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ニューロビジネス思考で炙り出せ!勝てない組織に根付く「黒い心理学」 渡部幹
【第26回】 2015年5月27日 渡部 幹 [モナッシュ大学マレーシア校 スクールオブビジネス ニューロビジネス分野 准教授]
接客スキルが低いのに顧客満足度は高いホテルが実践していたこと
開店時間に店が開かない!
マレーシアのスタバで何が起きたか
本連載「黒い心理学」では、ビジネスパーソンを蝕む「心のダークサイド」がいかにブラックな職場をつくり上げていくか、心理学の研究をベースに解説している。
接客業にスキルが必要なのは言うまでもない。しかし、それ以上に必要な要素がある Photo:naka-Fotolia.com
筆者は朝、仕事前に近くのスターバックスに寄って、エスプレッソコーヒーを飲むのが日課だ。日本とは違って、ここマレーシアではスターバックスものんびりしていて、開店時間は午前8時だ。筆者はいつも開店直後に寄っていた。
2週間前、そのスターバックスでは人事異動があって、ショップの責任者であるチーフ店員以下、全員が入れ替わった。
その直後である。筆者がいつものように8時過ぎに店に行くと電気がついてない。エスプレッソマシンにもまだ布がかけられて、アルバイトと思しき店員はのんびり、座席の整理をしている。他の従業員も思いついたように開店準備を「のんびりと」行っていた。
筆者が一番乗りだったため、働いている店員に「エスプレッソを頼める?」と尋ねてみると、彼女は「OK、OK」といいながら、マシンのスイッチを入れ、まだ明かりもついていない店内で、のんびりとコーヒーを淹れてくれた。
筆者は心の中で「誰か気を利かせて電気くらいつけてくれないかな」と思っていた。
そして、会計をしようとレジでお金を渡すと、彼女は困惑したようにレジをみて、何回かキーを叩いた後こういった。
「お金はいいです。レジ動かないから」
筆者の頭は????だらけだった。サービスしてもらったのはあり難かったが、何が起こっているのか全く説明がない。そのうえ、筆者がコーヒーを頼んでいる間に、後ろには長蛇の列ができていた。彼女は彼らに、「ごめんね。レジ動かないから、注文聞けません」とだけ言うと、カウンター裏に引っ込んでしまった。
残された客は唖然とし、やがてあきらめ顔で去っていった。そこで怒らないのはマレーシア人のいいところだとも思うが、だからこそ、こういう「接客の基本」が育たないのだと筆者は感じた。
接客業なのに客を見ていない
「開店しないこと」以前に気になること
筆者が思うに、この原因はショップの責任者が無責任だったせいではないか。責任者がレジをONにするキーをもっているため、他の従業員はレジを使うことができない。ショップ責任者が大抵の場合、早く来て他の従業員に指示をするのだが、その責任者が遅刻してくる。
結局、その「開店時間に開店できないスタバ」はいまでも、8時には暗いままだ。始業前のエスプレッソを楽しめなくなったのは残念だが、この問題の改善にどれだけ時間がかかり、どう対処するのか、マレーシアのスターバックスの組織力を見る良い機会だと思っている。
その中で、筆者が気になったのは、無責任な責任者だけではなく、他の従業員も「客を待たせてすまない」とか「店の責任を果たしてない」という感覚をもっていたようには全く感じられなかったことだ。
お金さえもらえて、言われた仕事をしておけばいい。筆者にはそのように感じられた。つまり、接客業、サービス業でありながら、客をほうを向いて仕事をしていないのである。
それとは対照的なケースを紹介したい。先日、あるコミュニティペーパーの記者から聞いた話だ。彼女は、クアラルンプールのあるホテルの取材にいった。ホテルといっても、もともとコンドミニアムとして建てられたビルを、ホテル経営会社が買い取り、主に長期滞在者向けの宿泊施設としてオープンさせたものだ。
そのホテル経営会社は世界でも大手。様々なホテルの支配人を経験してきたベテラン社員をトップに据えて、経営を行っていた。そのベテラン社員は実は日本人だったため、私の知り合いの日本人記者が取材に行ったということだ。
