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米国経済先行き不安は行き過ぎか?
下押し圧力解消を読み解く5つのポイント
――丸山義正・SMBC日興証券シニアエコノミスト
「可愛さ余って憎さ百倍」
蔓延する米国経済先行き不安
Photo:haveseen-Fotolia.com
米国経済の先行きに対して悲観する声をよく聞く。2015年1〜3月期の実質GDP成長率が前期比年率+0.2%とほぼゼロ近傍まで低下したのだから、4〜6月期に復調するか否かを慎重に見極める必要がある点は言うまでもない。なお、5月29日公表予定の2次推計値では、マイナス成長への下方修正が見込まれている。
ただ、現在蔓延している悲観は、主要国の中で唯一高成長を期待されていた米国経済に裏切られ、「米国経済よ、お前もか」とでも言わんばかりの失望に基づいているように思われる。「可愛さ余って憎さ百倍」というところではないだろうか。
しかし、筆者の分析では、1〜3月期の米国経済の減速の相当部分は昨年時点から想定されていた動きに過ぎない。もちろん、暖冬との天気予報が大外れし、歴史的な寒波に見舞われた点は想定外であり、1〜3月期のゼロ成長やマイナス成長を筆者が予想できたわけではない。ただ、1〜3月期に米国経済を下押しした要因のうち3分の2から4分の3程度は想定内である。
1〜3月期の米国経済を
下押しした「5つの要因」
SMBC日興証券 金融経済調査部 米国担当シニアエコノミスト。1995 年日本興業銀行(現みずほ銀行)に入行。大企業向け融資営業に従事した後、2001 年より調査部(その 後、みずほ総合研究所へ改編)にて日本経済及び産業構造、企業行動の分析を担当。BNP パリバ証券にて日本経済担当エコノミストを務め、伊藤忠商事にて米州及び日本を中心に新興国まで含むグローバルな経済、 政治、金融市場の分析を担った後、2014 年8 月より現職
1〜3月期の米国経済を下押しした要因は、@昨年終盤にすでに進んでいた原油安に伴う原油関連セクターでの投資圧縮、A昨年夏から交渉が難航していた西海岸港湾の労使紛争、B昨年夏場からのドル高進行、C極めて好調だった年末商戦の反動、D異例の寒波の5つと考えられる。
このうち@〜Cについて、筆者はおおむね想定内の事象と考えている。以下では、5つの要因について順を追って確認した上で、4〜6月期以降の米国経済を考える上でのインプリケーションも考えていきたい。
@原油安に伴う投資圧縮
米国の原油及び石油製品の自給率は2013年時点で60%程度であり、日本と同じく純輸入国だが、同時に産油国としての顔も有している。そのため、原油安に際しては、コスト低下というメリットよりも、原油安を受けた原油関連投資圧縮というデメリットが先行する。何事も、損を被るプレイヤーの動きこそ迅速である。
原油関連投資の2015年1〜3月期における急減は、すでに昨年終盤の時点から見通すことができた。油井やガス井開発の初期段階に用いられるリグの稼働数が急減していたためである。案の定、1〜3月期に原油・天然ガス開発関連の設備投資は前期比年率▲47.5%と急減し、設備投資全体を4.1%ptも押し下げた。1〜3月期の設備投資は前期比年率▲3.4%だったから、原油・天然ガス開発関連投資がなければ、増加していたとの計算になる。
稼働リグ数は執筆時点でいまだ減少を続けているが、下げ止まりつつある。4〜6月期には原油・天然ガス開発関連投資の減少ペースが多少鈍化すると想定できる。また、原油関連ビジネスが盛んなテキサスなどの州では年明けからリストラが行われ、新規失業保険申請件数が増加していたが、5月に入り沈静化しつつある。
A西海岸港湾の労使紛争
西海岸港湾の労使紛争は6年ごとに行われ、紛糾することが多い。前々回の2002年に世界的な大問題に至ったことから、今回も従前から実体経済に及ぼす悪影響が懸念されていた。労使紛争は、手続き遅滞を通じて2014年後半から貿易取引を遅滞させていたが、2015年に入りロサンゼルス地区のコンテナ輸送量が急減に至った。
影響をイメージし易いように、筆者の季節調整値で見ると、1〜3月期の同地区のコンテナ輸送量は▲19.7%と2割近い急減を記録している。こうした動きが、直接的に貿易取引の停滞をもたらしたのみならず、サプライチェーンを通じて米国内の製造業を圧迫するという間接的な悪影響にも繋がったと考えられる。
