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全米一、移民が増える町・ナッシュビル
なぜ外国人は米国を目指すのか?
2015年6月2日(火) 長野 光
米南部のある街が世界の注目を集めている。それはナッシュビルだ。
ナッシュビルと聞いて、すぐにどんな街か想像できる人は相当な米国通に違いない。ニューヨークやロサンゼルス、シカゴやマイアミのように直ちに名前のあがる観光名所ではない。カントリーミュージックとウイスキーの製造で有名な、どこか人をほっとさせるというような街である。
全米一、移民が増えている町
そんな南部の穏やかな街が全米で注目を集めている。最も速いペースで移民の数が増えているのだ。
2013年の米国勢調査によれば、ナッシュビルの人口63万4000人の11.9%、およそ7万5000人が移民に相当する。同市の公立高校の生徒の30%は自宅で英語以外の言葉を主に使っており、その言語の数は約140種類に及ぶ。
テネシー州に位置するナッシュビル
米国における移民といえばメキシコからの移民を想像する人も多いと思うが、この街の移民の人種は多様である。メキシコ移民の数が多いのは確かだが、クルド人の数も多く、クルド人向け情報誌クルディッシュヘラルドが2010年に発表したデータによると、ナッシュビルにおけるクルド人の人口は1万1000人を数える。これは全米最多である。
そのほかにも、ソマリア、スーダン、ミャンマー、ラオス、カンボジアなどからの移民も増えている。
なぜ移民たちは他でもなくナッシュビルに集まるのであろうか。そこにはいくつもの理由がある。たとえば税制面だ。
米国は連邦税だけでなく州税も存在する。その州税は州によって税率が異なり、ナッシュビルの位置するテネシー州の場合、法人税や消費税の税率は全米でも中位だが、株や債券による収入は別として、労働に対しての所得税は徴税の対象にならない。所得税がかからないのは極めて大きなメリットだろう。
“大学無償化”もとうの昔に導入済み
住宅価格の安さもナッシュビルの魅力だ。
全米リアルター協会(NAR)のデータによれば、ナッシュビルの住宅価格の平均は2015年3 月時点で18万6400ドルだった。同時期のニューヨーク市(平均住宅価格33万8600ドル)やロサンゼルス(同43万4700ドル)よりも安いのは当然として、テキサス州オースティン(同24万9100ドル)やノースカロライナ州シャーロット(同19万7200ドル)などほかの地方都市と比較してもナッシュビルの住宅は割安だ。
もちろん、税率や住宅価格ばかりが魅力ではない。ナッシュビルは全米に先駆けて、すべての地元の高校生を対象にコミュニティカレッジと専門学校の無償化を宣言した。今年1月の一般教書演説で、オバマ大統領はコミュニティカレッジの無償化を盛り込んだが、ナッシュビルではとうの昔に導入済みである。
ワケあり移民もウェルカム!
加えて、移民を対象とした重層的サービスも充実している。そのひとつが、ナッシュビル市立図書館が無料で手がけている英語教室だ。無料というだけではなく、移民であればどんな人間でも授業を受けることができる。
ナッシュビル市立図書館の入り口のカウンターにある外国人歓迎のボード
裕福な家庭の子供が海外留学で米国に来てそのまま居着くケースがあれば、経済難民や政治難民が法の目をくぐって移住することもあるように、世界中から集まる移民はそれぞれが特殊な事情を抱えている。
彼らは誰もが義務教育を満足に受けているわけではないし、身元を深く調べられては困る人も少なくない。だが、この図書館で授業を受けるうえで、人種や年齢、学歴、犯罪歴、不法滞在か否かといったことは一切問われない。
テネシー州の地方紙テネシアンによると、同州には約12万4000人もの不法移民が暮らしている。ワケありだからこそ移民になる――。そんな背景を理解しなければ、移民の受け入れなど成功しない。
同様の試みはコミュニティレベルでも進んでいる。
ナッシュビルにある移民のためのコミュニティセンター、カーサ・アサフラン。元々はスペイン語を話す南米系の移民に対して設立された施設だったが、多様な移民からの要請で今ではあらゆる移民の相談を受け付けるようになった。
ここでは、移民に対してほぼ無償に近い金額で、簡易な医療、職業斡旋、託児サービス、そして英語の教育などを提供している。施設を設立したのは、移民をサポートしている市民団体コネクションズアメリカズ。やはり、ここでも合法か不法かは問われない。
ナッシュビルにある移民のコミュニティセンター、カーサ・アサフランの託児所で遊んでいる移民の子供たち
サザンホスピタリティーも移民を引きつける
学校やコミュニティのレベルでの文化交流を目的にしたイベントも盛んだ。
ナッシュビルで最も古いモスクの一つ、イスラミックセンター・オブ・ナッシュビルでは、イスラム教徒とその他の宗教の子供たちを中心とした交流イベントを頻繁に催している。2014年は年間で90もの文化交流イベントを開催した。ナッシュビルにはおよそ3万人のイスラム教徒が住んでいる。
イスラミックセンター・オブ・ナッシュビルで行われたイスラム教徒と地元中学校の交流会の記念写真(提供:イスラミックセンター・オブ・ナッシュビル)
さらに、サザンホスピタリティーと呼ばれる南部特有の精神風土を押す声もある。
「ナッシュビルの人たちはよそ者に対しても好意的で、ウェルカムな雰囲気をつくってくれる」。2008年にソマリアから移り住んだサフィ・ハラン氏(25歳)がこう語るように、南部に住む人々は人懐こく、笑顔にあふれ、常に好意的に人と接する。この土壌も移民が根付く要因だという。