事前に十分な下調べをしていった彼女は、少し驚いたという。そのホテルはまだグランドオープンには至っておらず、2ヵ月間ソフトオープンのままで、ダイニング等一部の設備は使えない。さらに、まだ一切の広告は打っておらず、expedia、booking.comとagoda(いずれもホテル検索サイト)にのみ登録している。にもかかわらず、オープン以来、客室の稼働率は8割を超える。
このホテルは4つ星扱いだが、クアラルンプールでは通常、4つ星ランクはビジネスマンの出張等に使われることが多いため、休日よりも平日に混む傾向がある。ところが、このホテルは土日も変わらぬ人気で、長期・短期、単身・家族連れなど関係なく人気らしい。
登録しているインターネット予約サイトでは、宿泊者の評価がアップされているが、それらの評価もすこぶる良い。ほとんどの人は10点中8点以上をつけている。それがさらに多くの客を呼んでいるという。
接客スキルは低いのに
なぜホテルは大人気なのか
彼女はそこまで人気ならば、どれだけ素晴らしいホテルなのだろうと胸を躍らせて向かったそうだ。
だが着いた時には、彼女は少し驚いた。当然といえば当然なのだが、もともとコンドミニアムだったそのエントランスは、マンション然としていて、ホテルのエントランスには見えない。入口には、守衛が一人だけ。マレーシアに出稼ぎにきた外国人らしく、英語もうまく話せない。
宿泊客ではない彼女が取材に来たことを英語で告げてもなかなか理解してもらえず、身振り手振りで話してやっと中に入れてもらった。ロビーに入っても誰もいない。フロントフロアまで、エレベータで上がっていって、初めてホテルスタッフに会えた。
スタッフは親切ではあったが、一流のプロフェッショナルには見えなかった。制服の着方や身のこなし方が板についていないのだ。取材経験豊富な彼女はすぐにそれを見抜いた。
「どうしてこのホテルの評価がああまで高いのだろう」
彼女の疑問は深まるばかりだった。
その疑問を解くきっかけはすぐに訪れた。少し早く着いたので、彼女はホテル内のカフェで飲み物を注文し、資料に目を通していた。テーブルいっぱいに資料を広げ、メモを取っている彼女に、ひとりのウエイトレスが近付いてきた。
「あの、お邪魔して申し訳ありません。何のお仕事をされている方かお尋ねしたいのですがいいでしょうか」
まだ20代前半の学生と思しき若い女性だ。たぶんアルバイトだろう。記者の女性は、笑いながら「私はジャーナリストですよ」と答えた。
するとウェイトレスは、満面の笑みで、「やっぱり!すごくかっこいいです!私、将来ジャーナリストになるのが夢なんです。答えていただいてありがとうございました!お邪魔してごめんなさい!」と嬉しそうに言うと、去っていった。
その後、知り合いの記者は他のスタッフに、追加注文をしたり、会計を頼んだりしたのだが、その若いウェイトレスがすべての面倒をみてくれた。そして帰り際、「宿泊のお客様ですか、それとも取材にいらしたのですか」と、そのウエイトレスは再び尋ねてきて、彼女が「支配人に取材をするのです」と答えると、目を丸くして、「支配人!?すごいっ!」と、自分がウエイトレスであることも忘れて跳ねまわっていたという。
彼女はそんな初々しい現地人のウエイトレスをみて、微笑ましい気分になった。そして彼女は気がついた。会うホテル従業員が皆、誰に対してもそうなのである。従業員と客が、程よい距離感で親しくなっている。サービスクオリティは、最高とは言えない。どうみても、経験の少ない者、あるいはアルバイトとしか思えない者も多い。だが、彼らは接すると大変気持ちのよい対応をする。
支配人と会ってインタビューした後、彼女はその出来事を彼に話した。支配人は、こう答えたという。
「サービスクオリティが低いのは、申し訳ありません。この国では、サービス業の訓練をしっかり受けた者は少なく、どうしても仕事を通じて教育せざるを得ません。ただ、ここの従業員はすべて私自身が直に面接して選びました。そして、まだ経験も施設も未熟なこのホテルでは、『お客様を大切にしよう、お客様にできることをできるだけしよう』というコンセプトが重要であることを繰り返し教育しています」
