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数字ばかりが空回り、労働市場のお寒い現状
雇用の数が増えても「中身は薄い」
2015年5月26日(火) 上野 泰也
食品、電気代など「悪い物価上昇」の影響も大
今回は、経済指標から何らかのシグナルを読み取るというこのコラムの「初心」に立ち返って、日本の最近の雇用関連指標に見出される興味深い点を指摘しておきたい。
5月15日、内閣府が4月の消費動向調査を発表した。新聞などでは小さな記事にしかならないことが多いが、消費者のマインドの動向を示す重要な統計である。4つの消費者意識指標を平均して作られる消費者態度指数(一般世帯)は41.5になり、ごく小幅だが5カ月ぶりに低下した。食品の相次ぐ値上げ発表が、マインドを冷やしたとみられる。
「職の見つけやすさ」は改善したが…
しかし、それよりも重要なのは、雇用者数という「量」が増えるなどして失業率が低下しても、1人当たり賃金はなかなか伸びない現実、つまり雇用の「質」が向上せず「中身が薄い」ままだということを、消費者が実はしっかり見抜いているということである。
消費者意識指標のうち、「世帯が勤労者世帯の場合は勤め先の職の安定性、個人営業及び企業経営の場合は人のとりやすさなどの状況、それ以外の場合は職の見つけやすさなどを地域的にみて、今後半年間に良くなると思うか、悪くなると思うか」をたずねた「雇用環境」は、4月まで5カ月連続で改善して48.6になった。
だが、別の消費者意識指標、「収入の金額そのものが今後半年間に増えるかどうかではなく、増え方(増加率)が大きくなると思うか、小さくなると思うか」をたずねた「収入の増え方」は、4月は小幅ながら3カ月ぶりに低下して39.3になった。重要なポイントは、このところ両者のかい離幅がかなり大きくなっていることである<図1>。
筆者の見るところ、こうした大幅な乖離が生じている根本的な理由は、国境を超えた激しい競争にさらされ続けている企業経営者が、雇用・賃金コストをできるだけ抑制しようとする意志を根強く抱いていることである。
政府からの2年連続の強い「要請」もあってベアが復活したり、若手・中堅にボーナスが厚めにつけられたりする一方で、定年再雇用で非正規に変わる労働者に対する大幅な賃金カットなどさまざまな手法を駆使することで、全体としての雇用・賃金コスト抑制が図られているケースは、意外に多いのではないか。
さらに、グローバル化・IT(情報技術)化の進展によって、製造業のみならず非製造業の労働者に対して、賃金の増加を抑制する構造的な力が加わっている。また、以前にこのコラムでも書いたことだが、将来は人工知能(AI)の発達によってさまざまな職種が消滅する可能性がある(2015年1月13日配信「人工知能(AI)は人類にとって『最大の脅威』か?」ご参照)。これは、ホワイトカラーを軸とする中間層のさらなる衰退につながっていく話である。
代表的な賃金統計である厚生労働省発表の毎月勤労統計の3月確報を見ると、現金給与総額(基本給+残業代+ボーナスなどの特別給与)は前年同月比横ばいになった。昨年12月は前年同月比+0.9%だったが、今年1月が+0.6%、2月が+0.1%。そして3月は速報段階では+0.1%だったが、確報で横ばいに下方修正された。数字の並びは尻すぼみである。昨年の春闘でベアが復活した効果は、1人当たりの給与の総額に対してはきわめて限定的だったと言わざるを得ない<図2>。
また、物価の騰落を調整して算出される実質賃金は、3月は確報で前年同月比マイナス2.7%になった。23カ月連続で減少を続けている。次回4月分では消費税率引き上げ要因の大半がテクニカルにはく落することから、前年同月比のマイナス幅は急縮小する見込みである。前年同月比のプラスへの早期転換を予想する向きもある。
だが、明確なプラス基調への転換は困難だというのが筆者の見方である。先に調査対象事業所の入れ替えによって毎月勤労統計の過去データが下方修正されたことによって、そうした筆者の見方は補強された。
ここで重要な論点を1つ。政府・日銀や景気強気派のエコノミストの間では、実質賃金が個人消費に今後どう影響してくるかという問題を「前年同月比がプラスかマイナスか」という多分にテクニカルな問題にすり替えようとする傾向が見受けられる。しかし、これは妥当ではない。
消費者の立場で数字を掘り下げる
統計数字を一定の手法に沿ってドライにいじるエコノミストの立場ではなく、消費者の立場に立ち返って素直に考えてみよう。今年の4月から消費税率が5%に戻っているわけではない。4月になって前年同月と比べた実質賃金のマイナス幅が縮んだからといって、消費行動が積極化するというようなことが、果たして身の回りで実際に起こっているだろうか?。
実質賃金については、前年同月比のマイナスからプラスへの転換の可能性といったテクニカルな動きに拘泥するのでなく、消費増税や「悪い物価上昇」によって押し下げられたボトムの水準から、実質賃金が今後どこまで切り上がることができるのかを、じっくり見極めることが肝要である。
公表資料に出ていない数字を細かくチェック
そこで、毎月勤労統計の主な数字だけしか掲載されていない厚生労働省の公表資料から飛び出して、そこに掲載されていない詳しい数字をホームページ上で調べる必要が出てくる。
実質賃金(事業所規模5人以上)の季節調整済指数(2010年=100)は、3月確報で95.1になった。2014年9月・10月に記録したボトム(94.3)からの上昇幅はごくわずかであり、2011年から13年前半にかけて推移していた98〜100前後の水準を回復するまでには、まだかなり大きな距離があることがわかる<図3>。
そもそも現金給与総額が伸び悩んでいるうえに、食品や電気代などのいわゆる「悪い物価上昇」と消費税率引き上げがダブルパンチとして効いた結果である。株価上昇が消費を促す効果(資産効果)に期待する声もあるが、日本の場合、株式保有世帯の割合は米国に比べると著しく低いままである。多くの庶民には関係のない話だ。
いまの日本経済は、持続的で力強い「牽引役」が不在であり、実は不安定な状況だというのが、筆者の見方である。この見方は2014年4月の消費税率引き上げの前から一貫している。輸出に代わって個人消費が景気回復をリードするのではないかといった楽観派のシナリオに対して、筆者は一貫して否定的な立場をとっている。
2017年4月に予定されている次回の消費税率引き上げまでに、「牽引役不在」という基本線が変わるとは、到底考えがたい。
このコラムについて
上野泰也のエコノミック・ソナー
景気の流れが今後、どう変わっていくのか?先行きを占うのはなかなか難しい。だが、予兆はどこかに必ず現れてくるもの。その小さな変化を見逃さず、確かな情報をキャッチし、いかに分析して将来に備えるか?著名エコノミストの上野泰也氏が独自の視点と勘所を披露しながら、経済の行く末を読み解いていく。http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20150522/281448/?ST=top
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