いつ頃からナッシュビルに移民が集まるようになったのか、正確なところは分からない。企業の給与支払いを代行するペイマックスを経営するファーシード・ファードウシ氏のように、1970年代にナッシュビルに来た移民がいることを考えれば、70年代には既に移民の街になっていたようだ。
移民優遇策に上がった反発の声
現在のように行政が積極的に移民を歓迎するポリシーを掲げたのは、現市長が就任した2007年以降のことだ。だが、移民にフレンドリーな政策を採るにつれて、既存住民から戸惑いの声が上がり始める。それまで自然に増加してきた移民をこのまま受け入れるかどうか、疑問を呈する声が増えたのだ。
事実、2009年にはスペイン語など外国語を話す人口の増加を懸念して、市役所の資料を英語のみに限定しようという案が浮上、行政に関わる資料を英語のみとするか、それともスペイン語など他の言語の翻訳版を同時に作成するか、という異例のテーマで住民投票を実施している。この時は投票者の57%が「多言語も認めるべき」と投票、アンチ言語法案は否決された。
「あの住民投票はさらなる移民受け入れに舵をきる重要な契機になった」とカール・ディーン市長は語る。
移民による起業も増えている
今では、移民の増加はナッシュビルの経済にも好影響を与えている。
2004年におよそ691億7200万ドルだったナッシュビルのGDP(デイヴィッドソン郡、マーフリーズボロ、フランクリンを含む)は、2013年には1008億4100万ドルと大きく伸びた。ナッシュビル商工会議所の発表したデータによれば、輸出高も2012年から2013年の1年間で23億ドルも増えている。また2004年から現在までにおよそ1100もの企業がナッシュビルに拠点を移した。そのうち200社は世界的に事業を展開するグローバル企業だ。
進出している日本企業も数多い。テネシー州全体の数値になるが174社が進出、4万4280人の現地従業員を雇用している。日本企業による総投資額は161億ドルと、海外企業による直接投資の54%を占め、州内に占める日本企業の雇用の割合も35%と極めて高い。こうした海外企業を引きつける要因の一つに、移民を軸とした豊富な労働力があるのは間違いない。
最近では移民による起業も増えている。
インドで技術系の大学を卒業したシル・イランチェリアン氏は、ジョージア州の大学でMBA(経営学修士)を取得後、2013年にナッシュビルで中小企業向けにウェブマーケティングを提供するKテックソリューションを立ち上げた。創業の地をナッシュビルにしたのは、リーズナブルな税金や不動産、そして労働力だという。
オバマ大統領は2014年11月に、500万人の不法移民を強制送還の対象から除外して正式な労働の権利を与える意向を発表した。一部共和党議員などを中心に反対の声も少なくないが、長らく誰も手をつけられずにいた移民問題に大きく舵を取ろうという意志がうかがえる。
メキシコを中心とした移民は、既に国境を越えてこの国に入り込み、様々な労働を請け負っている。不法移民を目の敵にする人も多いが、彼ら無くしてこの数十年の米国の経済成長はあり得なかった。
「ナッシュビルは全米で最も速いスピードで移民が増えている街だ。不法移民を社会の陰から引っ張り出して、彼らにも役割を与えたい」
2014年12月、オバマ大統領はカーサ・アサフランで持論の移民政策について熱く語った。この場所を選んだのは、ナッシュビルがアメリカそのものだからだろう。
ナッシュビルから透けて見える移民政策
少なくとも現政権は移民を可能な限り受け入れるというポリシーを掲げた。そこには増加するラティーノ層の評を取り込みたいという下心もあるが、同時にすでに長らくこの国の労働力として定着した移民を手放すわけにはいかないという切実な現実が大きい。
同時に、移民サイドも生活をより確かなものへと前進させるために、満足な権利と教育と労働のチャンスを掴み取る必要がある。合法、非合法を含め、移民が安くて辛い仕事に耐えに耐えて手にした存在感なのだ。長らく手つかずであった移民問題は、この国の前進の鍵を握る最重要課題のひとつである。
ナッシュビル、ダウンタウンの街の風景。ライブイベントが楽しめる飲食店が軒を連ねる
高齢化に伴う人材不足から、外国人労働者の受け入れが日本に限らず様々な先進国で議論されている。その際に重要なのは、移民を単なる労働力止まりの存在として扱わないということではないだろうか。
移民に可能な限りチャンスを与え、コミュニティや職場へと移民を迎え入れる。移民から発生する新しいアイデアを大きな可能性として街づくりの視野に入れる。ナッシュビルから透けて見えるのは、ダイバーシティ(多様性)とコンクルージョン(包摂性)の重要性だ。
何より、移民自身がナッシュビルを米国における故郷だと捉え、積極的に盛り上げている。移民なりの愛郷の精神、これこそがナッシュビルの移民政策が大きく成功している証に違いない。
こういった移民に対する方法論が、そっくりそのまま日本に当てはまるとは思わないが、どうせ共存するなら仲良くすればいいとも思う。果たして、これはのん気な考えなのか。取材の最後に振る舞われたテネシーウイスキーを舐めながら、ぼんやりと考えた。
このコラムについて
骨とチップ 〜膨張する大国、アメリカの一断面〜
中国や欧州が減速する中で、米国は再び成長軌道を取り戻しつつある。様々な矛盾をはらみながらも拡大する米国の今の姿を、企業や人、出来事を通じて本誌ニューヨーク支局記者が浮き彫りにしていく。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20150528/281753/
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