効率性やルールよりも大切な
「ヴィジョンの浸透」
簡単に言えば、このホテルではヴィジョンを浸透させているのだ。支配人は、一流ホテルが提供するような、1から10まで目の行き届いたサービスを提供するのは、今の環境と人材では無理と判断した。ならば、お客様にとって、もっとも重要なものを提供することから始めるべきと考えたのだ。ホテルらしからぬたたずまいも、エントランスの不便さも、優先順位としては高くない。それよりも、気持ちのよい接客、そこに滞在することの心地よさが重要となる。
それを体現するためのヴィジョンを従業員に徹底させた。従業員を採用するときも、そのヴィジョンを実践できるかどうかを見極めるようにした。徹底した社員教育を行うより、それが重要だということが支配人にはわかっていたのだ。
従業員に「客に向くこと」を徹底している支配人の手腕に、彼女は感服したという。
そしてこの話を聞いて、筆者は最近ザッポスが導入した「ホラクラシー」という組織哲学を思い出した。同時にザッポスCEOのトニー・シェイの「文化があれば制度は要らない」という言葉も。
徹底した接客サービスで有名なザッポスは現在、会社内のヒエラルキーや肩書を取り払う新しい組織体系に移行している。その根底にある哲学がホラクラシーだ。意思決定権限や命令系統が完全に垂直になっている官僚システムの、いわば対極に位置する「フラット」な組織体系である。
この考えは組織の効率性を重視するあまり、個人の主体性やアイディア、自主判断とクリエイティビティといったものがないがしろになるのを防ぐために考案された。かなり極端な考えだが、米国ではこれまで約300社が採用した実績があるという。
当然ながら、これはかなりチャレンジングな試みであり、採用した後に20%ほどの会社が挫折してしまうという。また、ホラクラシーの浸透にも時間がかかる。実際、ザッポスはホラクラシーに賛同できない社員には、手厚い退職金をつけて退職してもらった。その数は全社員の17%に上るという。
そんなリスクをとってまで、ホラクラシーの導入を試みるトニー・シェイの真意は何か。それは従業員一人ひとりが、ヴィジョンを理解し、自主的にそれを体現しつづけるためだろう。つまり、従業員が自発的に「お客様のほうを向いて」仕事をすることなのだ。
さて、翻って考えてみたい。筆者の場合、研究者としては「研究」に向き合うのが仕事だ。そして授業や学生指導の際には、「学生」に向き合うべきだ。
このように業種や仕事内容によって、「何に向き合うべきか」が変わってくるし、それは同じ仕事でも、シーンによって何種類にもなる。このことを整理して、自分のパフォーマンスを考える機会を持てているだろうか。
知らず知らずのうちに冒頭のスターバックス店員のようにならないためにも時折、仕事の上での「自分の向き」をチェックしてみるといいだろう。
http://diamond.jp/articles/-/72164
おもてなしで飯が食えるか?
【最終回】 2015年5月27日 山口英彦 [グロービス マネジング・ディレクター、ファカルティ本部長]
「おもてなし」はビジネスとして生き残れるのか?
今回は「おもてなしの未来」について語ってみます。
おもてなしをビジネスとして成立させるには幾つものハードルがあり、マスコミが騒ぎたてるような成長市場には簡単になり得ない点を、繰り返し指摘してきました。しかし、おもてなしの未来が絶望的かと言えば、必ずしもそうでもありません。本コラムでも紹介した知恵を用いたりすることで、以下の図にあるような4つのパターンで、おもてなしがビジネスの中で活かされていくと予想します。
おもてなしをビジネスとして成立させる上でのハードルはいくつかありますが、特に顕著なのは、
(1)1つひとつのサービスに時間やコストがかかり、収益性が落ちる
(2)一部の従業員の技量に依存してしまい、事業拡大が妨げられる
の2つです。上記のマトリクスの2軸もこの2つに対応しており、
縦軸: 収益化の方向性(サービス価格に転嫁して回収するか/しないか?)
横軸: 規模化の方向性(個人技依存を続けるか/脱却を図るか?)