労使紛争は2月末に妥結し、3月に同地区のコンテナ輸送量は前月比+43.7%と急回復した。ただ、沖で滞船していた輸入品の陸揚げが優先されたほか、輸入生産財を用いて生産そして出荷というプロセスが必要なために、輸出の回復は4月以降に後ずれした。3月はコンテナ輸入量が+66.3%と急増する一方、輸出量は▲2.6%と若干だがむしろ減少している。こうした動きが、1〜3月期に純輸出(輸出−輸入)が米国の実質GDP成長率を年率1.3%ptも押し下げた主因だと、筆者は判断している。
ただし、4〜6月期には純輸出の動きが反転するだろう。遅延していた陸揚げが相当程度消化されたことから、コンテナ輸入量は4月に前月比▲15.6%と減少へ転じた。一方、サプライチェーンの復旧を受けて、コンテナ輸出量は+11.1%と回復しつつある。1〜3月期の下押しから急反転し、4〜6月期には純輸出が米国経済の成長に大きく貢献すると筆者は考えている。
Bドル高
本稿で扱う1〜3月期の米国経済を下押しした5つの要因のうち、ドル高だけは2015年末に向けてむしろ米国経済に対する下押し度合いが強まっていくと、考えられる要因である。筆者の計量分析に基づくと、為替増価(米国ではドル高)の実体経済に対する下押しは3四半期後に最も強まる。1〜3月期に対ユーロを中心にドルは大幅に増価しており、その影響は3四半期後の今年10〜12月期がピークとなるだろう。
筆者の試算では、ドル高は2015年平均で米国経済の成長率を0.35%pt程度押し下げる。0.35%ptは無視できない大きさだが、2〜3%程度の米国経済の成長率を前提とした場合に、致命的というほどではないだろう。
C年末商戦の反動
年末商戦の反動については、わざわざ要因として挙げるほどのこともない、つまり当たり前と思われる読者も多いだろう。年末商戦における値引きは、日本で生じた消費税率引き上げ前の駆け込み需要と同様に、異時点間の消費代替であり、当然その反動が生じる。ただ、ガソリン安による恩恵があるため、年末商戦の反動は軽微にとどまるとして1〜3月期の個人消費に対して強気なエコノミストが、今年初めの段階ではむしろ多数派を占めていた。
しかし、戦後の持続的なガソリン価格下落局面のほとんどにおいて、その初期に米国家計の貯蓄率は上昇している。つまり、米国家計はガソリン安で浮いたお金を、すぐには使わずまずは貯めるのである。そうした先例と同様に、今回も昨年12月から今年2月まで貯蓄率が急速に上昇した。したがって、ガソリン安を理由に1〜3月期に個人消費の堅調推移を期待することも、1〜3月期に米国家計が積極的に支出しないことを捉えて消費行動の変質(慎重化)と声高に指摘することも、ナンセンスだろう。
年末商戦の反動に加え、後述する寒波もあり、1〜3月期に米国の個人消費は減速したと考えられる。一方、4〜6月期以降は、ガソリン安の恩恵が徐々に滲みだしてくる時期に当たると筆者は予想している。
D寒波
2014年に続き、2015年も厳しい寒波が米国経済を襲うとは、正直なところ全くの予想外だった。天気予想の暖冬予報を見て、筆者は暖冬の経済効果のレポートを準備していたくらいである。厳しい寒波は、消費者の外出を抑制し、消費に悪影響を及ぼす。また、建設業などの工事や運輸ビジネスなども妨害する。実際、建設関連データを見ると、民間住宅投資や民間非住宅投資、地方政府の公共投資といった幅広い分野で、1〜3月期に落ち込みを確認できる。
なお、今年の寒波は2月後半から3月前半と月をまたいだ。そのため、2月分に悪影響が顕著に表れた統計と3月分に表れた統計が併存している。たとえば、小売売上高では2月に悪影響が表れる一方、各月の12日を含む週が調査対象である雇用統計は2月分ではなく、3月分の悪化が顕著だった。4〜6月期以降を考える場合、寒波の悪影響は当然に消えるばかりか、抑圧されていた需要の顕在化が見込まれる。実際、経済統計は、3月から耐久財販売の回復を、4月からは住宅投資の復調を示している。
4〜6月期以降の米国経済
は復調へ向かう
以上の5つの要因のうち、Bドル高は2015年を通じて米国経済を蝕み、@原油安に伴う投資圧縮による下押しは4〜6月期もある程度残存する。しかし、A西海岸港湾の労使紛争やD寒波による影響は1〜3月期の下押しが4〜6月期には押し上げへ転じると見込まれる。加えて、徐々にガソリン安による恩恵も滲みだしてくるだろう。米国のエネルギー情報局は、ガソリン安によって、今年のドライブシーズンに米国の平均的な家計が700ドルの恩恵を受ける旨の試算を公表している。
