(2015年6月9日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
当人たちはこの比較をありがたいとは思わないだろうが、ギリシャのアレクシス・チプラス首相と英国のデビッド・キャメロン首相は非常によく似た状況に置かれている。
どちらの首相も、自国と欧州連合(EU)との関係を変えるよう求める権能を国民から民主的に託されたと言っている。
どちらの首相も、他の欧州諸国はギリシャのユーロ圏離脱や英国のEU離脱というリスクを冒すことはせず、自分たちの要求をのんでくれるだろうと読んでいる。
しかし、チプラス氏もキャメロン氏も欧州諸国の反発に直面しており、下手をすると、2人がぜひとも避けたいと思っている事態――「Grexit(グレグジット)」と「Brexit(ブレグジット)」――に至りかねない。
ギリシャも英国も、自国の総選挙の結果を根拠とする主張が28カ国から成るEUで通用するのには限界があることを思い知らされた。自分は欧州に改革を求める権能を民主的に託されたとチプラス氏が述べた時、ドイツのヴォルフガング・ショイブレ財務相は「私だって選挙で選ばれている」と応じたと言われている。
大きく、複雑になり過ぎたEU
しかし、欧州を変えることの難しさは、自国民から民主的に託された権能の衝突を超えたところにある。この難しさは、EUの規模と法的な複雑さに由来する。組織としてあまりにも大きく、かつ複雑になってしまったために、抜本的な変化などほとんど考えられなくなってしまっているのだ。
英国によれば、移民の問題や自国の議会の権利の問題などについて英国が望んでいる変化を欧州で実現させるには、条約の改定が必要になるという。つまり、EUの基礎を成す法律文書に変更を加えるということだ。
しかし、条約の改定にはEUの全加盟国の同意が必要で、そのために国民投票を行う国も出てくるだろう。また、再交渉という過程自体がきっかけになり、すべての加盟国がそれぞれに要求を出してくる。
そんな悪夢のような見通しについて考えるくらいなら、小規模な、あるいは象徴的な変化以外はすべて拒否する方がEUにとっては楽だ。
このように変化を避ける姿勢は、要請されている改革の妥当性とはほとんど関係なく取られている。この点を理解しておくことは重要だ。
ギリシャや英国の要求が妥当か否かについては、EU加盟国の間でも見方が分かれている。
フランスとイタリアは、もう債務は返済しきれないうえにこれ以上の緊縮財政は逆効果だというギリシャの主張にいくらか同情している。また欧州北部の国々は、自国の議会の役割強化や福祉に関する英国の主張にいくらか共感を示している。
政治的な障害
しかし、ギリシャや英国の要求に妥当性があるにもかかわらず、EUには、抜本的な改革というパンドラの箱を開けることをとても嫌がる雰囲気がある。
ここにかかわる問題には、法的なものばかりでなく、政治的なものもある。
ギリシャや英国に譲歩すれば、他の国々から反発が出るという懸念があるのだ。
ドイツやオランダの有権者はギリシャ向けの債務を棒引きすることに憤慨するだろうし、ポーランドの有権者はEU域内からの移民の権利を制限する動きに腹を立てるだろう。
また、ギリシャの急進左派連合(SYRIZA)のような左派政党や英国の保守党のような欧州懐疑派の保守政党がほかの欧州諸国から譲歩を引き出すことになれば、同様な政党が欧州大陸全土で勢いを増し、EUの運営がさらに困難になりかねない。
その結果、EU主要国――特にドイツ――の政府は、恐らくギリシャや英国自身が理解している以上に、グレグジットやブレグジットを検討することに前向きになっている。
ドイツ政府はしばらく前から、ギリシャが離脱してもユーロ圏は持ちこたえられると述べている。
アンゲラ・メルケル首相はまだ、地政学的な理由からギリシャをユーロ圏内にとどめたがっているように見えるが、ショイブレ氏の率いるドイツ財務省は、ギリシャが抜けた方がほかのユーロ加盟国のためになる可能性があると考え、離脱を認める方向に傾いているようだ。
グレグジット、ブレグジット容認に傾くドイツ
グレグジットが実行されるか否かにかかわらず、ドイツでは、欧州は柔軟性をもっと低下させなければならないというのが一連のギリシャ危機の教訓だとの見方がコンセンサスになっている。
EU本部が各国の予算を今よりも厳しく監督するなど、ユーロ圏はもっとルールを厳しくして取り締まりも厳格にしなければならない、というわけだ。
英国問題はギリシャ問題ほど切迫しておらず、絡むおカネも少ないが、似たようなドイツのアプローチがすでに出現している。筆者は先週、何日かドイツで過ごし、65年にわたって英国とドイツの意思決定者を呼び集めてきた「ケーニヒスヴィンター・コンファレンス」に参加した。
ケーニヒスヴィンターの雰囲気は、いつも通り、友好的で率直だった。ドイツ外務省のトップ(外務次官)、マルクス・エデラー氏は英国人訪問者に向かって言った。「ドイツはロンドンを支持するため、さらにはロンドンを助けるために大抵のことをするが、何でもするわけにはいかない」
EU諸国にどの原則に従うかを選ぶことを許せば、「同盟の強さを抑制することになる。もしかしたら、規模は小さいがパンチ力のある同盟を継続する場合よりも力が弱まるかもしれない」という。
この発言は、静かに語られたが直接的な英国人への警告のように思えた。つまり、ドイツ政府としては、同盟内の一貫性を危険にさらすくらいなら、英国のEU脱退を見届ける用意があるということだ。
ドイツの厳しいアプローチは、28カ国が加盟するEUで改革を通すのがいかに難しいかという現実的な評価と、EU統合プロセスを後退させることへの大きな嫌悪感に基づいている。
だが、このアプローチは、ギリシャ経済が25%縮小したことであれ、EU域内で予想外に何百万人もの人が移住したことであれ、変化した状況に欧州が対応できないことを示す憂慮すべき例証でもある。
変化に対して柔軟になれないというこの弱点は危険だ。曲がることのできない欧州は、ポキリと折れる可能性がずっと高いのだ。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/43994
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