と設定しています。収益化と規模化、この2つの障壁にどう対処するか次第で、今後のおもてなし活用のカタチが変わってくるのです。
おもてなしで集客する ―代官山蔦屋書店
まず左上の「マーケティング手段としての利用」から見てみましょう。「マーケティング」と言うと意味が広いのですが、要は集客や顧客との関係強化の手段としておもてなしを活用するパターンです。
一例として、代官山の蔦屋書店があります。こちらの書店はCCC(カルチュア・コンビニエンス・クラブ)が「大人のための文化の牙城」を目指して、2011年冬に開業した書店です。足を運んだことがある方も多いと思いますが、建築デザインは秀逸ですし、インテリアも洒落た自宅で寛ぐような居心地のよさがあります。何よりもユニークなのは、コンシェルジュと呼ばれるプロがアート・旅行・料理といったジャンル毎にいて、各コーナーの棚づくりを任されているだけでなく、専門知識を活かして顧客が本を選ぶ相談に乗ってくれる点です。このようにおもてなしに溢れた店舗ですので、顧客としては嬉しい一方、「こんな手間のかかるサービスを提供して、CCCはちゃんと儲かるんだろうか?」と心配になるかもしれません。実際、書籍は集客力のある商材で来店客は絶えないものの、書籍販売は利幅が薄いですし、本を買い求める人で蔦屋書店のレジが混んでいる様子もありません。
実はこの書店にはスターバックスが併設されていて、ほとんどの来店客はここでドリンクを買った後、好きな本を手に取って、ソファに座って閲覧します。コーヒーは粗利率の高い商材でして、たとえその顧客が本を購入しないまま帰っても、大概は元が取れるのです。つまり、書籍販売でおもてなしを提供して集客を図りながら、書籍自体ではなくコーヒー販売で稼ぐのが蔦屋書店の収益モデルです。
最近復活の兆しを見せている「町の電器屋さん」も、蔦屋書店と似たアプローチです。彼らは低価格や品揃えで市場を席巻する家電量販店とは一線を画し、地域密着のサービスを大切にしてきました。周辺住民の家電に関する相談に気軽に応じたり、時には自宅に伺って、家電の使用方法を説明したり、簡単な修理なら無償で引き受けたり。通常、こうしたおもてなし部分に課金はしませんが、代わりに多くの顧客が電池や電球といった消耗品を買ってくれたり、時にはエアコンや洗濯機といった大型家電をあまり値引きせずに購入してくれたりするので、電器屋の商売が成り立っているのです。
このように強固な収益源を別に持っている企業が、自社製品やサービスを差別化するためにおもてなしを提供した場合、おもてなしに高い課金をしなくても(場合によっては無償提供しても)トータルの収支が成り立ちます。利益率の高い物販を手掛けている業態を中心に、マーケティング手段としてのおもてなし活用はこれからも広がるでしょう。しかし、マトリクスで見てわかるように、収益化の壁はクリアしても、おもてなし提供を従業員の個人的な意欲や能力に依存する点では従来と変わっていません。従って店舗や営業拠点を短期間に50か所、100か所……と増やせる企業は、残念ながら限られるだろうと思います。
おもてなしビジネスの王道は、やはり「仕組み化」
続いてマトリクスの右下に移って、「仕組み化によるスケール実現」を考えましょう。本コラムで過去に論じた内容の半分以上は、この「仕組み化」に関する提言でした。おもてなしのビジネスを規模化するには、おもてなしを含むサービス提供を個人の経験や勘に頼るのではなく、仕組みに置き換える必要があると、繰り返しお話しました。
改めて整理すると、仕組み化には大きく言って「提供方法の仕組み化」と、「組織複製の仕組み化」があります。前者の「提供方法の仕組み化」では、サービス提供プロセスを可視化したり、それをマニュアルとして従業員の間に普及させたり、あるいはPDCAのサイクルを回しながら生産性改善を図るのが第一歩でした。加えて、定型化できたプロセスにITや機械設備を導入して従業員の作業を代替できれば、生産性はさらに向上します。一般的には「おもてなしと標準化は相容れない」という印象が持たれているものの、実際には定型部分の基本業務が標準化・IT化されていればこそ、従業員が非定型なおもてなし部分に取り組むキャパが生まれてきます。介護の現場で、リフトの導入によって浴室や自動車への被介護者の移乗が楽になり、介護職員が作業中に相手の表情を見て対話する余裕が生まれたエピソードを以前紹介しました。このように、まずサービスの定型部分に標準プロセスやITといった「仕組み」を入れることで、より多くの従業員が優れたおもてなしを提供できる姿に近づくのです。(詳しくは本コラムの第2回「おもてなしと標準化の相性は悪くない!?」、および第3回「おもてなしで頑張らない」を参照ください。)
もう1つの「組織複製の仕組み化」も、おもてなしビジネスの規模化には欠かせません。