以上を踏まえ、筆者は4〜6月期から米国経済が復調へ向かい、4〜6月期には前期比年率+2%台の実質GDP成長率を確保し、その後も+2.5〜+3.0%程度のペースで成長を続けると予想している。昨年4〜6月期及び7〜9月期の年率+5%近傍の成長に比べ、物足りない点と考える向きも多いだろう。それは2014年と異なり、原油安による投資圧縮とドル高による下押しが生じているためである。
4〜6月期以降の米国経済について、代表的な楽観的な立場として「一時的な下押し要因が消え成長率が回復する」との見方が紹介され、悲観的な見解として「ドル高や原油安の悪影響が残るため成長率は回復しない」との見通しが引用される。そうした明確な切り分けは確かにわかり易いかもしれないが、現実の経済はそれほど単純ではない。
労働市場の需給の
逼迫度合いの見極めは
4〜6月期以降の米国経済が、緩やかながらも潜在成長率を上回る回復経路を辿る下で、労働需給はよりタイトになると考えられる。ここで重要なポイントは、米国の労働市場が現時点でどの程度逼迫しているかの判断だろう。労働需給がすでに相当程度逼迫している場合には、賃金上昇を通じたインフレ加速には緩やかな成長に伴う雇用増加で十分に足りるが、いまだ相当のスラックが労働市場に残存していれば、速いペースでの雇用増加が必要になる。
どこまでの意味があるのか?
NAIRU議論に対する違和感
こうした点を論じると、インフレ非加速失業率(以下「NAIRU」)の低下を持ち出される方が多い。確かに他の条件が一定であれば、NAIRUの低下は賃金及びインフレ率が上昇加速へ達するまでにさらなる労働市場の改善が許容され得ることを意味し、金融緩和の長期化を促す。
しかし、NAIRUは失業率に対応した概念に過ぎない。パートタイム労働者の増加や労働参加率の低下などが示すスラック拡大を勘案できないために、労働市場の需給把握においてイエレンFRB議長から不適切との烙印を与えられた失業率概念に対応するNAIRUが低下したとの議論に、どこまでの意味があるのかは疑わしい。
筆者は、NAIRU低下の可能性を否定しない。人口動態要因などにより金融危機前に比べNAIRUが低下している可能性は高いだろう。これは、米国に限らず高齢化が進む先進国において共通の事象である。ただ、NAIRU低下をいきなり金融緩和余地の存在に結論付けることは、失業率によって把握できないスラックに対する分析の放棄に他ならないと思われる。
フィリップス・カーブを試算すると
賃金上昇ペースの加速は近い
パートタイム労働者の増加なども勘案した労働需給を把握し、その労働需給に対応したNAIRU類似概念を踏まえて、現在の労働市場の需給を判断すべきだろう。そのために、筆者はカンザスシティ連銀が月次で公表している総合的な労働市場の指標であるLMCIを用いて、失業率によって把握できないスラックも包含した「推計拡張失業率」を試算し、その「推計拡張失業率」と賃金動向の関係を分析している。
賃金データとして雇用コスト指数の民間賃金を用いて、「推計拡張失業率」との関係、つまり賃金フィリップス・カーブを試算すると、すでに賃金上昇ペースの加速が、ひいてはインフレ率の上昇加速が示唆される領域に入りつつある。
労働需給の逼迫が2015年中の
利上げ開始を促す
Fed関係者も、労働市場の先行きに対しては強気な発言が目立つ。4月の連邦公開市場委員会(以下「FOMC」)の議事要旨では、不冴えだった3月雇用統計を参照しつつも、労働市場の回復が強調されている。そうした認識を裏付けるように、4月の消費者物価指数では、食料とエネルギーを除いたコア指数が、中でも賃金との連動性が高いサービス価格が強めの結果を示した。
筆者と同様に、Fed関係者も労働市場の需給が逼迫に近づいているとの認識にあるのであれば、利上げ開始に向けた経済成長のハードルは低い、つまり潜在成長率を幾分上回る程度の緩やかな拡大で足りることになる。
こうした労働需給と賃金、インフレ動向に関する分析を踏まえ、筆者は2015年中に、メインシナリオでは9月のFOMCにおいてFedが利上げを開始すると見込んでいる。景気動向が多少下振れし、利上げ開始が12月のFOMCに後ずれする可能性は否定できない。しかし、労働需給の逼迫度合いを勘案すると、2015年中に利上げを開始しなければ、Fedが過度なビハインド・ザ・カーブに陥るリスクが存在するだろう。
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