人材面で医療・介護の受け入れ機能が整っている全国41地域を候補地として示した。
介護施設の需給逼迫に関して地域差があることは、これまでも言われてきたが、それを明示的に指摘したことを評価したい。厚労省も、在宅介護での対処に限界があることを認め、こうした問題への対処を真剣に探るべきだ。
ただし、「地方移住」という提案に対しては、つぎのような問題がある。
■地方が要介護者を受け入れられるのか
(1)要介護者が増えれば、当該市町村にも一定の負担が生じることを考えると、果たして地方が受け入れるか否かは疑問である。具体的にはつぎのとおりだ。
介護保険の保険者は、市町村とされている。介護サービスの費用のうち、被保険者の負担分以外の部分の100分の50は被保険者の保険料で賄うが、残り100分の50は公費で賄う。市町村の公費負担は給付総額の8分の1である。
市町村の立場から見て、要介護者が移住してくれば、保険料収入は増える半面で、公費負担も増える。どちらが大きいかは要介護度等によって異なるが、重度の要介護者であれば介護サービス費用が大きくなり、したがって市町村の財政を圧迫する可能性が高い。
このため、多くの市町村は、健康な高齢者の受け入れは歓迎するだろうが、要介護者等を増やすことには消極的になるだろう。
ところで、これは介護保険の保険者が市町村であることから生じる問題である。介護保険を地方財政が受け持つべきかどうかについては、もともと疑問がある。
介護の問題を要介護者の地域間異動で解決するためには、その前提として、国が介護保険の保険者になることが必要だ。
(2)地方においても、介護人材が十分にいるわけではない。介護分野の都道府県別有効求人倍率は、図表1のとおりである。
東京都の有効求人倍率が4を超える非常に高い値になっているのは事実だが、他の都道府県でも例外なく1を上回っている。このため、介護従事者の確保は、地方においても困難な課題なのである。
介護分野の都道府県別有効求人倍率
したがって、定員で見て受け入れ余裕がある地方であっても、実際には受け入れが困難な場合が多いと思われる。
それに、高齢者が住み慣れたところを強制的に移住させられるのは、できれば避けるべき方策だ。
以上を考えれば、可能な限りは、現在地を動かないで対処できる方策が望ましい。
しかも、介護と言ってもさまざまな段階がある。重度の要介護者であれば移住もやむをえまいが、そうでなければ、地元で対処すべきだろう。
■空き家は東京都で約75万戸 適切に活用できれば解決につながる
他方で、空き家の実態はどうであろうか。
総務省の「平成25年住宅・土地統計調査(速報集計)」は、全国の住宅の14%にあたる820万戸が空き家であるとしている。
また、2014年3月に、国土交通省は、全国の空き家の総数(08年)は約760万戸に及び、そのうち個人住宅が約270万戸を占めているとしている。
「平成25年住宅・土地統計調査(速報集計)」によると、つぎのとおりだ。
(1)総住宅数は6063万戸と、5年前に比べ305万戸(5.3%)増加。
(2)空き家は820万戸と、5年前に比べ63万戸(8.3%)増加。空き家率(総住宅数に占める割合)は13.5%と0.4ポイント上昇して、過去最高となった。
東京都については、東京都都市整備局「東京の空き家の実態」のデータがある。それによれば、つぎのとおりだ(図表2、3参照)。
(1)08年において住宅ストック数は約678万戸であり、総世帯数(約598万世帯)の1.13倍。
(2)空き家数は約75万戸であり、空き家率は1998年からほぼ横ばい。非木造の共同住宅が多い。
住宅ストック数と世帯数の推移
空き家数及び空き家率の推移
もちろん、すべての空き家を介護施設に転用できるわけではあるまい。しかし、空き家が適切に活用できれば、首都圏の施設不足のかなりが解決できるだろう。
14年11月に成立し、交付された「空家等対策の推進に関する特別措置法」(以下「空き家対策法」という)は、主として危険防止の観点から、空き家問題に対処しようというものだ。
同法によれば、一定の条件の空き家を自治体が「特定空き家」に指定し、所有者に解体や修繕などを勧告・命令できる。命令に応じないときは、自治体が取り壊し、費用を所有者に請求することもできる。
空き家が増える一つの原因として、空き家を解体して更地にすると、住宅用地を対象とした固定資産税の軽減措置が打ち切られ、税負担が最大6倍に跳ね上がることがある。そこで、特措法では、特定空き家の所有者が自治体の勧告などに従わない場合、住宅が立っていても軽減措置を打ち切れるようにした。
今年の2月から一部施行されていたが、5月26日から全面施行されたのである。
■利用が不十分なもう一つの空間 工場跡地の利用も考えられる
利用が不十分な空間は、個人住宅の空き家だけでない。工場跡地もある。
円安で一時的に海外移転のスピードが落ちているが、長期的には、日本から工場は減少していく。とくに地方都市でそうだ。したがって、その利用法が重要な課題になる。
工場跡地利用の状況は、三菱総合研究所「平成21年度地域経済産業活性化対策調査(工場跡地等の実態及び利活用方策に係る調査)」で知ることができる。
それによると、工場跡地の利用用途として最も多いのは、「工場」である(総計で53.5%)。それに次いで、「商業施設」がある(21.3%)。また、「物流施設」「住宅」もある(それぞれ9.7%)(図表4参照)。
ここで、介護施設がないことに注意しよう。介護施設への転用可能性は、もちろん場合によって異なるであろうが、商業施設や住宅への転用が可能であることを考えれば、原理的には可能な場合が多いと思われる。
そして、場合によっては、工場労働者が介護従事者に転職することも考えられる。
工場跡地の利用用途
■地方移住の推進の前に規制緩和や税制活用が必要
以上で見たように、空き家や工場跡地の活用によって、大都市圏においても、介護施設を拡充することは、原理的には可能であると思われる。言い換えれば、首都圏においても、「土地問題」は原理的には存在しないのである。他方で、すでに述べたように、地方部においても「人材問題」は存在する。
こうした事情を考えれば、地方移住の前に、検討すべき政策が多いことが分かる。
「空き家対策法」は、放置された空き家の安全の観点からのものであって、これを有効活用しようとの観点は弱い。したがって、単に撤去するだけでなく、有効活用を促すような方策を考えるべきだ。
その際に重要な役割を果たすのは、規制緩和であろう。また、税制も重要な役割を果たすと考えられる(実際、「空き家対策法」においても、固定資産税の軽減措置打ち切りが重要な役割を果たしている)。
政策全体を、既存ストック活用に向けて見直すことが必要だ。
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