「提供方法の仕組み化」でサービスの定型的な部分をどんなに標準化・IT化できたとしても、残された非定型のおもてなし部分では、どうしても従業員のセンスやスキルが求められます。ただしこの「センス」や「スキル」を「採用した従業員にたまたま適性があった」「その従業員がたまたま良い先輩の指導を受けられたから」といった具合に、偶然に委ねていたら、おもてなし品質にブレが生じてしまいます。
特に多店舗展開を進めるには、新人を多数採用して現場に立たせなくてはなりませんから、組織複製のノウハウが不可欠になります。例えば、求職者の適性見極め方法、新人を早期に一人前にする育成システム、日常的に現場のモチベーションを高く維持する工夫、現場で従業員同士が技を磨き合う習慣などです。高品質のサービスで定評のあるエアラインやホテル、個別企業でいえばディズニーランドやスターバックスは、こうした「組織複製の仕組み化」を整えて事業の規模化を支えてきました。(詳しくは本コラムの第4回「おもてなしの人材育成」を参照ください。)
上記の2つの「仕組み化」を進めている国内企業の1つに、星野リゾートがあります。同社のリゾート施設運営は、マルチタスク制(いわゆる多能工化)が特徴です。ホテル業界では、フロント担当はフロント業務だけ、調理担当は調理だけといった分業制が一般的ですが、星野リゾートでは各従業員が調理・客室清掃・フロント・レストランといった機能を、季節や曜日、時間帯による繁忙の変化に合わせて臨機応変に担うことで、生産性向上につなげています。そして、このマルチタスク制の前提には「提供プロセスの仕組み化」があります。各機能の業務が標準化されていないと、他の機能から移ってきた人がすぐに稼働することができません。
他にも同社では、食材の調達や定番メニューの調理をセントラルキッチンで行い、全国の施設に供給しています。おかげで標準的なレストランサービスの品質が安定するばかりでなく、各施設の調理担当はその地域独自のメニュー開発や提供に集中できます。調理人の個人技に依存していた業務を、セントラルキッチンという設備で置き換えたという意味で、これも「提供プロセスの仕組み化」にあたる取組みです。
もう一方の「組織複製の仕組み」はどうでしょうか。星野リゾートの場合、施設を新たに増やすのではなく、主に経営が行き詰っているホテルや旅館の運営を受託し、再生に取り組んでいます。受託先の組織を蘇らせて「星野リゾート」の看板にふさわしい宿に変身させていくノウハウを、独自の定石として蓄積しているのが同社の強みです。一例を挙げると、星野リゾートは再生時に、元からいる従業員をディスカッションの場に呼んで、客観的な顧客データと現場が感じている問題意識とを重ね合わせながら、従業員と一緒に旅館の新コンセプトを導出します。コンセプト策定の過程を共有することで、従業員に対してコンセプト実践への高いモチベーションと、実際の行動の方向付けができると考えられます。
おもてなしを「仕組み化」した上での成功を期待したい
最近、国内のサービス市場では1000円カットやLCC、低価格ビジネスホテルなど、提供するサービス機能を徹底的に絞り込んで、コストと高品質を両立した「スマート・エクセレンス」と呼ばれる業態がシェアを伸ばしています(※1)。しかしながら市場の中高価格帯のセグメントで、おもてなしに比重を置きながら多拠点展開に成功している例は、まだ多くありません。星野リゾートがチャレンジしてきたように、おもてなしの「仕組み化」に取組み、国内外の市場で規模化する成功事例が続出するのを期待したいものです。
おもてなしの未来を示唆する「ワトソン」採用
従来のおもてなしは「人が人に提供する」のが原則でしたが、ITや機械設備におもてなし提供を担わせることで、収益化や規模化が容易になる可能性があります。これがマトリクスの右上にあたる「テクノロジーによる代替」のパターンです。先の「仕組み化」では定型的な作業部分をITや機械設備に任せ、非定型のおもてなしは引き続き人が担う形態でしたが、「テクノロジーによる代替」はおもてなし提供までもテクノロジーによって自動化する取り組みです。
実はこのタイプのおもてなしを、既に私達は無意識のうちに享受しています。例えばアマゾンで買い物をする際、既会員が一度ログインしてしまえば、いちいち住所や決済方法を入力する必要はないですし、ユーザーの購買・検索履歴などから推定して「こんな商品もありますよ」とお薦めまでしてくれます。「ウェブなんだから当たり前」と思うかもしれませんが、これがもし対面販売だったら「よく私の名前や住所を覚えていてくれたなあ」、「自分の好みまで把握して、提案してくれるなんて素晴らしい」と感動モノの接客に思えるはずです。
※1 小野譲司著「スマート・エクセレンス −焦点化と共創を通した顧客戦略−」(一橋ビジネスレビュー2014年春号)
ウェブのサービスの多くは、いったん開発してしまえば、あとは追加的な手間をほとんど投じずに、カスタマイズしたサービスを提供できています。従業員を育てたり、店を増やしたりする必要もないので、マーケティングがうまく進めばいっきにスケールアップできます。しかも蓄積したデータを分析することで、判断の精度をどんどん上げていきます。こうしてITによって自動化されたおもてなしは、収益化や規模化の壁をいつのまにか越えてしまっているのです。以前は画面のどこをクリックしていいかわからなかったり、画面表示に時間がかかってイライラさせられたり、ネット上のサービスの限界を感じる場面が少なからずあったかもしれません。が、最近は多くの開発者がUX(ユーザー・エクスペリエンス)を重視してサービス設計しており、ユーザーの満足度も格段に高まりました。
非定型な判断が求められるおもてなしを、本当にテクノロジーが代替できるのか?まだ疑っている人も多いでしょう。確かに、顧客の表情・身振りからその人の気分を察するとか、顧客が従業員との当意即妙な会話を楽しむとかいった点では、テクノロジーによる代替はまだ困難です。しかし、大勢の顧客の名前を覚えるとか、顧客属性や利用履歴、その他の制約条件(天気予報、交通渋滞情報など)を加味して、お客様ごとに適切なお薦めをするといった業務なら、むしろ人間よりもITの方が得意です。こうして「人にしかできない判断」と思われていた部分の多くを、これからテクノロジーが代替していくことでしょう。世界中の名だたる金融機関や病院、旅行会社などが相次いで、米IBMの認知型コンピューター「ワトソン」を自社サービスで活用し始めているのも、その兆候の1つ。日本でもメガバンクが、顧客からの曖昧な質問が大量に寄せられるコールセンターの応対業務に、このワトソンを採用したことが最近話題になりました(※2)。
機械やITによる顧客対応を「おもてなし」と呼ぶか否かについては、見解が分かれるところかもしれません。しかし好むと好まざるとにかかわらず、「おもてなし」の一定部分、特に正確さやスピーディな対応が求められる部分で、人手が機械やITに置き換わっていくでしょう。そして、おもてなしに伴う品質やコストの問題をテクノロジーが解決し、これまではベテラン従業員しか提供できなかった「おもてなし」サービスをより多くの人が日常的に享受できる姿は、歓迎すべき将来像だと私は思っています。
※2 「ついに人工知能が銀行員に『内定』 IBMワトソン君」(日本経済新聞2015年3月20日朝刊)
従来型のおもてなしも生き残る。ただし……
おもてなしがビジネスの中で生かされるパターンを3つ紹介してきましたが、これら以外での生き残りの道はないのでしょうか。
結論からいえば、図の左下にあるように「従来型のおもてなし」も残ります。「従来型」と言うのは、
・横展開の「仕組み」を持っていないため、1店舗か、せいぜい数店舗どまり
・おもてなしの提供コストを抑える、もしくはコストを別手段で回収することができないため、サービスの価格が高い(価格転嫁せずに自社の利益を削る方法もありますが、持続的な事業成長は難しいでしょう)
・一方で、標準化や効率化にこだわる必要性が低いおかげで、店の独自色を打ち出しやすい
といった特徴があります。
こうした個性的な中小規模のサービス企業のおかげで、利用者は多様な選択肢を享受できています。我々消費者が想定できない感動体験を味わえるのも、各企業が独自色を打ち出す努力をしているからこそ。特にホテル・旅館や飲食業界などでは、増加する訪日外国人をターゲットに、ますます個性的な企業増えていくことを期待したいものです。
一方で経営学の分類では分散型事業、あるいは多数乱戦業界と呼ばれるだけあって、勝者もいれば数え切れないほどの敗者もいる厳しい業界です。おもてなしの規模化や収益化の壁を乗り越えるのも大変ですが、この分野に留まって優勝劣敗の中を生き延びていくのも、決して楽なことではありません。
◇
以上、4つのパターンに分けて「おもてなしの未来」を考えてみました。
最後に。今回、いや本コラム全体を通じて申し上げたかったのは、おもてなしを武器に事業を成長させようとするなら、まずは「おもてなしに頼る」のを止めた方がいいですよ、ということです。既に見てきたように、おもてなし以外で儲ける手段を磨く、おもてなし以前の定型的なサービス提供の仕組みを整える、テクノロジーが得意とする部分は代替してしまう等、「おもてなし以外」の部分で知恵を絞ることが、おもてなしをビジネスの中で生かす可能性を拡げてくれるのです。
逆説的ですが、おもてなしで飯を食っていくには、まず「おもてなし以外」で頑張ること。どうか忘れないでください。
本連載は今回で完結とします。ご精読いただき、ありがとうございました。
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